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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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14.カツオブシは誰がために

 
前書き
どうでもいい話。
ゲームでは「Dの手帳」が正式な名前なんですけど、こっちは純粋に日記帳です。
もっとも、最近はリングアベルが色々書き加えてるので手帳と変わらなくなってますが。

あと、今回からタグ一つ追加しました。
未だ忙しいので定期更新は無理ですが、新しい話をどうぞ。 

 
 
 その日、オラリオの一角にあるベンチに座り、静かに本を読んでいる男がいた。
 駆け出し冒険者にして無類の女好き、リングアベルである。
 なお、割と女性との付き合いは健全な方なので放置してもそんなに害はない模様である。

 そんな彼が女の子も追いかけずに本を読むなどという殊勝なことをしているのには理由があった。
 彼は、その日記帳から、「未来」に纏わる重要な情報を読み解こうとしているのだ。
 Dの日記帳によると『怪物祭(モンスターフィリア)』という祭りがこの町では定期的に行われており、そのイベントは翌日に迫ってるとある。リングアベルとて流石に全く知らなかったわけではないが、あのミノタウロスの件もあるからと念入りにその文章を読んでいる。

『怪物祭という祭りがあるとあのじゃが丸狂から聞いた。なんでも闘技場を貸し切って市民たちにテイムモンスターの大道芸の類を見せる祭りで、ファミリア全体のイメージアップに為に行なわれているそうだ。俺にはとんと興味がないが、テイムならちょっとは出来る。但し魔界の底・中モンスター限定だが。俺は観光に来ているのではないから興味はない……しかし、他人の目が祭りに集中するならば俺のような男も動きやすくなる』

 その記述をなぞるように黙読したリングアベルは、しばし黙考する。

「……『動きやすくなる』ねぇ?何だか含みがあるな。俺め、ひょっとしてよからぬことに関わっていたのではないのか?」

 雑記の中に紛れてあちこちに散らばった意味深な言葉。その言葉を整理して情報を引き出そうとするが、上手くはいかず、結局先の日にちの出来事が分かるだけである。それでもそれなりに助かるのだが、日記の謎は遠ざかるばかりだ。

 果たしてこの日記を書いたのは誰なのだろう?
 仮にこの日記がリングアベルの書いたものだとして、もしそうならば何故未来の情報がこれには記されているのか。或いはリングアベルではないとしたら、誰がどのような経緯を経てこれを執筆し、自分の元まで持ってきたのか。
 手がかりはない。或いは、意識の無かった自分を運んでくれたという謎の人物がカギを握っているかもしれないが、肝心のその人物に関する情報がないので探しようもない。

「あるいはこの『じゃが丸狂』氏なら何か知っているか?どうやら日記を見るに、このじゃが丸狂とは『剣姫』殿を指示しているようだしな……ま、現在彼女は遙か遠くカルディスラの地にいるから後回しにするか。女を待つのも男の楽しみってな」

 まったく、つくづく謎の男だ。……人の事は言えないが。
 リングアベルは日記の持ち主考察を終えて、日記帳をぱたんと閉じた。
 今の彼にはそれ以上の大きな問題が存在しているのだ。

「リングアベル、何見てたにゃ?にゃんかキラキラ光ってたように見えたにゃ」
「うおっ……ああ、ミネットか」

 そう、例えばいつの間にか隣にいた小さな少女の事とか。
 金髪のボブカットで切りそろえられた髪がさらりと揺れ、その頭にはキャットピープル特有の猫耳がピコピコ揺れている。背中には彼女の体躯と同じくらい大きなチェシャ猫のぬいぐるみが背負われており、そのアンバランスが彼女の可愛らしさを助長させていた。
 子供に手を出すほど落ちぶれた気はないが、彼女は将来かなりの美人になるだろう……とリングアベルは平常運航の思考で推測した。

