ソードアート・オンライン〜Another story〜
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ALO編
第135話 魔の手
前書き
~埼玉県所沢市総合病院 屋上~
もう、夕日も沈む時間帯。赤く……赤く、染まる空。でも、あの時の空とは違って見える。
「……そう、だよね。皆で見てこそ。だもん」
夕日を眺めているのは、玲奈だった。
姉の明日奈のお見舞いに来るのが、彼女の日課である。彼女の周囲は、SAO事件での生還者達を受け入れる学校への入門を考えているが……、玲奈は首を縦に振らなかった。姉と一緒じゃなきゃ嫌だと言って。
「……お姉ちゃん。……隼人君」
この黄金色の空を眺めていると、自分の意思に反して涙が流れてくる。あの約束を、信じていない訳ではない。目を閉じれば……、聞こえてくるから。
『……必ずやってみせるから……。また、会おう。やくそく……』
目を閉じれば、声が聞こえてくるんだ。こうやっていれば、後ろから抱きしめてくれる。自分を包んでくれる様に。
「……ダメっ」
玲奈は、首を振った。そして、屋上の入口の方へと歩き出す。
「思い出は……、優しい。隼人君と同じように優しい。でも、いつまでも甘えてられないよ」
一歩を踏み出す。いつまでも、ここで泣いてなんか要られない。次に、この光景を見るのは皆が揃ってから。この夕日を見るのは……、皆で一緒にだと。
「それに、お姉ちゃんを1人にさせちゃ、可愛そうだよね」
玲奈は、屋上で干していたタオルを籠に入れ……そして、この場所を後にする。一体、いつからここにいるだろうか……?
「あ……、面会時間が、ギリギリになっちゃったよ」
玲奈は、腕時計で現在の時間を確認する。
「お母さんに、ちょっと遅れるって、連絡を入れておかないと……。あれ?」
ポケットの中を探るが、そこには携帯端末は無かった。反対側も探ってみるけど、入っていない。
「……あ、お姉ちゃんのトコだ。花瓶の水を入れ替える時に、置いたんだった」
思い出しながら、玲奈は病室へと向かっていった。
~埼玉県所沢市総合病院 最上階の病室~
時間もあまり無いから、玲奈は足早に姉の病室へと向かい、そして近づいたその時だった。
『……ふふ、やはり……する.…には、此処じゃ……ば不可……』
声が、聞こえてきた。それは、姉の病室からだった。
「ん……?」
玲奈は少し不審に思った。今の時間帯での面会者は、あまりこれまでにはいなかった。一番、姉と一緒にいる自分だからこそ、判るのだ。
午前中に、母や父、そしてあの男。そして、和人もその後に。なら、一体誰がだというのだろうか?
『ふふ……、そう、そうだ。この香りだ。ずっと床に臥している今だからこそ……、何も誤魔化していないキミそのものの香りがするんだ』
玲奈は、その言葉を聴いて、その声を聴いて……誰なのか理解した。
あの男が来たのだと。
そして、憤りのない怒りを覚えた。今の姉は文字通り身動きがとれず、意思もそこには存在していない。そんな姉を辱める事なんて、許せるわけがない。いくら……、婚約者だと言われているあの男だとしても……!
だが、この時の言葉で、玲奈の身体に電流が走る事になる。
『ふふ、仮想世界での君。そして君の香りを仮想世界で再現させる為には、やはり、解析機が必要だからね。……少し億劫だと思うが、我慢してくれよ?仮想世界にいる君へのプレゼントにもなるんだからね。……あの世界で』
「っ!?」
……あの男は、何といった?
――……仮想世界で再現?
――……仮想世界にいる君への?
