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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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11.剣の姫が掴むもの

 
 最初の生存者を発見したアイズは、とても驚いた。

 生存者がまだ同年代の男の子だった――ことにではなく。 
 目に見えて危険そうな大傷はなく、意識を失っているだけだった――ことでもない。

 倒れた少年をどのように介抱し、どうやって皆の所に連れて行けばいいのかが全く分からない自分に気付いたことにである。

 苦しそうに息を荒げているが、どうやったら治るのか。倒れた人をヘタに動かしてもいいのか。そもそも助かるのか。一人で戦っている時期が長く救助活動などする機会がなかったアイズは、「人を助ける」という行動に対して自分が驚くほど無知であることに初めて気づかされた。

「とにかく、運ばないと……」

 どんな風に持ち上げればいいのか戸惑いながらも、取り敢えず苦しくないように首の下に手を回して呼吸を確保する。
 一瞬彼が苦しそうに呻いて心臓がビクリと鳴った。この抱え方は何か間違っているのかもしれない。そんな言い知れない不安を抱え、仲間に助けを求めたくなるが、今は皆アイズを待っているのだ。このまま抱えて連れて行くしかない。

 少年の身体を抱え起こす。命の重さが、今まで抱え込んだどんな重量より重く腕に圧し掛かる。
 どんな魔物や戦士にも怖気づいたことのない剣姫が、人生で初めて――たった一人の少年の命が自分の掌から零れる事を怖れ慄いた。

 ――自分の所為で彼が助けられなかったらどうしよう。

 アイズは剣術と魔法しか脳のない自分の知識の乏しさを呪いながら、そのまま少年を後方の兵士団に渡した。後は目の前の喧騒をただ眺めている事しか出来なかった。

「意識がないな……体調は!?」
「衰弱がひどい……熱もある!怪我もあちこち!」
「化膿したらまずい!傷口に直接ポーションをかけろ!」
「テントに寝かせろ!治療の為に服を切るぞ!」
「解熱剤と、念のために万能薬!あと水とタオル持って来い!」

 兵士団の一人が、進路に立ちっぱなしのアイズを怒鳴った。

「そこ、邪魔だ!!怪我人が通るぞっ!!」
「あっ……ご、ごめん」
「急げ!出来るだけ担架を揺らすなよ!!」

 兵士は謝ったアイズには目もくれずに他の兵士と共に少年を運んで行った。
 お前に構っている時間が惜しいと、そういうことだった。

 私は、なんと無知でどんくさいのだろうか。心配して見ていたくせに、自分が邪魔になっていることに言われるまで気付かなかった。その事実がまた彼女の心を沈ませた。
 もう魔物の討伐は終わった。他のメンバーはあちこちで岩の撤去を手伝ったり、他の生存者を探したりと動き回っていた。気が付いたら、何もやってないのは自分一人しかいない。

「私、役立たずだ………」

 誰に言うでもなくぽつりと呟く。腰にぶら下がる剣が、今だけはどうしようもなく意味のない物に思えてくる。アイズに出来ることはは魔物を斬り裂いて、魔法で吹き飛ばして、戦いから生き残ることくらいしかない。
 自分の掌に目を落とす。毎日剣を握っている所為でその手は部分的にごつごつしている。それは努力の証であると同時に、それ以外の事を何も学んでこなかった証に思え、アイズは悲しげに俯いた。

 冒険者としての自分は高みを目指す剣士だが、それもオラリオの外に出れば一人では何もできない少女でしかない。その事実を、彼女は今更になって思い知らされていた。



 = =



 結局その日は少年以外に生存者は見つからず、日が沈んでこれ以上の調査は危険と判断したためにカルディスラ近くでテントを張ることになった。

「運び込まれた彼は、ノルエンデの人で間違いないのか?」
「ああ、間違いねぇ。あの銀髪に白い服はノルエンデ民族の特徴だよ。流石に誰かまでは分からねえけどな」
「で、その坊やは今どこに?」
「ああ、今は奥のテントで治癒魔法を使えるって客人が治療してるよ。そのうち目を覚ませばいいんだが……」

 兵士団の面々の目線の先、ロキ・ファミリアのテントの中で、一人の少女がもう1時間近く治療を続けていた。

 祈るように手を組んで膝をつき、一言も言葉を発さないまま1時間。
 しかも、癒しの魔術を使用しながら1時間だ。普通なら魔力が尽きるし、集中力が乱れれば効果は霧散する。そんな高等技術である魔法を維持し続ける集中力は異常だ。ファミリアたちはその様子を感心と羨望の入り混じった目で見守っている。

