ルドガーinD×D (改)
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
最終六十六話:俺ノ為ノ世界
「ルドガー……お前は、俺を―――信じられるか?」
暖かくも厳しい、それでも自分のことを第一に考えていると分かる。
そんな兄の言葉にルドガーは少しの間呆けていたが、すぐに疑う事もなく頷く。
この人だけは絶対に自分を裏切らないと、必ず守ってくれると信じているから。
「信じるよ、兄さんだから」
答える言葉は初めから決まっていた。
ユリウスはルドガーの言葉に嬉しそうに微笑みルドガーを支えて立たす。
不安な表情を見せるイッセー達を尻目にルドガーの顔には不安や戸惑いは一切浮かんでいなかった。
兄に対する全幅の信頼がそこにはあった。
「今から俺のやる事は何の確証もない賭けだ。だが、お前達二人を救うにはそれしかない。もう一度聞くぞ。俺を信じられるか?」
「ああ……勿論だ」
「なら、俺のやる事には逆らうなよ―――約束できるか?」
「………うん」
『約束できるか?』その言葉に裏があることは普段のルドガーであれば気づけたであろうが衰弱し混乱していたルドガーには無理な話であった。
何より、幼い頃より交わしてきた兄との約束というものがルドガーの思考を鈍らせていた。
ユリウスは弟の返事に満足げに笑い“時空を制す槍”をルドガーに突き付けた。
「ありがとうな、ルドガー」
騒めく周囲をよそにユリウスはルドガーに声を掛けてその槍で弟の胸を―――貫いた。
悲鳴や戸惑いの声が上がる中、ただ一人貫かれている張本人であるルドガーだけが痛みを感じることもなく冷静に自分の体からどす黒い時歪の因子化の進行が退いていっていることに気づいた。
ハッとして顔を上げる弟に兄は優しく微笑みかける。
……槍を握る手から徐々に時歪の因子化を進行させながら。
「兄さん、なんで!?」
「オリジンの“無”の力は時空を制す力……なら、理論的には時空、つまりクロノスの力である時歪の因子化を制御することも不可能じゃない。だが、母さんもエルも時歪の因子化は消せなかった。だから、賭けだったんだが、どうやら―――俺に移し替えることは可能みたいだな」
痛みを顔に出さないように笑いながら語るユリウス。
だが、ルドガーは正反対にどうしようもない絶望を顔に浮かべる。
先程の約束とはユリウスの自殺行為を黙って見ろという事に他ならないのだ。
その事実に気付いたルドガーはすぐに槍を引き抜こうとするがユリウスに穏やかながらも強制の意志を感じさせる言葉をかけられる。
「よせ、ルドガー。どの道、この審判を越えるには最後の一人……どちらかが死ぬまで殺し合わないとならない」
「でも…っ!」
「お前は最後の一人になって彼女を救うようにオリジンに頼むんだ。そうすればお前の時歪の因子化もなくなり、彼女と生きていける。それに……お前程じゃないがさっきの戦いで俺も時歪の因子化が進行した」
ルドガーの反論を許さずに言葉を続けるユリウス。
実際のところユリウスの言うように兄弟はどちらか片方しか生き残ることは出来ない。
そしてどちらかが生き残った所で時歪の因子化の解除を願わなければ寿命を待つことなく死ぬ。
しかし、時歪の因子化の解除を願えば黒歌が助からない。
ルドガーと黒歌が生きていくにはユリウスの選択しか道は無いのだ。
だが、それを頭では分かっていてもルドガーは認めることが出来ない。
「なんで、なんで……兄さんを二度も―――殺さないといけないんだッ!!」
思いの丈を込めて叫ぶ弟の様子にバツの悪そうな表情浮かべるユリウスだったが彼の意志は固くまるで水が流れ込んでいくように自身を侵食していく時歪の因子化にも眉一つ動かさずに耐えている。
その様子にイッセーは納得がいかずに何か反論をしようとするが他に方法が思いつかずに弱々しく地面に手を叩きつけることしか出来ない。
「弟の為なら何度だって命を差し出すのが兄貴なんだ。分かってくれ、ルドガー」
「分かりたくない…っ! なにか、なにか方法があるだろ!?」
「お前も、エルや彼女の為なら何度だって命を差し出せるだろう?」
その言葉に思わずハッとするルドガー。
自分が同じ立場に立った時どうするかを考えると……やはり兄と同じ行動にでるのだ。
本当に自分達兄弟は、いや、自分は兄に似たのだと思うと誇らしさと共に悲しさが湧いてくる。
時歪の因子化が退き見えるようになった右目で兄の様子を確認すると自身の骸殻を発動し、完全に時歪の因子となる準備を始めていた。
「ルドガー……お前はもう十分頑張ったよ。色々な物を沢山背負って、お前は本当に頑張った。
だから、もう―――頑張らなくてもいいんだ」
ルドガーから全ての時歪の因子を自身に移し替え槍を引き抜くユリウス。
そして、優しく語り掛けながら弟を強く抱きしめる。
ルドガーは硬い鎧の下から感じられる温もりに涙が止まらなくなる。
やっと、再会できたのにあっという間に引き離されるという現実が兄弟を見る者の心をどうしようもなく締め付ける。
「なあ、俺はお前に何をしてやれただろうか?
