リリカルな世界に『パッチ』を突っ込んでみた
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第十六話
(今わかった。・・・いや、前から分かっていたことだけど、今確信した)
葵は、苦々しい顔で空を見上げる。先程まではスッキリと晴れていた空が、たった数分のうちに分厚い雲で覆われ、ポツポツと雨が降り出していた。それは段々と強くなり、更には突風が吹き荒れる。傘など持っていない葵が、近くのコンビニの屋根の下に逃げ込んだ時には、既に台風かと見紛うほどの強風となっていた。
天気予報では一日中晴れると言っていただけに人々はこの天気に驚き、サラリーマンや学生は、カバンを傘替わりにして走っている。
「運命にかあのクソ神にかは分からんけど、確実に嫌われてるな俺は。」
現在登校途中の葵は、歩きながら食べていた自作クッキーの残りをザラザラと口に放り込む。自信作だったので出来れば味わって食べたかったのだが、現状を考えるとそうもいかないだろう。
カバンの中には、アリサとすずかのご機嫌を取ろうと作ってきたクッキーも入っていたが、これからすることを考えると粉々になるのは目に見えていたので、そちらも取り出して口に放り込む。朝食を食べたあとにクッキー三人前というのは中々にツライが、どうせパッチで強化された体はこの程度すぐに消化出来るので問題ない。
ボリボリと噛み砕きながら、懐から携帯を取り出すと、なのはへと電話をかける。数秒の後、なのはが電話へと出た。
『あ、葵君!これって・・・!』
「ああ。ジュエルシードだ。」
『今、アリサちゃんたちとバスに乗ってるんだけど、どうしよう!?』
「なのはは次のバス停で降りろ。俺の思ってる通りの敵なら、秘匿性なんて欠片もない戦いになるぞ。結界を展開出来るなのはがいないと戦えない。」
『にゃ!?ど、どういう敵なの?』
「なんだ、ニュースとか見てないのか。海で巨大な怪獣が発見されたんだよ。ガセネタだったらいいなと思ってたけど、本物だなこりゃ。魔力の流れを辿ってみろ。海のほうから力が来てるだろ?」
葵はまだ魔道士ではない―――レイジングハートに協力してもらい調べたところ、リンカーコアがあることはわかったがデバイスがない―――が、パッチの能力によって、『力の流れを理解』することに長けていた。今も、強大な力の塊が海の方にあるのを確認出来る。恐らくそれが、暴走体の魔力なのだろう。
因みに、彼はなのは三期の戦闘機人のように、敵の念話を盗み聞くことが出来る。念話とは、ようするに思念を魔力に乗せて、電波のように飛ばす技術だ。彼はその飛んできた魔力を強制的に引き込むことにより、念話を『傍受』出来るのである。
『―――う、わ・・・!これ・・・今まで感じた事ないほど大きな力・・・!』
そうなのだ。何度か暴走体と戦ってきたが、これ程の圧力を感じる敵とはあったことがない。海までかなりの距離があるのに、締め付けられるような圧迫感を感じている。これまでにない強敵だ。
(・・・まあ、だからこそやりがいがある・・・!)
この状況を作り出した運命や神に感謝すればいいのか恨めばいいのかわからず、葵は苦笑する。階段を上るための丁度いい試練だと思えば嬉しいが、海鳴市が壊滅する可能性を考えれば全く歓迎出来ない事態なのだ。
「とにかく、俺はこのまま先に行く。出来るだけ早く来てくれ。」
『わ、わかったの!』
葵はそのまま、海へと走っていった。
★★★
「見てください!凄まじい嵐です!我々は昨日巨大生物が撮影されたとされる海鳴市の海岸にやってきていました!しかし、到着してから間もなく、突如としてこれ程の嵐になったのです!更には、この嵐は極々局所的な嵐で、この海鳴市でしか観測出来ていません!隣の市ですら晴天が続いており、この異常気象の原因は分かっていない状況です!」
海岸線には、運が悪いことに少なくない数の報道関係者が存在した。今日の新聞にも載せられた巨大生物の取材をするためである。ここ最近海鳴市は不可解な事件が続いており、マスコミにとってはいいネタだったのだ。
しかし、到着してみれば突然の嵐。それも、海鳴市でしか観測出来ないという異常気象である。普通なら逃げ出しそうなものだが、記者魂を発揮して特番が組まれていた。
それを影から見つめるのは葵だ。
「どうするんだよこれ・・・。出れないぞ・・・。」
頭を抱える葵。何故なら、先ほどから感じている強大な力の持ち主が、どんどん近づいて来るのを感じているからだ。だが、これ程のカメラがある中で出ていくのは自殺行為である。科学は侮れない。いくら葵が視認できないほどの速度で動いたとしても、画像解析でバレるかもしれないのだ。
(ああ!贅沢言わないから結界を貼れる能力が欲しい!)
切実に願っていた。今だって、もうすぐ敵が姿を現しそうなのに、なのははまだ時間がかかるのだ。戦闘能力という点で言えば葵は十分なものを持っているが、結界を貼れないというただそれだけで苦悩している。
(くっそ!悩んでる間に時間切れか!?)