「――――――」

 どこか敬虔で、神秘的なまでのオーラが彼女を包む。
 その沈黙を破ることが、何故か周囲にはとても罪深いことに思えた。
 魔法を行使していたアニエスは、やがてその指をゆっくりと解いて、小さな溜息をつきながら振り返った。

「………尽きかけていた生命力を回復させました。その過程で目立つ傷も概ね治ったと思います。後は栄養を与えながら安静にしていればいずれ目覚めるでしょう。…………皆さん?どうかしましたか……?」

 アニエスが一言も言葉を発さない周囲を不思議に思って声をかける。
 一瞬遅れて、メンバーが一斉に興奮した歓声を上げた。

「す、すごい!凄いです!!唯でさえ扱いの難しい治癒魔法を、1時間も行使し続けるなんて!!魔法使いとして尊敬します!」
「なんだよアンタ!エルフの血も継いでないのにとんでもねぇ魔力量だな!!」
「見てよ、患者の顔。あんなに苦しそうだったのにすっかり顔色が良くなったよ?」
「ウチのファミリアに欲しいなぁ……ナジットの客で巫女やなかったら間違いなくスカウトするんやけどなぁ……」
「驚いたな……ヒューマンの『学術魔法』使いか。クリスタル正教では学問として継承されているとは聞いたが、正直ここまでの使い手がいるとは思わなかったよ……お疲れ様」
「え、あ……ありがとう、ございます」

 褒められ慣れていないのか、おどおどしながらも不器用に頭を下げるアニエスに、レフィーヤを筆頭に魔法使い達が集まった。彼女たちはすっかりアニエスに興味津々だ。

「ねえねえ!さっきまで使ってた魔法なんていうの!?」
「あ、あれは白魔法系統の初歩で『ケアル』といいます。私も巫女になるために基礎魔法くらいは修めたので……」
「あんなに継続できたのって何か秘密が!?」
「ええ、っと。それはクリスタルに祈りを奉げているうちに、体内の力の循環のようなものを感覚的に理解できるようになったので……あとはペース配分さえ考えれば」
「最初にケアルとは違う魔法使ってたよね?」
「巫女ってみんなこんな風に魔法できるの?」
「『学術魔法』の魔導書はオラリオでは出回っていないのだ!是非情報を!!」
「え?え?ちょ、ちょっと皆さん……!?」

 今まではロキの客としか聞かされてなかった彼女が突然少年の治療を申し出た時は不思議に思ったが、まさかこれほど高度な魔法治療を行えるとはその場の誰もが予想外だった。質問攻めに困ったアニエスを見かねたロキが助け船を寄越す。

「あー……ちょい注目!!ここ一応病室やから静かにしような?それと、話するならアニエスちゃんをいったん休ませてから、別のテントで一人ずつ順番に質問しぃや。アニエスちゃん困っとるで?」
「あっ………ご、ごめんなさい!」
「疲れてるだろうに押しかけちゃってごめんね?」
「い、いえいいのです別に。質問にもお答えしますから、そんなに沈まないで……」

 結局その後アニエスはこの人懐こい集団の質問責めに見事答えきり、ぐったりと疲れ果てることになった。神殿の外にほとんど出たことがないアニエスは「ファミリアとは皆こうなのでしょうか」と先が不安になったが……同時に初めて外の人々とまともに話をしたことで、ほんの少しだけ心の孤独が和らいだ。


その頃、アニエスを囲う集団とは別に、聞き覚えのない言葉についてリヴィエアに質問するメンバーがいた。ずっと落ち込み気味だったアイズだ。

「学術魔法って………何?先天性魔法や後天性魔法とは、違うの?」
「ああ、全く違うと言ってもいいな。アイズも魔法の基礎は教えたことが、ちゃんと覚えているか?」

 アイズもまた攻撃用の強力な魔法を行使できるため、魔法知識の基礎くらいは持っている。
 まず、魔法には先ほども挙った「先天性魔法」と「後天性魔法」が存在する。

 先天性魔法は種族や血統、固体の性質などで現れる、文字通り先天性の素養。
 対して後天性魔法は、神の恩恵や魔導書によって得られる後天的な素養。
 人によっては一生魔法を得ないままだったりもするが、本格的な魔法使いだと3つ以上の魔法を扱えることもあり、発展形に『魔導』というのも存在する。後は詠唱や魔力などの実践的な知識を得て、実際練習することで魔法は扱えるようになる。

