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真・恋姫無双〜中華に響く熱き歌

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第16話 馬中の赤兎、そして天使の声


并州の一都市、晋陽の街の西方にて約300人程の軍人がいた。
その半分以上が馬に乗っており、騎手はいずれも精鋭である。
そして馬の方も普通の馬ではなく、并州や涼州、幽州などの良馬を産出する地方で手に入れたものだ。
そんな彼らが集まる理由、それらはある目的のためである。
「さあて、今日こそは捕まえてやるわ!!」
張り切っているのは緑髪の眼鏡の少女、賈詡である。
「さっさとあの暴れ馬を捕らえて、月に献上するわよ!」
と、瞳に、いや体中から炎のような闘気を放っているように見える賈詡。
「この前は逃げられたけど、今日こそは、今日こそは!」
さて、賈詡がここまで燃えている理由、それは、ある馬が原因である。
「たくっ、あの赤いの、さんざん悪さしてくれたわね。
だけどそれも今日でおしまいよ!
覚悟しなさい、赤いの、いや、『赤兎』!!」
賈詡の言った赤兎とは、最近并州に出没している毛並みが赤い馬である。
この赤兎、并州の各地で悪さをしており、田畑を荒らしたりしている。
そのため、各地でこの赤兎に対する陳情が相次いでいる。
それに加え、この赤兎、体が並の馬よりも大きく、肩までの高さが大人の男よりも高い。
それだけではなく、並の馬と比べることが出来ないほどの足の速さを持っている。
以前、并州の軍がこの赤兎を捕まえようと軍を派遣した。その中には騎馬隊もおり、馬は涼州などの良馬の産まれの中でも優れたものを用意し、騎手も同じく涼州などの騎馬の扱いに長けたものを用意した。
だが、だがそれでもこの赤兎とは比べものにならない。
この騎馬隊の中でも精鋭揃いで振り切られたのだから。
そして、罠も張ったりしてみたのだが、見破られてしまう。
そのために頭も良い。
挙句のはてには罠を正面から力技で突破するほどだ。
これは頭の良さよりも身体能力が凄いが。
これほどの力や知恵を誇る赤兎を并州の人々は『馬中の赤兎』と称したほどだ。
そのために賈詡は、この赤兎を捕まえ、涼州の治安の安定、そしてこの赤兎をある者に与えるつもりだからだ。
その者は呂布である。
賈詡は、以前呂布と華雄が試合をするところを見ており、華雄が完膚なきまでに負けたところを見ている。
それを見た賈詡は、なんとしても呂布を自陣営に取り込みたかった。
だから必ず捕らえ、赤兎を呂布に与え董卓陣営に引き込む、そう考えていた。
そのために、赤兎を捕らえるための罠を張り待ち構えていた。
「だけどもし、捕らえられなかったらその時は・・・」
そう呟く賈詡の目は今だ現れない赤い馬を今か今かと前を見つめていた。



場所は変わって、晋陽の西の城門から賈詡たちのいる西方に向かうバサラ。
賈詡たちのいる場所は晋陽の街からそれほど離れておらず、4、5キロほどの距離にいることを街の人から聞いていた。
「確かあっちに居るんだっけな。よっしゃあ!行くぜ!
待ってろよ赤兎!おれの歌を聴かせてやるぜえ!」
そう叫びながら賈詡たちと、そして赤兎がいるであろう西へと走り出す。


