ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。
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第十三話
ナチュル・ヴェリルは薙刀が好きだ。なぜ? と聞かれても、好きだから? と返すくらい好きだ。どこが好きと聞かれても全部が好きと言わざるを得ない彼女にとって、好む理由を探す必要は無かった。
そんな彼女は亜人デミ・ヒューマンのエルフ族の娘だ。一族に生まれた者は男女問わず美形で、更に先天的に魔法を扱える者が多いという理由から自意識の高いエルフは多種族と比べて閉鎖的で、他文化を排斥するくらい一族の文化を尊重、崇拝している。
エルフとして生まれたナチュルも当然両親からエルフ一族の思想を幼いころから叩き込まれて育った。
しかしナチュルは一般的なエルフとは違う思想を持つことになった。その理由が迷宮神聖譚を読んだからだった。
いくら閉鎖的思想を持ったエルフといえど、例外というものは存在する。一番の例はナチュルが生まれて少し経ったときにハイエルフと呼ばれる王族出身の娘がオラリオに旅立ったことだろう。ゆえに過去を振り返ってみると自ら里を飛び出して行った者は意外に多く、そういうエルフたちに限って一躍有名になったりしている。
そして当然旅立ったエルフたちの中にはオラリオで活躍した者もおり、迷宮神聖譚に記録されることもあった。一般的な思想とは異なるが、確かにエルフとしての誇りと能力を遺憾無く発揮して活躍したことが綴られている迷宮神聖譚を里に置くことになったのは仕方のない事だった。
それが、ナチュルの人生を大きく変えることになったのだ。
迷宮神聖譚は不特定多数の冒険者たちの活躍を綴った本であるため、不定期にだが内容が更新される。序章と終章は変わらないが、その間の順序や量が変更される。
ナチュルが手に取ったときの迷宮神聖譚の番号は当時最新のもので、内容も近代の冒険者の活躍が綴られていたりした。
その中で最もナチュルの心を動かしたのが《生きる伝説》というタイトルの英雄譚であった。この英雄譚だけ他のものと違い、才能はなく、常に一人で挑み続け、己の崇拝する女神のためだけに生涯を捧げた女性の姿は衝撃的なものがあった。
時には他より強いモンスターを相手に長時間戦い続けたり、時には有名なファミリアの危機に駆けつけたり、時にはオラリオ全土を襲った謎の毒蛇を退けたり。手に汗握るものばかりだった。
その冒険者が常に携えていたのが、薙刀だった。ナチュルにとって、自分が憧れた英雄が使っていた武器は宝具にも等しいもので、自分もこの薙刀を握れば一騎当千の力を得ることが出来るのではないかと感じさせたのだ。
思い立ったが吉日何とやら、独立出来るくらいの歳になったときに家族に断りを入れて─許可は貰っていない─オラリオに旅立ったのだった。
しかしそこで待ち受けていたのは、薙刀の不評さと現実の厳しさであった。
薙刀というのはただの武器の一端に過ぎないのだから、当然魔剣のような絶大な力を秘めているわけでもないし、ダンジョンに挑むときはパーティを組むのが普通なのだから「振り回す薙刀」が人気を得るはずがなく、薙刀を扱う武具店自体が稀という状況だった。
そんな状況だから質の良い薙刀が置いてあるはずもなく、しぶしぶ納得いかない薙刀片手に冒険者を続けて早くも九年近く過ぎようとしたとき、ナチュルが思い付いたことが「なら自分で薙刀を作ればいいか」であった。
当時所属していたファミリアを脱退し、すぐに鍛冶業界最強と名高い【ヘファイストス・ファミリア】に入団、そこで彼女の才能を開花させることとなる。
僅か一年足らずでヘファイストスのロゴを刻むことを許され、冒険者の間でもちらほら名前が挙がるほど優秀な鍛冶師として成長したのだ。
