ソードアート・オンライン〜Another story〜
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ALO編
第136話 君の名を呼ぶ
時を少し巻き戻し、それは、ヨツンヘイムに入る前の事。
4人は、アルンにまで飛んでいく途中の翅を休める為立ち寄った村があった。
「ふぅ……、でも今日は結構ダイブしてるよね~」
リーファは、ちょっと笑いながらそう言っていた。
今日は連続ダイブして、8時間程にも達していた。何度か、トイレ休憩、そして私用での休息を挟んだものの それは10分程の時間だから、連続と言っても良い程ダイブしていた。
あの世界樹の大きさに騙されてしまっていたが、央都アルンは、まだまだ遥か彼方に霞んでいる。
今日はここまでにして、最寄りの宿屋でログアウトをしよう、と言う事になった。そして丁度見えてきた森の中の村だ。
「……リーファ、ちょっと良いか?」
「ん? どうしたの?」
キリトは、リーファの肩を叩き、呼んだ。リーファは、首をかしげた。でも、その表情は何処か真剣味を帯びていた。丁度、あの時……、戦いの前の顔の様な……、そんな表情だった。
「悪い。……少しの間でいいんだ。ドラゴと2人で話をさせてくれ。……ちょっとプライベートな事だから、リーファは席を少し、外してくれないか?」
「え? プライベート? ドラゴ君とはリアルで友達だったの? やっぱり」
「い、いや……」
リーファはキリトの反応を見て、自分のものとは全然違うと思った。レコンの事を言った時の自分とは全然違う。キリトの性格を考えたら、余程の事情があるんだろう……、リーファはそう直感した。
「うん。判った。その間はあたし ちょっとこの村見て回るね?」
「ああ、ごめんな。頼むよ……」
リーファは、キリトに笑顔でそういうと、この場をゆっくりと離れていった。
正直な所は、同じ仲間である自分達3人……いや、ユイを入れたら4人。
その4人の中で1人だけ、外されてしまうと言うのは……正直、複雑で、そして悲しくも思える。でも、仲間だからこそ……気軽に立ち入っていい場所ではない領域と言うものがあると言う事も知っている。それを侵してしまえば、……もう、仲間と言えないだろう。
――……何れは、自分にも全てを打ち明けてくれるくらいには成りたい。
(あれ……? あ、あたしって何を考えて……)
ゲームの中の話はともかく、プライベートの話まで、どうして?と正直、リーファは自分自身を戸惑ってしまっていた。そもそも、ゲームの世界に現実を、現実にゲームの世界を絡ませたくない、と思っていたのは、自分自身なのだ。
だからこそ、レコンに……、長田慎一に、現実でリーファと呼ばれる事を嫌っていたのだから。
鉄拳制裁をしてしまうほどに……。
それは、勿論レコンだからである。
(………え、えっと)
リーファは、戸惑った後、僅かながら動揺をしていたが、直ぐに心を元に立て直した。
「ま、まぁ、良いか……。うん」
リーファは、顔をふるふるっと左右に振って気を入れなおした。よく判らないけど、……これは、レコンの時とは違い、悪い気はしなかった様だった。
村の入口付近。
キリトは、ドラゴの方を見た。……ドラゴは、この空を見上げていた。いや、空……ではない。……世界の中心、世界樹を見ている様だった。
(……オレも目指している場所だ。……アイツも、何かあるのか? ……いや、それよりも)
「パパ……」
「ああ。わかってるよ、ユイ。……はっきりさせる」
ユイに声をかけられ、改めて気合を入れ直したキリトは、ぐっと身体に力を入れて、集中した。どんな些細な言葉も、見逃さないように。
――……アスナを救うためにこの世界に来た。
でも、こんなモヤモヤを、心に抱えたまま……じゃ、何処かでボロがでてしまう。……出来るものも出来ないと思っていた自分もいるんだ。
「……はっきりさせるよ」
キリトは、ゆっくりと……歩を進めた。ドラゴの方へと向かって。
ドラゴは……、ただ空を眺めていた。……彼も、今からの事を、何処かで意識していたようだ。今日、これから……、大切な事を知るんだと。
「ドラゴ。……ちょっと良いか?」
「………ああ」
キリトの言葉に、ドラゴは、天を見上げたまま、返事をしていた。今、この瞬間で、キリトが来るのが判っていた。……そんな感じだった。