それから30分ほどが経ち、また場所が変わって賈詡が赤兎を待ち構えていた。
「・・・来たわね・・・。」
そう呟く賈詡の目線の先には大きな体を誇りながら悠然と歩く赤い馬が来た。
「相変わらず偉そうに歩くわね。でも、今日こそは捕まえてやるわ!余裕でいられるのも今のうちよ!」
そう呟く賈詡と赤兎との距離はおおよそ1キロといったところか。
話と関係無いが、目の悪い賈詡がそれほど離れた距離の赤兎を見つけられたのは、いくつかわけがある。
一つは賈詡は軍を指揮する立場なので、全体を把握する必要がある。
そのため、小高い丘にいるから、少し離れた距離でも、見ることができる。
二つ目は赤兎自身にある。その赤く大きい体は良くも悪くも目立ち過ぎる。これが最大の原因である。
そして賈詡から見て赤兎を包囲する形であった。
これは幾重にも張り巡らせた罠と、精鋭である騎馬隊での包囲という意味だ。
これで賈詡の策は成った。
あとは策を実行し、捕らえるだけである。
だが、賈詡は采配を振り下ろしてはいない。
(あいつ、私を、騎馬隊の方を見て、その上で歩いて来た。そして悠々と草原の草を食べてる・・・)
賈詡は赤兎の振る舞いに驚愕していた。
自分たちのことを歯牙にも掛けないような振る舞いに、そして怒りが込み上げる。
「・・・上等じゃない。その余裕、いつまで続くか見せてもらおうじゃない!」
そう叫び、賈詡は右手に持つ采配を掲げ、
「全軍、作戦通りに動け!あの赤いのをとっ捕まえるわよ!」
振り下ろし、作戦を開始する。


まず、赤兎の左右と後ろに位置する騎馬隊が突撃する。
赤兎はそれに気づくと、前へと走りだす。
左右からも突撃をさせたのは、後ろだけでは追いつくどころか離される一方なので、左右にも1列に並べ突撃させたのである。
それでも赤兎の足を止めることは出来ず、駆け抜けてしまう。
だが、それは想定内である。

「よし、今よ!」
賈詡の合図で地面に伏していた兵たちが槍を赤兎に構える。
赤兎の脚を止めるためである。
これならと賈詡は思った。
だが、赤兎はそれを見ても脚を止めることはない。
むしろさらに速度を上げ、兵たちに近づく。
(突撃して兵が逃げだすようにするため?おあいにくさまだけど、うちの兵に馬に恐れをなして逃げ出すような奴はいないのよ!)
そう思いながら、槍兵の後ろに隠れる網を持った兵たちに合図を送る。
奴が脚を止めたら、網を投げ、絡ませ、捕まえる。
至極単純な手だが、網は一度嵌れば抜け出せない。
単純だがこれが効く。
(さあ、これで終わりよ!)
そう確信して賈詡だが、赤兎は脚を緩めることは無い。
まるで、風のように走り続ける。
(左右のどちらかに逃げる気配は無し、それとも、自慢の巨体で無理矢理抜けるつもり?
まあ、どちらにしても網で捕まえるけどね。)
だが、その予想はどちらも外れていた。
跳んだ。
そう、跳んだのだ。
赤兎は槍兵の3、4メートルほど手前から跳び、槍兵の頭上を跳び越え、後ろに控えていた投網部隊の何人かの頭も跳び越えた。
それを見た賈詡を含めた全軍は驚愕に満ちた。
こんなやり方で、罠を越えるなんて。
并州の兵は馬というものを良く知っている。
涼州などの良馬の産出地で産まれ、北方の五湖と戦い、理解している。
だが、この馬は、この馬は違う。
今まで自分たちが見てきたどの馬とも違う。

ただそう思うしかできなかった。

「なんなのよ、あれ・・・」
賈詡は戦慄していた。
自分の考えたあの罠をあんな方法で越えるなんて。
賈詡は以前赤兎を捕まえようとした時、赤兎の以上性を見てきた。
并州のどの馬でも足元に及ばない脚の速さ、罠を見破る知性。
どれも見て知っていた。
知っていた、はずだった。
赤兎に対しての策はそんなに多くない。
後ろから追いたてて罠にかけようとしても、追いつくどころか引き離される。
落とし穴やひもを脚元に張っても見破られる。
だから赤兎に対しての策はこの単純な策しか思いつかなかった。
いや、他にもいろいろ考えついたが、ことごとく通じないだろうと思った。
それほど以上な存在なのだ、あの馬は。
そして目線の先の赤兎は少し離れた小高い丘に向かう。
そしてこちらを振り向き、賈詡と兵たちを一瞥した後、もう興味が無いとでも言うように前を向き、地面に生える草を食べる。