だが、彼女は納得しなかった。彼女の腕を評価された切欠は薙刀ではなく、気分転換に作った何の思い入れもない武具だったのだ。ナチュルが試行錯誤しながら生み出した薙刀たちは冒険者たちに目を向けられることはなく、極東から発注されるくらいしか需要が無かった。
彼女は考えた。どうすれば薙刀の魅力を理解してもらえるのだろうかと。現在の冒険者たちの考えを汲み取り、自身が冒険者だったころの経験を元に様々な薙刀を提示してきた。それでも見向きはされなかった。
同僚の者やヘファイストスにも薙刀はパーティに向かない構造なのだから受け入れられるのは厳しい、せっかくの才能が潰れていると忠告された。それでもナチュルは薙刀を打ち続けた。
そして一年が経ち、ついに彼女に天啓の導きが訪れた。
先日開催された怪物祭で、調教する予定だったモンスターが【ガネーシャ・ファミリア】の管理の甘さが原因で都市に排出してしまうという事件が発生した。元々モンスターの地上への侵出することを防ぐことが目的であるはずの冒険者にあるまじき事態にナチュルは呆れながらも、事件当日は自分の工房に篭って武器を打っていたのだが、その日の夜にそれが訪れたのだ。
『東メインストリート支店に置かれていた貴女の作品が例の事件時に無断で使用された。』
東メインストリート、というよりかオラリオ各地にある支店に自分が送っている武器は薙刀しかない。防具も送っているが、話を聞く限り自分の薙刀を使ったのは確定らしい。
しかも東メインストリート支店に置かれていた自分の作品の位置は、店に入って一番奥のブースだ。モンスターに追いかけられてて慌てて飛び込んだということなので、その薙刀を手に取るというのは欲していない限り不自然だ。
加えて店のお触書に反したという冒険者は駆け出しの少女だったという。
ナチュルは何の根拠のない確信を得た。自分が鍛冶師になったのは彼女と出会うためだと。彼女と関係を持てば、きっと何かが変わると。
新人鍛冶師が新人冒険者と関係を築くというのはよくある話だが、上級鍛冶師が新人冒険者と関係を築きたいと思うという話は滅多に聞かない。
名も知らぬ少女を探すのはさすがに骨が折れるので、お触書に反したことを利用して莫大な賠償を吹っ掛けて、自分の下に相談しに来るように仕向けた。
思惑通りやって来た少女と話してみれば、自分の想像以上に薙刀に関して情熱を持っており、更に薙刀を打ってくれる人が少なくて残念だとまで言ってくれた。
少女レイナを逃す手は無かった。自分に人を見る目があるとは思っていないが、自分の予感が激しく騒いでいた。レイナはいずれオラリオ全土、いや、世界を超える激震を与える冒険者になると。
ナチュルは上級鍛冶師にも関わらずお得意様がいないという状態だったが、今回は幸いである。
レイナを自分のお得意様にしよう。自分の打つ薙刀を使わせて、彼女の名が広まると共に彼女が使う薙刀に皆が注目する。そうすれば薙刀の魅力を感じる人が増えるに違いない。
駆け出しというレイナがLv.2のトロールを無傷で倒したという事実が、ナチュルの予感に根拠のない信憑性を上塗りした。
何なら今すぐ無償で自分が打った薙刀を使わせてやりたいところだが、それはダメだ。駆け出しが武器の威力の味を占めてしまったらせっかくの才能を腐らせてしまう。きちんとレイナの背丈に合った上で最高の薙刀を打ち続ける。
レイナの薙刀の捌き方や戦闘スタイルをじかに見つめつつ、彼女専用の薙刀を作る素材を集める。
それら煩事をいっぺんにクリアするには、彼女に冒険者依頼を吹っ掛けるに限る。
ナチュルは高鳴る胸に心躍らせながら、目の前にいる黒髪の少女に免罪符を言い渡したのだった。
◆
上級鍛冶師ナチュル・ヴェリルに駆け出し冒険者に出す難易度ではない冒険者依頼を指名で発注された、その翌日。
