ダンジョンにSAO転生者の鍛冶師を求めるのは間違っているだろうか
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お節介な俺の担当のアドバイザー
出発して数分が経った頃、俺は少女が南東のメインストリートを目指して今歩いているであろう工房から最寄りの北東のメインストリートを避けて路地裏を進んでいた――はずだった。
今はただ道に迷っていた。
少女を謀った天罰だろうか。
進んでいるには進んでいるのけど、進んでいる先が全くわかっていない。
移動の際は必ずメインストリートを利用していたために路地裏がどうなっているかなんて、最寄りメインストリートまでの道ぐらいしか知らない俺が知るはずもなく、そのことをいまさら恨めしく思った。
とは言え、オラリオはただ真っすぐに進めば、必ず目印になるようなもの――例えば、長大な市壁やメインストリート――に辿り着けるようになっている構造なので、急いでいるわけでもない俺は特に困るわけではない。
のだけど、心細い。
見上げれば、両サイドから天に向かって伸びる背の高い家屋のために僅かにしか晴れ空が見えない状態だった。
その所為で日中だというのに妙に暗く、人気もないからしんとしている。
「こんなことだったら、屋根伝えに行った方がよかったかな」
と、太陽が照り付ける中、忍者宜しく屋根を音もなく疾駆している自分を思い浮かべ、首を横に振る。
俺なら屋根の間を跳ぶのに毎回おっかなびっくりに跳んでいるイメージの方がしっくりくる。
我ながら情けない感じだ。
と、まあ、益体のないことを思っていると、先に見える角から光が差し込んできているのがわかった。
それを見て不意に足が速くなる。
角に辿り着き右に九〇度曲がったその先に見えたのは、馬車が通れるぐらいに広くなった路地裏だった――のはそうだけど、その路地裏はメインストリートに合流しているようで何の音も拾わなかった耳に嘘のように賑やかな人声が聞こえ、目には明るい出口がすぐ先に見えていた。
その出口の近くに露店があって、ちょうど少女、否幼女が何か買っていた。
それほど迷っていたわけではなかったのに人に出会えて何だかホッとしている自分がいることに気付く。
「ジャガ丸くん苺クリーム味二つくださーい」
その幼女が元気よく言った。
ジャガ丸くんとは、芋を潰し調味料を加え、衣をつけた後に油で揚げた一口大のオラリオのソウルフード(?)だ。
それの苺クリーム味ということは、芋を潰したものにそれを混ぜ込んだのか、それとも揚げた後にそれをかけているのだろう。
前者なんだろうけど…………せめて後者であってほしい。
と、思いながらメインストリートに向かって歩いていると、ふと嬉々満面でジャガ丸くん苺クリーム味二つを受け取り支払いをしている幼女に目がいった。
距離が狭まるに連れて、「ん?」が、「まさか」となり、更に「んー、そのまさかかな」となって、最終的に「偶然もあるもんだ」となった。
「あっ!」
俺の視線に気付いてか、こちらに振り向いた幼女は少しの間を置いて、俺に指を差して目を見開き、驚いていた。
「おはようございます、メグさん」
フォーカスで頭上に黄色いNPCカーソルと名前――愛・アデニア。ちなみに、愛称はメグ――を浮かべた幼女に歩み寄りながら挨拶した。
彼女こそがお節介な俺の担当のアドバイザーだ。
見た目は幼女だけど、中身は大人――つまり、合法ロリなのだ。
合法ロリなんて二次元世界だけの存在と思っていたけれど、この世界ではいつまでも子供のような姿のままの小人族という亜人種がいるのだ。
それで、目の前のメグという幼女はパルゥムと極東人のハーフらしいのだ。
どちらの血も平等に引き継いでいるのか、ショートの髪とくりっと大きい瞳は澄んだ漆黒で、童顔の顔からも日本人特有の清楚さを感じられた。
「浩希くんっ!何でこの頃全然ギルドに顔を出さないのっ!」
その童顔を驚きで染めていたと思えば、すぐに顔を怒りに染めて可愛い怒声を上げた。
その様子にはプンスカという可愛い効果音が聞こえてきそうな程だ。
「忘れていました。すいません。怒らないでください」
「近づかないでっ!私は怒ってるんだよっ!」
俺があまりのいじらしさに知らず知らずに伸ばしていた手を、振り払うと、ぷいっと背中を向けられてしまった。
その仕種さえ構いたくなってしまうほどにいじらしい。
だから、このままにして行くのは後ろめたいのだけれど、何をすればいいのかわからない。
どうしようかとカリカリ後頭部を掻いていると、横手から伸ばされた指で肩を突かれた。
そちらを向くと、露店の獣人の女性店員がこちらに手招きしていた。
