ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。
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第二十一話
前書き
もう何も言うまい。
戦い方を教えて欲しい。
こんな簡単な一文を、アイズは躊躇いがちに口にした。一級冒険者としての信念や年上としてのプライド、そして巨大派閥の幹部としての面目といったものが喉を絞めていたが、好奇心には勝らず言葉として発せられた。
冒険者になって一ヶ月過ぎようとしている所謂駆け出し冒険者に、冒険者になって何年も戦線に身を置き続けているベテラン冒険者が頭を下げて教えを乞うというのは珍妙な構図である。というか、ありえない、あってはならない構図だ。
しかしアイズはずっと気になっていたのだ。初めて目の前の少女に出会った瞬間のことを。
Lv.5のベートが本気で放った拳を見もせず回避してみせた。しかも、岩盤を容易く砕く握力で襟を掴まれた状態で、である。
最初はレイナがランクを詐称してるのかと思っていた。常識的に考えて神の恩恵を受けた者の攻撃に対処するには、それと同等の質を備えなければならない。たった1つ数字が違うだけで画然とした相違が生まれるからだ。
そう思っていたところで、レイナがトロールを瀕死まで追い込んだのである。ヘファイストスの武器を勝手に持ち出すという大胆な行動に驚かされたが、それ以上に無所属であるはずの彼女が、あろうことかLv.2のモンスターを苦にせず対処してしまっていたことが驚異的だった。
ここでアイズは考え方を変えた。仮に所属を詐称していたとしても、レイナはそこまで高いランクではないはずだと。
理由は至極単純、先述の通りランクが1つ違うだけでも圧倒的な差が付く世界なのだから、レイナがLv.3以上であったならば素手でも十分倒せたはずだからだ。加え、ランクを詐称している人がメインストリートを疾走して武器屋から武器をかっぱらうなんてことはしないと思う。
だから、Lv.3のナチュルと行動を共にしていても疑問は抱かなかった。十七層はLv.2が推奨ランクと定められているため、同じLv.2のトロールを退けてみせたレイナが挑むことができておかしくない。まあ、本人曰く贖罪のために潜ったらしいのだが。
そして、最近魔石換金所で『ちっちゃい女の子がLv.2以上の魔石をゴロゴロ持ってくる』と受付の間で話のタネにされている。その女の子の特徴を聞いてみると綺麗な黒髪に、片手に身の丈ほどの長柄武器を携えているのだという。
ますます怪しい。
そんなことで、アイズはレイナに目に付けていたのだ。同じ冒険者として、レイナから何か特別な匂いを感じ取っていた。次に会ったときに、ぜひその腕前を見てみたいと思っていた。
「……」
天を仰げば無数の星が瞬き、摩天楼が夜のオラリオを見下ろしている。アイズが冒険者になりたてのころ、一方的な喧嘩をした後に駆け込んでいた城壁の上である。ベルとの密会にも使っている場所だ。
そろそろ遠征が迫っていることもあってかファミリア内が張り詰めつつあるなか、朝早くに抜けて夜遅くに帰ってくるアイズを心配するメンバーも数多い。そこから詮索されて密会がばれてしまえば双方共に迷惑を掛けてしまうのは必至だが、それでもアイズは知りたかった。
ベルに感じる既視感と、レイナに感じる可能性を。
「お待たせ、かな」
キンと涼やかな音に振り返れば、バックパックを抱えたレイナが、闇夜に輝く銀槍を地に突いて立っていた。
本人曰く十三歳に相応しい無邪気な容姿に、子供らしいと言えば子供らしいがどこか大人びえた雰囲気のある口調が、レイナの不思議な佇まいを際立たせる。
幼い子を深夜に呼び出して戦闘訓練してくれ、だなんて非常識ここに極まれりだが、レイナもレイナで深夜くらいしか時間が空いてないとのことだ。早朝はベル、正午はレフィーア(今日そういうことになってしまった)の訓練の面倒を見なければならないアイズとしては大助かりだ。
「ううん、ちょうど今来たところ。じゃあ、よろしく……お願いします?」
一級冒険者が下級冒険者に手ほどきを受ける、奇妙な絵図が完成した。
