ソードアート・オンライン〜Another story〜
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SAO編
第115話 Dead or Alive
~第55層・グランザム 血盟騎士団本部~
2週間ぶりの血盟騎士団本部。
ここに戻ってきたのはメッセージを貰ったから。その内容は75層のBOSS攻略。確かに事前に、クラインやエギルからもメッセージを貰っていた。
この75層攻略が難航していると言う事を。
4人は新婚生活と言う事もあり、極力彼らはオブラートに包んでのメッセージだったが、明らかにこれまでとは違う内容だった。それでも、今回のヒースクリフの言葉には、皆が動揺を隠せなかった。
「て、偵察部隊が、全滅――!?」
「ほ、本当なんですか!?団長っ!?」
それは、衝撃的な知らせだ。
場所はここ、グランザムのギルド本部、会議室。かつてヒースクリフにリュウキが入団を勧誘された時、キリトが会談をした時に使われた硝子張りの会議室。半円形の形の大きな机が中央に陣取ってあり、その中央にヒースクリフ、左右にはギルドの幹部たちが着席している。
皆の表情は険しい。
アスナやレイナの言葉にヒースクリフはゆっくりと頷いた。
「昨日のことだ。75層迷宮区のマッピング自体は時間はかかったが、なんとか犠牲者を出さずに終了した。……そして、来たるBOSS戦に備え、5ギルド合同のパーティ20人を偵察隊として送り込んだ。……だが、最初の10人、前衛の10人が部屋の中央に到達してBOSSが出現した瞬間、入口の扉が閉じてしまったのだ」
BOSS部屋から出るには、3通りの方法しかない。それは、これまでのBOSS攻略戦での対処法だ。
1つ目に入口、つまり 入ってきた扉から出る方法。
2つ目に、転移結晶を使う方法。
そして3つ目は単純明確、それはBOSSを倒す事だ。
……74層では、結晶無効化空間というトラップで、転移結晶を使う方法が消された。そして、75層では更にもう1つを消されてしまったのだ。
「……全ての退路を絶たれた、と言う事か」
リュウキはそう呟いた。
その言葉を聞いていたヒースクリフは頷く。
「……その通りだ。後は後衛の10人の報告になる。……扉は5分以上開かなかった。鍵開けスキル、直接的な打撃等の手段は無駄だったらしい。……そしてようやく扉が開いた時――」
一呼吸おいたヒースクリフ。その口許が固く、そして引き伸ばされた。一瞬目を閉じ、言葉を続ける。
「部屋の中には、何もなかったそうだ。……10人の姿も、BOSSも消えていた。転移脱出した形跡もなく、帰ってこなかった。……念の為、基部フロアの黒鉄宮まで名簿を確認しに行かせたが……」
ヒースクリフは、そこから先は言葉にはせず、ただ首を左右に振った。その事実を認めたくない様に、アスナは息を詰め、そして搾り出すように呟いた。
「……10、人も……なんでそんなことに……」
BOSS戦に備えての偵察部隊。その戦力の高さは、副団長である自分はよく知っている。
……それは当然だ。来たるBOSS戦に備えての重要な情報を得る為の布陣。死者を誰ひとり出さない為の布陣。その為、それ相応の部隊、戦力で取り組むのだ。……BOSS攻略パーティと何ら遜色のないメンバーを選出するのだ。言い方は、悪いが以前の軍のメンバーとは比べ物にならない程の布陣の筈なのだ。それなのに……、たった5分で全滅を……。
「そん……な、ま、まさか……」
レイナは身体を震わせた。かつて、74層のBOSS戦をしたメンバーだからこそ、直ぐに理解することが出来た。そのフロアに、何があるのかを。
「結晶無効化空間……か」
キリトがレイナの代わりにそう呟いた。その言葉にヒースクリフは静かに頷いた。即ち、もうBOSS部屋から、……BOSS戦から、脱出する為には、勝つしかない。
つまり……生か死かと言う事だ。