……お前にとって格好良い、憧れの兄貴で居られたのか? 俺がお前の兄貴で良かったのか?」
「当たり…前だろ…っ! 全世界で一番の…っ、自慢の兄貴だよッ!」
「そうか……俺は幸せ者だな」
本当にこれ以上の幸せは無いといった風に呟くユリウスをルドガーは強く抱きしめ返す。
思えばいつも兄は、自分勝手に自分を守り、相談もせずに一人で何でも決める、過保護な兄だった。
でも、自分にとっては大事で、大好きな、誰にでも自慢できる大切な兄だった。
そんな兄に自分こそ何が出来ただろうか?
「兄さんは……どうして俺なんかの為に全てを賭けてくれるんだ?」
「何を言うかと思えばな。お前だから―――全てを賭けて守りたいと思えるんだ」
泣きそうな声で問いかけてくる弟に苦笑し、骸殻をスリークオーターにまで落として目を合わせて笑いかけるユリウス。
ルドガーはその顔に悲しさからか、嬉しさから、クシャリと顔を歪めてさらに続ける。
「……こんな守られてばっかりの弟で良かったのか?
いつまで経ってもこんな泣き虫な弟で本当に良かったのか?」
まるで子ども様な声で尋ねてくるルドガーにユリウスはいつかのように穏やかな笑みを浮かべて答える。
「それこそ―――当たり前だろう」
その言葉を最後にユリウスは黒い靄となりルドガーの腕の中から消え去る。
残ったのは支えを失いガックリと膝をつくルドガーだけだった。
イッセー達はそんな悲痛な様子にかける言葉が見つからずにただ沈黙していた。
「兄……さん」
魂が抜けたような声で呟くルドガー。このまま、ずっとこうしていたかった。
しかし、世界は時間を与えてはくれない。
沈黙を破るように突如として世界に歯車の音が響き渡って来る。
ルドガーが顔を上げてみると、そこにはいつの日にか見た『審判の門』が広がっていた。
最後の一人になったルドガーを再び“審判を越えし者”として選んだのである。
「やはり、貴様が最後の一人となったか」
「クロノス……」
腕を組み審判の門の前で漂うのは時空を司る大精霊、クロノス。
そして、ルドガー達の前に炎と共に現れる今回の審判の元凶となった存在、無を司る大精霊、オリジン。
根源を司る者達が審判を超えた証を携えルドガー達と対峙する。
「久しぶりだね、ルドガー。早速だけど君の願いを聞こうか」
オリジンは先ほどの兄弟のやり取りを知っているのか、時間がないことを悟り、願いを促す。
ルドガーもいつまでも兄の死を悲しんでいるわけにはいかないと思い、一刻も早く黒歌を治すように頼もうと口を開きかけるが。
―――本当にこれでいいのか?
ふと、そんな考えが彼の頭によぎる。
このままいつかのように大切な何かを天秤にかけて差し出された方を捨てるのか。
同じ様な結末を何度も繰り返すのか。
自分はみんなに助けてもらったのに、犠牲にしないと言ってもらったのに自分は犠牲を認めていいのか?
―――かつてのように残酷なハッピーエンドを認めてもいいのか?