「ドラゴさん……」
「ん。……ああ、大丈夫だよ」
ユイは,キリトから離れ、ドラゴの傍にまで飛んで、その肩にちょこんと座った。そして、丁度 ドラゴの頬に手をあてがう。そんなユイを見て、軽く微笑むドラゴ。そうしている内に、キリトもドラゴのすぐ横に来ていた。
「……この世界に来て、お前たちがオレを視る目が他人とは何処か違うって事は判っていた。……このフェンリルと言う種族を抜きにしてもな」
ドラゴは、2人を見つつ、そして再びこの世界の空を仰いだ。
「……キリト、ユイ。……2人は、……お前たちは、オレを知ってる。……そう、なんだろう?」
「「っ……」」
空を仰いだまま、ドラゴはキリトに、ユイに……そう問いかけた。
――……この世界に来た時、出会った時もそうだ。その所々でキリトやユイが自分の事を意識している事は判っていた。
これまでの経緯……経験事から、他人とあまり関係を持たず、作らず……1人でいる事が多かったドラゴ。だからこそ、彼はキリトたちの事を、気付かないふりをしていた。何か言われたとしても、踏み込んだ話はしない、と決めていた。
だけど……、その決め事、……心に幾つもの鍵をかけていたドラゴ。その堅牢な扉の複数の鍵は、……音を立てながら開錠されていったのだ。
――……鍵の1つ彼等の名前、《キリト》《ユイ》
――……頭の中に、何度も何度も響いてくる《彼女の声》
それらが、これまでは仲間を作るまい、決して心を許さないとさえ思っていた。行動を共にしたとしても、それは少ない時間だけだ、と決めていた。
その閉ざした扉の鍵を、簡単に開けていったんだ。だからこそ、フレンド登録も……あんなに早く出来る様になり、リタ達ともいつもよりも早くに打ち解ける事が出来たんだ。
「……ドラゴ、いや……」
キリトは、目を閉じた。ユイも同じ様に……、目を閉じた。
そして、2人はまるで鏡写しの様に、殆ど同時に目を開いて、あの名を口にした。
『リュウキ』
まるで黄昏時かの様に、このALOの世界の空が……、……そしてこの場が、一瞬光り輝いた気がした。
「…………」
その名前を聞いて、ドラゴ……リュウキの口元は僅かだが緩んだ。その表情は微笑みさえ浮かんでいる。
――……2人は、やはり自分の事を知っている。
そして、あの世界で共に生きてきたのだと言う事を悟った。
「……やっぱり、リュウキ……なのか?」
「……りゅうき、お……おにい……」
キリトは、まだ空を仰いでいる……目を閉じ、空を仰いでいるリュウキにそう聞く。最初は、違うんだと思い、そして 自分の震える心を押し殺して、そう念じていたキリトだった。
……だが、今は違う。
再びその想いは全面に現れ……、ドラゴに聞いていた。ユイは、目に涙を貯めて……、でも決して逸らさずに、ドラゴを見ていた。想いはキリトと同じだった。
「……ああ。オレが以前まで、使っていたHN、CN、だ。……事情があって、今は使っていないが」
その答えを聞いて、ユイの目から溜まっていた涙が零れ、そして一筋の涙となり流れ落ちる。
「っ……。……事、情?」
キリトが次に、着目したのはそこだった。
なぜ、その名前を捨てる必要があったのか?と言う所。あの世界の終焉の場で、本名を打ち明けたとは言え、2年と言う時間、ずっと共にしてきた名前だから。キリト自身も、本名よりも、そちらの方が先に出てしまうから。
「……あの事件の後からだよ。オレの名前を変えたのは。……じい、……育ての親の指示もあった、かな」
リュウキは、そう答えた。……でも、今思えば理解出来る。爺や事、綺堂は彼の身体の事を、頭の痛みの事を心配して、名前を変えさせたのだと理解した。少なくとも、後遺症の大きさを見たら、今はまだ、無理はさせられない、と。
「……あの事件、って言うのは……」
「ああ、二ヶ月前のあの極めて大きな事件の事だ。SAO。……ソードアート・オンライン」
「……おっ、おっ……おにぃさん……っ、りゅうき、おにいさんっ」
ユイは、リュウキの身体から、肩から飛び上がる。そして、……その身体は光り輝いた。その後にユイの手のひらサイズの小さな身体が、人間の少女の身体へと変化した。
「おにい……さんっ……っわ、わたしっ……わたしっ……、おにいさんに、会いたかった……会いたかったんですっ……」
「……ユイ」