「光ったのは金属の装飾だろう。大した物ではないさ……男の機密書類だ」
「そーしょく?きみつ?……難しい言葉はわかんにゃいにゃ」
「それよりミネットよ、君はガネーシャ・ファミリアの一員だと聞いているが……祭りを手伝わなくて構わないのか?子供とはいえ何かしら出来る事はあるだろう」
「よーじなら猫の手で足りてるにゃ。この祭りで儲かったお金で今度は最上級カツオブシをたくさん買って、みんにゃでカツオブシパーティーするのにゃ~♪」

 にゅっふふ~ん♪と不思議な声で輝かしい未来に思いを馳せるネコ少女。
 そんな彼女とリングアベルが出会ったのは、ほんの少し前の話である。



 オラリオは内陸の都市だ。なので、何でも手に入ると謳われるこの町でも流石に海の幸は手に入りづらい。よって必然的に市場に出回る海の幸は長期保存に耐えうる干物の類ばかりだ。
 その中でも特に需要があるのがスープのダシに使用できるニボシとカツオブシ。市場に出回るとこれらの食材はあっという間に売り切れる。
 ………らしい。厨房に立つレディから雑学がてら聞いた話だ。

 そして、そんカツオブシが商品棚に並んだ店舗で、リングアベルは奇妙な少女を発見したのである。

「んん~~~っ!!……ぜぇ、はぁ、ぜぇ………んにゃ~~~っ!!」

 商品の入っている箱に必死に背伸びして腕を伸ばしては、力尽きたようにぜえぜえ膝をついてという謎の儀式を繰り返してる謎の少女。ただ、本人はかなり必死なようで、玉のような汗を流しながら頑張っている。こんな異常に店員は気付かないのかと思ったが、彼女の身長が低いせいで陳列棚に隠れてしまっているようだ。
 奇妙な声には気付いているのか若干せわしないが、店番を離れる訳にもいかないのか座ったままだ。

「あぁ……その、小さなレディ?君は一体何をしているんだい?」
「み、見てわからにゃいかにゃ……ミネットはぁ……この箱の中にあるカツオブシを求めて……大奮闘中、なの、にゃぁぁ~~~~~っ!!」

 精一杯に背伸びをしているが、どんなに頑張って手を伸ばしても一向に届く気配はない。ぷるぷる震えながら手を伸ばす彼女の姿は愛らしいと同時に何所か哀愁を誘った。身長というたった一つだけの理由で、普通に出来る筈の事が出来ない。ああ、せめてあと少し身長があれば、と悔やまずにはいられないだろう。
 疲れたようにペタリとへたりこんだ少女は恨めしげに箱に向かって抗議する。

「はひゃぁ……ぜ、全然届かなにゃい!この店はネコの気持ちが分かってにゃいにゃ!小さき存在への思いやりというものがにゃいのかにゃ!?こ、これだからファミリアの外は嫌いにゃ!!」
「……つかぬ事を聞くが、レディ」
「にゃ、(にゃん)にゃ!?ミネットは今、この上にあるカツオブシを手に入れるために……!」
「俺の目が正しいのなら、店の隅に高い場所の商品を取る為の台座が置いてある筈なのだが……?」
「それがにゃんだって言う…………にゃにぃっ!?」
 
 リングアベルがぴっと指さした先には、年季の入った木製のみかん箱が貫録すら感じさせる存在感で鎮座していた。まるで「ほら、困ってるんだろ?使えよ……」と語りかけてきそうなほどのイケメン(木箱)に、ミネットはしばしの間呆然とした後、ガックリと膝をついた。

「み、ミネットの頑張りは………ミネットの汗と苦労の日々は、いったい(にゃん)だったのにゃぁぁぁーーーーーッ!!ふにゃぁ~~~~ッ!!!」

 たかが店の隅にある箱一つに気付けなかったというそれだけで、彼女はどれほどの時間を無駄にしてしまったのだろう。その慟哭には己の無力さへの悔恨がひしひしと伝わる悲痛な物だった。
 蹲って号泣する少女――ミネットの姿に、リングアベルも流石に居た堪れなくなる。
 しかもその辛さを乗り越えた所で、彼女にはもう一つの悲劇が待っているのだ。