「……めない。そんな結末―――認めないッ!!」
息を吹き返したように天に咆哮上げるルドガーにその場にいる者達全員の視線が釘づけになる。
彼はしっかりと大地を踏みしめ立ち上がる。
そんな彼の瞳にはどこまでも強く光る炎が宿っていた。
それはかつてエルを救う事を決意した時のように。
―――少女の為に世界を壊す覚悟を決めた時のようにどこまでも純粋な光だった。
「俺の……俺の望む世界には黒歌がいなきゃダメだッ! 兄さんがいなきゃダメなんだッ!」
逆に言えばそれだけあれば他には何もいらない。
彼の雄叫びからはそんな想いが伝わってくる。
「でもどうやって叶える気だい? 勿論ユリウスを生き返らせることは出来るよ。
でも、その場合、黒歌は助からない。逆に言えば黒歌を助ければユリウスは生き返らない」
オリジンの言うように二つの願いは重ならない。
外道な方法ではあるが黒歌を殺して一時間以内に死んだ人間全てを生き返らせてくれとでも頼めば二人を生き返らせることは可能だろう。
だが、勿論ルドガーはそんなことはしない。
例え、それが最善の選択だとしても。
後で生き返らせるから今は死んでくれと愛する女性に言えるだろうか?
果たして生き返らせてもかつてのように愛せるだろうか?
いくらでも代わりがきく“物”として見てしまうのではないのだろうか?
何よりも大切な人だからこそ、一度たりとも死なせてはならない。
もし死なせてしまえば、全てを賭けて守り抜いてくれた兄にも今まで犠牲にしてきた者達にも顔向けが出来ないだろう。
もっとも、そんな最善の選択などルドガーの頭には最初から無いのだが。
「兄さんに言われたんだ、俺は。『お前は、お前の世界を創るんだ』って……」
もう、随分と昔になってしまった言葉を噛みしめるように呟くルドガー。
そして、真っ直ぐにオリジンを見つめて口を開く。
たった一つの純粋な願いを。
「俺の願いは―――――――――だ」
息をのむ一同。だが、ルドガーは微動だにせずオリジンを鋭い眼光で射抜き続けるだけだ。
その内、クロノスが怒りで凄まじい形相になりルドガーに怒鳴りかかってくる。
クロノスにはあのルドガーがこのような選択をするとは思えなかったのだ。
「貴様、この世界までも壊す気か!?」
「壊す気なんてない。俺はこれからもこの世界で生きていく」
「貴様の望みが少しでも歪めば容易く壊れるぞ。それが分かっているのか?」
「歪みなんかしない。俺の願いは決して変わらない」
まだ、文句を言おうと口を開こうとするクロノスだったがオリジンの手によって制されてしまう。
そのことに歯噛みするものの基本的にオリジンには逆らえない為にルドガーを終始睨み付けるだけに止まる。
オリジンはそんな友の様子に少し微笑みながらルドガーに話しかける。
「いいよ。君の願いを叶えよう」
「ありがとうな、オリジン」
「君なら……ただ一つしか望まない君だからこそ安心して願いを叶えられるんだよ」
オリジンの言葉に微笑み返したルドガーは次にイッセー達を見まわす。
全員が戸惑いの表情を浮かべてはいるものの誰一人としてルドガーを疑っている者はいなかった。
まず、リアスがルドガーに微笑みかけ、口を開く。
「大丈夫よ。あなたはユリウスさんも言ったように頑張ったんだもの。ちょっとぐらい我儘言っても罰は当たらないわ」
「俺の願いだったら世界が色々変わるかもしれねえけど……お前の願いならいつも通りの日常が来るだけだろ。何の心配もしてねえよ」
「当たり前しか望まないルドガー君だからこそ叶えられる願いでしょうね。私が願ったら本当に世界が壊れちゃうかもしれないわ」
リアスの後に続けて笑いながらイッセーとヴァーリが続ける。
信頼されているのか、無害な人間だと思われているのかと思い苦笑を浮かべるルドガーだがすぐに時間がないことを思い出してオリジンに向き直る。
「最後にもう一度だけ確認するよ。本当にその願いでいいんだね?」
ルドガー・ウィル・クルスニクという男が願う世界は実につまらないと言ってもいいだろう。
ある者なら世界の恒久平和を願うかもしれない。
また、ある者なら世界を壊したいと願うかもしれない。
