ソードアート・オンライン〜Another story〜
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SAO編
第95話 悪魔の懐に
そして、到着したのはBOSS部屋の前。
その巨大な扉は、既に開かれていた。この扉はプレイヤーが開放しなければ決して開かない仕様になっている為、自然に開いたりと言う事は、まず有り得ない。即ち……彼らが間違いなく入ったと言う事だ。
「おいっ!! 大丈夫か!!!」
キリトは到着するとそう叫び声を上げる。そして、部屋の状況を確認した。
だが……それを一目見て思わず絶句してしまう。
部屋の中央に陣取るかのように構えているのがあの蒼い悪魔だった。
そして、入り口とは反対側に追い詰められている軍のメンバー。もう、その陣形は崩されており倒れ伏しているものもいた。何より、蒼い炎が連中を囲っている。
あれにもしも、攻撃判定があるならば、下手に逃げようものなら、その炎に焼かれHPを瞬く間に削られてしまうだろう。
「グルオオッ!!!」
崩壊しかけているパーティに一太刀を震わせる悪魔。軍のメンバーは、武器・盾で防御をするが、それはあまりにも頼りなかった。その武器は圧倒的強者の一撃から守る事などできず 一撃でその武器・盾は続けて四散。その衝撃でメンバー全員が吹き飛ばされてしまい更にHPを削る。
最早、一刻の猶予も無い。
それを見たキリトは、空気を瞬時に大きく吸い込むと。
「何をしてるッ!! 早く転移結晶を使え!!」
そう軍の連中に叫んだ。それが残された唯一の脱出経路だから。
「ッ!!!」
リュウキは即座に集中し、あたりを視渡す。そして、恐るべき事実に気がついた。あの時、この部屋に脚を踏み入れたその時には、気づかなかったその事実を。
「だ、駄目だ! 結晶が……使えない!!」
1人の男がそう叫びを上げた。その絶望的な言葉を。
そう……このエリアでは結晶アイテムが無効化されていたのだ。
リュウキの感じたそれは、あの場所と同じだと言う事を感じたんだ。そう……あのギルドが壊滅しかけたあの場所と。
「そ、そんな……。」
アスナは思わず口元に手を当てる。
「これまで……BOSSの部屋でそんなトラップなかったのにっ!!」
レイナがアスナが言おうとした事を先に口に出していた。彼女が言うように、確かにこれまでのBOSSの部屋ではそんな類のトラップは存在しなかった。だからこそ、攻略組の皆は、少しずつBOSSに挑みその攻撃傾向……、スキルの有無等を確認しつつBOSS攻略の糧にして来たんだ。だからこそ、ここまで来る事が出来たと言ってもいい。
もう……ここから先の相手にはそれさえできない。
真の意味で命を賭した戦いしか……出来ないんだと言う事実を突きつけられたのだ。
「全員!! 逃げる事だけを考えろ!! お前らじゃソイツには勝てない! ソイツは体術は使わない可能性は十分にある! 武器を持ってない方の腕目掛けて回避しろ!! 全力で逃げろ!!!」
リュウキは即座にそう叫んでいた。少し視ただけだ、隠しだまもあるかもしれないが今の所はパターンが異常に変化したりはしていない。そもそも、BOSS部屋で結晶無効化のトラップがある時点でかなりの難易度になっているんだから。
その上、これまでの様にアルゴリズムの大規模変化……彼が口にする言葉、変わっていたりもしたら……、それは凶悪極まりない。
だから、リュウキは今視たBOSSの情報だけを叫んでいた。彼らが逃げられる様に。この地獄から早く解放される様に。
……だが。
「何を言うか……ッ!! 我々解放軍に撤退の二文字はありえない!! 戦え!! 戦うんだ!!!」
リュウキの言葉を無視し、そう叫び声を上げたのはコーバッツだ。
「ッ……! 馬鹿野郎が!! 仲間をなんだと思ってるんだ!」
コーバッツのその声に従っているのか…、或いはもう冷静な判断が下せないほど混乱しているのか……。その場にいた連中は逃げに徹しきれないでいた。
そして、よくよく彼らを見てみると……先ほど出会った軍のメンバーが何名か少なくなっている事に皆が気がついた。ここでは、結晶は使えない。つまり……逃げるとすればこの扉からしかないんだ。……ここに来た道でこの場にいないメンバーには誰も会っていない。……それが何を意味するのかは、最早明白だった。
彼らは……、死亡したんだと言う事を。
「お、おい!! どうなってんだ!!!」
クラインが少し遅れて漸く追いついてきた。他の6人のギルドメンバーも同様にだ。
キリトが手早く状況と事態を伝えた。結晶の無効化エリア、逃げに徹しない軍の連中。それを聞いたクラインの顔は歪む。
「な……何とかできないのかよ……」
「ッ……」
クラインの言葉を聞く前から、キリトは考えていた。ここから、切り込めば敵の意識はコチラにも向く。つまり、意識を軍の連中からそらせることは十分に可能だ。だけど、緊急脱出不可能なこの空間で、コチラに死者が出る可能性は捨てきれない。それは、例え、全プレイヤーの中でもトップクラスだと思えるリュウキがいたとしても。
だが、アインクラッド後半の層では、明らかに単独撃破は不可能とも思える程BOSSの性能は上がってきている。
だからこそ、リュウキ自身もレイドを組むときは決して1人では行わなかった。いや……周りがさせなかったと言うのもあると思うが、状況はリュウキにもよく解っている様子だったんだ。相手の手の内を見るだけなら兎も角、仲間を生かす為の命を懸けた戦いとなるとかなり厳しいのだ。
それらを踏まえてでも……、今現在、この場にいる数が少なすぎる。キリトが逡巡しているうちに……悪魔の向こうでどうにか立て直した部隊が一斉に構えているのが見えた。