◆
「まず今朝も言ったけど、私は正統な剣術とか槍術の心得は無いから、コレといった訓練方法とか知らない。だから、とにかく私と打ち合って、そこからアイズの知りたいものを探し出して」
「解った」
ようはベルとの訓練の立場が入れ替わっただけだ。
私から教えることなんて無いと思うんだけどなぁ、とぼやきながらバックパックを隅に置いて槍を構えるレイナ。
私の身近で槍を使う人と言えばフィンくらいだ。駆け出しのころフィンから戦闘を学んでいた身としては、フィンの奨めで槍の心得を少しだけ持っている。槍に関してはまだまだ素人の身だけれど、レイナの構えは一目見て意外なほど普通なものだった。
と言うより、戦闘を何も知らない一般人に槍を持たせたらこんな持ち方をするだろうなぁ、という感じの構え方だ。
剣術に身を置く者として言わせてもらえば合理的な面もあれば、不合理な面もある。あやふやにして曖昧、歴然とせず画然とせず。そんな印象だ。
どこか肩透かしを食らった気持ちで、ともかく、私は愛剣の鞘を自然な力で握り締めて、その先端をレイナの首元に突きつける。
ベルとの訓練で学んだ通り、私は力加減が下手だ。ベルは神の恩恵を受けていたからまだ良かったものの、今回は無所属の少女だ。うっかりミスった、で済まされる話では無くなってしまう。この際だから力の加減を覚えることにも重点を置こう。
お互いの間に夜風が一陣、吹きぬける。それを開始の合図と捉え、私は一気に間合いを詰める。もちろん感覚的にはLv.1程度の力で、だ。
まだ私の中で燻っている『根本的に勘違いをしていて、レイナは普通の冒険者だった』という可能性を確かめるべく、ベル相手に放ったものより更に穏やかな攻撃を放った。
対するレイナは開始時の構えのまま不動を貫き、私の放った鞘にようやく視点の照準を合わせたところ。
もしかしたら本当に勘違いだったか。そう思った、次の瞬間だった。
ゾッ、と。背筋が凍てついた。ダンジョン内で何回も味わったことのある、命の危機を察知したときのように。
「ッ!!」
声にならぬ声を漏らし、力の加減を忘れて思い切り後方へ跳躍した。呆気なく城壁の床が踏み砕かれ礫が宙を舞う。その隙間から氷のような冷たい光沢を放った穂先が垣間見える。それを視認してようやく己の身に迫っていた危機を理解した。
突かれていた。私が油断したその時に。動きに着いて来れていないと思ったその瞬間を逃さず。
思い出したように背からどっと汗が噴出す。長く感じる跳躍を終え着地した私は銀槍から目を離すことが出来なかった。
見えなかった。いつ突きを放とうとしていた? 踏み込む足は? 力む腕は? 目標を定める目線は? 見切りに置いて必要な条件全て、見えなかった。
釘付けにされた私の視線を払うように穂先を下ろしたレイナは、少し挑発気味な笑みを浮かべて言った。
「余計な手加減は必要ないよ。足加減は必要だけどね」
私が踏み抜いた床をぺしぺし槍で指し示しながら構えに戻る。
今の一合でさっきまで抱いていた下らない杞憂は吹き飛ばされた。女性冒険者最強と言われるまでに上り詰めた私に一泡食わせられる人はそういない。私は一級冒険者以前に一流武術家でもある。たとえ油断していたとしても相手の初動を見逃すほど腐っていない。それをこうも容易く出し抜いてみせた時点で、レイナの力量の一端が覗いているようなものだ。
私の中の意識が切り替わったことで、急速に場の空気が張り詰め始めた。ぴりぴりと幻聴すら聞こえそうだ。
こくりと唾を飲み下し、再び突進。ただし、今度はLv.2くらいの出力で。
ぐんと縮まったレイナとの距離は、しかし、途中でぴたりと停止してしまう。やはりぴたりと穂先で捉えられてしまっているからだ。
ならば、こうだ。
ギリギリLv.2くらいの力で、レイナの間合いのすぐ傍をぐるぐる駆け回る。槍の最大の武器は間合いだ。それを最大まで引き出せれば並みの使い手では歯が立たなくなると言う。ならば、逆に返してしまえば、その間合いさえどうにかしてしまえば槍の利点は無くなる。即ち、槍の敗北に直結する。
ゆえに、超高速で槍の間合いギリギリを旋回し続け翻弄し隙をこじ開ければ良い。
だが、そうは問屋は卸さない。