もしかすると愛する者が一生平和に暮らせる世界という優しい願いを抱く者もいるかもしれない。
だが、ルドガーの願う世界はそのどれとも違う。
世界平和なんて考えもしない。
どれだけ世界に見捨てられ、憎悪を抱くようなことがあっても世界の崩壊なんて求めない。
愛する者が平和に暮らすことを望みはするが、それは自分の腕で掴み取ってこそだ。
ただ、当たり前の―――愛も、憎しみも、悲しみも、楽しさもある、今と何も変わらない世界。
これからどんな困難が降りかかってきても構わない。
どんな悲劇が繰り返されるとしてもそれが当たり前だと受け入れる。
でも、たった一つだけこの世界に望むのは―――愛する家族が傍に居る事。
それが彼の願う―――創り出す世界だ。
「この世界を―――俺の望む世界にしてくれ!」
眩い白の閃光がルドガー達の視界を覆っていった。
それから数日後、一組の男女がスーパーで買い物をしていた。
男の方は銀色の髪に黒のメッシュを入れており、女性の方は艶やかな黒色の髪に金色の目といった何とも妖艶な雰囲気を醸し出しているが幸せそうに男の隣を歩く姿はただの少女に見えるので不思議だ。
「ルドガー、買うものはこれで全部かにゃ?」
「ああ、トマトもこれでしばらくは足りるだろ」
「じゃ、これ買ったら帰ろ」
代金を支払い目的の食材を買って自分達の家まで歩いて帰る二人。
夕暮れであかね色に染まる道を二人は黙ったまま歩く。
しかし、その沈黙は気まずいというものではなく不思議と心の落ち着く沈黙であった。
黒歌は隣を歩くルドガーを愛おし気に眺め、ついで空いている彼の左手と自分の手を見る。
そして、手を繋ごうと声をかけようとしたところで彼の方から手を伸ばされる。
「ほら、手、繋ぎたいんだろ?」
「……なんで分かったの?」
「俺が君の事を愛しているからじゃダメか?」
少し照れながら言われた言葉に思わず頬を赤らめてしまうが彼が突然口説いてくるのはいつものことなので気を取り直して差し出された手を握る。
その手から伝わる温もりにこれが幸せな夢ではなく、現実なのだという事を噛みしめながら黒歌は指を絡ませる。
「ねえ、今度ウエディングドレスを見に行かない?」
「まだ、結婚式をいつするかも決めていないのにか」
「私は早ければ早い方がいいって言ってるにゃ」
「そう言われてもな……。現状だと俺はまだ高校生だからな」
「愛さえあれば関係ないにゃ」
自分でも無茶なことを言っていると自覚しながらも黒歌は駄々をこねる子どものように頬を膨らませてルドガーの腕に抱き着く。
そんな愛らしい仕草に苦笑しながらルドガーは歩いていく。
どこまでも幸せな、当たり前の世界を。
しばらく道行く人にイチャイチャする姿を見せつけながら歩いていた二人は我が家に帰って来る。
そのまま、夕飯の話をしながらリビングに向かい扉を開けるとテーブルに座り鼻歌を歌いながら新聞を読む大きな背中が見えてくる。
『ただいま』
「お帰り、二人共」
二人の声に背中の主は鼻歌をやめ、振り返って微笑みかけてくる。
その姿に知らず知らずの内に目尻に涙が溜まっていくのを感じたルドガーは顔を振って自分も笑顔をつくる。
そんな仕草をどう受け取ったのか背中の主は気を使って話を逸らすように少し冗談めかして尋ねてくる。
「シェフ、今晩のメニューは?」
その問いかけにルドガーの胸には万感の想いが込み上げてくる。
あの日からずっと後悔してきた。
この人に食べさせてあげるまで決して作らないと誓った。
最愛の人にさえ、作らなかった。先に食べさせないといけない人がいるから。
でも、不可能だと思っていた。だからこそ、何度もこの日を夢見て来た。
だが、それが今ようやく叶うのだ。
ルドガーは大きく息を吸い込み自然な笑みを浮かべて口を開く。
「―――トマトソースパスタだよ、兄さん」
~END~
後書き
完結ッ! 最後のセリフの為に頑張って来たかいがあります。
無理やりかもしれないけどルドガーにとってのハッピーエンドにしました。
世界はルドガーに対して贖罪するべきなんです。
だから、世界の片隅で一つの家族が生きる変化ぐらいはいいよね。
では、今まで応援、本当にありがとうございました!
ページ上へ戻る