「どうも、早いわね」
「遅れて来たら何されるか解ったものじゃありませんから……」
「はははっ、鍛冶師は武具を打つときは神経質になるけど、その分他には大雑把なの。三十分や一時間くらい誤差よ」
その大雑把で何をされるか解らないと言ったんですけどねぇ……。着流しを羽織っているナチュルの即断即決は本当に危ない。主に『やっぱり免罪なし。賠償してね』とか言い出しそうで。
少し話が遡るけど、冒険者依頼を受けるときにエイナから猛烈な反対を受けた。まあ当然だろう。駆け出し冒険者が五階層より下に行くこと自体危険なことなのに、あろうことか中層と呼ばれている二十階層まで潜るとなると、もはや常識欠落を疑うだろう。更にエイナの信条『冒険者は冒険するな』が助長させて、ナチュルが即断即決で発注した冒険者依頼の撤回かハードルを下げることを訴えたけど、ナチュルは『トロールを倒せるんだったら余裕でしょ』と却下。
それでも食い下がったエイナがあれこれと提案したけどやはり却下、Lv.3の元冒険者であるナチュルが同伴するということでエイナが折れた。元々ナチュルは同行するつもりだったらしいし、『これ以上文句を付けるならこの話は無し』と脅し文句を添えてこられたらなす術はない。
そんな訳でバベルで翌日の午前七時に集合した私たちは、ダンジョンに潜る前に装備の装着やアイテムの確認をする準備室にいた。
「新米の時に作った薙刀、これくらいしかなくて。好きなの選んでいいわよ」
と言いながらずらりと十本ほど薙刀を並べてくるナチュルさんマジで怖いです。それに一本一本確認してみればそこらの店で並んでる刀剣とは比較にならないほどの物ばかりで、眉尖刀や偃月刀といった昔の薙刀のデザインやそれに準ずる武器すら網羅しているのだから、ナチュルの薙刀に対する愛が窺える。
クレア時代で懇意にしていた刀匠に無理言って作ってもらっていたけど、やはり薙刀を専門にしている鍛冶師だと一味違うね。作ってもらっては微調整してもらってたけど、ナチュルの薙刀は実践に適するように工夫が凝らされていて非らしい非が見つからない。
もちろん新米のときに作った物らしいから、例の薙刀─銘を無狩という─より大幅に見劣りのある性能だけど、駆け出しの私に見合った性能だから嬉しい。ここで月狩のような一級品を渡されたら凄い困ってた。
十本の薙刀をそれぞれ一回ずつ試しに振ってみて、一番手に馴染んだ一本─銘は無いらしい─を選んだ。
「これって小型モンスターを想定してたりしますか?」
「そうよ。でも新米の頃に作ったから構造が曖昧でしょ?」
「そうですね……柄を長くして一掃するという発想だと思うのですが、どちらかと言えば取り回しをメインにした方が使い手としては嬉しいですよね」
「あはは、昔の作品を見ると何だか恥ずかしいわね〜。時々原点を見返したりして発想を得たりするから助かってるんだけど」
気恥ずかしそうに笑いながら自身も己の作品を片手に語る。彼女の手に握られているのはLv.3の冒険者に相応しい性能を宿す薙刀だ。こちらは中型モンスターを仮想敵にしているようで、柄も刃も中ほどに留められている。着流しという極東風の装備が相まって、彼女がエルフであることを忘れてしまいそうである。確か楚々とした女性を極東では『やまとなでしこ』と言うんだっけ。まあ実態は即断即決という、言い方を変えれば落ち着きがない人なんだけど。
「ん、そうそう、サラマンダー・ウールいるかしら?」
「いえ、大丈夫です。というか、買うと私破産してしまいそうです」
「さすが私が見込んだだけあるわ。その意気よ」
サラマンダー・ウールというのは精霊が己の魔力を編み込んで作成した《精霊の護布》と呼ばれている防具の一種だ。精霊が得意とする魔法属性に応じてその性能を変えて、火精霊の場合は火耐性が飛躍的に上昇する。その性能の良さに応じて値は張るものの、中層に潜る冒険者ならば誰もが欲しがる一品の一つ。
