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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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16.次代の剣士たち

 
前書き
8/27 ジャンの家が有力五家とかいう大嘘が発覚したので修正しました。正確には有力五家に仕える剣豪でした。 

 
 
 オラリオは常に娯楽に貪欲な街だ。
 だからこそ、怪物祭に限らず(フィリア)と名の付くイベントでは街全体が賑わう。
 観光客も珍しいテイムモンスターを一目見ようと集まるし、普段は冒険に明け暮れる冒険者もその多くが屋台で腹を満たして笑いあう。恋を深める人も交友を深める神も、誰も彼もが祭りを歓迎していた。

 そんな祭りを物珍しそうにきょろきょろ見回す栗色の髪の少年が、しきりに感嘆の声を上げている。

「わぁ……!すごい人だかりだなぁ………さすが世界一の迷宮都市オラリオ!ガテラティオじゃ人が集まる時は祭りというより儀礼って側面が強いもんなぁ」
「だな。俺ぁ堅っ苦しいのよりこういう気ままな祭りの方が性に合うぜ」

 後ろから、その少年と共に行動するもう一人が同意した。
 栗色の髪の少年が温厚そうな柔らかい印象を受けるのに対し、もう一人は彼より身長が高くて大人びた印象を受ける。

「にしてもよぉ。あんまりキョロキョロしてっと田舎者だと思われるぜ?ユウ坊っちゃんよぉ」
「う……し、仕方ないじゃないか!俺、フィリア祭を見るのは初めてなんだもん!そういうジャンだって屋台を観ては物欲しそうな目線を送ってるじゃないか!」
「そ、それはまぁ……えっと、要するにアレだ。小腹がすいたが小遣いに余裕がねぇって言うか……」
「ほら!だから幾ら掘り出し物だからってヘファイストス・ファミリアの武器を買うなんて止めておけって言ったのに……しょーがないなぁ。奢ってあげるから何か食べよう?」
「はは……ワリィな、ユウ。イスタンタールに戻ったらメシを奢って返すってことで良いか?」
「もっちろんさ!あ、でも辛いのは勘弁してよね?」

 少年――ユウの元気一杯な返答に、ジャンはあちこちがはねた長い髪を指で弄りながら「お子ちゃま味覚め」と苦笑いした。
 ジャンの背中には先ほど買ってしまった二振りの剣が布にくるまれた状態で背負われており、逆にユウの鞄にはオラリオでしか手に入らない珍しい書物が詰っている。その対照的な買い物がそのまま二人の本分を表しているようにも見える。

 彼らの青を基調とした学生服と胸に光る金色のバッジを見れば、分かる人なら二人が何者なのかを理解できる。その学生服とバッジに刻まれた星の文様は、オラリオより南に位置するナダラケス地方東端にある魔法学園都市「イスタンタール」の生徒の証である。

 イスタンタールは古くから学問を追求する機関として世界に多くの人材を輩出し、その中には国家中枢を担う政治家、著名な作家、権威ある研究者、果てはクリスタル正教の重役になった者も存在する由緒正しき学校だ。無論この中から冒険者やギルドへ進路を進める者もいる。
 学問というのはどちらかといえば神への信仰とは逆の側面もあるが、それを好しとする知の神々の助力によってこの学校は正教圏・反結晶圏に関わらない中立性を保っている。だから、この学校は地理的に反結晶圏に近いながら北の正教圏から訪れる人材も多く存在する。

 そして、そのような学生たちは故郷へ戻る際にオラリオを経由して故郷に戻ることが多い。また、神学研究や魔物研究の為に頻繁にオラリオに訪れる学者や生徒もいるため、この町でイスタンタールの生徒を見かけることは決して珍しい事ではなかった。
 まして今日は祭りの日。彼ら以外にも町のあちこちにたまのガス抜きを求めた生徒達が談笑している姿が見受けられる。