あと一分もあれば敵は姿を表すだろう。葵にしてみれば、嵐だというのに海岸にいる報道関係者の命などどうでもいい存在だ。彼にとって報道関係者とはスクープなどという訳の分からないモノに、一番大事な命をかけてしまう大馬鹿者だ。津波に飲まれようが今から現れる化物に食われようがどうでもいい。
葵が気にしているのはただ一つ。それは、なのはが心に傷を負うことである。
この事件で誰かが怪我をしたり死んだりすれば、彼女は自分を責めるだろう事は容易に想像ができた。”私が間に合わなかったから”とか考えてしまうだろう。それは葵にとって歓迎できない事態である。
彼女の友人として、こんな下らない人間の為に心が傷つくのは許せないし、なにより彼女のコンディションに影響が出るようでは困るのだ。ひどく落ち込むか、”もっと頑張らないと”と言って倒れるまで自分を追い詰めるのが目に見えるようだ。
(チッ・・・!これがマスコミじゃなきゃ見殺しにできたのに)
ただの一般人なら、証拠隠滅することだってできた・・・かも知れないが、彼らは生放送の真っ最中だ。彼らが死ねば隠滅することなど出来ない。必然的に、”バレない範囲で助ける”という難易度の高いミッションに挑戦することが確定してしまったのだ。
「はぁ・・・不幸だ。」
小さく呟き、彼は地面を殴りつけた。
★★★
「おい、なんだあれ!?」
「つまり―――え、何ですか?」
何度も波に浚われたり吹き飛ばされそうになりながらも、根性で取材を続けていたあるレポーターは、カメラマンが思わず叫んだ声に釣られてその指の方向を向いた。
その異変を見つけたのは彼らだけではない。他のマスコミたちも、最初の一人の声を聞いてそちらに視線を向けていたのだ。
「―――何、アレ・・・?」
そして、全員が絶句した。
Uoooooooooooooooooooooooooooooooooo・・・・・・!
最初は風の音かと誰もが思った。しかし、その音は段々近づいてくる。そして、それとともに、海からナニカが浮かび上がってきたのだ。
ザザザザザザザザ―――!
巨大なナニカがその姿を表そうとしていた。海から、まるで大木のような太さの、蛇のようなモノが姿を現したのだ。
太陽の光が分厚い雲に覆い隠された暗闇の世界。海面に出ている長さだけで十数階建ての建物にも匹敵するソレが、自分たちを見つめているのだということに、レポーターの女性は気がついた。
ガシャン!
カメラやマイクが地面に落ちる。
(あ・・・ここで死ぬんだ・・・)
吹き荒れる嵐の中、暗闇だというのにソレの瞳は真っ赤に輝いている。それが、自分たちを品定めしているのだと本能的に気がついた瞬間、体から全ての力が抜けた。マイクは滑り落ち、地面にへたり込む。周りからも同じ音がしている。ここにいる全ての人間が、生きる気力を失っていた。あまりにも圧倒的過ぎて逃げるという考えさえ浮かばない。思考は千々に乱れ、体は小刻みに震えて指一本すら動いてはくれなかった。耳につけたイヤホンからキャスターの呼び声が聞こえるが、それに答える気力などない。
ニヤリ、と。
獲物が逃げないことを察したのか、それが笑った気がした。
口を開ける。
その大きな口が彼女を丸呑みにしようとしたその瞬間―――
ガスッ・・・!
化物が仰け反る。
ガス、ガスッ!
仰け反る。仰け反る。
キャスターは、パラパラと何かが降ってくるのを感じた。粉々に砕けたそれは・・・
「コンクリート・・・?」
ガス、ガス、ガスガスガスガス―――!!!
初めは散発的だったその音は、次第に連続して聞こえてきた。その度に怪獣は小さな悲鳴をあげ、仰け反り、ついにはキャスターたちから目を離し、小さなコンクリートが飛んできている方向を睨みつける。
驚異だと、認識したのである。
『GIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
咆吼した。怒り狂っているのだ。このウザったい攻撃は、一体どこから飛んできているのだと、その主を探そうとして・・・
ゴガン!!!
これまでとは比べ物にならないほど巨大な・・・コンクリートの壁が、縦に高速回転しながら衝突したのである。
『GI―――!』
更に、悲鳴を上げる暇すら与えられていなかった。何故なら、街路樹が一直線に飛んできて、怪獣の蛇のような体に突き刺さったからである。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
悲鳴だ。これは悲鳴なのだと、その場にいた全員が理解した。何故かは分からない。飛んできた方向を見ても、波を遮るためのコンクリートの壁が壊れているのと、街路樹が一本根元から折れた痕跡しか見つけられない。
(偶然?これだけ連続で起こったことが、偶然だというの!?・・・ありえない・・・!)
だが、どれだけ否定しても、それを覆す証拠など見つかりはしない。
偶然自分たちが食われる寸前にコンクリート片が風に吹き飛ばされて飛んできた。
偶然壁が破壊されて、風で飛ばされて飛んできた。
偶然街路樹が折れて突き刺さった。
どれだけ不審に思おうと、これ以外の回答など存在しないのだ。怪獣は、今も身をよじっている。体に突き刺さった街路樹が痛くて堪らないらしい。
「あ・・・か、カメラ!カメラ回して!早く!」
肝が据わっているというか。危機が去った途端にスクープだとはしゃぎ出す。
(と、取り敢えず、ここを脱出してからビルの屋上で・・・!)
しかし、彼女の思惑は果たされることが無かった。
フッ・・・と。初めからそこに何もなかったかのように、全て消えてしまったからである。あれだけ大きな怪獣が、どこにもいない。彼らは、全員揃って顔を見合わせるしか出来なかった。
「なによこれ・・・。私たち全員夢でも見てたっていうの・・・?」
彼女の言葉とともに、あれだけ荒れ狂っていた天気は良くなり始める。風と雨が完全に収まった後には、呆然と怪獣がいたはずの場所を見つめるだけの報道関係者が残されただけであった。
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