「そうとしか、考えられないだろう。……退路を絶たれ、そして結晶無効化。……倒すしか出る事が出来なかった。だから……か」
だから、彼らは帰ってこられなかった。
結晶と言う緊急脱出不可となれば、思わぬアクシデントで死亡するものが出る可能性は比較的に高まってしまう。心に、精神に余裕が無くなれば 思わぬミスも起こしてしまうだろう。
「うむ。……そして恐らくここから先のBOSS部屋は全て無効化空間と言っていいだろう」
「っ! ばかな……」
キリトは嘆息していた。
『死者を出さない』
それはこのゲームを攻略するうえでの大前提だった。……だが、各フロアに立ち塞がっているBOSS達を倒さなければ攻略は有り得ない。
「……いよいよ本格的なデス・ゲームになってきた、という訳か」
キリトの表情。
強ばってはいたが、真剣味を増した様だ。先ほどこそは、信じられないと言った様子だったが、今は違う。
もう、覚悟を決めた。そう言う目をしていた。
「だからといって、攻略を諦めることはできない」
ヒースクリフは、目を閉じると、囁くような声だが、きっぱりとした声で言った。
「現状は確かに悪い。……だが、可能な限りの大部隊で当たるしかない。……新婚である君たちを招集したのは心苦しいが、了承してくれ給え。君たちは我々には欠かせない貴重な戦力なのだ」
その言葉を聞いたキリトは、肩をすくめてながら答えた。
「……協力はさせてもらいますよ。だが、オレにとってはアスナの安全が最優先です。……もし、危険な状況に陥ったら、オレはパーティ全体よりも彼女を守ります」
「……アスナ君だけかね? 君たちの絆は私も知っているつもりだが?」
ヒースクリフは、微かな笑みを浮かべながらそう言い、アスナの隣で、同じく表情が硬く、強ばらせているレイナを見た。
だが、キリトは軽く笑と。
「愚問です。必要ありませんね。……彼女には、最も優れた者がいるんですから。だからこそ、オレはアスナに集中する事が出来るんです」
キリトは、そう答えリュウキを見た。
腕を組み、眼を瞑り、何かを考えているリュウキを。キリトの言葉にも何も反応しない。……恐ろしいまでに集中しているのが判る。
頼もしい限りだ。
恐らく、BOSS戦に向けての何十、何百、何千ものシミュレートを頭の中で思い描いているのだろう。……そう、思えた。
全ては最愛の人の為に。
心底頼りになる男だと、思えるのだ。
「……何かを守ろうとする人間は強いものだ。君たちの勇戦を期待するよ。BOSS攻略開始は今から3時間後。……予定人数は君たちを入れて34人。75層コリニア市ゲートに午後1時集合だ。……では、解散」
ヒースクリフの一言で、場は解散となった。
左右に座していた幹部たちも一斉に立ち上がり、部屋を出て行く。キリト、アスナ、そして、リュウキとレイナも部屋から出ていった。
そして、部屋を出た先の通路で、リュウキは立ち止まる。
「……すまない。先に言っていてくれないか?」
そう言うと、ウインドウを素早く開いた。
「どうしたの?」
「……今回の件、色々と思うところがあってな。……大丈夫だ。直ぐに戻る。ギルド第一室で待っててくれ。レイナ」
「あら? 私達も待ってるわよ? リュウキ君。まっ、リューキ君はレイが一番だからねー」
こんな時でも、アスナはしっかりと気を保つ事が出来ている。普段の自分を保つ事が出来ている。
本当に強いひとだと言う事がよく判る。本当は、不安なのに、それを出さないようにしているんだから。
……皆の為にも。
「……ふふ、アスナを守るのはキリトだ。……オレでは役不足だよ」
「「っ///」」
リュウキの言葉に2人は一気に赤くなる。そして、レイナも2人を見て微笑んでいた。……4人がいれば何だって出来る。無事に帰ってこられる
そう、強く思えたんだ。
リュウキは、メッセージをある人物に送った後。
来た道を引き返し、再び会議室の前に立った。そして、二度、三度ノックをし、招きを受け 中へと入った。
「……どうかしたのかね?リュウキ君」