そして、コーバッツの声が響き渡る。
「全員……突撃ーーッ!!!」
10人いる内の2人はもう瀕死とも言える状態。だから残り8人を4・4に分けその中央にたったコーバッツが剣を翳して突進を始めた。
「や、やめろおぉぉ!!!!」
リュウキは叫んだが、最早それは届かない。キリトは逡巡している最中だった為か、もしくはあまりにも無謀な指示を飛ばしたコーバッツに絶句し、言葉にならなかったのか、何も言えなかった。いや、恐らく何かをリュウキのように叫んだと思うんだが、何を言ったのか……思い出せない。
ただ、判る事はあった。
本当に一瞬の出来事だった。その部隊が……、瞬く間に蹴散らされてしまったんだ。それは最早戦いとは呼べない。悪魔は口から眩い噴気を撒き散らす。その息にもどうやらダメージ判定があるようだ。遠隔の攻撃で脚を止め……そして、右手で持っている巨大な剣。斬馬刀を彷彿させるかのような巨大な剣を突き立てた。
まるで巨像とアリだ。
決して、比喩ではない。目の前で人が飛ばされたんだ。それはまるで、映画のアクションシーンように、人間が宙に弾き飛ばされてしまった。
そしてその飛ばされた中で、1人だけ……不運にも追加攻撃を受けてしまったものがいた。
その掬い上げられるように切り飛ばされてしまった為、悪魔の身体を飛び越えて入り口まで飛ばされてしまった。それは、不幸にもHPを切らした時に脱出が出来る場所まで来る事が出来た。
その人物はコーバッツ。
装着している兜の耐久値は悪魔の一撃であっけなく無くなり砕け散った。そこで表情が露になったコーバッツは、自分自身のみに起きた事が理解できないと言う表情の中で口をゆっくりとひらいた。
「――……有り得ない」
その後はまるで無音の世界だった。まだ、悪魔は残った軍隊たちを蹂躙していると言うのに……、
まるで、その瞬間は時間が止まったかのようだった。
コーバッツがそう言った直後に。
何時聞いても、神経を逆撫でするような効果音と共に、無数の硝子片となって四散していった。
リュウキは目を見開いてそれを視ていた。
そして、アスナ、レイナも短い悲鳴をあげ……キリトとクラインは目を背けた。
「………」
キリトはこの時見た。
いつの間にかあの馬鹿長くデカイ剣を手に持っているリュウキを。強く柄を握り締めているリュウキを。
「だめ……だめよ……もうっ」
そして傍らにいるアスナのその声。アスナだけじゃない、レイナもそうだった。
そうだ……彼女たちだってギルドのトップに位置する。プレイヤーが、ただ黙ってやられるのを見ているだけなんて出来るはずも無かったんだ。もう、すぐさま飛び掛っていくだろうと頭では理解出来ていたがキリトの身体の反応は遅れていた。
考えを張り巡らせた性か、即座に反応できなかったんだ。……だが、今にも飛び掛りそうな彼女達だったけれど……飛び掛ることはなかった。
「うおあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
先に……この場の誰よりも先に、雄叫びを上げていた男がいたから。白銀のコートとその鮮やかな乱れ刃の刀身を掲げながら。その手にある刀身が光り輝く。
「クリティカル……ブレードぉぉぉっっ!!!!」
“極長剣 上位剣技”《クリティカル・ブレード》
直線状の敵を薙ぎ払う光の線。……まさに空の闇に輝く天の川。
このSAOでは投擲以外では無いと言われているが、それは遠距離からの攻撃。だが、勿論その剣閃から離れれば離れている相手ほど威力は落ちていく。近距離ならばダメージは遥かに高いが、遠距離では低いのだ。幾ら広範囲の攻撃とは言え、離れた相手にはさほどダメージは期待できない。
だが……。
「グルルルルっ!!!」
青眼の悪魔は標的を変えさせる事は十分に可能だった。そう……、リュウキの方へと憎悪値を向ける事に成功した様だ。
そして、その巨体に怖気付くことなくリュウキも右足を一歩踏み出した。大地に穴を開けるが如く踏みしめると空気をめいいっぱい吸い込み。
『お前の相手はこの俺だ!! かかってこいやァァァ!!!!』
この部屋全体をその咆哮とも呼べる声量で振るわせた。それは、いつか……聞いた事のある、あの台詞だった。
仲間を助ける為に……、命を賭けた彼の《デュエル・シャウト》だった。
正直……、他の皆は、あの時共に戦った皆は聞きたくない言葉だった。それは、自分1人に敵の全ての注意を向ける技だからだ。標的を自分1人に向ける事、それは他のメンバーを助けるのにはかなり有効な手段だが、リスクは果てしなく大きい。BOSS級の敵を自分のみ集中させる事の危険性……、解らない者などこの世界にはいないだろう。
もう、そんな言葉、正直 聞きたくなかったんだけれど……、今は考えてはいられなかった。
そしてリュウキは、叫びとほぼ同時に、更に駆け出した。
その場に留まっていれば、他のメンバーがターゲットになる可能性があるのだ。確実に自分1人に注意を向ける必要があるから。
「ッ!! リュウキくんっ!!」
リュウキに続いてレイナが、疾風の様に駆け出した。
「ッ!! レイッ!!!」
アスナもレイナに続きその細剣を抜刀した。
「くそぉっ!!!!」
そしてキリトもやむなく抜剣しながら3人の後を追い、最後に。
「もう、どうにでもなれだ!!」
クライン達も半ば自棄になりながら刀を引き抜き突進していった。向かう先にいるのは巨大で凶悪極まりない青い悪魔。
待ち構えるその悪魔の懐へと飛び込んでいったのだった。
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