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金が落ちる

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1部分:第一章


第一章

                          金が落ちる
 今日の舞台はだ。道成寺だった。
 客達はだ。まだ暗く幕も開いていない舞台を観ながらだ。こう話すのだった。
「今日も凄いだろうな」
「ああ、歌右衛門の道成寺は最高だよ」
「まず歌右衛門の演技と舞がいい」
 まずは役者について話される。
「あの演技と舞は当世一だよな」
「そうだな。右に立つっていったらな」
「扇雀か?」
「いや、雀右衛門だろ」
 こうした役者達の話が出る。
「それでも互角だろ」
「そうだな。やっぱり歌右衛門はいいよ」
「しかも奇麗だ」
 女形としてだ。肝心の容姿の話にもなった。
「あの奇麗さときたら」
「実際の女でもあそこはな」
「ああ、なれないな」
「とてもな」
 こう話すのだった。
「この世にあるみたいなな」
「ちょっとな」
「違うよな」
 こう話していくのだった。そうしてだ。こうした話にもなった。
「舞台自体もいいしな」
「楽器の数が違うよ」
「それに人も多い」
「色々な役者も呼ぶしな」
 道成寺は所謂ゲストとして他の歌舞伎役者が寺の坊主役で出る。そうしたところも見所だという中々贅沢な演目なのである。
「金かかるよ」
「あたし達が払うお金だけじゃ足らないだろ?」
「谷町もいるけれどな」
 こうした世界ではつきものだ。所謂後援者達である。
「それでも。ちょっとな」
「足りないだろ」
「あれだろ?歌右衛門も出すんだろ」
「そりゃ出すだろ」
 それは仕方なくもあり当然だという話にもなった。
「自分がやるんだしな」
「出ている奏者の人達にも御祝儀渡して」
「おまけに谷町筋に後で一杯奢らないといけない」
「谷町ないがしろにしたら駄目だからな」
 それは絶対にできないことだった。歌舞伎役者にとって谷町は絶対の存在だ。それはよく言えば伝統、悪く言えばしがらみである。
「だからこの演目はな」
「歌右衛門にとっちゃ出費だとな」
「金にならない」
 どうしてもそうなってしまうものだというのだ。
「金は入ってもその倍は出ちまう」
「そんな厄介な演目だからな」
「けれどな」
 それでもだというのだった。
「歌右衛門はここぞって時はいつもこれだな」
「ああ、道成寺な」
「この演目な」
 そのだ。道成寺、今上演されるそれだというのだ。
「絶対にしてくれるからな」
「やったら自分の金が困るのに」
「それでもやる」
「役者としての心意気かね」
 こうした評も出た。
「だからこそやるのかね」
「となると歌右衛門はな」
「ああ、凄いものだな」
「役者ってのはこうじゃないとな」
 誰もがその歌右衛門について高い評を述べるのだった。そしてだ。
 この日の舞台、道成寺もだった。
 見事な舞台だった。歌右衛門の舞も動作の一つ一つもだ。実に艶やかでありかつ美しいものだった。そしてその舞台や衣装、出て来る役者達もだ。
 何一つとして欠けたものはなかった。演奏の一つ一つもだ。何もかもがよくだ。誰が見ても最高の舞台とだ。太鼓判を押すものだった。
 
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