俺と乞食とその他諸々の日常
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二十八話:歴史と日常
無限書庫の探索も無事(?)終わり本局内のテラスでのんびりとお菓子をつまみながら一息つく。
『エレミアの手記』はヴィクターとジーク、それにアインハルトちゃんがデータを持って帰ってさらに詳しく調べるらしい。
「あー、運動した後は甘いものが上手い」
「なんで本の検索で運動……そう言えばリヒターさんは初めから最後まで逃げていましたね」
「そういう事だ。疲れを取るには糖分が一番」
チョコレートパフェに舌鼓を打ちながら俺はエルスと会話をする。
流石は本局の中だけあって味も一流だ。
将来は管理局員でも目指してみようかなと真剣に思い悩み始めた。
「ホントにお前がいると空気がしまらねーよな」
「かと言って俺が真面目になると気持ち悪がるだろ、ハリー」
「そうだな」
「……即答されると流石に傷つくんだが」
あまりの扱いに思わず涙が出てしまいそうになる。
ハリーは最近俺に対する扱いがどうしようもなく酷い気がする。
「元からだよ」
「もう、自分の心を読まれるのにも慣れてきた」
少しいじけながらパフェをつつく。
そんな俺に溜息を吐くいい子ちゃんズをよそにエルスはどこか虚ろ気にカップの中を見つめる。
エルスの様子にハリーが真面目な話を切り出す。
「それにしても歴史っていうのは奥が深いもんだなぁー。学校じゃ習わないことばかりだぜ」
「そうでしょうね。歴史上の人物がどんな思いで生きたかは授業では知りようがありません」
ハリーの言葉にエルスが優等生らしい発言で返す。
こいつら普段はぶつかり合っているけど実は仲良いよな。
「でも、大切な人を守ろうとしてくれた人たちがいるから今の平和な時代があるんですよね」
「確かにベルカ戦乱があのまま続いていたらミッドチルダや近隣世界にも被害が出ていたでしょうし」
「今の私達がいるのは二人の御先祖様が頑張ってくれたおかげってことかな」
ミウラちゃんの言葉にヴィクターが続きさらにミカヤが続く。
……久しぶりにミカヤが真面目に話している所を見た気がするな。
よし、この流れに乗って俺も。
「そ―――」
「てめえが喋るとグダるからやめろ」
「流石の信頼というところか。分かった、お前がそこまで言うならグレてやる」
まだ一文字しか話していないのにあっさりとハリーに封殺されてしまったので俺はグレることを決意する。
でも、グレるって具体的にどうすればいいんだ?
ここは一つ不良をお手本にしよう。
………あれ? おかしい、俺が善良になるイメージしか出来ない。
不良って一体何なんだ? これは一種の哲学か。いや、そもそも哲学の定義ってなんだっけ。
「で、何する気なんだよ?」
「ハリー、哲学の定義って何だ?」
「……お前の思考はどこで化学変化を起こしたんだ」
何故かハリーだけでなく周りの全員から呆れた目で見つめられてしまう。
おかしいな。俺は大真面目に考え事をしていたはずなのに。
「本当にあなたはしんみりとした空気を壊すのが得意ですわよね」
「そんなに褒めるなよ」
「褒めていませんわ!」
呆れた様に話すヴィクターにボケをふってみるが結構マジなチョップが飛んできて焦った。
地味に魔力を纏わせてあるから当たるとビリビリ痺れて痛いんだよな、あれ。
「まあ、偶には真面目に話してみるか」
「……すいません、鳥肌が止まりません」
「エルス、お前もか」
体を抑えてガタガタと震えるエルスに俺の信用の無さを悟る。
もう嫌だ。こいつら俺を馬鹿にしすぎだろ。
普段相手を馬鹿にしている代償? そんなものは知らない。
「ま、良いか悪いかは置いておいて歴史上の人物がどう思っていたかを知れるのはいいことじゃないか。俺は好きじゃないけど」
「良いか悪いかは置いておくんじゃなかったのかい?」
「好きか嫌いかは別に言っていないだろ」
「そう言ってまた私を誑かすつもりなんだね…ッ」
「この上なく無実の罪をなすりつけられる俺の気持ちを考えたことがあるか、ミカヤ」
いやいやと自分の体を抱き寄せてその豊満な胸を押し上げるミカヤをジトリと睨みつけるが効果は無い。
みんなは俺がシリアスブレイカーみたいな言い方をするが原因の二割八分三厘ぐらいはミカヤのせいだと思う。