それらの言葉が頭の中を支配し、そしてぐるぐると回る。確かに姉である明日奈の意識は戻ってきていない。まだ、囚われたままだった。 だが、あの男は姉にプレゼントをする。と言っていた。
つまり、真相は……。
「無用心だな。須郷」
「っっ!?」
意識を集中していたせいか……、すぐ後ろにいた男の存在に玲奈は気付かなかった。
「っ! 誰だっ!!」
「い、痛っ! な、何するのっ!」
《須郷伸之》
明日奈の婚約者として、父親が選んだ存在。レクトのフルダイブ技術研究部門主任。アーガスが生み出したSAOサーバーを維持する為に選ばれたのがその部門である。……明日奈の命を握っている部門であり、そこの主任だ。
慌ててこちらへと向かってきた時、玲奈は首を掴まれた状態で拘束された。その顔を見て、須郷は驚愕する。
「れ、玲奈君! なぜここに!?」
誰もいない事を確認して、入ってきた。面会者もいない事を確認してだ。
――……が、これは病院側の不手際でもあった。
殆ど毎日、長時間訪れる玲奈。
それが当然であるかの様に思った病院の受付は、彼女の訪問のチェックを怠ってしまったのだ。それを見た須郷が、解析機と共にここへと訪れたのだ。
「痛いっ! 離してっ!!」
「ふん……」
乱暴に、離すと須郷の前へと玲奈は駆けつけた。
「今の話……どういう事? お姉ちゃんへのプレゼントって一体どういう事なのっ! 須郷さん!」
「っ……」
自身の独りごとが漏れた。それ故に、玲奈は疑問を持ってしまったのだ。須郷への疑念を強く強く持ってしまったのだ。元々、良い印象は持たれていなかった事も拍車を掛けてしまった。
即ち……。
「仕方がないなぁ……」
須郷は、驚いていた顔から何処か卑しさも含まれた表情へと変わった。心底嫌悪する顔になった。
「君には、招待する必要があるようだ。……あの世界へ」
「ど、どういう事!?」
「ふふ、全て判るさ。そして、君には拒否権はない。……何しろ大切な姉の事を思えば……ね?そうだろう?」
「……貴方が、貴方達がお姉ちゃんをっ!!」
「だとしても……、君はどうする事も出来んさ」
そう言って、もう1人の男は、玲奈の携帯端末を見せた。そして、1つしかない出入口に立っている。
「……因みに、最上階の部屋は、レクトCEOの御令嬢さまの病室しかなく、他の患者はいない。……そして今の時間帯、今このフロアにいる人物は我々しかいない」
腕を組み、そしてニヤリと笑っていた。
「そして、何よりも……須郷の言う通り、君の姉の命は我々が維持しているのだ。……うっかり間違えて、あのシークエンスが作動しない。とも限らないだろう?」
「っ……!な、なんでっ!? あ、貴方はお、お姉ちゃんの婚約者なんでしょ! なんで、そんな事をっ……!」
「まぁ、確かに。僕もそれは本当に本意ではないんだ。力付くで屈服させる事以上にね? だが、もしもこれから君教えてあげることを、外部に漏れでもしたら……、それこそ僕にとっては身の破滅だからね。……これから世界へと羽ばたく輝かしい僕の未来が途絶えてしまう。……天秤にかけたら、迷いはないさ。……なぁ? アスナ君」
舌舐りをしながら、姉の須郷を見た玲奈は心底嫌悪した。生理的嫌悪感に襲われていた。ここまで、感じた事はあの世界以来だ。あの世界での犯罪者プレイヤーだけだった。
そして、その後は玲奈はある場所へと連れて行かれる事になった。
抵抗する事は……姉の事を考えたらどうしても出来なかった。今の状況を、姉の状態を考えたら、操作1つでその命を奪ってしまう可能性だってあり得るから。誤作動だと言われたら……、それまでだから。
再びナーヴギアを付けられ、あの世界へと。
全て、あの茅場晶彦に押し付け、知らぬ存ぜぬとするつもりだろう。
「お母さんになんて言うつもりなのっ。私がここに来てる事はお母さんだって、お父さんだって知ってるんだよ」