「1つ、確認したくてな」
その部屋に残っていたのは、ヒースクリフ。ウインドウ操作している最中だった様だが、来訪者がリュウキだと判り、直ぐにウインドウを消した。
「……ヒースクリフ。アンタは、今回の層、ここ75と言う数時が何を意味するか判らなかった、訳じゃないよな」
「……どう言う意味かね?」
リュウキの言葉に、ヒースクリフは、やや眉をぴくりと動かして聞いた。リュウキは、ゆっくりと一歩前に歩み寄ると、続けた。
「……25、50。そして今回の75。……ここまで言えば判るだろう? オレが言おうとしている事が」
「ふむ……成る程、その事か」
ヒースクリフは、腕を組んで頷いた。
全100層構成のゲーム。
その中での25、50、75、100、の4つのポイント。……それは、ここ75層が《クォーター・ポイント》だと言う事だ。
これまでの、攻略の経緯から判る事だった。
その層は、《クォーター・ポイント》事に強力なBOSSが用意されているのだ。
その強さは、前後する層のBOSSとは比べ物にならない。
……過去にも犠牲者を多数だした層だからこそ、その記憶が、行き詰まりかけ懊悩した事がある筈、だった。
「確かに、以前のそのクォーターポイントで 苦い想いをした事はあった。今回の偵察部隊も万全を期したつもりだった。……が、それでも浅はかだったと言われても、仕様がない。……私のミスだ」
ヒースクリフがそこまで言った所でリュウキも答えた。この75と言う数字を、最前線から離れていたとはいえ、考えていなかったのだから。
「……オレ自身も 彼女との生活が充実していて、忘れてしまっていたから、偉そうに言えない……。だからこそ、今回のBOSS戦。最初から全面的に前衛としてオレが出る。……そこで、アンタにも出て欲しい。初撃を見極める役目をオレ達が担いたい」
「それは勿論だ。私はギルドの長、だからな。……皆を守る義務がある。元々情報がない為、BOSSの方は我々KoBが前衛で食い止めるつもりだった。……リュウキ君と共に戦えると言うのならば、心強い事はない」
ヒースクリフは、にやりと笑ってそう答えた。今回の相手は全てが未知数。74層の青眼の悪魔戦は、一目とは言え視る事は出来た。あの相手の比ではない。それは強く考えておかなければならないだろう。
……そして。
「……だが、これだけは了承してもらいたい。……キリトがアスナと言うように、オレの最優先はレイナだ。万が一の時は、オレも、彼女を守る事を最優先させる」
「……ふふ、言った筈だよリュウキ君。何かを守ろうとする人間は強い。……期待しているよ」
それを最後にリュウキは会議室から出ていった。
部屋の外に出た所で、待っていた人がいた。
「……レイナ」
「リュウキ君」
そう、第一室で待っていてくれと言ったが、彼女は会議室の前にいた。……リュウキが、そこへ戻ることを判っていたかの様に。
「……団長と何を話してたの?」
レイナの表情は、ただただリュウキの事が心配だと言う表情。無理をするんじゃないか、また74層の時の様に。
……まだ あの時はいい。無事に目を覚ましてくれたから。
でも、今回は……。
「ん……」
リュウキは、レイナの頭を軽く撫でた。
「わっ……」
目を伏せていたレイナは、突然の頭の感触に驚いた様にしていた。ゆっくりとリュウキの顔を見る。その顔は……笑顔だった。……レイナが一番好きな笑顔。
「……あの時、キリトは言ったのに、オレは言ってなかったからな?」
「え? なんのこと??」
「……オレにとって、レイナが一番だから。……レイナを最優先させる事を団長に言ってきたんだ」
「っ……///」
レイナは、リュウキのその言葉を聞いて、顔を紅潮させた。あの時、リュウキは集中していたから、聞いてなかったんじゃないか?と思っていたから。
そして、ギルドの一室に入って、リュウキはある事をレイナに告白した。皆とヒースクリフとの会談の時の事。……考えていたことを。