「ゴホン、話を戻すとだ。後世に伝わる歴史なんてどちらかの主張が取り入れられただけの物が多いからな。直にその時代に生きた人間から情報を得られるのは有益じゃないのか。嫌いだけど」
「あの……言い辛いならリヒターさんの主観的な意見で良いと思います」
「いいや、歴史を語る時は中立的に話さないといけないんだ。本来はな」
俺の意味あり気な台詞に提言してきたリオちゃんが首を捻る。
中立的に語るのが本来の歴史であり、もっとも真実に近い。
でも、現実はそうならないことが多い。
「大体の場合、権力者や戦勝国は自分にとって不利になる歴史は残さないし、改ざんしたりする。その結果後世には真実が伝わっていないなんてことは結構ある。だから何の加工もされていないその時代に生きた人間から情報を得られるのは有益だというわけだ」
「……ジーク、こいつ本物か?」
「待って、私でも不安になるんよ……」
「お前らちょっとそこに直れ」
ハリーが遂に俺が偽物ではないのかと疑い始めジークも不安そうに俺の方を見つめている。
だが一番傷つくのは純粋に俺の心配をしているヴィヴィオちゃんとアインハルトちゃんがどの病院に連絡するべきかノーヴェさんに相談していることだ。
病気じゃないんだけどなぁ……。
「と、ともかくだ。平和な世界を築いてくれたご先祖様だけでなく、歴史の闇に消えた名もなき者も忘れないようにな。本当の歴史ってのは有名な人間だけで築いてきたわけじゃないんだから」
未だに胡散臭そうな目を向けるみんなに話し終えるとヒラヒラと手を振って部屋の隅に移動し一人スナック菓子をついばむ。
そして誰も聞いていないことを確認したうえでボソリと呟く。
「俺ってそんなに信用がないのか……」
実はかなりへこんでいる俺だった。
無限書庫ツアーも終わりになり、それぞれが家路に着く中アインハルトちゃんだけはどこか憂鬱そうな顔を浮かべていた。
兄として慰めてやるべきかとも思ったが俺よりも先にヴィヴィオちゃんが動いたために俺は動かなかった。
情けないが俺よりもヴィヴィオちゃんの方がアインハルトちゃんに近い。
だからヴィヴィオちゃんに任せる。勿論手助けできるならいくらでもやるつもりだが。
「ヴィヴィオちゃん」
「はい、なんですか?」
「あいつを……頼む」
それだけ言ってヴィヴィオちゃんに深く頭を下げる。
最初は俺の行動にポカンと口を開けていたがすぐに何を言おうとしていたのかをくみ取ってくれて笑顔で頷いてくれた。
本当に優しくてよくできた子だよな。
「はい、任せてください! あ、それと私の知り合いのお医者さんにシャマル先生っていう人が居るんですけど良かったら検診を受けてみてください」
……本当に優しくてよくできた子だ。
100%善意で言ってくれているので溢れ出す涙が止まらない。
「ど、どうしたんですか急に?」
「いや、優しさが人を傷つけることもあるんだなと」
キョトンとして俺を心配するヴィヴィオちゃんをよそに俺はこの世の残酷な真理を知るのだった。
「リヒター、一緒に帰ろうやー」
「と、それじゃあな。ヴィヴィオちゃん」
「はい、頑張ります」
ヴィヴィオちゃんと別れてブンブンと手を振っているジークの元に行く。
さて、いつまでも引きずっていても仕方ないから切り替えていくか。
「今日はいろんなこと知れて良かったわー。今度は魔女っこともお話せんといけんし」
「そうだな。彼女とも話さないとな」
ヴィクターからの指令を果たす為に、給料アップの為に。
なによりロリジークを再びいじるために。
「でも……変えられない過去に苦しむっていうのも難儀なもんよね。私は個人の記憶がないだけマシやけどハルにゃんとか魔女っこはハッキリ覚えとるし。その分苦しみも大きいと思うんよ」
「……そうだな。だがお前も苦しんだのは同じだろ。どれだけ苦しくて辛いかなんて比べる意味がない。苦しみや辛さに優劣は無い」
「そうなんかなー……」
二人で話しながら夕暮れの街を歩いていく。
難しそうな顔をしながら隣を歩くジークに歩幅を合わして歩いているのでかなりゆっくりになっているが俺も疲れているのでこのぐらいでちょうどいい。
「なぁ……リヒターはもし過去に戻れたら変えたい過去とかないん?」