「ふふ、何とでもなるさ。カバーストーリーを考えれば済むだろ? 例えば……、『姉に会う為に、会えると思ってあの忌々しい機械を試した。……すると、どういう訳か、抜け出せなくなった』……とかな?」
須郷が運転する傍らで、男がニヤリと笑ってそう答えた。玲奈は蒼白になってしまう。……そう言ってしまえば、本当に信じてしまいそうになってしまうから。これまでの自分は姉の事や、恋人の事でいっぱいだと思われているいたから、そう言う行動をとっても不思議ではないのだ。
「ふん。相変わらずあくどい事を直ぐに考えつくものだな」
須郷は、苦笑いをしながら運転をした。本来の彼の性格を考えたら、少し違和感を感じる。運転をしている、と言う立場でいる事もそうだ。プライドが高い男の筈だから。
「ふ、……が、実行に移したお前も相当だろ?オレはただ提供しただけだ。実験場と、そして知識をな?そのおかげで、比較的進歩を研げる事が出来ただろう?」
「まぁ、な。その点は感謝さえしてるよ。だが……」
「ふん。オレにはやらなければならない事があるんでな。……今のオレの全てがそこへと向いている。地位や名声にはとうの昔に興味は失せた。……もう、な」
2人の話をただ黙って聞いていた玲奈。一体、この人達は何をしているのだろうか?姉や自分をどうするつもりなのだろうか?……正直、殺されてしまうと頭の中に過ぎらなかったと言えば嘘になる。だけど、そんな気配はなさそうだった。玲奈はあの世界を二年も経験している。
生半可な死の恐怖くらいは耐えられる。そう、……自分のもの以外であれば、無理だった……。
そして、連れてこられた場所はレクト本社。フルダイブ技術研究部門。
「……ここから、アスナ君がいる場所へ連れて行ってあげるよ。玲奈君。……いや、レイナ君。ほどなくして、君も病室へと運んであげるよ。……患者の1人として。ね?」
ニヤニヤと笑う須郷。だが、レイナは屈しない。姉と会う事が出来るなら……、絶対にそこから糸口を紡いでみせると、ココロに決めたからだ。
自分たちは《双・閃光》。
片方の輝きだけでは、照らしきれないのなら……、2人で照らす。闇を必ず払ってやると。
「そう言えば、君はリュウキと言う人物を探している。そうだったな?」
「っっ!!」
ずっと、強ばらせていた表情。それが崩れた瞬間だった。
「……ふぅ、彼を連れて来たかったよ。この場所に。……精々絶望を味合わせたかった」
その顔には、殺意さえ感じ取れる。強い憎しみも同時に。
「は、……リュウキ君の事、なんで知ってるの」
思わず本名を言ってしまいそうだったレイナは直ぐに言い直した。……この男に言ってはいけない。そう強く感じたから。
「……知ってる、か。……それどころじゃない。因縁さえある男、……クソ餓鬼だ。まぁ最も、お前の言うリュウキがオレの知るあのクソ餓鬼であれば、の話だがな」
リュウキと言う名は珍しいものではないから、名前が同じと言うだけでは確信は得られない。……が、そうは言いつつも、そのリュウキと言う名を言う度に男は、ぎりっ……と歯を食いしばらせていた。
そして、それ以上は何も言わなかっし、レイナも口には出さなかった。
レイナは指示されるままに、ナーヴギアを装着し、強制的にある場所へと連れてこられたのだ。
~????????~
その場所は途方も無く広い空間だった。真っ白、それ以外に表現しようがない。ただ、光に包まれて真っ白になった、と言う様な表現ではなくただただ、無機質な場所だった。色と言う理念が存在しないのだろうか。そして、その場所に青い光が現れた。
その場所にやってきたのは。
「ふふ、ティターニアの妹君がここへと来てくれる日が来るとはねぇ……」
「あ、貴方……。須郷さんなの?」