その理由は十三、十四階層から出現するようになる《ヘルハウンド》という犬型モンスターである。
まあ詳しいことはその場になったときにしよう。
必要な装備を整えたところで準備室を出て、ダンジョンの入り口《大穴》がある通路を並んで通る。唯一の出入り口だから余程の深夜でなければ冒険者の行き来は常にされており、昼の前後となると入り口に着くまで凄い人ごみの集合と化す。
上を見上げれば一面の壁画が描かれており、安全地域セーフティエリアであることを感じさせる。
それにしても二十階層か。自分のレベルに全くそぐわない階層に足を運ぶのは前世を踏まえてかなり久しい。あ、私の場合レベルの差が1であれば全く問題ないと思ってるから十四階層辺りはカウントされません。
薙刀について語り合いながら大穴に入った私は気付かなかった。すぐ後ろに白髪の少年と、巨大なバックパックを背負った小人族の少女が並んでいたことに。
◆
さすが《戦える鍛冶師》と名高い【ヘファイストス・ファミリア】の一員。久しい戦線のはずなのに薙刀の振るい方は衰えておらず、駆け出しの私に経験値が貯まりやすいように立ち回ってくれている。
お陰で何の苦もなく十三階層に到達した。ソロだったらもう少し時間を掛けないと辿りつかないからね。両手で数えられるくらいしかパーティを組んだことがない私にとって新鮮な感覚だ。
「レイナちゃん本当に駆け出し? 私より洗練されてない?」
「冒険者になってから毎日ダンジョンに潜ってましたから、この辺りの階層なら慣れてますので」
「それにしたって……ねぇ?」
そう言いながらナチュルは背負っているバックパックを担ぎ直す。せっかく本来の相棒たる薙刀を手にしたから、【撥水】変則ver.を練習している。かっこいい言い方をしてるけど、要するに『魔石を切り取る所作』を最適化できるようにしているだけだ。これなら【撥水】を仕掛けられない中層モンスターにも仕掛けることが出来る。だってただ単純に切り取るだけだからね。
さて、そんな他愛ない会話を交えながら洞窟を装う一本道を歩き続けて数分。それまで動いていた私たちの足と口がぴたりと止まった。
「早速おでましね」
バックパックを道の脇に乱雑に放り捨てたナチュルが腕まくりをし、八相の構えを取る。元手を前足側の腰骨、もう一方の手を後ろ足側の耳の横に置き、薙刀を立てた構えは、薙刀の聖地極東で編み出された最も攻撃的な構えだ。私はそんな立派な構えを知るより前に超拙い我流の構えを身に付けちゃったからしないけど。
薄い燐光に照らされる影は二つ。通路の奥から完全に現れ、モンスターの姿が露になる。ごつごつとした体皮は黒一色、例外的に双眸は真っ赤に輝き不気味さをかもし出している。犬というには些か体が逞しい四足獣、ヘルハウンドだ。
このモンスターが一般的に上層と中層を別つシンボルとして知られている。十三階層ならばもう少し奥まで進んだところで出現するはずだけど、まあ気にしない。
実はこいつ、犬の見た目をしているくせにブレスを使ってくるのだ。上層までは生身で突撃しかしてこないモンスターだけど、ここ十三階層から下の中層になると明確な遠距離攻撃という術を手に入れたモンスターが出現する。そのためレベルが上がりたてで己の腕を過信している冒険者ほど、このヘルハウンドに焼き殺される。
私も何度こいつにトラウマを植え付けられたことか……。具体的に初見のときに三頭に囲まれたりとか、進んでいるときに背後からいきなり炎を吐かれたり……。お陰で上層では学べなかった『視界を広く持て』を体で学んだから良かったんだけど。