「あー………それともう一つ。そのカツオブシの箱、既にからっぽみたいだぞ?」
「にゃ………にゃ?にゃにゃにゃ…………にゃぁぁぁ~~~~ッ!?そ、そんにゃ筈は!!確かにここからカツオブシの香ばしい匂いがするにゃ!!値札のところにもカツオブシって書いてあるにゃ!!ある筈……ある筈にゃんだにゃぁぁ~~~ッ!!」

 涙を流しながら値札をペシペシ叩いて必死に主張するミネット。
 彼女は今の今までここに求めるものがあると信じていたのだ。実際に見もせずにそんなことを言われても、到底受け入れられる筈がない。否、受け入れる以前に認めたくない。
 しかし悲しいかな、彼女の身長をゆうに越えるリングアベルの目には箱の中にある「SOLD OUT(売り切れ)」の立札が良く見えていた。言うまでもなく、中はからっぽで兵どもが夢の後とばかりに若干のカツオブシの残り香がするだけだ。

「その匂いは入れ物の箱自体に匂いが移った所為だろう………残念ながら、売り切れのようだ」
「………………―――」

 あまりのショックに、ミネットはぐらりと揺れ――そのまま卒倒してしまった。
 幸いなのは彼女の背中にある大きなチェシャ猫のぬいぐるみがクッションになってくれたことだが、彼女の表情は大切なもの全てを簒奪されたかのように切なかったという。



 で、責任を感じたリングアベルは彼女を介護してあげ、彼女が猫にエサを与えるためにカツオブシを欲していたと知りどうにか別の店で手に入れられないかと奔走。その末に、売り切れ寸前の最後の一つを巡ってマダムと長きにわたる交渉を続けた後にやっとカツオブシを手に入れるに至った。言うまでもなくマダムとは連絡先を交換している。

 現ナマのカツオブシの香りに刺激されたミネットは目を覚まし、今度は泣きながらリングアベルに感謝。以降、彼女はずっとリングアベルの後ろをちょろちょろ付いて回っているのである。
 リングアベルの求める女性ではないが、彼女の自由気ままな行動はどこか猫を思わせる愛くるしさがあり、リングアベルも彼女と一緒にいるのは嫌ではなかった。唯一、彼女の前で他の女性を口説けなくなったのが痛手と言えば痛手だったが、まぁそれくらいはいいだろう。

「あ、ミネットちゃん!大通りを歩いてるなんて珍しいね?」
「ミネットか。三丁目の猫が怪我してたからポーションで治しておいたぞ?」
「ミネットちゃん!今度またテイムのコツ教えてよ!!」

 それにミネットは手を振って応えたり感謝したり了承したり、しっかり受け答えしている。
 彼女に質問したり周りの様子を見た上での情報を統合するとこうだ。

 彼女はミネット。どうやらガネーシャ・ファミリアに所属するモンスターテイマーの一人らしい。
 この町の全ての猫は彼女の友達であり、そして主神ガネーシャのことをかなり尊敬している。
 そして、怪物祭で奔走するガネーシャ・ファミリアの彼女を見た際の挨拶を見るに、どうやら彼女は単にアイドル的な人気があるだけではないらしい。

 そしてそれより目を引くのが、彼女の周囲に集まってくる猫たちである。集まってくる集まってくる、合計30匹はいようかという大量の猫たち。リングアベルが日記を読んでいる時、ミネットはネコに削ったカツオブシを与えていた。
 なんでもカツオブシはミネラルが多すぎてあまり猫にたくさん食べさせることは出来ないらしい。人間で言うと超高カロリー食品みたいなもので、今回のこれはネコたちのたまの贅沢らしい。リングアベルの足元にも猫がやってきてすりすりとブーツに頬ずりしている。

「オラリオにこれほどの猫が住んでたとは知らなかったな……どれ、このブチの猫は何という名前なんだ?」
「その子は半年前くらいによその町から来たエルザにゃ。2件先の宿でネズミ番をしてるにゃ。記憶力が良くて、その日に来たお客さんの臭いを全部覚えてるにゃ!」
「ほう。こっちの小さくて白いのは?」
「その子はのカイネにゃ。親がいなくて弱ってたところをギルドの人に拾われたのにゃ。ギルド関連の情報も頼めば教えてくれるにゃ!」