「ふふふ、ここでは妖精王オベイロンだよ。ティターニア・レイ」
……そのアバターの姿は須郷のものではない。が、この嫌悪感は間違いなく現実世界での彼そのものだ。
「……判ったから、変な呼び方は止めて。……須郷さん」
「ははぁ、連れないねぇ……、本当に、ティターニアとそっくりだよ。……彼女もそうやって言っていたよ。興醒めになるように、ね。……この世界での頂点である妖精王と妖精女王だと言うのにね。流石は妹、と言った所だろうか。妖精女王の傍らに寄り添う光か。ふふふ……楽しみが増えそうだよ。」
須郷事、オベイロンは笑いながらそう言っていた。
何より、自分の事を《レイ》と呼んで欲しくなかった。そして、その笑顔の一つ一つが生理的に嫌悪感を誘う……が、今はそれらを必死にレイナは我慢した。
「それで、お姉ちゃんは……? 貴方が仮想世界で監禁してるんでしょ……?」
「監禁、とは失礼だねぇ、レイ。明日奈は僕の伴侶なんだよ? そしてこの世界は僕の世界。……この世界の神とも言える存在なのさ。なら、この世界にいたとしても不思議じゃないじゃないか」
「……それがお姉ちゃんの意思だとは思わないし、思えない。……貴方がしていることはただの監禁。……卑劣な犯罪だよ」
「ふふふ、いずれ……望むようになるのさ。彼女からね。……その時のアスナを見て困惑した君を見るのも楽しみの1つだったんだが……、まぁ良いだろう」
「……どういう事?」
レイナは、表情をこわばらせて聞いた。その話………すごく気になったからだ。かつて、聞いた事がある。そんな気がしたから。
オベイロンは両手を広げて答えた。
「ふふ、世間一般の連中は何一つ判っていない事なのさ。見てみるがいい」
オベイロンは、手を掲げた。すると、白い壁に映像が映し出された。
その世界の空には、たくさんの数の何かが飛んでいて……、夜空を埋め尽くしていた。神々しい光、幻想的な光を生み出しながら……。
「これ……確か……」
レイナには見覚えがあった。当然だろう、SAOに続くもう1つのソフト、VRMMOなのだから。あれだけの事件があったと言うのに、ユーザーからの強い要望もあり、生まれたのがこのソフト。
「そう、アルヴヘイム・オンライン。ALOと呼ばれる世界だよ。そして、僕たちがいるのは、その世界の中心に位置する世界樹。……神々と呼ぶに相応しい存在になっているんだよ」
喉の奥をククッと鳴らしながら笑っているオベイロン。本当に神にでもなったかのように、人々を上から見下ろしているのだ。
「ゲームの中、って事なの……。なんで、こんな事を……?なんでこの世界にお姉ちゃんを閉じ込めないといけないのっ」
怒気をはらましてそう言うレイナ。彼が言っている意味も判らないし、そしてしている理由も判らないのだ。
「ふふふ、それはねぇ……、レクトと言う器を早急に手に入れる必要があった。とだけ言っておこうかな?」
「な……」
この時はオベイロンではなく、須郷の言葉として言っている様だった。そして、更に続ける。
「僕はねぇ、君たち2人が僕の事を快く思っていなかったことは知っていたよ。……いざ結婚となると、拒絶されてしまう可能性が高いこともね。意識がない状態が都合が良かったと言う事なのさ」
「………っ」
「そして、君も知っての通り、今現在アーガスのSAOサーバーはレクトが委託、僕が主任を勤めている部門が管理している。命を維持しているという状況。……だから、その対価を要求する為に、今の状況を作り出したんだよ。正直、SAOがクリアされてしまうとは思わなかったんだけどねぇ。……が、それは最高の結果だったんだよ。……300もの被検体を得る事が出来たんだからな」
須郷のその言葉を聞いて、最後の言葉を聞いて……思わず口を押さえるレイナ。アスナ、姉の意識を奪う。昏睡状態での入籍は現状では不可能だ、だが その功績から、両親に要求すると言っているのだから。親の立場からすれば、娘の命を救ってくれている人も同然だから。