「うわ、見てよジャン。あそこの露店、凄い人だかりだよ!何を売ってるんだろう?」
「んー?……ありゃどうやら女服の露店みてぇだな。なになに……『ユルヤナの仕立て屋』?」
「ユルヤナ……ユルヤナ……どっかで聞いたことあるなぁ。多分父さんの書斎だったと思うけど……」
「まぁ男の俺達には関係ねぇことだ。まさか寮監のマーサさんに買って帰る訳にもいかねぇだろ」

 なお、ユウより身長が高いジャンにはその人ごみの先にセクシー全開の大胆なドレスの数々が目に移っており、さりげなくユウが本格的に興味を持つ前に離脱を促している。あんなもの着る女の気が知れねぇ、とジャンは内心でげんなりした。
 ……実は客の半分以上がオラリオの女神だったりするが、余所者の二人が気付くはずもなかった。
 ここだけの話、ヘスティアやらフレイヤ辺りのきわどすぎる服はこの店から提供された物が殆どである。
 
「………あんなもの土産に持って帰った日には翌日からの渾名がスケベ大魔王になるぜ」
「ん?ジャン、何か言った?」
「なんでもねぇ。ユウに何を奢ってもらおうか算段してただけだ。へへっ、高~いのを期待してるぜ?」
「え、ええ!?何だよそれ~!お、俺だってそこまで財布に余裕ないんだからな!!」

 仲睦まじそうに通りを歩く二人が、実は最初に出会った時は結構険悪な仲だったことを覚えている者は少ない。

 実は、ユウは正教の誇る名門軍家「ゼネオルシア家」の跡取り息子である。
 対してジャンは、剣豪として名高い「バレストラ」の家系に生まれた男。

 ユウの父親は正教騎士団の幹部格であり、ジャンの父ジェロムは騎士団きっての実力者だった。
 だが、15年前に起きたエタルニア公国との戦争の際にゼネオルシア家は真っ先に叛徒ブレイブ率いるエタルニア軍の降伏勧告を受け入れるように提言し、当時バレストラが仕えていた好戦派と真っ向から対立した。

 好戦派は「正教の威厳と歴史に泥を塗るエタルニアの軍勢に下るなど言語道断」と主張した。
 正教本部と最も距離の近かった土の神殿の占拠と巫女の殺害という冒涜的な行為を行ったエタルニアに戦いもせずに負けを認めるなど正教騎士団の誇りが許さない。当時の大司教や法王もそれを認めて一時は戦争状態に突入した。

 だが蓋を開けてみれば、エタルニアの軍勢の一方的な攻勢に大敗を喫する結果となった。
 当然と言えば当然だ。聖騎士ブレイブは綿密すぎるほど綿密な計画を練っていたし、エタルニアの確保したアスタリスクの数も正教の2倍近く。戦力的にも戦術的にも、正教騎士団は圧倒的な苦境に立たされることとなった。
 正教騎士団は一部を除いて実戦経験が圧倒的に少ない。基本的に治世の安定した正教圏では、戦いの相手は魔物か時折やってくる神主導の烏合の衆が関の山。しかも現実には、その襲撃者を撃退していた兵士の大半がエタルニア側に寝返ってるという有様だった。
 大小様々あれど、正教上層部の腐敗がその理由であることは、今となっては否定できない。
 ともかく、既に敗北は時間の問題だった。

 そして好戦派が弱ったところでゼネオルシア家は悠々と立ち上がり、これ以上戦っても正教に益がないこと、正教の行った判断にも非があったことなど利権と正義の二重で周囲を説得し、あれよあれよという間にエタルニアとクリスタル正教を和平の道へ導いた。反対の声も上がったが、既にエタルニアとの戦いで痛手を負った好戦派の声に耳を貸す物好きは殆どいなかった。

 そしてゼネオルシア家は何一つ手を汚さないまま自身の利権と名声を守り、降伏後は何事もなかったかのように正教騎士団三銃士の席に居座ってエタルニアと交渉し、正教騎士団の解散を防ぎつつ粛々と正教の内部粛清を手伝った。その結果、今の正教上層部はその大半がエタルニアの傀儡と化している。