その頃、赤兎のいる近くの小高い丘にて、
「やってくれるじゃねえか・・・」
バサラが呟く。
「やってくれるじゃねえか・・・」
再度呟く。
バサラは并州の軍が赤兎を捕らえようとしていたのを見ていた。
それを赤兎が越えたのも。
それを見ていたバサラは、震えていた。
恐怖からではなく、歓喜の感情だ。
それはかつて、宇宙を遊泳するクジラの群れの長の白いクジラが攻撃を受け、びくともしなかったのを見た時に似ている。
それほどの衝撃をあの赤い馬から感じた。
この思いをあいつにぶつけて、伝えたい。
そう思った。
なら、やることは決まっている。
「やってくれるじゃねえか!赤兎!」
そう叫びながら、赤兎に向かって走る。

バサラに気づいた赤兎はバサラをただ見つめていた。
バサラに敵意は無いのを感じたのか、ただ見つめている。
バサラが赤兎の前に立つ。
「いくぜ、赤兎!おれの歌を聴けええええ!
ANGEL VOICE!!」
そう叫びながらギターを弾き、曲を弾き、歌い出す。


「あいつは・・・!」
少し離れたお丘から叫び声が聞こえたので、そちらを見たら、あの男が赤兎に向かって走っていた。
赤兎の前に来たかと思えば、いきなり歌い出した。
(何しに来たのよ、あいつは!邪魔しに来たの?
そもそもいくら頭が良いといっても、あれは馬よ?
歌なんて分かるわけないじゃない。)
賈詡はそう思っていた。
だが、他の兵たちはバサラの歌を聴いて元気を取り戻した。
バサラは晋陽の人々、それは身分などに関係なく歌っていたため、晋陽の人はバサラのことを知っているし、バサラの歌を認めている。
兵士たちの様子を見た賈詡は驚愕した。
たかが歌がこれほどまでに士気を上げるとは。
賈詡は、バサラに対して月のことで嫉妬していた。
それだけではなく、歌などで争い事を解決なんてできるわけない、賈詡の並み外れた知性がそう結論付けた。
そのために賈詡は今までバサラの歌を評価していなかった。
だが、兵たちの様子を見るとその評価を変えざるを得ない。
そして賈詡自身も今までちゃんとバサラの歌を聴いていなかったが、実際に聴いてみると、なるほど、こんな歌など、聴いたことが無い。
バサラの歌のことは侍女などに聴いてみると、身体も心も熱くなるようなそんな感じがします。
そう聞いていた。
だが、この曲は、歌は、歌声は、熱くなるだけでなく、力が湧いてくるような感じがする。
それだけでなく、安心する。
これが、歌の中にある、天使の声ってやつなの?
どうやら歌も終わりに近づいてきたのか、歌声に力がこもる感じがする。
「Wow oh oh〜、Wow oh oh〜、Wow oh oh oh〜!!」
《〜ギャオ〜ン、ギャオ〜ン、ギャオ〜ン〜!》
その光景に私は驚いた。
「赤兎が、歌ってる・・・?」
そんな、馬鹿な。
あれは、赤兎は、頭が良いと言っても歌が分かるなんて、ましてや歌うなんて、馬が出来るわけない。
そして、それは、私たちの馬もだ。
私たちの軍馬も歌い出した。
それを見ていた兵たちも驚いていた。
どうやら兵たちも同じように考えていたようだ。
だが、あの男は、本当に何者なのか?
歌うはずなんかないと考えていた馬に歌わせる男。
「なんなのよ、あいつは?」

歌も終わり、ギターも弾き終わる。
そして、バサラは赤兎に
「なかなかだったぜ、お前の歌。」
優しく話しかけ、赤兎の歌を褒めた。
「ブルウ。」
赤兎は、バサラに答えるように声を出し、バサラに近づき、バサラの顔を舐めた。
「ん?へへっ。」
バサラは、なすがままに舐められていた。
赤兎は、ある程度舐めた後、脚を曲げ、身体の横側をバサラに向けた。
「・・・乗っていいのか?」
そう聞くバサラ。
赤兎は首を縦に振ることで、答える。
「そうか。なら、乗せてもらうぜ。」
バサラは赤兎の背中に乗り、赤兎は脚を伸ばす。
そして、バサラを乗せ、駆け出す。
「へへっ、すげえぜ、赤兎!」
そう叫ぶバサラの顔は子供のようであった。
それを丘から見ていた賈詡と兵たちは呆然と見ていることしか出来なかった。



 
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