姉を利用して、そして両親を利用して。
そして、その後の話。
300という数字だった。聞いた事のある数字……。それは、あの事件から、帰ってこなかった人達の数だ、と直ぐに思い浮かんだ。被検体という言葉も同時に……頭の中に入ってくる。
「そんな……、あの世界から帰ってこれない人達、みんなみんな、貴方の仕業、だって言うの!?」
「ひひひ、そう、その通りだよ。まぁ、必要だったからねぇ」
わるびることもせず、さも当然のように言うこの男に対して、怒りを覚えない者などいないだろう。
「な、なんでそんなひどい事をっ!!? 貴方、人の命をなんだと思ってるのっ!! あの世界で、必死に生きて、ようやく解放されたのにっ! なんでよっ!」
「そう! そこが、今回のキモなのさ!」
待っていました、と言わんばかりに須郷はつづけた。その言葉を聴いて、思わずレイナは黙った。……その後の説明を聞いて、身体の中からシビれる様な感覚、そして脳裏にかつての記憶が鮮明に浮かび上がってきた。
「見てごらん? 彼らを。……彼らは、いや、一般人達はこの世界をフルダイブシステムをただの娯楽市場の為だけじゃないという事実をまるで判っていない」
映像に映るプレイヤーたちを見ながら狂気の笑みを浮かべ、続ける。
「ふふ、こんなゲームはただの副産物でしかない。その真髄は、フルダイブ用インターフェースマシン、つまりナーヴギアやアミュスフィアは、電子パルスのフォーカスを脳の感覚野に限定して照射し、仮想の環境信号を与えているわけだが……、もしも、その枷を取り払ったらどういうことになるか? ……それはね、脳の感覚処理以外の機能、すなわち思考や感情、記憶までも制御できる可能性があるってことなんだよ」
エメラルドの瞳にどこか逸脱した輝きが宿っている。レイナはこの時心底恐怖した。そして、あの世界でのことを脳裏に呼び覚ました。
『……ナーヴギアのその枷を取り払ったらどう言う事になるか。脳の感覚処理以外の機能を……思考から感情、記憶まで制御できる可能性があるって事。……その為にはかなりの高性能の演算能力を用いたコンピュータ。そしてそれを昼夜問わず制御する為のシステムの構築。それが必要だった。……オレ達技術者はそれの為に利用されたんだ。話によれば、普通の技術者より、オレとサニーだけで、数年分のカットが出来るらしいんだ』
あの世界で、彼が言っていた言葉、そのままだった。
「そ、そんな、で、でも そんなの有り得ない。だって、だってその研究は……何年も前に……」
レイナは、驚きのあまり……言葉がそれ以上出てこなかった。
「……ほう。あの餓鬼は、そんな事までお前に打ち明けたていたのか。つまり」
そんな時だ。レイナの背後に、あの男がいた。
「……貴様が言うリュウキと言うのはあのクソ餓鬼で間違いないと言う事だな」
「い、痛ッ!!」
男は、まるで万力の様な力でレイナの首根っこを握りしめ……、そして宙に持ち上げた。
「おいおい、彼女は僕の義理妹なんだぞ?手荒な真似はよしてくれよ」
ニヤケ顔でそう言う須郷。苦しむ姿を見る事、それも彼の快楽の1つなのだ。アスナに似ているレイナであれば尚更。……須郷は、レイナの事はアスナの代用品程度にしか、考えてない。
「うっ……ぐっ……」
その力は、徐々にレイナの意識を奪っていく。
「須郷。貴様もオレと同じように憎しみを持っている筈だ。……気持ちは判るだろう?……あの男は、貴様の被験者、研究素材になる筈だった、サンプルを逃がした男なんだぞ?」
「……………」
須郷は、その言葉を聞いて 表情を鋭くさせた。
