黒魔術師松本沙耶香 薔薇篇
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19部分:第十九章
第十九章
「後二人。そして」
「残された薔薇は二つ」
「青と黒ね」
「青と黒」
その二つの色を聞いた速水の右目がピクリと動いた。
「まさか」
「何かに気付いたのね」
「はい、青と黒ですね」
「ええ」
「そして今までに使われた薔薇は」
「赤と白と黄」
「やはり」
そこまで聞いて速水は遂に気付いた。
「謎が一つ解けました」
「それは何かしら」
「この薔薇の色ですよ。何だと思われます?」
「赤に黄に白、そして青と黒よね」
「そうです。錬金術でも加わるものです」
「待って、錬金術よね」
魔術も占術も錬金術と関わりが深い。タロットカードの二十二枚のカードはそれぞれ錬金術の奥義を隠しているとさえ言われている程である。魔術は錬金術と表裏一体でもある。両者はそれぞれ錬金術と密接な関係があるのだ。そしてその錬金術はヨーロッパだけには留まらないのだ。錬金術のはじまりはエジプトにあるとされる。またアラビアでも発達した歴史がある。当時のキリスト教に比べて遥かに寛容であったイスラムは錬金術も奨励していたのである。それによってアラビアの科学技術はかなりの発展を遂げたのである。そしてこれはユーラシアの西部だけではなかったのだ。
「錬金術はヨーロッパやアラビアだけではありません」
「ええ」
それは沙耶香もわかっていた。伊達に魔術師をやっているわけではない。
「そしてそのルーツの一つには」
「中国ね」
そのうえでこう述べた。
「中国の様々な思想」
「神仙や」
「五行思想ね」
遂に沙耶香はそこに言及した。
「ですね。それと完全に合わさりますね」
「迂闊だったわ」
沙耶香は酒を前にして呟いた。その言葉と顔からは彼女の心境は読み取れないがおそらく苦渋を舐めているのであろう。
「薔薇に目を取られて」
「薔薇といえば西洋のイメージですからね」
「そうね、盲点だったわ」
「ですが」
それがわかれば話がかなり繋がってくる。速水はそれを感じていた。
「これですと薔薇もまたどうして使われたのかわかりますよ」
「まずは赤ね」
「はい。赤は」
「火、ね」
沙耶香は答えた。五行思想において赤は火、そして南を司る。
「黄は土で中央です」
「そして白は金で西」
「朱雀と麒麟、そして白虎が出ましたか」
朱雀は火を、白虎は金を司る。そして麒麟、若しくは中蛇が中央を司るとされている。五行思想にはそれぞれの動物が配されているのである。
「後の二つは」
「水に木ね」
「何が来ると思いますか?」
「五行思想よね」
「はい」
速水は答える。
「だとすると」
沙耶香には次の答えが待っていた。それはもう出ていた。
「黒ね」
「やはり」
「相生論になるわ」
「おわかりになられましたか」
「中国の術にはあまり詳しくはないけれどね。それはわかるわ」
「はい」
相生論は五行思想のリンクの一つである。火から土が、土から金が。金から水が、水から木が、木から火が生じるという考えである。この論によって中国の王朝の変遷も語られる。水の秦から木の楚、そして火の漢である。司馬遷の史記にも書かれている。漢の高祖劉邦は赤龍の子とされたのはこのことに由来がある。尚漢の後の魏の曹操は土であり、その後の晋は金である。それぞれ属性があるとされている。この論理を続けていけば面白いことが一つ見える。清王朝は水の王朝であり、黒となる。その後の中華民国は木、即ち青だ。そして中華人民共和国は火、赤になる。蒋介石は藍衣隊というものを結成していた。所謂青シャツ隊である。中華人民共和国は言うまでもなく共産主義であるから赤だ。意図しているのであろうか、この二つは見事に一致するのである。
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