リュウキは、その身体を受け止め、そして手を回した。身体の大きさが突如変わった事への驚きはなく、今の彼女が本来の姿なんだ、と言う事も何処かで理解できていた。
「……リュウキ、お前は、……記憶が?」
「……ああ、そうだよ。オレは記憶が欠如している。……それも、漠然としたものじゃない。2年間と言う期間、あの世界が存在していた期間の間の記憶が、……欠如しているんだ」
ユイの身体を抱きしめながら、そう答えた。
「……キリト。お前は、あの時キリトと、そして和人と名乗った、あの時の人、なのか?」
「……あ、ああ」
全てがキリトの中で完全に繋がった。あの時、あの事務で出会った同年代であろう少年が、リュウキ……隼人本人だった。そして、自分に気付かなかったのは、本人じゃないからではなく、記憶喪失だったから。
「……悪かった。な」
「馬鹿。……それはオレのセリフだ」
キリトは片方の目に溜まった涙を指先で軽く拭い、軽く拳を当てた。
リュウキは、覚えてなかったとはいえ、邪険をした事を言っている様だ。キリトはあの時、リュウキが、隼人が、苦しんで倒れた事を鮮明に覚えているから、その時の事を思い出しながら、そう返していたのだ。
「そ、それで……おにいさん。今は……、どうなんでしょう?私たちの事は……?」
「………」
リュウキは、目を閉じて……そして短く首を振った。
「……朧げだ。それに、まだ……記憶の欠片が足りないみたい、なんだ。……まだ、大切な人の顔が、思い出せない。……あの世界での記憶が……思い出せない」
リュウキは、頭痛を押さえる様に、頭を軽く抑えながらそう言っていた。……無理に揺り起こしてしまえば、以前の様になってしまわないとも限らない、そうキリトは思い。
「……無理に思い出す必要はないさ。……ゆっくり、ゆっくりといこう。オレは、オレ達はお前が無事だった事を知れた、今はそれだけで……満足なんだ」
そう言っていた。ユイも、涙を必死に拭いながら……、頷いた。
「私も、同じですよ。……もう、何処にもいかないで下さい。おにいさん……」
2人の言葉を聴いて……リュウキは笑う。……暖かさをくれたから、笑顔を見せる事が出来た。
「……ありがとう」
そして、そう礼を言っていた。
「……そうだ。リュウキ。悪い、これだけは言わせてくれ」
キリトは、神妙な顔つきになり、リュウキに語りかけた。
「……ん?」
「リュウキにどうしても会ってもらいたい人がいるんだ。……お前の身体の事を考えたら……無理にとはどうしても、言えない。……だけど、その人が、お前の探している最後の欠片なんだ。……何時でも良い。……会ってくれ、……頼む」
キリトが必死に懇願をした。
恐らく、それ程キリトにとって大切な人なんだろう。或いはリュウキ自身にとってもそうなのだろうか。恐らくは、両方だろうとリュウキは悟った。
……本当にそれで、全てが埋まる欠片なのだろうか?
それは判らない。でも、リュウキはしっかりと頷いた。
「……ああ、約束するよ」
リュウキは 笑顔で、頷いていた。
そうして、リーファが戻ってくるまでの間。
そこまで時間は掛かっていないのにも関わらず、とても濃密な時だった、と皆が感じていた。ユイに関しては、早く元のナビゲート・ピクシーの姿に戻るように言い、リーファが戻ってくる前に以前の姿に戻れた。
「はぁ……、終わった? 皆」
「ん、大丈夫だよ。ありがとう、リーファ」
「ふぇ?? べ、別にあたしはそんな大した事してないよ??」
「……オレも言わせてくれ。……ありがとう、リーファ」
「ちょちょ、ど、ドラゴまで?? 一体何がどーしたって言うの??」
戻ってきたばかりのリーファには知る由も無いから、困惑するしか出来なかった。
そして、この後一行は 広大な地下世界《ヨツンヘイム》へと迷い込むことになるのだった。
その世界は、氷と闇に閉ざされた世界……の筈だったが、キリトもユイも、そして、リュウキも何処か暖かかった。当然ながら、リーファは更に困惑するのだった。
~央都アルン~
場面は、アルンについた時系列に戻る。ログアウトを宿屋でしようとした一行は、とりあえずそこを目指していた。
「あ、そう言えばさ? 金銭的には大丈夫なの? お2人さんは?」
