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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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10.始まりと終わりの国

 
前書き
決して尾張の国ではない。 

 
 
 カルディスラ王国――別名、世界一平和な国。

 山脈、平野、海の3つの地形に囲まれ、目立った産業は食物以外特になく、経済は国内でほぼ完結している。王政は常に国民の自由活動を保証しつつも魔物対策の兵士団を保有し、階級格差もほぼ存在しないため王家の治世が行き届いている。国民からの王政支持も安定的だ。

 昔ながらの変化のない政治を、昔ながらの信頼に支えられる、昔ながらの王政国家。
 世界的に見てもここまで安定的で敵がいない国家も珍しいだろう。治安が良く、国民は総じて大らかで、さらに言えば食事がおいしいために慰安旅行先としてはそれなりの人気がある。一概には言えないが、民の活気ある声が響く良い国だというのがカルディスラに訪れた客人の概ねの評価だ。


 現在、ロキ・ファミリアはその客人としてカルディスラ王国の城に招き入れられていた。オラリオ側から調査団を送ると文を出したとはいえ、余所者に対する彼らの態度はまるで来賓を迎えるように穏やかだ。主神を持たない王政国家は大抵自らの地位を脅かす神を煙たがるのに、民も兵もこちらを物珍しげな好奇の目と暖かい声で受け入れる。

(突っぱねられることはないやろとは思っとったけど、まさか帯刀許したまま謁見の間まで通されるっちゅうのは予想外やな………)

相手が痴れ者ではないとも限らないのに、どれほど豪胆な王なのか――そう少し気構えていたロキは、実際に王を見て呆気にとられた。

「なんと!我が国土であるノルエンデの調査ですとな!?いや、これは有り難い!我が国も兵士団を動かして調査を進めておるのですが、遅々として進まぬ状況にあったのです!!」

 このように言うのは少々はばかられるが、国を指導する王家や指導者特有のカリスマ的権威が微塵も感じられない。
 威厳はその王冠などの格好と立派な玉座に、あとは髭だけ。争いのあの字も知らなそうなほどに柔和なその王様に、ファミリアの皆もその男の本質に気付く。この王様は騙しあいとか勢力争いとか、そのような後ろ暗くシビアな日陰の世界と本当に無縁だから、よそから突然やってきたファミリアの一団をこうも無警戒に受け入れられるのだ、と。

(これで化けの皮被っとったら大した役者やけど、嘘もついとらん……なんか、肩すかしやな)

 値踏みするように謁見の間を軽く見渡すと、控えている兵と目があった。気は緩んでいないが、敵意はまったく感じられない。
 兵士たちもそれなりに訓練されてはいるが、あくまでそこそこ止まりであり数もそこまで多くない。唯一王の横に控える兵士長オーウェンだけは根性がありそうだが、このままロキ・ファミリア総出でこの城を乗っ取れば王権が奪取できてしまいそうな気がしてならない。
 ここまで悪意ないとなると逆にやり辛いわ、と内心でぼやきながらロキは質問する。

「調査が進んどらん?……どゆコトか説明してくれへんか?」
「実は、あの光の直後から周辺の魔物が異様に活発化しておるのです。おまけに大きな地響きの影響でノルエンデまでの道の一部が崩落しておりまして………」
「魔物が、活性化やて?」

 基本的に、この世界にいる魔物というのはダンジョンから地上へと放たれた固体が生物的に繁殖した存在である。そして魔物は体内に持つ「魔石」でその生命や戦闘能力を維持している。当然、繁殖にも魔石の力を消費し、使えば使うほどに魔物は弱くなっていく。
 対し、ダンジョンでは壁だの地面だのから魔物はいくらでも生み出される。ダンジョンそのものが魔物の繁殖を行っているともいえる。そのため魔物は基本的に魔石の力を殆ど消費しない。よって、地上の魔物はダンジョン内の魔物より圧倒的に弱い筈なのだ。