 そう、ゼネオルシア家はこの結果を予見していたのだ。
 その上でバレストラを初めとするたち誇り高き騎士を生贄同然にして、和平後は犠牲を最小限に抑えた功労者として名声を上げた。誇りと守るべきものの為に戦場に散った好戦派を貶めて。

 常に勝利と繁栄を。例えその陰で名家が権利を剥奪されて没落し「愚か者」と嘲りを受けようとも、自分たちの地位だけは揺るがない。それがバレストラ家嫡男として生まれたジャンが持っていた、ゼネオルシア家への印象だった。

 そして、2人はイスタンタールの留学生同士としてルームメイトになることで初めて出会う。
 ジャンは当初、先祖の恨みとばかりにユウに邪険に接し、無視や拒絶など当たり前とばかりの顔をしていた。……ところが、ユウはどんなに邪険にされて追い返されても、何故かニコニコ笑いながら子犬のように近づいてくる。下心も邪気も悪意もなくとことん優しいお人よしであるユウに、ジャンは次第に自分の中でのゼネオルシア家のイメージが崩れていくのを感じた。

 実はゼネオルシア家内部で様々な事情があり、ユウは父親からさほど積極的な教育を受けていなかったらしい。そのため出来上がったのは知的好奇心旺盛で人畜無害な本の虫。次第にジャンとユウは様々な出来事を通して交友を深め、今では親友と呼べる間柄にまでなっていた。

「……ところでユウ。お前、アレはちゃんと分かってるんだろうな?」 
「アレ?」
「アレだよアレ!名前の事だよ!」

 先ほども言ったが、ゼネオルシア家は「正教圏」の名家として名高いし、バレストラも剣の道では知られた名だ。特にゼネオルシアは大きさゆえにあちこちで恨みを買っている部分もある。故に二人はこの町に来る前に、事前に家名を隠すことを決めていた。
 この町ではジャンはバレストラではなくアンガルドを名乗り、ユウはゼネオルシアではなくジェグナンを名乗る。家名を隠すことで余計なトラブルを避けようと言う知恵である。ちなみに言い出しっぺはジャンではなくユウの方だったりする。

「ああ、その事?大丈夫、いくらオラリオが中立とは言っても僕らの名前は目立ちすぎるもんね!うっかり本名を喋るようなヘマはしないよ!」
「バカ!大声で喋んな!いくら祭りで騒がしいからって誰かに聞かれたらどうする!」
「うっ……ご、ごめん。でも偽名なんてコードネームみたいで何だか格好いいね。昔書斎で呼んだ『恐怖!監獄要塞スパイ大作戦』を思い出しちゃうよ!わくわくするな~……!」
「なんだその妙ちきりんな本は……ったくのんきな野郎だぜ」

 きらきらと瞳を輝かせるユウは、元来の童顔も相まってどこまでも子供っぽい。
 うっかり歓楽街にでも迷い込んだ日には大切なものをたくさん失って帰ってきそうである。
 この世間知らずのお坊ちゃんを放置するのは不安しかないな、と嘆息するジャンだった。

 そして、その嘆息の瞬間が二人の運命を大きく揺るがす事態に繋がる決定的な隙となった。

「みゃあああっ!!」
「なーご!!」
「フギャーーーッ!!」

 それは、町の物陰から突然群れで現れた。
 サバ、ブチ、ミケを問わぬ多種多様な模様と色合い。ピンクの肉球。ピンとしたヒゲにしなやかな尻尾。そう、それは猫だった。しかも一匹や二匹ではない。実に数十匹にも及ぶ猫たちが鉄砲水の如くいきなり通りすがりのユウたちに飛びかかったのだ。