「……正直に言うと。オレは怖い。……どうしようもないくらい怖いんだ」
「……」
長椅子に腰掛け、大理石で出来ていると思える床の光沢をじっと見つめながら続けた。
「……あの第74層の攻略の時もそうだった。……レイナが飛び込んできてくれた時と同じで……。オレはレイナの事、信じてない訳じゃないのに、怖かったんだ。……君を失いたくない。光が闇に飲み込まれるんじゃないかって……。レイナだけじゃない。この世界で出来た、掛け替えのない存在が……」
思い返すのは、あの戦いの時。転移結晶が使えず、後退も最早できない状況。そんな時に、レイナが飛び込んできた。……その美しい身体が、凶刃に裂かれて、その御霊を散らしてしまうのではないか、と頭の中に過ぎった。
……だから、叫んだんだ。そんな悪夢を振り払う為に。
「……ごめんな。決戦の前だって言うのに、オレは弱気になってしまってる。……レイナにあの世界に必ず還してやるって言っておいて……」
そこまで聞いて、俯いているリュウキの顔を両手でそっと掬い上げるレイナ。リュウキの目線と自分の目線を合わせ、ニコリと微笑むと、ぎゅっと彼を抱きしめた。
「前にも言ったよ? ……幾らすっごく強くたって、リュウキ君だって人間だもん。……怖いって思う事だってあるし、弱気になっちゃう事だってあるって思う。……言ってくれて、私は嬉しい。リュウキ君の本心を聞けて本当に嬉しい。私の前で貴方を見せてくれている事が私は嬉しい」
抱きしめながら、レイナは続けた。
「……私も同じなんだよ。私も本当に怖いよ。……リュウキ君と同じ。お姉ちゃんやキリト君もそう、……最愛の人が消えてしまう事も。……それが一番怖い。自分自身よりもずっと、ずっと怖い。……だから、私の本心は 逃げたいって思ってしまってる。そんな怖い所になんて行かないで、あの暖かい所。……朝は小鳥の囀りと暖かい光が満ちている世界。……夜は星が光り輝いて、夜でも寂しくないって照らしてくれる世界。あの場所で皆で……ずっと、ずっと」
レイナは切ない吐息を漏らしながら続ける。
「……でも、私達には……出来ない。出来ないんだよ……。……リュウキ君も気づいているんだよね?私達には……私達には……っ」
レイナは、最後まで言う事が出来なかった。
そう、それはリュウキがかつて、レイナ達に言いかけた事だった。この世界では、……いや、オンラインの世界で現実の話はタブー視されているから、この話は誰ともしなかったけれど。
……彼女は判っている様だった。
「……オレ達にはあまり時間が残されていない。だから、今を戦うしかない……んだ」
リュウキは、抱きしめ返しながらレイナの言葉を繋げた。……彼女がここまで口にした以上は、もう黙っていても不安を煽ってしまうだけだから。
今現実の身体は、植物状態の様なものだ。
生命維持装置などの様々な精密機械の元、栄養管理、介護の元、どうにか生かされている。そんな状態が、これからも未来永劫続けられるとは思えない。幾ら、医学が発達したって、……身体は日々衰えていくから。
だから、絶対的なタイムリミットは存在する。
「う、ん、……きっと、個人差はあると、思うよ。……わ、たしはリュウキ君とずっとずっと、一緒にいたい。隣で生きていたい。ちゃんと、お付き合いをして、リュウキくんのこと、もっともっと知って、私のことも知ってもらって、本当に結婚して――……、一緒に歳を重ねていきたい。……だからっ」
これからの未来を夢見る少女。
ゴールの見えない迷路で迷っていても、描いた未来を思い描いて、そこに憧れている少女。そんな彼女も、折れそうな心を必死に支えて、運命を切り開こうとしているんだ。……これ以上、弱気になる事、挫ける事など、出来る筈もない。
彼女が目指しているゴールに辿り付きたいのは自分も同じなのだから。
「……オレは、レイナを好きになれて良かった」
リュウキは、レイナの身体を一度離し、レイナの目を見つめた。彼女の目には涙がまだ流れている。