「……オレが言った筈だ。SAOは何れクリアされる事は間違いないと。……あの世界には、あの男がいたんだ。……忌々しいが、事デジタルの世界であれば、あの男の右に出る者はいないとされているからな。」
「……おやおや、この僕以上に憎しみの対象である筈のその子供を褒めると言うのか?グラビドン。」
「……重力魔法を設計しただけで、その名を付ける所を見ると随分と安直過ぎる様だな?オベイロンは」
「……五月蝿いよ。ふふ、そう言う君もノリノリじゃないか!」
後半部分は、ただのじゃれ合い?とも思える。だが、決して笑えないもの。邪悪だって思える男達の会話だった。
「……サーバーには茅場晶彦がプログラムしたプロテクトが厳重に張り巡らされてある。……故に、外からの手出しは事実上不可能だった」
「ふん。そうさ、あの人は天才だが大馬鹿者さ。だからゲーム世界の創造だけで満足して満足してしまったから。満足したからこそ、あの世界と共に心中するつもりだったんだろう! ……が そこに、グラビドンが言うリュウキと言う子供が入ってるしている。だから高確率でゲームはクリアされる。だったかな?」
「その通りだっただろう? だからこそ、ルーターに細工をする事が無意味じゃない。クリアはされるんだから。……だが、予想外だった。まさか、あの男がALOサーバーに送る際、回路の流れを変えた。……本来なら、有り得ない事だが」
男は、掴んでいた手を離した。レイナは、どさっと崩れ落ち、仮想世界だというのに、必死に空気を求めていた。
「外からの細工を、中から回避する事など出来る訳がない。……だが、現実ではもっと拉致する事が出来た筈だった数が減っていたんだ。……原因を追究している時、メインコンピュータの中に痕跡が残っていた。コードを書き換えられ、プロテクトが破られ。……あれ程のもの、あの鮮やかとさえ言える手際はあの餓鬼のもの。……何年も見てきたオレだからこそ判った」
男はそう言うと、再びレイナを掴み上げた。
「……須郷。この娘はオレに預けろ。予感がしてきた。……アイツがここに来る予感がな」
「それは有り得ない事だよ。ここ世界樹の上にたどり着くのは絶対に不可能さ。……高難易度、じゃない。不可能クエストだからねぇ」
須郷はそう言うが、男はただ笑っていた。酷く歪んだ笑いだった。
(りゅう……き、くん………はや、と……くん……っ)
……殆ど薄れた意識の底で、レイナは、彼の名を呼んでいた。
~中都アルン~
その場所はあまりに美しく……、そして荘重な積層都市の夜景だった。古代遺跡名対し作りの建造物が縦横にどこまでも連なっている。時刻は夜……。だというのに、光で満ちており、その光景は星屑を撒いたかの様に思える。
そして、その街を象徴するものは、この美しい星屑の光達でも、鮮やかな積層の都でもなく……。
「………世界樹……。」
そう、濃紺の夜空を枝葉の形にくっきりと区切る影。荘厳たるその存在。この世界の中心に聳え立つ世界樹だ。
「……間違いないよ。ここが《アルン》だよっ!アルヴヘイムの中心。世界最大の都市」
「……ああ、漸くだな。本当に……」
「ヨツンヘイムに落ちた時は一体どれだけかかるんだ? と思ったが、強ちかからなかったみたいだな」
「ほんと、良かったよ。キリト君とドラゴ君のおかげだよ。トンキーを守れたのは」
リーファはそう言って笑っていた。トンキーとは、妖精の国アルヴヘイムの地下に広がるもう一つのフィールド。邪神級モンスターが支配する闇と氷に閉ざされた世界、《ヨツンヘイム》に存在している邪神モンスター。姿は象と海月を組み合わせた様な風貌で、色は雪の様に真っ白。
キリトがトンキーと名付けた。
ひょんな事から、邪神同士の争いを目撃、そしてリーファがその片方を『助けよう!』と提案したのだ。そして、それは無事に助ける事ができ、そこから本来であれば、残ったモンスターとの戦い、こちらは逃げる。と言う選択を取ろうとしていたのだが、モンスターで、カーソルも黄色を示しているのに、その邪神は攻性を決してみせなかった。……テイムをしたのか?と一瞬思えてしまったが、それは生憎なさそうだった。
