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黒魔術師松本沙耶香 妖女篇

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25部分:第二十五章


第二十五章

「そして私もね」
「貴女もなのね」
「安心しなさい。そうした術は使わないわ」
 それは確かだというのだった。
「そして盾にも使わないわ。私はね」
「そうですね。何故なら」
 その理由をすぐに察した速水だった。そしてすぐにそれが何故かをその口で言ってみせたのであった。
「貴女が愛でる存在だからですね」
「その通りよ。私は愛するものを傷付けることはないわ」
 その目を細めさせての今の言葉であった。
「決してね」
「それは私もよ」
 そして沙耶香もそれは同じだというのであった。
「それはしないわ。何があってもね」
「そうよ。だからよ」
 ここまで話したその二つが理由なのであった。
「彼女達は安全よ。何があってもね」
「造作もないことです」
 速水はいつもの様にその手にカードを出してきた。タロットカードの小アルカナである。数枚その手に出してきてみせたのである。
 そしてそれを構えながら。また彼女に告げるのであった。
「貴女だけを倒せばいいのですから」
「果たして倒せるかしら」
 依子は速水の今の言葉を否定するようにして疑問符を付けて笑ってみせた。
「この私を。貴方達が」
「これまで通りよ」
 しかし沙耶香はこうその依子の言葉に返すのだった。
「それについてはね」
「私は強いわよ」
「それはわかっているわ」
 依子の言葉を否定することはなかった。
「よくね。むしろ」
「そうね。わかり過ぎている位よね」
「貴女のことは何でもわかっているわ」
 薔薇を上に放り投げた。その紅の薔薇を。
 すると薔薇は上で散りそこから無数の花びらになった。そうしてそのうえで依子の上を覆ってきたのである。
「全てね」
「なら倒せるかどうかは」
「言った筈よ。全てよ」
 薔薇を放ってからも述べ続ける沙耶香だった。
「全てね」
「それでどうしたのかしら」
「これまで二人で闘ったことはあったわね」
「そうですね。よくありましたね」
 速水はカード達を右手に持ったまま沙耶香の言葉に頷いてみせた。
「それもまた」
「その時に貴女が私達に勝てたことはなかった筈よ」
「そうだったかしら」
 今の沙耶香の言葉には忘れたふりをした依子だった。
「覚えていないわ」
「そう言うのね」
「ただ。そうであったとしても」
 そして一旦打ち消したうえでまた告げてみせたのであった。
「今の私は違うわ」
「勝つというのね」
「そういうことよ。今はね」
 言いながらまだ悠然としていた。その上の紅の花びら達がゆっくりと舞い降りてきている。
 その花びらには既に気付いている依子だった。そして言うのであった。
「薔薇の花で私を、というのね」
「ヘリオガバルスよ」
 ここでこの名前を出してみせた沙耶香だった。
「知っているわよね」
「勿論よ」
 悠然とした態度で返す依子だった。
「それもね」
「ローマの皇帝だったわ」
「同性愛者にして贅を極め退廃の中に生きた皇帝」
 それがヘリオガバルスであった。己を女にしようとし実際にそれに扮し娼婦になってみせたこともある。あらん限りの贅を極め奇行の限りを尽くした。そうした男である。
「その彼ね」
「彼が薔薇を愛したことも知っているわね」
「当然よ。そしてしたこともね」
「彼は薔薇で人を殺したわ」
 今彼女の上にあるその薔薇で、というのである。
「薔薇の花びらを上からかけ。それで圧死させたわ」
「その濃厚な香りの中で」
「この花びら達に圧せられることはないわ」
 それはないという沙耶香だった。
 
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