「その未来に行く為にも、今を戦おう。……一緒に」
「うん……」
きっと、大丈夫だ。一緒なら、何だって出来る。……何だって乗り越えられる。胸の中に、未だにしぶとく忍び込んでくる、悪寒を振り払うように……リュウキはレイナの身体を強く抱きしめた。
~第75層・コリニア ゲート広場~
時刻は、午後12時50分。
集合の10分前だ。
そこには既に攻略チームと思しき者達が集まっていた。その佇まいは、最早プレイヤーではなく、猛者達といって良いだろう。間違いなくSAOのトッププレイヤー達が集まってきていた。
その場所には、キリトとアスナも先に到着していた。クライン達と話をしているようだ。
「おっ、白銀の勇者様がやってきたぜ?」
「遅いぞ?リュウキ。サインでも強請られてたか?」
クラインとエギルがリュウキに気づいたようで、陽気に声をかけてくる。この重圧感が漂っている空間で、いつもの自分を保てているという点においてはクラインは大した男だと言えるだろう。だが……。
「それヤメロ……」
リュウキもいつも通り、そうクラインに返した。このやり取りも随分と久しぶりの様な気がする。
「あはは……、ほら? リュウキ君!リュウキ君とキリト君は、リーダー格なんだから、挨拶しなきゃ?キリト君だって、知てるはずだよー」
「っ……!」
こんな大勢の前で注目を集めた、と言う記憶は片手で数える程あるかないか。ただ、判るのはいつも慣れないと言う事だ。
「……本気でか?」
リュウキは、じぃ~っとキリトの方を見た。キリトはと言うと、リュウキの視線を感じ、しら~っと顔を背けていた。どうやら、そんな訳はない様だった。
でも、そのやり取りを見て皆は笑っている。……決戦前に、良いリラックスが出来たんだ。
「……それにしても、クラインはまぁ、置いといてもエギルまで参加するとはな?」
「置いといてとはなんだよぉ!オレだって、ギルドの頭ぁ張ってんだぜ!」
「はは、オレは今回はえらい苦戦しそうだ、っていうから商売を投げ出して加勢に来たんだよ。どうみても無私無欲精神とはまさにこの事だ、と思うだろう?リュウキ」
クラインは置いとかれたのがやや不満だった様で、そして エギルはその巨体にふさわしい野太い声でそう答えた。
「ふむ、なら 戦利品は要らないって事か。無私無欲だとしたら」
「んげっ!! お、お前もキリトと似たような事を……」
「それが普通だって。阿漕な商売してなけりゃ、信じてたんだがな?」
キリトも苦笑しながら、エギルを見て言っていた。どうやら、来る前にも色々とあったらしい。
「レイ、ちょっと遅かったみたいだけど、どこに行ってたの?」
「えっとね……」
アスナは、レイナと話をしていた。これからの不安は勿論ある。でも、ここにいる皆と一緒なら 大丈夫だって思えたんだ。何故なら、みんなの朗らかな笑い声は、集まったプレイヤーたちにも伝染し、緊張を解したのだから。
そして、午後1時丁度。転移ゲートから新たな数名が出現した。真紅の長衣、巨大な十字盾を携えたヒースクリフと、血盟騎士団の精鋭達だ。中心人物と言えるヒースクリフが現れたことで、プレイヤーたちの間に再び緊張が走った。
規則正しい歩幅で歩いてきたヒースクリフ達は、集団に向き直って言葉を発した。
「欠員はないようだな。よく集まってくれた。状況は皆知っていると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。――解放の日のために!」
ヒースクリフの力強い叫びにプレイヤーたちは一斉に鬨の声で答えた。いつ見ても圧巻と言わしめるカリスマ性だ。ここはデス・ゲームと成り下がっても、本質はネットゲームの世界。
一癖も二癖もあるプレイヤーが集まっていると言うのに、よくこれ程の指導者としての器を持った人物がいたものだ、とキリトは思えた。……あるいは、この世界がかれの才能を開花させたのだろうか?
