黒魔術師松本沙耶香 紅雪篇
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19部分:第十九章
第十九章
部屋の扉に着くと少女が鍵を開こうとする。しかしそれより前に沙耶香が動いてきた。
「いいわ」
「けれど鍵は」
「必要ないのよ」
沙耶香は言う。すると扉のドアに手を当ててきた。
「これでね」
「けれど鍵は」
「開いたわ」
少女に言葉を返した。
「今のでね」
「今のでって」
それを聞いても信じられない。無意識のうちに首を傾げさせてきた。
「そんな筈が」
「信じないというのね」
沙耶香はそれを聞いて面白そうに笑ってきた。
「ええ。だって鍵を」
「その鍵を開けたのよ」
しかし彼女はこう言う。あくまでだ。
「わかるわ。それじゃあね」
「はい」
半信半疑のまま沙耶香の言葉に頷く。沙耶香は彼女を置いてそっとドアノブに手をやってきた。そしてすっと前へ開けたのであった。
「えっ」
「ほら、言った通りでしょ」
少女を見て笑いかけてきた。
「私の言葉通りに。開いたわね」
「けれど鍵は確かに」
「だからそれを開けたのよ」
また少女に対して述べた。
「どうやって」
「魔法よ」
くすりと笑って言ってきた。言いながら少女の目を覗き込む。
「魔法でね。開けたのよ」
「そんな。魔法だなんて」
「それがね。あるのよ」
言葉はもう決まっていた。沙耶香は魔術師だ。その魔術で魔都を歩いているのだからこの言葉は当然のことであったのだ。しかし少女がそれを知る由もなかったのである。
「それをね。今見せてあげるわ」
「今・・・・・・」
「ええ、今」
そう少女に語る。
「いいわね。それじゃあ」
また顎に手をかける。そして自分の顔を近付けていく。少女の目を見ながら。
「中に入るわよ」
「はい」
少女を頷かせる。完全に心を篭絡していた。
二人で家の中に入る。中は綺麗で纏まった感じであった。玄関も奥もよく掃除されていて整頓されている。家具も品のいいものばかりでこの家の育ちのよさを感じさせる。少女の品もまたここから来るものだとわかる。全体的に沙耶香にとっては満足のいく感じの部屋であった。
鍵を閉める。それから少女に声をかけてきた。
「まずは名前を聞きたいのだけれど」
「私の名前ですか」
「ええ。何て言うのかしか」
「佳澄」
少女は名乗った。
「豊口佳澄です。そういいます」
「佳澄ちゃんね」
「ええ」
沙耶香の言葉にこくりと頷いて答える。
「そうです。それが私の名前です」
「わかったわ。私はね」
今度は沙耶香が名乗る番であった。コートを脱ぎながら彼女に対して言う。
「沙耶香っていうの」
「沙耶香さん・・・・・・」
「そうよ、松本沙耶香」
今自分の名前を彼女に教えた。
「それが私の名前よ。それでね」
さらに言葉を進めてきた。髪を解き下ろす。すると漆黒の髪がバサリと落ちその身体を覆ってきた。
「風邪をなおしてあげるわ。いい?」
また佳澄の目を覗き込んできた。今度はそのまま顔を離さない。
「ベッドでね。二人で」
「二人で」
「そうよ。心ゆくまで。なおしてあげるわ」
そのまま佳澄を彼女のベッドへと連れて行く。そこで交わり淫蕩な世界へと入るのであった。
沙耶香は佳澄を横に寝かせて白いベッドの中にいた。二人は一糸纏わぬ姿になっていてその中にいる。佳澄は沙耶香の腕の中に抱かれていた。
「どうだったかしら」
沙耶香は抱いている佳澄に声をかけてきた。見れば彼女は腕の中で小さくなっていた。
「はじめてだったのよね」
「はい」
佳澄はその言葉にこくりと頷いてきた。だが赤い顔が今では白くなっている。眼鏡はかけたままであった。
「こんなのだったんですね」
「そうよ。本では知っていたみたいね」
「ええ」
その言葉に答える。答えた途端に顔がまた赤くなった。
「こんなのだったなんて」
「これが女の味よ」
沙耶香は言う。
「わかったわね」
「はあ」
「男はまだ知らなかったわね」
「そんなのはとても」
顔をさらに赤くさせて言ってきた。恥じらいが見える。
「まだです」
「最初は男の子を知りたかったのね」
「というよりは」
佳澄はその言葉に返してきた。
「こんなのって。まさか」
「そうよね。考えていなかったわよね」
「はい。やっぱり」
「そうよ。これは普通ではないのよ」
沙耶香もそれは認めた。しかし。
「けれどそうだからこそいいのよ」
「そうだから」
「ええ。普通じゃないことなのだから」
その目が細くなる。佳澄を抱きながら笑っていた。
「いいのよ。そうではなくて?」
「普通じゃないからですか」
「では聞くけれど」
佳澄本人に対して問う。
「これは。気持ちよくはなかったかしら」
「えっ」
「どうなのかしら。気持ちよかったわよね」
「えっ、ええ」
「素直でいいわ。女もなのよ」
沙耶香の笑いながらの言葉であった。籠の中の小鳥を抱いて遊ぶ魔性の笑みであった。
「女の人も」
「そうよ。いいものなのよ。男もそうだけれどね」
「そうなんですか」
「ええ。それで風邪はなおったわね」
不意に話を風邪にやってきた。これは意表を衝く形であった。
「私の魔術でね」
「魔術で」
「これでわかったかしら」
「ええと」
だが佳澄はまだ微妙な顔を沙耶香に見せていた。沙耶香もそんな彼女の顔を見て咎めるのでもなく笑うのであった。
「いいわ。わからなくても」
「すいません」
「これは元々昼の世界のものではないのだから」
そう述べてきた。
「昼の世界!?」
「そう。これは夜の世界のもの」
自分の魔術をそう評してきた。自嘲するわけでもなく何か深い意味を持たせながら。
「だから知らなくても無理はないわ」
「はあ」
「それにしてもね」
こう述べたうえでまた笑ってみせてきた。今度はくすりとした笑みであった。
「はじめてだったから」
「すいません」
佳澄はそれを聞くと身体を縮みこませてきた。
「あの、これは」
「いいのよ」
しかし沙耶香はそれを気に止めはしなかった。こう返して彼女の心を落ち着かせるのであった。
「いい?」
「はい」
「私は魔術を使えるのよ。だから」
「どうかなるんですか?」
「ええ。見ていて」
そう言うと身体を起こしてきた。そして右手の人差し指に白い光を込めてきた。そのうえでベッドのシーツをめくって赤いものにその光を投げたのであった。指をふい、と振って。
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