黒魔術師松本沙耶香 紅雪篇
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3部分:第三章
第三章
知事の執務室。今その扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
知事は入るように言う。するとそこにあの黒服の美女がコートを着たまま姿を現わしたのであった。
「御呼びですね」
「うん」
知事は彼女の姿を見て微笑んで答えてきた。
「その通りだ。よく来てくれたな」
「丁度満ち足りた気持ちでしたので」
彼女は答える。
「気分よく参りました」
一礼してから言う。舞踏会での誘いの様な優雅な礼だ。それが終わってからコートは自然に彼女を離れて宙に浮かぶ。そしてそのまま掛け台に掛かるのであった。
「そうか。また女性かね」
「はい、今日もまた」
笑って答える。口と目の端に浮かび出たそれは妖艶なものであった。
「楽しく」
「そうか。それは何よりだ」
「それで知事」
美女は彼に問うてきた。
「この度の御用件は」
「うむ、それだが」
知事はその言葉を受けて真面目な顔になってきた。それからまずは窓に顔を向けた。
「これだがね」
「雪ですか」
「そうだ、この雪だ」
彼は答える。
「どう思うかね」
「言うまでもないと思いますが」
美女の言葉は知事が思っていた通りのものであった。部屋の一面を完全に支配している巨大な窓の向こうには紅い雪がまるで無尽蔵であるかのように降り続いている。それはまるでルビーが降り注いでいるようであった。美しいがそれと同時に忌々しいまでに妖しいものであった。
「常世のものではありません」
「そうだな」
知事はその言葉を聞いて頷く。それからまた述べた。
「だからだ。君を呼んだのは」
「この雪の原因を突き止めて欲しいと」
「できるか」
「その程度はできます」
美女はこう答えてきた。
「御安心下さい」
「できるのだな」
「はい」
美女は言う。
「どんな相手でも」
「そうなのか」
「そうですね。九尾の狐程の相手でも原因を突き止め全てを解決してみせましょう」
かつて中国において殷を滅ぼし周を滅亡の淵に追いやり印度で王子を惑わし日本に来た異形の狐である。その魔力は絶大であり死してなお殺生石となり側によるものを殺した。日本の歴史での最強最悪の魔物の一つである。
「おいおい、九尾の狐なぞが出てきたら」
知事はその例えを聞いて思わず苦笑いを浮かべてきた。それでまた言うのであった。
「そうなれば速水君も呼ぶ」
「それは」
美女はその言葉には目を微かに動かしてきた。知事をそれを見てさらに言葉をかけてきた。
「あくまで非常時はな。しかし今は君一人で充分だと思うが」
知事はそう述べてまた美女を見た。
「我が国きっての黒魔術師松本沙耶香」
彼女の名を呼んだ。
「君ならばな」
「有り難うございます」
沙耶香はその言葉に穏やかに礼を述べた。
「しかしあれだな」
知事は再び窓に目をやる。相変わらず紅い雪が降り注いでいる。
「気候を変えられるとなるとやはり相当の相手なのかもな」
「その可能性は否定できません」
沙耶香はそれに応えて言ってきた。
「ですが私もまた黒魔術師。仕事は果たしてみせましょう」
「そうか。では期待しているぞ」
「お任せ下さい」
沙耶香は述べる。声は低くそれでいて透き通っている。だがえも言われぬ艶もある声であった。
「それでは早速」
「捜査をはじめるのか」
「はい。実は幾つか心当たりもあります」
「この雪にかね?」
知事は沙耶香の言葉を聞いてその眉を少し動かしてきた。
「私もあることはあるがどういったものかね」
「知事も紅い雪は御存知ですか」
「といってもあれだ」
彼は答える。
「私が知っているのは普通の雪だ。ヨーロッパに降るものだな」
「あれですか」
沙耶香はそれを聞いて知事が何を指しているのかすぐにわかった。
実は欧州では紅い雪が実際に降る。だがそれは怪奇ではなく自然現象である。アフリカのサハラ砂漠の赤い砂が風に運ばれて北上しそこで雪に混ざってできるものである。だから特に恐ろしいものでもない。日本でも中国の黄砂が混ざった黄色い雪が降ることもある。それと同じだ。
「あれだけだ」
「ではこの雪は御存知ないですか」
「うむ、それはあくまで君の専門だな。だからこそ頼む」
「わかりました。では」
沙耶香は一礼した。そして顔を上げるとすぐに部屋を出ようとしてきた。
「早速」
「それでだね」
知事はまた彼女に声をかける。
「その相手がそれこそ東京都どころか日本すら潰しかねない相手だったらどうするのかね」
「私はその相手を完全に消してみせましょう」
沙耶香は落ち着いてそう述べた。
「それだけです」
「では速水君は呼ばなくていいのか」
「あの方と会うのはいつも縁があってのことですので」
彼女は今度はその整った顔に笑みを浮かべてきた。濃厚な退廃を纏った笑みであった。
「出会うならば出会うでしょう。それも偶然に」
「では私は動くことはないな」
「御言葉ですが」
「わかった。ではやってくれ給え」
ここは沙耶香に完全に任せることにした。彼も腹を括ったというわけだ。
「是非共な」
「お任せ下さい。それでは」
「うむ」
話は決まった。沙耶香は部屋を後にしこの紅の雪の謎にあたることになった。彼女が部屋を去った後ですぐにあの官僚が入れ替わりの形で部屋に入って来た。
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