追いつかれる。最短、最小の動きで以って、私の速度に追いついてくる。細かく入れる牽制には目もくれず、本命の踏み込みだけ的確に拾い上げて反応してくる。
レイナ本人は私を目で追うことは無い。だけど、背後に目が付いているのかと思うほど的確に反応して、槍を向けてくる。
次はこれだ。
正面突破。細剣の利点は小回りが利くことだ。今回はその鞘だけど概ね当てはまる。対して槍は間合いを武器にするゆえ大振りな動作になりがちだ。突きは最小の動きで放てる強みだけど、放った後もう一度腕を引かなくてはならないため連続で放つことが出来ない。だったらその弱みに付け込む他ない。
しかし、破れない。
私が放った一閃に対し、レイナも一閃で迎え撃つ。鋭い擦過音が迸り、互いの目標がずれる。ここから私は一気に加速して切り返す。が、レイナは呆気なく槍を引き戻して対応する。
一、二、三。数が重なるごとに私が有利になるはずが、どれほど重ねても平行線を辿る一方。速度を引き上げてもレイナは淡々と槍を捌いて私の攻撃の悉くを叩き落す。
時に薙ぎ、時に突き、時に叩き。随所随所に最善手を選択して、正確に実行する。それを可能にするように足を運び、腕を動かし、体を使っている。私たちでも当たり前のようにやっているその節々が、レイナの場合洗練されすぎているせいで見切れない境地になっているのだ。
絶対的な間合いの管理能力。一見初心者の振るう槍の裏には、緻密に積み上げられた理論が犇めき合っていた。仮にも深層の迷宮の弧王を単独で撃破できるくらいの技量を持つ私ですら破れない、絶対領域を築き上げている。
遠い。煌く銀槍が捉える射程範囲と間合いのせいで、レイナとの距離があまりに遠くに感じる。
冒険者になった時から才能があると言われてきた私は、鍛錬を怠った覚えは全く無い。確かに最初あたりはいじけたり拗ねたりしたときもあったけど、今に至るまでの鍛錬の量を見れば誤差に等しい。
でも、それを加味しても、レイナの間合いを破れる気がしなかった。下手しなくともフィンを超える槍の使い手である。
私が感じた予感は間違っていなかった。私はLv.6程度で止まっていられない。従来のようなままではだめだ。革新的な、それも今までの自分を一変させてしまうような、そんな変化が、力が、必要なのだから。
気づけば額に汗が染み出していた。肩甲骨に張り付くインナーや、僅かに息が上がり上下が忙しなくなった肩。Lv.6によって強化されているはずの身体が軋み始めていた。
大してレイナも激しく呼吸を繰り返しており、槍を杖代わりに身を委ねて汗を滴らせている。だけど、その体のどこにも傷は付いておらず、最終的に私はレイナに敵わなかったことを悟った。
「集中……切れた?」
「ちょっとだけ。まだいける」
「はは、それは結構だけど……、手元がお留守のようだけど?」
そう言えば、右手から鞘の質感と質量が消えていた。ぱくぱくと空中を掴む右手に釣られて周囲を見渡せば、レイナの足元に金属の輝きが零れ落ちていた。
そこでようやく、私は鞘を叩き落とされていたことに気づいた。
「あ……」
「全く……、ハァ、考え事しながら殴られ続けるこっちの身にも、なって欲しい、ねぇ」
模擬戦闘開始から何分ほど経ったか定かじゃないけど、私の息が上がり掛けてることから察するに、最低でも一時間程度の時は流れているようだった。よくもその長時間の戦闘に生身のレイナが耐えられたものだと思ったが、開始位置からほとんど動いていないから余計な体力を消費せずに戦っていたのだろう。そういう点においても、完全に私の一枚二枚上を行っていたのだ。
「ハハ、こんなに疲れたの久しぶりだよ……」
「……?」
その言い方にちょっと違和感を覚えたけど、一ヶ月くらい前のことを久しぶりと言ってもおかしくないかと思い腰を下ろす。
「それで……、これがあと何日……?」
「1、2、3……、あと四日かな」
「私がへばらない程度でお願いします……」
こうして、私の訓練一日目は終えたのだった。
後書き
この主人公、正体を隠す気ゼロである。
そして文字数が絶望的である。
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