(……現実では、一体何をしていた男なのだろう……?)
キリトは、そう感じずにはいられなかった。ただ、強い男と言う意味では他にも沢山いただろう。デュエルをして、頂点を極めると言う戦いはする事自体が少ないからだ。だが、その中でもヒースクリフは圧巻と言わしめるのだから、そう思っても仕方がないだろう。
「……っ!」
キリトは、この時すぐ隣にいた男の気配に思わず身体が震えた。それは、気迫……と言うよりまるで、殺気の様な気配。その男は、じっとヒースクリフを見据えていた。
それは、自分だけではなく他人にも気合を入れる様な感じだった。
「フッ……」
ヒースクリフもそれには勿論気づいていた様で、軽く笑う。そして ヒースクリフはキリトを見て。
「キリト君。今日は頼りにしているよ。《二刀流》、存分に揮ってくれ給え」
「……そっちこそ、その硬い鉄壁の守りで、止めてくれよ」
キリトも負けじとそう返していた。だが、ヒースクリフの声には僅かな気負いも感じられない。予想されている死闘を前にしてこの余裕はさすがと言える、言わざるを得ない。
「……そして、リュウキ君」
ヒースクリフは、次にリュウキを見た。その肩には、長い刀身の剣が立てかけられている。
「《極長剣》、存分に揮ってくれ給え」
「……ああ、だが今回は極長剣だけじゃない」
「何?」
その言葉を聞き、今日初めてヒースクリフは、表情を変えた。眉が逆ハの字に吊り上がり、顔を顰める。
「なんだ? それはオレも初めて聞くぞ」
キリトも聞いていた様で、リュウキの方に注目した。リュウキは、軽く手を振ると。
「……出し惜しみはしない。披露はする。……エクストラ・スキルをな」
「………」
「まさかとは思うが、二つ目のユニーク・スキルか?うわ、ずるくないか?リュウキ」
キリトは、そうは言っているが,心強いと言わんばかりだった。この極限の状態で、戦力が増すのは歓迎すべき事なのだから。
だが、それでもゲーマーとして、負けず嫌いな所もあるから、こう言った言葉になった様だ。
その中でもヒースクリフの表情だけは、これまで以上に強ばっていたのだ。キリトもその表情には気づく。そこまでか?なぜ、そこまで驚く事がある?と。これまでのリュウキも、規格外を色々と見せてきた事もあった為、正直別段そこまで驚く程の事じゃないのだから。
「……期待している」
ヒースクリフは、そう短く言うと、集団を振り返り、軽く片手を上げた。
「では、出発しよう。目標のBOSSモンスタールーム直前の場所まで、コリドーを開く」
回廊結晶を掲げ、コリドー・オープンと発生した。それは、極めて高価なクリスタル。任意の地点を記録し、そこに向かって瞬間転移ゲートを開くことができる極めて便利な代物。リュウキは勿論、キリトもこの世界で数える程しか使ったことが無いアイテムだった。NPCショップには売っておらず、トレジャーボックス、モンスタードロップ品のみが入手方法となっている為と言う事もあるからだ。
それをあっさり使うヒースクリフに対して、驚きの声も少なからずあったが、当の本人は意に介せずに、青く揺らめく光の渦の前に立った。
「では皆。ついてきてくれ給え」
ヒースクリフを先頭に、皆が続いて青い光の中へと足を踏み入れていった。
軽い目眩に似た転移感覚の後、目を開くとそこはもう迷宮区。広い回廊だった。壁際には、特有の太い柱が列をなし、その更に先に巨大な扉が見て取れる。この層は黒曜石のような素材で汲み上げられている層。デザインこそは、毎層違うが その雰囲気は変わらない。
……ここから先は一体何があるのか、何が待っているのか。
もう、言われなくても誰にでも判るのだ。
「……いつも思うけど、やっぱり……」
「うん、嫌な感じだよね」