 その情報が正しい事を示すように、呼ばれた猫たちは嬉しそうににゃあにゃあ鳴いている。
 キャットピープルというのはネコの言葉が分かるのだろうか?そこまで情報をかき集められるのなら、それは既に立派な情報網である。リングアベルは感心したように猫にカツオブシを与えるミネットの背中を見る。

「おお……本当に猫の事を熟知してるんだな。さしずめねこねこネットワークといった所か?」
「そうにゃ。猫はいいにゃ……決して裏切らないし、みかえりを求めないし………一人でも生きて行ける」
「………!?」

 一瞬、彼女の背中に後ろ暗い影が落ちたような気がした。纏わりつく邪気のような負のオーラに、周囲の猫も飛びずさる。

(なんだ、この……闇?ミネットのような少女が何故そんなものを抱えているというんだ……?)

 小さくてかわいらしい彼女に見合わぬオーラに、リングアベルは一瞬身構えた。それほどに彼女から感じた闇は深い気がしたのだ。
 だが、ミネットはまるでそんなことは無かったかのようにリングアベルの方を振り返り、天真爛漫な笑みでにぱっと笑った。

「ミネットと猫たちのために町中を駆け回ってくれたリングアベルはイイヒトにゃ!明日の祭りが始まる時間にココに来るにゃ!猫の恩返しをさせてほしいにゃ~!」

 負のオーラはとっくに霧散していた。
 ……気のせいだったのか?とリングアベルは考え直す。元々彼女には似合わない感情だ。表に出てこないならそれでもいいし、触れてほしくないのならそのままにしておくべきだろう。

「ほう、デートの誘いとは積極的だな……その誘い、もちろん謹んでお受けしよう!!」

 頭を切り替えたリングアベルも笑顔で仰々しく承諾した。こんなに可愛らしい子供の頼みを断るようでは人として駄目だろう、という思いもちょっとはあるのだが、とにかくリングアベルにはこの誘いにを素直に受けた。

(……となると明日の予定は空けたままにするか。他に誘いが入る可能性はあるが、その時はきちんと埋め合わせしなければな。ふっ、モテる男はツラいね)

 女性からの誘いは可能な限り断らない。可能でないなら必ず埋め合わせをする。リングアベルとはそういう男である。



 = =



 笑顔でリングアベルと別れを告げたミネットは、その背中にずっと手を振って見送った。
 そして、その背中が見えなくなって――ミネットは、その方向に背を向けた。

「リングアベルはイイヒトにゃ………でも、ゴメン。ミネットはどうしても、リングアベルの存在を許すわけにはいかにゃいにゃ……!」

 ――かつて居場所を失って世界を彷徨った一人の少女がいた。

 そんな彼女に大きな掌を差し伸べてくれた存在がいた。
 唯一の味方だと思っていた猫たちも含めて、救ってくれた。
 居場所を与え、立場を与え、愛を与えてくれた。

 でも、それは彼女が『ある力』を持っていたから。

「………リングアベルをシマツすれば、『あれ』を返してくれるって……あいつは、確かに言ったにゃ」

 あれを失った事が知られれば、きっとまた――ミネットは捨てられる。

 背中から闇に引きずり込まれるような悪寒を振り払うように、ミネットは頭をぶんぶん振る。それでも振り払えない恐れが、彼女の肩を震えさせた。

「居場所の為に、リングアベルを………マッサツしなきゃいけにゃいのにゃ」

 腰につけた、魚の頭の骨をかたどった片手斧(ハンドアックス)が小さく揺れる。
 何かに掻きたてられるような焦燥と悲しみに溢れた彼女の額には――尾を食む蛇の文様が、妖しい光と共に浮き上がっていた。
  
 

 
後書き
とうとう動き出すウロボロスの胎動。
果たしてウロボロスとは何なのか。そして、何故ミネットはリングアベルを――?

ところで実際キャットピープルって猫の言葉分かるんでしょうか? 
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