「変えたい過去は幾らでもあるぞ。今日だって無限スピンをして吐きそうになるという黒歴史を作ったばかりだからな」
「……リヒターって単純やね」
「お前にだけは言われたくない」
どういう意味だとポカポカと俺を叩いてくるジークを宥めながら言葉を続ける。
「まあ、でも過去に戻りたいとは思わないな。受験とかテストとか受け直すは面倒だし」
「この上なく理由がショボいわー」
「ショボくて結構だ。それに―――大切な思い出を無くしたくないしな」
立ち止まってジークに笑いかける。長い黒髪が風になびき茜色の光を反射して綺麗だ。
どんなつまらない当たり前の日常だろうと大切な思い出だ。
それを高々ちょっとの失敗だけで変えたいというのは間違っている。
どんなに辛い過去であろうとそれだけではないのだから。それを忘れた人間が過去を変えることに執着するのだ。
「変えたい過去はある。でも、過去には今こうしてお前と歩いている『現在』ほどの価値は無い」
穏やかな微笑みを浮かべたままジークに手を差し出す。
ジークはポカンとした表情で自分の手と俺の手を交互に見ていたがやがてゆっくりと口を開く。
「やっぱり偽物…?」
「お前今晩の飯抜きな」
「あ、本物や!」
こいつにとっての俺の定義って一体……と悩んだ夕暮れ時だった。
後書き
おまけ~もしもジークの女子力が完璧だったら~
今日も今日とて睡魔との死闘を潜りぬけて来た俺は重い瞼をこすりながらリビングへと向かう。
すると、芳醇な味噌の香りが漂ってくる。
「おはようさんや、リヒター」
「ああ、おはようジーク。毎朝悪いな」
「ええんよ、私が好きでやってるんやから」
純白のエプロン姿で味見をするジークを見つめながら俺は席に着く。
ジークは味に納得が言ったのか満足そうに頷き皿に注ぎ分ける。
因みにジークが地球で言う和食が好きなために朝は大体ご飯に味噌汁、そして焼き魚になっている。
作ってもらっている立場なので特にリクエストはしない。
『いただきます』
そろって手を合わせて静かに食べ始める俺達。
まずは一口味噌汁を口に含む。ホッとするような味わいが口の中に広がり心まで温めてくれる。
「美味い……」
「えへへ。リヒターにそう言ってもらえると嬉しいわー」
「毎日同じセリフしか言っていない気がするがそれでもいいのか?」
「毎日、私の料理を美味しいって思ってくれとるんやろ。それって幸せなことやん」
本当に嬉しそうに笑うジークと目が合わせられず、そうか、と呟いてご飯を食べるのに集中する。
何となく首筋が熱い気もするが気のせいだろう。
それとジークが俺の方を見てクスクス笑っているのとは無関係のはずだ。
『ごちそうさま』
同時に食べ終わり二人で一緒に皿を洗う。
元々一人暮らし用のキッチンなので手狭なのは仕方がない事だろう。
お互いの肩が触れ合い暖かさを感じ取れるのも仕方がないことだ。
「いつかもう少しデカい家に引っ越さないとな」
「私はこの距離感の方が傍におられて好きやね」
「そうか……なら、もうしばらくはこの家でいいか」
そこまで言った所で気づく。ジークと一緒に住むことを前提として考えている自分に。
ま、まて、何もこれは俺とジークが結婚するというわけで考えたわけじゃない。
ただ居候として考えているだけで―――
「でも……リヒターが私との将来を考えてくれとるのは嬉しいわ」
「あ、ああ」
はにかむ様に頬を染めて笑うジークに反射的に返答してしまう。
ダメだ……俺にはこいつの笑顔を曇らせる行為は出来ない。
「それじゃ、私は今から掃除機かけるから休んどってーな」
未だに頬を染めた状態でいそいそと掃除に勤しむジークを眺めながら考える。
可愛くて料理が上手くて掃除も得意な女性。しかも俺の事を好きでいてくれる。
普通に考えたらすぐにでも結婚してしまいたくなる。
だが、俺は悩んでいた。本当に彼女と結婚していいものかと。その理由は―――
「Gが! Gがぁ!」
「待て、俺が何とかするからガイストは―――」
「ガイスト!」
爆音とともに消し飛ぶ我が家の壁。
それを達観した目で見ながら震えるジークをあやしてポツリと呟く。
「取りあえずGが出ないところに引っ越しするか」
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