「そうだ。そして学術魔法とはこの二つとは全く違う性質を持っている。アンチ・クリスタリズム圏では好まれないためにオラリオには出回っていないのだが……学術魔法とは、他の二つと違い術式などを一から理解して組み上げなければならないんだ」

 先天性魔法は「気が付いたら使えている」、本能や遺伝子に刻まれた感覚的な物。後天性魔法は起こす術の効果をあらかじめ魔導に長けた神が作り上げ、それを人に移植するような形で行使できるようになる。
 どちらにも共通しているのが、術式そのものは予め体に内包されているため詠唱すればいつでも安定して使用できること。つまり安定性があり、固定的で、習得自体は比較的容易だ。

「学術魔法は文字通り学術的な魔法だ。使用するたびに術者が知識を頼りに頭の中で術式を一から構成し、完成させることで初めて発動する。前二つの魔法と違って魔力のコントロールに失敗すると爆発せずに四散するだけで、しかも非常に手間がかかるために習得に時間がかかる。神の齎した魔法とも種族的な魔法とも違い、学術魔法は純然たる学問なんだ」
 
 だからこそ、神の間ではこの魔法学問を「未熟で未完成で下等な学問」とみなす者が多い。
 実際には学術魔法の基礎理論は神の組み上げる魔法と本質的に違いがないので、本音は神の御業を人間が自分で作っているのが気に入らないだけなのだが。

 さらに付け加えるなら、学術魔法は先天素養や神の存否に関わらず習得が可能な代わりに、その取得は人によっては10年以上の歳月が必要となる狭き門だ。故に使い手の絶対数そのものが少ない。そして拾得者の8割が正教圏の人間であり、そのうちの殆どが正教かエタルニアの学問所出身である。アスタリスク所持者の半分は学術魔法の使い手であるため、実質的には正教式魔術と呼ばれることもある。

「学ぶ利点は、あるの?大変そうで、あまり便利に思えないけど……」
「習得が容易ではない上に効果が限定的な学術魔法だが、理論を理解すれば実に様々な性質の魔法に応用して使い分けられる汎用性がある。特にステータスに影響を与える『魔導』に関しては学術魔法の方が圧倒的に使い勝手がいい。後はそうだな……基本的に詠唱の必要がなく、スペルを一言唱えるだけで発動する。その道を極めれば強力な魔法を連発することも可能だ」
「なるほど……」

 オラリオ内にいても意外と知らない事は多いんだ、とアイズは意外に思った。
 魔法はとりあえず使えて相手を倒せればいいと思っていた部分もあったが、アニエスという女の子の力にはある程度納得がいった。あの長期間使用はおそらく学術魔法を習得したからこそ可能だったのだろう。

「即戦力を求めるか、将来を見据えるか……判断基準はそんな所か。エルフは長命だから学術魔法を齧っている者もそれなりにいるぞ。私もその一人だ」
「じゃあ、リヴィエアもあれが出来る?」
「………残念だが難しいだろう。アニエスを間近で見て分かったが、あの子の精神力は桁違いだ。流石の私も一時間ぶっ続けで学術魔法を使役したら精神が持たないよ。流石は正教の………っと、これは余計か。それよりも――」
「なに?」
「キャンプに戻ってからいつも以上に元気がないな。どうした?」

 少し、アイズは驚いた。
 確かに少し気落ちしていたが、それを他人にズバリ指摘されるとは思っていなかった。その様子を見たリヴィエアは苦笑した。
 普段の彼女はそもそも、人に声をかけることなどあまりない。それにアニエスを眺めているときの彼女の瞳には、微かな焦りのようなものが揺れていた。今までは無茶なダンジョン潜りを無茶とも思わず続けていたような子だったが、今回は悩みに対して自分から動こうとする意識があったのだ。だからリヴィエアもその異変に気付けた。


「よかった。アイズも偶には悩みを隠しきれない時くらいあるみたいだ。………よければ、聞かせてくれない?アイズの悩みをさ」

 ロキも気付いていたろうに、最初に口を出しそうな主神が何も言わないのを不思議には思ったが、リヴィエアは敢えてアイズの悩みに踏み込むことにした。この子は昔から溜めこむ癖があるから、これを機にもっと話してほしいものだ。
 アイズは一瞬目を伏せて考えたが、直ぐに顔を上げた。