露店を挟んでいるので、きっと、耳を貸せ、という意味だろうと思い、耳をその店員に寄せた。
「(女っていうのは優しくされたらコロッと落ちるもんさ。それに、何処にも行かないっていうことは、何かを待っているのさ)」
「(いや、言っている意味がわからないです)」
「(かまととぶってんじゃないよ。これをやりな、絶対機嫌をなおすだろうさ)」
とこそこそ言って、俺の手に握らせたのは、ジャガ丸くんの入った紙袋。
中を覗くと、いつ作ったのか、濃厚な苺クリームのにおいを立ち上らせているゲテ――もといジャガ丸くんが入っていた。
「(これは?)」
「(ジャガ丸くん苺クリーム二倍だよ。一〇〇ヴァリス」
「(あ、はい)」
しっかりとお金を取る商人根性に少し感心しながら食事代を払うときにしか出さない財布からピッタリ一〇〇ヴァリス――ここの世界での通貨だ――を出して支払った。
「メグさ~ん。え~と、ジャガ丸くん苺クリーム二倍いらないですか?」
こちらに背を向けて、後ろからでもわかるほどに頬を膨らませているメグさんに果たして効果があるのかわからないけれど、人生の先輩の言うことだからきっとあるのだろう。
「っ…………」
俺の言葉にメグさんは小さく肩を震わせた。
…………効果があったようだ。
「わ、私はそんな見え見えの罠にはかかりませんよっ」
と、言いながら、欲望には勝てないようだ。
こちらを何度もちらちら見ているメグさんだった。
ジャガ丸くん苺クリーム味の入った紙袋を既に二つ抱えているはずなんだけどな。
「苺クリーム二倍ですよ~、メグさん」
「くっ、私は誘惑には負けないっ」
あっ、誘惑はされているのか。
もう一押しか。
「いらないんですか~?俺が食べちゃいますよ~」
絶対食べないけどな。
「それは駄目ーーーーっ!」
ひゅっと振り返ったと思ったときには手からジャガ丸くん苺クリーム味が強奪されていた。
俺の目にも止まらぬ早業だった。
「おいしいーーーーっ!」
メグさんは紙袋を乱暴に開けて手を突っ込み、一つ掴むと、ひょいっと口に放り込み、目を一杯に広げて、可愛い絶叫を上げた。
驚くことにこの一連の動作が俺には一瞬に見えた。
紙袋二つを抱えたままひょいひょいと次から次へとゲテモ――もといジャガ丸くん苺クリーム味を口に放り込んで、頬を膨らませては、ほくほくしていた。
「おばちゃん、これからこれお願ーい」
「はいよっ」
ああ、店員はこれが狙いだったのか、とさらに店員の商人根性というか計算高さに感心していると、
「はっ!ひ、浩希くん!まだ許したわけではないからねっ。ギルドまで来なさいっ」
「あ、はい」
はっとしたメグさんは例によって例の如く可愛く怒鳴ると、こちらに背を向けて、メインストリートに向かって歩き出した。
ダンジョンに行くつもりだったけど、特に行きたかったわけではなかったから、成り行きに任せて、お節介な俺の担当のアドバイザーについていくことにした。
◆ ◆ ◆
ぷんぷんと怒っているメグさんと言葉を交わさずに歩くとこと一五分して、俺は白い柱で作られた万神殿の前に立っていた。
資料集で見るローマの遺跡を、時間を巻き戻して復元したような佇まいはいつ見ても壮観な外見だ。
ここは『ギルド』というダンジョンの管理機関。
オラリオの運営を一手に引き受けている。
オラリオの住人として一定の地位と権利を約束する冒険者登録、迷宮から回収される利益を都市に反映させるため、諸知識・情報を冒険者達に公開、探索のサポート等も行っている。
俺がこの世界に来たときはかなりお世話になったのを覚えている。
「早く来なさいっ」
「はいはい」
特にお世話になったギルド職員のカナリアのような呼び声に俺は素直に従い、ギルドに入った。
◆ ◆ ◆
ギルドに入ってすぐのロビーには様々な亜人でごった返していた。
SAOでともに闘ったエルフは勿論、犬耳や猫耳、狼耳を頭にちょこんと生やした獣人、がっちりむっくりした短身のドワーフ、すらりとむっちりとが同居した褐色の肌を持つアマゾネス、目の前を歩くメグさんと同じく小柄なパルゥムと俺と同種の人間がそれぞれ思い思いの防具で身を包み、武器を装備している。
その八割亜人残りの二割人間の人込みを掻き分けて、たどり着いたのが、面談用ボックス。
ここで、冒険者とその担当のアドバイザーが話し合うのだ。
そのためもあって、冒険者のステイタスなどの重要機密の漏洩を防げために防音は完璧である。
相談用ボックスというだけあって、一対一で使用するならば
、気にならないほどの広さで対面するように机と椅子が配されている。
それに従って俺は、先に机にジャガ丸くんの紙袋を置いてから座ったメグさんに対面するように席についた。