さておき、そんな訳でヘルハウンドは遠距離からの炎ブレスを得意とするモンスターだ。その炎はまがいなく本物の炎だから、照射されれば人間丸焼きの完成だ。だからほとんどの冒険者は十三階層より下を潜るときはサラマンダー・ウールを購入するのだ。まあ、慣れてしまえばヘルハウンドがいつブレスをしてくるか解るから、そもそもブレスを受ける危険が無くなるんだけども。
「右のやつをお願いします!」
「あいよ!」
すかさず飛び出した私は薙刀を槍のように構え突進、自分が受け持つヘルハウンドに向けて突き出す。こいつらは接近を許した場合、絶対に炎ブレスをしない特徴がある。だからひとまず近接戦闘を仕掛ければ焼かれる心配はない。もちろん複数体相手取るときは注意は必要だ。
突き出した刃をヘルハウンドは楽勝楽勝とばかりに軽やかに右ステップ、反転した後に屈強な足の筋肉を爆発させて飛び掛る。
はい、お疲れ様です。
全く力を入れず突き出した姿勢から、体の中心を動かさないイメージで軸足を踏ん張り、思い切り体を回転させる。
『ぎゃん!?』
小柄な私が出せる最大の遠心力を刃に乗せて、空中に飛び上がっているヘルハウンドの腹を一閃。バランスを崩されたヘルハウンドは噛み付くことすらままならず私の隣にべちゃりと着地、以後動かぬ屍と化す。
中層になると以前戦ったリザードマンと同じように、モンスターがある程度思考するようになる。ヘルハウンドも例に漏れず思考を持つモンスターで、解りやすい動作だと簡単に行動を先読みして反撃してくる。
力や俊敏で完全に負けている私はヘルハウンドに誤読させて対処した訳だ。誤読誘発は私が格上と戦う際に必須技術だと思ったからめちゃくちゃ練習した技術だ。冒険者指導施設で配った参考書の立ち回り方の欄に要注意と記載したほどだ。
これがあるかないかだけで生命線に関わるのだから、重要に決まっている。
「へぇ、さすがトロールをあしらっただけあるわね。レベルの違いを物ともしない」
「一撃貰ったときが怖いですけどね」
「そうさせないために私がいるのよ」
Lv.3のナチュルは私が突進する横をあっさり追い抜いて上段から刀身を叩きつけるように振り下ろし、一刀両断。脳天から背中にかけてバックリ割れている。見えるヘルハウンドの真っ赤な体内に一際目立つ輝きを発する魔石もバックリ割れており、ナチュルらしい大雑把な始末であった。
「鉱石を入れる余地も考えるとまだ魔石は拾わなくて良さそうね。……と、次の来客ね」
魔石が数個しか入っていないバックパックの中を覗いたナチュルが長い耳をぴくっと動かした。
視線の先にはぴょこぴょこ跳ねてやってくるベル君……もとい白い兎が三匹。《アルミラージ》と呼ばれる一角兎だ。その手には天然武器の石斧が握られていた。これも中層ならではの光景で、モンスターたちは得た思考によって地形から武器を作り出すことがある。その武器を作り出すための元になる物質や地域のことを迷宮の武器庫なんて呼ぶ。
「さてどうする? 集団戦は厄介として知られてる子兎ちゃんだけど」
「二体お願いできますか?」
「オーケーよ」
気軽に返したナチュルは突風の如く駆け出し、固まっていた三体の内一匹を除外して通路の奥に押しやった。
今更だけど、ナチュルが大雑把な性格でよかった。普通の冒険者が私の事情を知った上でこの光景を見たら確実に疑いをかけるからね。公に無所属とされている私が中層に潜ってるなんて考えられない事態だし、さっきの戦い方だって自分で言うのもアレだけど駆け出しがすぐ出来るような技術じゃないと思ってる。そういう意味ではナチュルに感謝だ。
石斧片手にくりっとした目で私を見つめてくるアルミラージにニコッと笑いかけて接近、薙刀を振るう。呆気なく避けた兎は小さな体をめいっぱいに使って振り切った私の脇目掛けて斧を振る。
その直前に一周してきた柄尻がアルミラージの可愛らしい顔を不細工に歪める。
『ぷぎゅっ』