 稀に自然エネルギーや霊力が溢れた場所や、ダンジョンとは違い悪魔族の住まう『魔界』や、神々の間ですら神秘の空間とされる謎多き『神界』のような異次元から魔石の代価エネルギーを受け取った魔物はその例外なのだが、少なくともカルディスラのそのような異次元に通じる場所が存在するとは聞いたことがない。 
 故に、魔物の活性化の原因が全く分からない。あの空の光がそのようなエネルギーを含蓄していた可能性はあるが、あの光はほんの数瞬輝いただけだ。力もすぐに霧散していた。

 ――やはり出張ってきて正解だった、とロキは思った。これは明らかな異常事態だ。原因をハッキリさせなければ、もしかしたら全世界に影響が出るかもしれない。

「ロキ殿もご存じとは思いますが、わが国はもとより崇める主神のおらぬ国。兵士たちは粉骨砕身しておりますが、恩恵(ファルナ)のない我々に魔物を迎撃しながらの道の確保は厳しいのです」
「で、肝心のノルエンデ住民はどないやねん?誰か現場の様子を知っとるのは?」
「…………空に立ち上った光を見てから2日が立ちますが、騎士団は誰一人としてノルエンデの住民を発見しておりません。だからこそ、困り果てていたのです。もし生存者がいるのなら、これ以上時間をかけられないので……」

 もし光の影響で村に異常が起きたり災害のような被害が出ているなら、2日という数字は大きな意味を持つ。食料品、体力、衛生環境……加えて魔物の活性化。仮に生きているのなら、既に相当追い込まれている筈だ。

「ロキ殿……国王として貴方にお頼み申す。どうか、ノルエンデ調査にお力添えを頂けませぬか?我々だけでは如何ともし難いが、貴方がただけに許可を出して指を咥えている訳にもいかぬのです」

 国家を守り導く身としての体裁と、人道的に見た場合の合理的判断。その両方を満たすにはそう言うしかないだろう。ロキは国王の目の底に、真に民を想い憂う情を感じた。為政者としては優し過ぎるくらいの、人柄の良さを。
 この王は王としては好ましくないが、人としては好ましい。それが、ロキの下した判断だった。

「ええで。土地勘のあるそっちと戦い慣れたこっち。共同で当たった方が解決も早いやろ」
「おお!寛大な判断、痛み入ります!!」

 こうして、カルディスラ兵士団、ロキ・ファミリアの共同調査が始まった。



 = =



 調査は驚くほどスムーズに進んだ。
 兵士団が苦戦していたのは本当に魔物だけだったらしく、ロキ・ファミリアが魔物の相手を受け持った途端にスムーズにがれきの撤去や道の整備を始めた。彼らは元々魔物討伐よりそちらの仕事が多いのか、その動きは手慣れている。

 その様子を背に、魔物を狩り終えたファミリアの一人、魔法に秀でたエルフのレフィーヤが足元の魔石を拾う。
 先ほど倒した魔物の身体から出たものだが、ダンジョンではそれこそ初級冒険者が狩っているような大きさだ。売っても大した値段にもならなそうな、稼ぎの悪そうな魔石にしか見えない。

「魔物の狂暴化と言われても、全然実感がわきませんね……これくらいの魔物だとダンジョン上層と見分けがつきません。アイズさんはつきますか?」
「………あまり」

 アイズは正直に首を横に振る。彼女たちはダンジョン攻略の為にいつも地下深くの手ごわい魔物を相手にしているが故、強い魔物は判別がついても弱い魔物はからっきしだ。むしろ魔物との戦闘があっさり終わりすぎて何となく欲求不満なくらいだった。
 だが、その言葉にリヴィエアが小さくため息をついた。

「上層モンスターと違いが分からないということは、逆を言えば上層モンスターと差がないということでもある。つまり……ダンジョン外のモンスターとしては異常に強いということだ……見て見ろ」
「これは……随分小振りな魔石ですね?さっき取れた魔石の十分の一くらいですか……?」
「地上で繁殖した魔物の魔石など普通はこの程度のサイズだ。つまり、この周辺の魔物は地上に本来住まう魔物の10倍近い力を持っていることになるな。これでは恩恵(ファルナ)無しでは苦戦するのも頷ける」
「つまり、単純計算で周囲の魔物の実力が10倍……それ、危険ってレベル超えてませんか……!?」