「それで、なんでここに来なかったか、聞かせてもらうよ」
威厳などかけらも感じられない腕を組んだメグさんが俺に、話すまで許さないという意志をあらわにした声で言った。
俺は何で怒られているのかというと、三日に一回ギルドに来てメグさんに顔を合わせることを言い付けられていたのだけど、この二日間イレギュラーに見回れてすっかり忘れていたのだ。
まあ、本当に顔を合わせているだけで、毎回受付でメグさんと近況などの取り留めのない会話に花を咲かせているだけなのだ。
俺はこれをすることに何の意味があるのか定かではないけれど、たまに行って益体のない話をするのも悪くないと思って通っていた。
のだけど、一度行かなかっただけで、メグさんはかなりご立腹のようだ。
メグさんにとっては大事だったのだろうか。
まあ、職務ではあるし、大事なのだろうな。
「いや、その、依頼が立て込みまして…………」
なら、正直に真実を話して許しを請うべきなのだろうけれど、真実をそのまま言うわけにはいかない。
この人には俺の異常性を当然明かしていないので、下手なことを言って疑われたくない。
「ここまで三〇分もかからないでしょ。三日もあって、たった一時間半ぐらいの空き時間もないほどに立て込んでいるなんて駆け出しの鍛冶師ではありえないよ」
だって駆け出しは駆け出しと言っても、駆け出しの上級鍛冶師――【鍛冶】の発展アビリティーを持つ鍛冶師――だもの、とは到底言えない。
しかし、俺はつくづくごまかしが下手なようだ。
もっと小増しな嘘が言えないのかと嘘をつけない良心を持つ自分を恨めしく思う。
「あ、そうでした、実は立て込みすぎて、行く時間はあったのですけど、すっかり忘れていたのでした」
「…………ふーん」
全然信じていないような目で言うメグさん。
いつもなら可愛らしい目が今は完全に据っていた。
「人も時には忘れ物はするもんね」
「はい、全くその通りです」
と、取り敢えずメグさんに迎合したけど、据った目で睨まれた。
「だけど、それで反省しない人には罰が必要かもだよ」
「反省しております。これから三日に一回必ずやあなたの元に馳せ参じることを誓いましょう」
調子に乗ってメグさんに、姫様に誓いを立てる騎士のような芝居がかった口調で言う。
「本当に?」
その俺に、疑いの念が窺える声音でメグさんが訊いてきた。
「勿論です。あなたのその愛らしいご尊顔を見るためなら毎日でも馳せ参じますとも」
ので、人生の先輩の訓示に従って言ってみる。
「そ、そんな、私なんて美しくないよ」
メグさんは赤く染めた頬を両手で押さえて、身をくねらせていた。
流石人生の先輩だ、効果抜群。
「それで、他に用はないですか?」
このままにしてこの場を離れるという選択肢が頭を過ぎったけれど、後が怖いような気がしたので、一応訊いてみた。
「あっ、え~と、そうだね。訊きたいことが二、三あるよ」
俺の質問にメグさんは慌てたように取り繕って言った。
「何でしょうか?」
「鍛冶師の仕事はどうかな?」
「ああ、ぼちぼちですね」
「ぼちぼちか~、だけど、駆け出しだから当然だよね」
メグさんはしゅんとするもすぐに笑みを浮かべて俺に言った。
「まあ、はい」
一連の表情の変化が何を示すのかいまいちわからず、曖昧な答えになる。
「それと、ダンジョンは何階層まで潜ったのかな?」
「あー、五階層ですね」
「そっかー、だけど、鍛冶師だもんね」
「ええ、まあ、はい」
五階層というのは勿論嘘だ。
ただ、鍛冶師で神と契約を交わして一ヶ月半が経ったヒューマンの平均到達階層が五階層辺りなだけだ。
「直接契約はできたかな?」
俺の返事を聞いて、メグさんは続けて訊いてきた。
「できてませんよ」
「だよね。うん、変わりはないってことだね」
メグさんが少し残念そうに笑いながら言った。
「ええ、まだ変わりはないです」
もう少ししたら何かが変わるかもしれないけれど。
「では、俺は少し用があるので」
「あっ、そうだったの?だったら、別の時にしたのに」
「いえ、気になさらないでください」
再びしゅんとなるメグさんに言うと、腰を浮かせた。
用なんて本当は特にないのだし。
「では、またあさってか、しあさってかに来ます」
「えっ、あっ、うん、わかったよ。(毎日来るって言ったのに)」
「?」
「いや、そうだね、じゃあ、またね」
何か怨みがましい目で見られたような気がしたけど、気の所為のようだ。
「では」
と、言葉少なに返事して、ボックスを後にした。
後書き
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