「………うん、わかった。実は――」


 その日、彼女は自分の感じた無力(ほんね)を仲間にぶちまけた。



 = =



「一週間後かぁ………」

 エタルニア公国軍総本山、エタルニア城の一角。武装した兵士たちの固める要塞の一角に、周辺の部屋と一線を画す場所があった。その場所こそ、公国軍総司令官の娘であるイデア・リーの自室だ。

 天蓋付きベッドにドレス類などのいかにもお嬢様といったアイテムと、彼女が趣味で持っている様々な刀剣や盾などがなんともミスマッチな部屋だ。そもそも自室に剣を大量に飾ってある時点で、彼女の趣味や価値観が平均的な少女とかけ離れている事が分かるだろう。

 その部屋をウロウロしながら頭の黒いリボンを揺らすイデアの表情は真剣そのもの。
 今、彼女は大きな試練の壁を目の前にその覚悟を試されていた。

「いつかはあたしも立派な公国軍に……とは思ってたけどさ。今回は流石に意味話分かんないなぁ……」

 ついこの前、イデアは突然父に呼び出された。
 無口でガンコで口下手で娘の事をちゃんと見ているのかよく分からない父親で、戦士として彼の娘に産まれたことを感謝するほどに立派な騎士。二つの側面を持ち合わせたその国のトップは、呼び出したイデアに突然こんなことを話した。

「イデアよ………この城に籠り訓練を始めてから、お前も随分経った。カミイズミからもその成長と熱意は聞き及んでいる」
「あ……ありがとう……ござます!お父様!!」
「うむ………未熟ながら戦士として形になってきた今、お前をこのエタルニアの凍土の外へ送り出すことも通過するべき儀礼となったと言えるだろう。よくぞここまで成長した……」
「お、お父様……!!」

 父、ブレイブがイデアを褒めるようなことを言うのは、特に近年では稀な事だった。おかげで最低限守るつもりだった敬語も崩れてしまうほどに――嬉しかった。少しは自分の事を見つめてくれているのだ、と。
 だが、その喜びは次に待っていた衝撃に吹き飛ばされることになる。

「だが、外の世界に諸手を挙げて送り出すわけにはいかん。よって――一週間後、この聖騎士ブレイブが直々に剣を交え、お前の技量を確かめて判断を下すことにする」
「え………えええええええええええええええッ!?お、お父様があたしとぉッ!?」

 聖騎士ブレイブ。エタルニア最強の剣士が一人にして永遠の目標。
 その父が、今まで剣の稽古をつけてくれることも数えるほどしかなかった父が、「直々に剣を交え」て、そのうえで「外の世界に送るかを決める」と言ったのだ。

 今、イデアは人生で初めて父親に試されている。
 お前に覚悟があるのか、お前に信念があるのか、その信念を貫き通す力があるのか、と。
 そして、その試練を越えるならば、父はこの自分をエタルニアの外へと送り出してもいいとまで確約したのだ。イデアは唐突な試練と、それに隣り合ったチャンスに大きく戸惑った。

「お父様は何を思ってあんなことを……でも、試すと言ったからには期待があるってことだよね?そうよね、お父様………」

 知将ブレイブは、可能な作戦を確実にこなし、不可能な作戦を可能の域に引きずり込む男だ。
 その父が「試す」と言ったのだ。試す価値が今のイデアにはある、と。

 自分の掌を見る。毎日剣を握っている所為でその手は部分的にごつごつしているが、それこそが彼女の努力の証でもある。その努力を今こそ形にするべきではないのか?沢山の人から受け取った沢山の経験を総動員して、あの厳粛で厳格なる父に挑まなければいけない日が来たのではないか?

「すぅー………はぁー………よっし!!お父様にいちばん近い戦い方をするのはハインケル辺りだよね!今はエタルニアにいる筈だし、頼み込んで訓練付けてもらうかな!!」

 イデアは決めた。
 残された時間を目一杯に使って己を鍛え上げ、万全の状態で父に挑む。
 そして――必ず認めてもらうのだと。

 それが、イデア・リーの人生最初の試練が幕を開けた瞬間だった。
 これから彼女に降りかかる数えきれないほどの試練の、その最初の一つ目が。
  
 

 
後書き
イデアは剣大好きでお姫様だから文字通り剣姫ですよね(真顔)

BBDF勢はダンまちに絡ませるためにイベントを大幅に改変しています。そして、イデアはしょっぱなからかなりのハードモードです。この小説では彼女の持つ設定を活かしてガンガン進めていきたいと思います。彼女とリングアベルが出会うのは、まだまだ先の事…… 
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