 言うならば、ダンジョン1層で戦う駆け出しの冒険者が、唐突に20層あたりに放り込まれて戦わなければいけない、そんな状態にこの国があるという事だ。
例えばだが、10層前後にはレベル1ではどうしても勝てない能力差を持った魔物が存在している。その奥に行けば能力差はさらに開き、20層ともなると瞬殺されかねない差へと変貌する。だからこそ冒険者は実力に合った階層を選んで稼ぐのだ。冒険者なら自分の挑む階層くらい自分で選択できるが、この国の人々はこの土地に根付いて生活する普通の人々である。

 ここに到ってようやくレフィーヤはその危険性に気付いた。話を聞いていたアイズも難しそうな顔をしている。

「たたた大変じゃないですか!いそいで魔石が大きくなってる理由を調べないと、あんな危機感のない国なんてあっという間に魔物に滅ぼされちゃいますよ!!」
「声が大きいぞ……ともかく!何が原因かは知らないが、これは本当に由々しき事態だぞ。気を引き締めろ」

 魔物の狂暴化。この原因が不明のままでは地上の民が危険に晒される。今までこの世界ではダンジョン内の魔物が特別狂暴だからダンジョンに蓋をすれば地上に然程被害は及ばなかった。だが、この様子では強い魔物に分類される存在が地上に現れる可能性がある。
 そんな時に、地上の民たちは果たしてそれに対抗できるのだろうか。無論、この狂暴化は突発的なものかもしれない。それでも、微かな不安が過ることを彼女たちは止められなかった。


 一方、そんな彼女たちとは全く違うことろを見ている人物がいた。
 団長であり小人族(パルゥム)の戦士でもあるフィンだ。彼はカルディスラの兵士団を驚きと好奇の入り混じった目線で眺めていた。普段から指揮官として冷静な彼がこのように呆ける光景は珍しい。

「……オーウェン兵士長。この兵士団には、いろいろな種族がいるんですね?カルディスラはヒューマンの国だと聞いていましたが……」
「ああ、彼らはその殆どが移住者なんだ。自慢じゃないが、この国は余計なしがらみが少ない分移民もそれなりにいる。今じゃ街中でヒューマン以外を見るのもそんなに珍しくはないかな」

 快く質問に答えるオーウェンの後ろでは、ハーフエルフの男性がドワーフや犬人(シアンスロープ)に指示を飛ばし、小人族とヒューマンが共同で滑車を転がし、中には有翼人(ハーピー)らしき姿まで見受けられる。あらゆる人種の集まるオラリオならともかく、辺境の国家でこんな光景はまず見受けられない。
 意志の統率がよく取れているのに感心すると同時に、フィンは疑問を抱いた。種族によって崇める神や価値観は違うだろうに、何故神もいないこの国にこれほど多様な種族が集まったのだろうか。

「彼等は何故、この国の兵士団に?」
「彼等は普段はは別の仕事をしている者も多いんだが、忙しい時になると仮隊員として矢面に立ってくれるんだ。実際、大助かりだよ。種族的な特技を活かしてくれるおかげで今回もなんとか死者は出ていない。助け合いさ」
「へぇ………」

 話を聞きつつも、目線は自然と小人族へ移っていく。
 そこにいる小人族たちは、他種族たちとの軋轢もなく対等に喋り、手伝い、手伝ってもらい、生き生きと生活していた。ダンジョンでは戦闘能力に乏しいとされて表で活躍することの少ない小人族たちは、まさに今が充実した瞬間だと言わんばかりに走り回っている。
 優劣はなく、誰が一番と争う事もなく、自然と他の種族と手を取り合って逞しく生きる人々。崇める主神がいないからこそ神を頼らず力を合わせる彼らを見ていると、不思議な暖かさが胸に灯った。

 ――別に復権などしなくとも、誇りは抱いていられる、か。

「そういうのも、アリだね」
「アリって、何がだい?」
「いや……冒険者を引退したらこんな土地に住むのもいいなと思ってね」
「それはいいな!住みたくなったらいつでも歓迎するよ!彼らの中にも同じことを言って移り住んできた人はいるしね?」