くぐもった悲鳴を上げて通路の壁面に叩きつけられたアルミラージに、無慈悲な一刀を振り下ろす。上半身と下半身をすっぱり断ち切られたアルミラージは間も無く絶命し、少なくない血溜まりを床に広げる。
集団戦になると滅法強くなるアルミラージだけど、単体になるとヘルハウンドより弱い。振り回した柄をクリーンヒットされただけで吹っ飛んじゃうんだから当たり前か。
「また増えたわね、面倒臭い!」
通路の奥で二体のアルミラージを相手取っていたナチュルが毒づいたのを聞いて振り返ると、更に三体加わっており全員完全装備をしている有様だった。格下と言えど物量に物を言わされると苦しいものがある。すぐに駆けつけようとしたとき、背後から土砂を削る獰猛な音が押し寄せてきた。
『──ォォォオオオオ!!』
巨大な岩石を彷彿とさせる球体が凄まじい勢いで突き進んできていた。防具の素材にも使われるほど堅牢な甲羅を持つアルマジロのモンスター《ハード・アーマード》だ。硬さは即ち攻撃力にも転ずるとは良く言ったもので、ハード・アーマードは体を丸めてボールのように転がることで殺傷力を飛躍的に上昇させているのだ。体を丸めたハード・アーマードは物理攻撃に対してほぼ無敵を誇り、高速回転する殻はこちらからの攻撃を全て弾き返し寄せ付けない。
並みの冒険者なら裸足で逃げ出しそうな光景だが、生憎私が避けるとナチュルに流れ弾が及ぶから私が止めるしかない。
ま、ミノタウロスの方が威力あるから問題ないでしょ。
それを言われればハード・アーマードと言えど涙を禁じえない。遂に私と衝突する直前に右手と左手を突き出した。
【水連】!
最初に突き出した右掌にミノタウロスの突進より弱い─しかし十分挽肉にできる─衝撃が伝わってきて、それを回収。右手、腕、肩と連動させて衝撃を炸裂させずに体内を循環させて、左手に移動させて、インパクトと同期させて左掌を甲羅に押し当てた。
ズガンッッッ!! という音と、ぶちゃっという音が重なった。
体を丸めているせいで八倍になって返ってきた衝撃を逃がすことが出来ずもろに体内で炸裂させ、さながら爆弾で爆破されたように体を爆発四散させた。衝撃を吸収したとは言え勢いは殺していない。だから勢いのまま屍骸が私に当たらないように壁に衝突するように衝撃を返してあげて、結果アルマジロは壁面の染みと化した。硬いものほど衝撃には弱い。呆気なく粉々になった。
ふぅ、さすがにこの体じゃ負担が大きいな。両手首がズキズキ痛む。こればかりはどうしようもなくて、前世では耐久にものを言わせていた。
これでも【柔術】で衝撃を半分に減らしてるんだよ? それでも痛むのは今の私の耐久の薄さのせいである。
ナチュルもアルミラージ相手に忙しかったみたいだから【水連】をしたことに気付いていない。今の音に驚いたように一瞬視線を寄越したけど、そのときにはすでにハード・アーマードが壁に激突していたから、その音だと勘違いしてくれた。
「ええい、面倒臭い! 【爆ぜろ】!!」
瞬間的にナチュルの体から魔力が迸った。極々短い詠唱によって発動した魔法は、その詠唱の通り爆発だった。
バグンッ! という爆発音が重なって轟き、アルミラージを木っ端微塵に消し飛ばしてしまった。焼き焦げた臭いが通路に充満し、魔法を使用したナチュルも堪らんと呟きながら鼻をつまんだ。
「これだから嫌なのよ……先に行きましょ」
バックパックを片腕にだけ通しながら口早に告げたナチュルに習い、私も足早にその場を後にした。
後書き
【エクスプロージョン】/先天的なもの
・爆破魔法
・詠唱時、対象と何かしら接触した状態でなければ失敗(ファンブル)
・消費精神力の多寡によって威力変動
・詠唱式【爆ぜろ】
ナチュルたんの魔法強い。さすがエルフやでぇ。
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