アスナとレイナは、巨大な扉を前にして、息を飲んだ。ここから先に待ち構える敵は、10人もの猛者をものの5分で仕留めた程の技量をもつ相手。その先入観と、この独特の雰囲気、これまでの経験で、大体測る事が出来る気がするのだ。……相手の技量が。
リュウキも、BOSS部屋をひと睨みした後、素早く右手を振った。
「………」
リュウキは、所持アイテム一覧を開き、一つの武器をオブジェクト化する。これまで、ずっと同じ種の武器が収まっていた欄と今開いた武器を交換する。その後、スキルウインドウも変更した。リュウキの背中に現れた武器は、極長剣に負けずと劣らずの長さのモノ。
だが……。
「……それが、新しいリュウキの武器、か?」
キリトが小声でそう聞いた。見た感じは、眺めの一本棒。棍の様な武器だ。その長身の真ん中の部分だけが色が違った。
「……まぁ、な」
リュウキは、腰に掛けた自分の得物を手に取って答える。その後、これが後悔しない為に、出し惜しみしないと言っていた武器であり、現時点で自分自身の最強装備だと、言っていた。
「へぇ……、レイも知ってた?」
「えっと、今日知ったんだ。秘密兵器だって!」
「え? 共有になってるのに?」
「うん。リズさんの所によくリュウキ君が行ってたよね? 多分、この武器を作ってたんじゃないかな?」
「あー、成る程、そういえばそうだったね。……やーあの時は大変だったわよね、レイ?」
「も、もぅ……」
少し、緊張感の無いやり取りはあったが、直ぐに表情は引き締め直していた。リュウキの新たなスキルに期待を寄せつつも、自分たちも頑張らなければならない。皆で、帰ってくる為にも。
「……リュウキ君」
「ん」
レイナは、リュウキの傍に立った。
そして、その手をきゅっと握り締める。
「リュウキ君の側にずっといる。私はずっと、リュウキ君を守るから、だから……リュウキ君も私を守ってね?」
「……ああ。必ず守る。……みせるから」
「……うんっ」
リュウキとレイナは、強く誓い合った。少し離れた場所ではキリトとアスナも。
固く結ばれた絆。
……それは、何人たりとも断ち切れないから。
そして、回廊の中央で十字盾をオブジェクト化させたヒースクリフが、がしゃりと装備を鳴らして言った。
「皆、準備はいいかな。今回、BOSSの攻撃パターンに関しては一切の情報がない。……が、基本的にはBOSSの攻撃はKoBが前衛で食い止める。その間に可能な限り、攻撃パターンを見切り、柔軟に反撃して欲しい。……では、行こうか」
あくまでも、ソフトな声色。そして足取りで巨大な扉の前へと歩いて行った。この男が、今日……いや、これまでで、戦闘以外で表情を変えたのは、先ほどのリュウキとのやり取りだけだった。
その事が、キリトの脳裏に薄く、それでも確実に残っていた。
だが、今は考えない。
横で並んでいる戦友達にキリトは声をかけた。
「……死ぬなよ」
「へっ、お前こそ!」
「今日の戦利品で一儲けするまではくたばる気はないぜ!」
「……ああ。死ねない、こんな所では。まだまだ見たい未来があるからな」
言い返した直後だった。
巨大な扉が重々しい響きを立てながらゆっくりと動いた。その瞬間、プレイヤー達が一斉に抜刀した。
神聖剣ヒースクリフ、二刀流使いキリト、細剣使いのアスナ、レイナ、カタナ使いのクライン、斧使いのエギル、……そして。
「……未来に行く為に」
リュウキも鞘を引き抜いた。棍か、と思われたがその両端は、刃を隠していた鞘だった。
中央部分が剣の柄であり、左右に刃がついている。
カテゴリー名 “双斬剣” 《ドゥオ・アポカリプス》
新たな武器を携えたリュウキ。
「――戦闘、開始!」
そのまま、完全に開ききった扉の中へと走り出した。真の意味での生死を掛けたBOSS戦に挑む。
決戦の場は、かなり広いドーム状の部屋。
……敵の姿はまだ見えない。
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