 人のいい笑みで肩を叩くオーウェンに冗談めかして笑いながら、心の中で小さく呟く。

(神がいないから対等になる………そういうこともあるのか。ロキ様に聞かれたら怒られるかな)
「おいフィン!何ぼさっとしてんだ!正面の瓦礫撤去が終わる!奥に行って魔物を狩るぞ!!」
「そう急かさないでくれよ、今行くから!………それじゃ、先に行きます!」
「魔物は頼んだぞ!!」

 愛槍を掲げてその期待に応え、フィンは仲間と共に暗い渓谷の奥へと足を踏み入れた。
 生存者は、まだ見つかっていない。
 


 = =



 ベート・ローガは狼男(ウェアウルフ)だ。
 戦いの実力もさることながら、彼はその嗅覚にも自信がある。その嗅覚が、魔物の他に別の臭い――ヒューマンの臭いを微かに感じとったのは、渓谷の奥までたどり着いた時だった。
 この臭い……汗の混じったヒューマンで、恐らくはまだ青年程度の年齢。弱ってはいるが、生きている人間の気配だ。

「この臭い、あのウルフの群れの向こうからか……?おい、フィン!奥から微かにヒューマンの臭いがするぞ!死臭じゃなくて生きてる奴だ!!」
「つまり、生存者の可能性が高い訳だね?……アイズ!!魔物の群れを正面突破して生存者を発見、確保!!他は出来るだけ魔物の注目をこちらに退き付けつつ迎撃!生存者の身柄を優先して魔法は使用せず、群れが怯えて逃げないように本気で倒すのは避けるんだ!!――やっと見つけた生存者だ、必ず助けるぞ!!」
「おおよ!!」
「……わかった」
「了解!前線は任せます!!」

 フィンの指示にファミリアがすぐさま行動に映る。本気で戦ってはいけないというのはやりづらい内容だが、相手の魔物は大した脅威でもない。それに、今の今まで一人として生存者を発見できていない事実にみな嫌な想像を掻きたてられていたため、生存者がいるという情報は何よりの活気になった。

「…………邪魔」

 剣姫アイズが前へ突出する。その速度は光の如く、そして繰り出された刃は嵐の如く。
 瞬間的に響いた、キキンッ、という甲高い音と共に、彼女の目の前にいた複数のウルフとコボルドがバラバラに引き裂かれた。

『ギャウウウウウウンッ!?』
『ゲバァァァァァァァァッ!!』
「………急いでるの」

冷たい一言を放ち、魔物の群れを颯爽と駆け抜けたアイズは、まだ瓦礫の残る奥へと駆け抜けていった。
 魔物の群れは一瞬彼女を追うかどうか迷うが、直後に咆哮が響いて強制的に意識を逸らされた。

「ウオァァァァアァァァァァアアアアッ!!」

その咆哮を放ったのはベートだ。大声をあげて周辺魔物の注目度(ヘイト)を稼ぐ、原始的だが有効な戦術だ。魔物の爪や牙は完全にアイズとは反対方向へ向いた。

「ッ………相変わらずデカイハウリングだな、ベート」
「だがこれで狼たちの意識は完全に僕らに向いた!あとはアイズが戻ってくるのを待ちつつ迎撃だ!」
「チッ……手加減しながら戦うなんて俺ぁしたことねえんだがな!こんな冒険は初めてだッ!!」


 その後、ベート達の慣れない陽動戦はアイズが銀髪の少年を抱いて戻ってくるまで続いた。



 後に、この大災厄から唯一生き残ったとして「奇跡の人」と呼ばれることになる、純朴そうな少年。

 その出会いが、大きな歯車をまた一つ動かすことになる。
  
 

 
後書き
もう少しティズ編をやってからリングアベル編へと戻ります。なんか時系列が前後して申し訳ない。恐らく順番的にティズを保護→ヘスティア・ファミリアに視点が戻る→ティズ目覚めるという順番になると思います。 
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