リーファは、あの時の事を思い出しながらそう聞いていた。この2人は、かなりの大金をサクヤとアリシャ、シルフとケットシー達に渡したのだ。あれだけの金額をホイホイと出せる筈もないだろう、思ったリーファは、今の金銭状況、言わなくても判っていた。
「……完全な金欠だな。素寒貧だ」
「同じく」
2人ともが手を挙げてそう言っていた。それを見て、聞いたリーファは、呆れたように声をあげる。
「……はぁ、イイカッコしてサクヤ達に全財産渡したりするからよ?宿代くらいとっときなさいって」
そう言われても……、最早後の祭り、と言うものだろう。リーファは仕方ないから、キリトの胸ポケットにいるユイに訊ねた。
「ね? パパやドラゴ君はああ言ってるけど、近くに安い宿屋はある?」
ユイにそう聞く。
すると、ユイは、笑顔を浮かべて答えた。
「ええっとですね……、あっちのあの階段を下りた先にある宿屋が、激安だそうですよ。色々と雰囲気も楽しめるとか!」
「げ、激安かぁ……、ん? 雰囲気??」
リーファは、ユイの言葉に引っかかったようだが、とりあえず そっちへ行ってみよう!と言う事で、スタスタと歩いていくキリトとドラゴがいたから、考えるのを少し中断して、そちらへと向かった。
とても綺麗な街並みであり、幻想的な光にも満ちているアルンだというのに……、下りた先ではその雰囲気は一変していた。
「なんだか、この辺りだけ寂れているな?」
「ん、寂れている……と言うより廃れている様だな。仮想世界でそんな事になるとは思えないから、設定なんだろが……」
「設定とか言うなよ、身も蓋もないだろう……」
「まぁ、それもそうか」
どんどんと先へと進んでいく一画。
進んでいくに連れて、リーファの顔が引きつっていった。枯れた木や、怪しく靡くススキ……、小動物のNPCでもいるのだろうか、それらが動く度に、木々、草々が怪しく揺らめき、その度に身体が揺れるリーファ。
そして、崩れたブロック塀に囲まれた場所に一軒立っていたのが今回ユイが検索した場所にあった、激安物件。
「ここですよ!」
「おー!」
「激安の理由が判る気がする……。ここまでだと」
外観は、最悪だと言っていいだろう。
窓ガラスは割れ、植物の蔦が絡みつき、宿屋とまるで融合しているかのようだ。
それを見た瞬間、リーファはガタガタと震えだした。
「ね……ねぇ……。あ、あたしが、もつ、もつからさぁ、も、もうちょっとマシな所にしよ……?」
震えているリーファを見て、ドラゴは首を傾げた。
「それは悪いだろう。……前にも言ったが、リーファには世話になってるからな」
「そ、それは良いんだよ!だ、だから、そんなのは考えないでっ……ここは、あたしが……」
リーファが必死に説得をしようとした時、キリトはニヤニヤと笑いながら。
「あ~なるほど、怖いか」
見ただけで、普通であれば判るものだが、あえて言葉に出して言うのは、キリトのからかいたい衝動が強かったんだろう。当然、強きなリーファはその言葉を聞いた瞬間。
「ち、ちがうわよっ!! な、なんで、このあたしが、こんなのくらいで怖くなるなんて……っ」
「ん? なら問題ないz「やだなのっっ!!!!!」っ……」
リーファは、ぶんぶんと腕を振って拒否をした。キリトはそのリーファの姿を見て、笑っている。
ユイも女の子だが、怖がったりはせずに、笑っていた。
リュウキは……2人とは違った。
『あぅ……リューキ君がSになったよぉ……。』
リュウキのその瞳の奥には彼女がいた。だが、頭の中で聞こえるSと言う単語は判らない。
それを見越したかの様に、彼女は続けた。
『もーーっ! Sはサディズムって事だよっ!!』
怒っている?……いや、でも幸せそうにも見える。
『……すっごく、いぢめてるもんっ』
――……いぢめ……?そんな訳無い。……ただただ、愛おしい存在だよ。
心の中で、視えている彼女に語りかけるリュウキ。すると、彼女も……。
『む~~///』
頬を膨らませながら赤く染めていた。でも、やっぱり笑顔だったんだ。
「ど、ドラゴくんっ!! 行くよっ!!」
そんな時だ。リーファの声が聞こえてきた。
「ん? 結局ここにt「違うわよっっ!!!」……はいはい」
どうやら、リーファが全面的に支払うから!と言う事で、ここから少し北にいった場所にある中級クラスの宿屋へと泊まる事になった様だ。
最初から最後まで、キリトとドラゴは、(特にキリト。)リーファで遊んでいた様で……、リーファはそれに勿論気づいて、頬を膨らませるのだった。