「うおッ!?な、何だおい!?」
「うわわわわわぁっ!?に、にゃんこ軍団だぁぁぁ!!」

 混乱する二人は慌てて避けようとしたが、猫の素早さの方が上だった。かといっていたいけな猫たちを強引に振り切る訳にもいかず、為す術無し。二人はあっさりと猫の濁流に飲み込まれた

「ぎゃああああああッ!!」
「ぬわああああああッ!?」

 あらゆる猫たちが足元を通り抜けたり頭を踏んだり袖を引っ掻いたりしながら通り過ぎていき、そのダメージに二人は情けない悲鳴を上げて押し倒されていった。

 そして、猫たちが通り過ぎた後には、肉球ハンコと抜け毛だらけになった二人の哀れな姿が。
 周辺の同情的な視線が降り注ぐ中、なんとか二人は力なく立ち上がって体中の抜け毛と埃を払う。

「な、なんだったんだ今のは……猫ってあんなに群れて行動する生き物だったっけ……?」
「知らねえよっ!大方何かイタズラでもやって逃げてきたんだろうよ!ひどい目にあったぜ!!」

 若干キレ気味のジャンが荒々しく前髪をかきあげる。
 そのジャンの様子を見て、ユウはある事に気付いた。

「あれ、ジャン。学生バッジはどこにやったの?」
「あん?バッジならちゃんとここに………………………な、い?」

 ぱんぱんと胸元を叩いて確認したジャンの顔が次第に青ざめていく。
 そして、それを問うたユウ自身も自分の異変に気付いて悲鳴を上げた。

「って、ああ!?俺のバッジも無くなってる!?ま、まずいぞ……!あのバッジはイスタンタールの身分証明書代わりなのに!!」

 イスタンタールでは基本的に学生や関係者は専用の三角帽子をつける事が義務付けられていたが、近年「ダサすぎる!」という苦情が出ていたために最近はバッジと帽子の選択制になっている。つまり、ユウとジャンの無くしたバッジは自身の身分を表す重要な物なのだ。
 しかも、バッジには生徒の学問履修や貢献度を表した星のマークが刻まれている。それを無くしたとあらば再発行の時点でペナルティが課せられてしまい、最悪の場合は星の数を減らされてしまう。星の数はイスタンタールでの評価そのものなため、こんな所でやすやすと失っていいものではない。

「よ、要するにアレか?落としちゃった……って奴か?」
「そんな馬鹿な!さっきまでちゃんとつけてたじゃないか!それが突然無くなるなんて………あっ」
「な、何だよ」
「ひょっとして……さっきの猫?」

 そういえば、無くす前にあからさまに大変な出来事が……猫の襲撃という事件がなかったか?
 ダバダバと嫌な汗を流す二人は、ギギギ、と音を立ててゆっくりと首を回した。

 その目線の先には――先ほど自分たちに襲いかかった猫集団の背中。
 その集団の中に、見覚えのある金色のバッジを咥えた猫が2匹。

「あ、あいつらだ!!あの猫どもが俺達のバッジを……追いかけるぞユウ!!アレを無くしたらマジでシャレにならんっ!!」
「分かってる!!……っていうか、光ものを狙うのって普通はカラスとかじゃないのー!?」
「知るか馬鹿!カラスだろうが猫だろうがそんな畜生の所為で俺達の評価を下げられてたまるかぁぁーーーッ!!!」

 こんな所でにゃんこに星を奪われてたまるか!と、2人は全速力で猫集団を追いかけた。
 その二人の気迫たるや猫を追いかけているだけとは思えないほど凄まじく、周囲の言によると「ユウは疾風の荒鷹、そしてジャンは烈火の牙狼のようだった」とのことである。
  
 

 
後書き
ブレイブリーセカンドをやってない人には「誰だコイツら?」ってな話ですが、ユウとジャンがゲスト的な形での登場です。(ちなみにミネットもセカンドの登場人物です)
細かい説明は第1章が終わったらまとめてやろうと思っています。
なお、ユウの偽名は思いつかなかったので某すごい人型機械が戦争するゲームのキャラから借りてきました。 
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