俺と乞食とその他諸々の日常
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八話:バイトと日常
―――金。
それは金属で出来た硬貨であったり、紙で出来た紙幣だったり、はたまたデータ化された実在せぬ存在であることもある。
そうであるにも関わらずに人間は金というものを無条件に信じる。
金属が、紙が、データが、食料や物資と必ず交換できるのだと疑いもしない。
実際の所は経済が破綻したり、無人島に漂流すればそれは金ではなく、ただの鉄屑や紙屑でしかないというのに人は金を信じる。
それは一種の幻想とも言えるだろう。だというのに現実主義者であればあるほど金の魔力に見せられて金を掻き集めていく。
ふとした瞬間にそれが何の価値もない物体に変わる危険性を秘めているとも思わずに。
だとしても現代社会において金とは人間が生み出した最も確実な人と人との信頼関係とも言えるだろう。
人は人と繋がり合わなければ生きていけない。
故に人生を生きるのに望む、望まないに関わらず金は必要だ。
……まあ、結局のところ何が言いたいかと言うとだ。
―――俺のお財布の中身がピンチ。
それに尽きる。今月は散々たかられたせいで非常にピンチな状況が続いているのだ。
そして現状を打開するためには方法は一つ―――働いて金を稼がねばならない。
「あら、意外と言ってはなんですけど執事服が似合っているわね、リヒター」
「リヒター様は背が高いですからね」
口々に俺の執事服姿に対する評価をしていくヴィクターとエドガー。
何となく居心地が悪くなりながらも俺もここ―――ヴィクターの屋敷で働くために執事服の着心地を確かめる。
まあ、今日はバイトとして一日ここで働かせてもらう事になった。
決め手はとにかく知り合い価格で時給がよかったからだ。
「それじゃあ、さっそく仕事をやらさせて貰おうか、“お嬢様”」
「……ごめんなさい。あなたにその呼び方をされると背筋が冷たくなるんですわ」
「え? 俺は普通に言っただけなんだがな……」
心底申し訳なさそうに言うヴィクターの言葉に俺のガラスのハートは容易く砕けそうになる。
普段からミカヤに酷いことは言われ慣れているがこう、ナチュラルに申し訳なさそうに言われると辛いものがある。
下手をしなくても泣くぞ。
「まあ、人それぞれ感性というものは違うものです。リヒター様こちらについて来て下さい。仕事についての説明をしますので」
「ああ、分かった。頼むよ、エドガー」
「お任せ下さい。今日一日で立派な執事にしてみせます」
「いや、そこまでは求めていない」
途中心が折れるという予想外のハプニングがあったものの早速仕事が始まることになった。
まずは、エドガーから説明を受けながら生活用品を整えたりしていく。
豪邸だけあって流石に簡単な物の補充だけでも時間がかかる。
いつもエドガー一人でやっているわけではないだろうが心底尊敬する。
「次は部屋の掃除をしていきます。ここからは二手に分かれてやりましょう」
「分かった」
その後、少しやり方を教えて貰った後に部屋をまじめに掃除していく。
ここが自宅であればタップダンスを踊りながら掃除をするかもしれないが俺の生活費がかかっているためにそんなことはしない。
なので、非常に見せ所もなくただ黙々と掃除をすることになる。
だが、平凡な展開など許さないとばかりに机の上に何やら見せつける様に開けられたアルバムが置いてあった。
当然机の上も拭かなくてはならなので俺はそれに目を通さなくてはならない。
別に見たいわけではない。ここはしっかりと分かってほしい。
アルバムを一端別の場所に運ぶために目を落とすとそこには―――
「ジークの……メイド服姿…だとっ!?」
ジークがメイド服を着て恥ずかしそうに頬を赤らめている写真がそこにはあった。
様々な角度から撮られたそれらの数はざっと十枚ほどで一ページを埋め尽くしていた。
恐らくはヴィクターが娘の着せ替えをして楽しんだ時の写真なのだろう。
どうせなら俺も呼んでくれればよかったものの。
そんなことを考えながらページをめくると今度は―――
「ジークの水着写真……。おっぱいは……ハリーより少し大きいぐらいか?」
大した差ではないが微妙にハリーよりも大きい気がする。
まあ、おっぱい侍の前では圧倒的に戦力不足だけどな。
あれはもはや別格と言っても過言ではない。まあ、ジークのはどちらかというと美乳なのだろう。
「これが終わったらヴィクターと交渉してみるか」
必ず手に入れてみせると心に誓って俺は再び掃除を開始するのだった。
その時どこからか覚えのある視線を感じたが気のせいだと思って気にしなかったのが間違いだとも知らずに。
「ご苦労様、リヒター。これで今日の仕事は終わりですわ。お給金は直接あなたの口座に振り込んでおくわ」
「こっちこそ、ピンチの所を助けて貰って感謝するよ」
「……何かあなたに素直にお礼をされると落ち着きませんわね」
「だから、お前らは俺を何だと思っているんだ」
どうしてお礼を言うだけで裏を勘繰られないといけないんだ。
確かに今から交渉を行おうとは思っているけどな。
「まあいい。それよりもだヴィクター。お前に頼みたいことがある。ジークのメイド服写真か水着写真を分けてくれないか?」
「我が家の家宝を探し当てるとは流石ですわね。ですが、わたくしに頼むよりも別の人に頼んだ方が早いのではなくて?」
「別の人だと」
「ジーク、いつまでも隠れていないで出てきたらどうですか」
ジークだとっ!? ヴィクターのセリフに浮気現場が見つかった夫のようにあたふたとしているとジークが物陰から頬を染めながら顔を覗かせる。
俺が密かにジークの写真を集めているのがバレてしまったじゃないか。
まさか、さっきの視線の正体はこいつか!?
「リ、リヒターが欲しいんならいくらでもええよ。私もリヒターの執事服姿を撮らせてもろーたし」
両手の人差し指をツンツンと突きながら上目遣いで言ってくるジークに言葉が出ない。
くそっ! こういうのは当人が知らないところで集めて切り札として扱うのが楽しいというのに……何たる失態だ!
それと、撮影料を寄越せ。
「等価交換ということですわね」
「リヒター・ノーマン、人生最大の屈辱だ…っ!」
「この程度の事で何を言っているのですか」
ヴィクターが優雅に紅茶をすすりながらツッコんでくる。
どうやら俺には味方は居ないらしい。
その事に悲しくなった俺は恥ずかしさもあり無言のダッシュでその場を後にする。
「リヒターの執事服……ええなぁ、えへへ」
何か聞こえて来たが気にしない。
リヒターが走り去った後、ジークはニヤケきっていた顔を引き締める。
自分の恥ずかしい写真を見られるのは勿論恥ずかしいがそれをこっそりと集めようとしていたのが自分の想い人なら話は別だ。
いつもは邪険に扱われるがこうしたふとした瞬間にデレというか、優しさを見せる彼に出会えたのは彼女の人生において何よりも重要なことだ。
そして、彼女は今回のインターミドルであることを決心していた。
「ヴィクター……私、今年は絶対に負けんよ」
「望むところですわ。……と、言いたい所だけど、どうしたの急に?」
「私は決めたんよ。今回のインターミドルで優勝したら―――」
ジークはそこで一端言葉を切り、彼からプレゼントされた青色のリボンを愛おしげに触れる。
そんな様子にヴィクターは娘の青春を見守るような母親の顔になる。
ジークは表情を凛とした物に変え言葉を紡ぐ。
「リヒターに―――こ、告白する!」
恋する乙女の戦いが今―――始まる。
後書き
これがこの小説のヒロインだぁぁあああっ!
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