~?????????~
そこでは、つがいの小鳥が、白くガラス張りのテーブルの上で仲良く羽を寄せ合って、朝の歌を囀っている。ゆっくりと、そのコ達に手を伸ばすが……、輝く太陽の中へと羽ばたいて飛び立っていった。
いつでも、ここに来れて、そしてここから飛び立つ事が出来る。
……そんな小鳥達がどうしても羨ましく思ってしまっていた。
「……これ、何か使い道があれば良いんだけど」
白いワンピースの服に忍ばせておいたのは、一枚のカードキー。この魂の監獄とも言える場所から、脱出を決意し、その直前で見つかってしまった。その時に手に入れたのが、システムコンソールに挿入されていたカードキーだった。
「……私は、諦めない。絶対に……絶対に……、また、皆と会うために。……キリト君」
白いワンピースに包まれたその華奢で、美しい身体。胸元には、血の様に赤いリボンが備え付けられている。
この一見すると優雅とさえ思える場所。金で出来ているかの様な鳥籠。そして、白のタイルが敷き詰められた床に豪奢な天蓋付きベッド。小鳥達は、毎朝の様に遊びに来て、歌を歌っては、帰っていく……、そんな羽休めの場所。だが、ここにいる彼女にとっては、ただの牢獄だった。
「……レイ、リュウキ君」
大きな鳥籠の中で、名前を口にした。
そう、彼女はかの世界から生還を果たした……筈だった少女。あの金色の朱い空の下で、再開を約束し、愛する人達と共に光に包まれた少女。かつては、その凄まじい剣速、太刀筋と、太刀筋から繰り出されるその輝きから《閃光》とも形容された少女。
双・閃光のアスナ。結城明日奈だ。
あの世界で光に包まれた時。自分は、最後まで恋人のキリトや、最愛の妹のレイナ、そして親友のリュウキの事を考えていた。中でもやはり、思っていたのはレイナとリュウキの事。約束した……とは言っても、絶対にレイナは気にする。だからこそ、絶対に助けになる、と心に強く決めていたのだ。キリトを探し、皆と共に、彼を見つけに行こう……と決めていたのだ。
だが、彼女が目を覚ましたのは、意識を覚醒させたのは、この牢獄だった。
そして、その牢獄に自分を閉じ込めた超本人が……、あの男、須郷伸之だった。
この世界は、妖精達の幻想的な世界……の筈なのだが、須郷と言う男の邪心から生まれた大掛かりな非合法・非人道的プロジェクトが進行している場所でもあった。
アスナは、須郷に監禁されながらも、決して自分を失わずに、強く想い続け……、須郷を上手く乗せ、喋らせてキリトや妹のレイナが無事だと言う事を聞き出せた。
……そして、その非人道的な人体実験をしているという事も。
必ずここから脱出し、法の裁きを受けさせると誓った。
そして、アスナは隙を見て、須郷が来る際に入力するパスワード式の扉の数字を見たのだ。まともに視認しようとすれば、誤認システムが作動し、アスナには見えなくなってしまう仕様になってしまっているのだが、それは何かを経由したとなれば話は別だった。鏡の様に光り輝く大理石を通す事で、システムを騙す事が出来た。数字の一つ一つを覚え、その甲斐もあって、この籠から脱出が出来たのだ。
……だが。
「……やっぱり、もう変更、されてるわね」
ログアウトをしようと、探索していた際に、300もの人間が人体実験をされている実験場を見つけたのだ。そこには、コンソールもあり、救う事が出来、且つ自分も脱出する事が出来る。
助けようとしたその時、須郷と部署の研究者と思われる連中に捕まってしまったのだ。そして、再びこの場所に戻され、案の定 扉のパスワードも変えられてしまったのだ。
「……でも、私は絶対に諦めないよ。キリトくん、レイっ、リュウキくん。必ずここから脱出してみせるから……」
例え、どんな絶望的な状況になったとしても、決して諦めない。それはあの世界で学んだ大切なものの1つだ。
そして、アスナは、手に握られた銀色のカードキーを手に取った。これは、システム・コンソールの無いこの場では全く意味を成さない物だ。……だが、希望の第一歩にも見える。
心の中で、笑顔でいてくれている皆の顔を思い浮かべ……、アスナはベッドの枕に顔を埋めたのだった。
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