「……それは良かった、と思っているよ。……キリトは未練タラタラだったようだが?」
「う゛……、し、仕方ないだろ? あんなレア武器見たら誰だって……」
ヨツンヘイムから脱出する際の事。
トンキーの背に乗って、アルブヘイムにまで戻ろうとした時、空中ダンジョンの最下部で光り輝く剣を目の当たりにしたのだ。リーファはその時、声を荒らげて言っていた。
あれは、間違いなくALO最強の武器である《聖剣エクスキャリバー》だと。
「……全てが終わったら、手伝ってやるよ」
「お? 言ったな? 絶対だからな」
「二言はない」
「あ、あたしも同行するよ! でも、あそこは相当な難易度の筈だから、それなりに準備と人数はいるっておもうけどね。あーあ、リタも羨ましがる……訳ないか。あれだけ寒い場所だったし。ものすごい怒りそう……」
「ちょうどいいじゃないか。火を出してくれるんだから」
「あのね、キリトくん。火は確かに熱くて、ちょうどいいかもだけど、あれは凍結状態解除なんてしてくれないし、殆ど攻撃なの。圏外で受けたらダメージだってあるんだからね? ノックバック付きで!」
「わ、わかってるよ……」
3人はそう話をしていた。因みに、リタはサクヤ達と一緒にいる。なんでも、彼女達に、世界樹攻略において、魔法部隊での編成や、攻撃魔法についての事、色々と頼まれ事があったのだ。魔法関係の頼まれ事だった為、渋々としつつも、了承をしていたのだ。リーファ曰く、断るなら最初の一声で、迷ったりしたら、高確率で了承だとの事。
……去っていく時、会話が聞こえたのか?リタから睨みつけられたが……、攻撃は受けずに済んでいた。
(でも、リタって、ドラゴ君の事……、ちょっぴり思ってたんだけど、違ったのかな?)
リーファはそう思ってもいた。少なからず、ドラゴに惹かれている……と思っていたリーファは、あそこで別行動を取るとは思ってなかったのだ。……が、リタは一旦分かれる、と言い、サクヤ達の方へと向かったのだ。
(……ま、一旦だし? わかんないかっ)
そう思うとリーファはニヤっと笑っていた。そんな時だ。
「おおぃ、早く行こうぜ。定期メンテがあるみたいだから」
キリトがリーファを呼んだ。このアルンの空には、アナウンスが響き渡っていた。それは、ゲームの演出、BGM等ではなくシステムアナウンスだ。
「わ、わかってるよ!なら、宿屋でログアウトしよっ! 一応さ」
リーファも早足で追いかけてそう言う。
「……午後三時まで、か」
あと少しでログアウトをしないと、強制ログアウト措置をとられてしまうだろう。つまり、今日のところはこれまで、と言う事だ。
そして、その道中。
「……ドラゴ」
「ん?」
キリトは不意に、ドラゴに声をかけた。
「……お前に会って欲しい人がいる、以前にも言ったが、大切な事……なんだ。頼む。何時だっていい。……約束してくれ。会ってくれるって。……オレもその会って欲しい人に連絡を入れておくから。……頼む」
キリトはそう懇願した。その程度は自分たちには判らない。
……レイナの事を思えば、直ぐにでもと思った。
だけど、無理は決してさせられない。だからこそ、『何時だっていい』と付け加えたのだ。
「………ああ、判った。……約束する」
ドラゴは頷いた。キリトの言う人。その人が、全てのピースを埋めてくれる人だと、どこかで確信をしていたから。
キリトは、そしてユイは、全てを悟っていた。
彼の事を、そして 今の彼の現状が全て……。
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