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ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。

作者:デュースL
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第十二話

「どうだったかしら? オッタル」

 とある人家の屋上に立つ銀髪の女神は、己の眷属に呼びかける。全てを忘我の淵に引きずり込む魔性の美を持つ女神の問いかけに、音もなく彼女の横に姿を現した巌のような体を持つ猪人が片膝を付きながら答えた。

「自分の目では、五分五分のように思えました」

 オッタルの見解を聞いたフレイヤは特に相槌を返さず、くるくると艶やかな銀の毛先を指に絡めて黙考する。
 フレイヤの眼下には、銀の剛毛を生やした巨獣(シルバーバック)が通路の真ん中で大の字に寝転がっており、その近くには地面に尻餅をつき、赤い瞳を見開いた白髪の少年が自分でしたことを信じられないという顔でシルバーバックの屍骸を凝視していた。
 ベルとシルバーバックの激戦を見守っていた住民たちは堪らず興奮を爆発させ、人家の中に身を潜めていたそれまでの姿勢とは打って変わって、窓から身を乗り出し次々と歓声を上げている。闘技場で行われている怪物祭よりも何倍も緊張感と迫力があり、白髪の少年の成長が成された瞬間に女神フレイヤも拍手を送りたい気分だ。

 しかし、ベルの試練とはもう一方の抹殺が失敗したとなると、あまり浮かれていられないフレイヤだった。

 主神の沈黙を詳細の説明の催促だと汲み取ったオッタルは、頭を垂れながら根拠を述べる。

「ろくな装備を着けずに遭遇したという時点で駆け出しならばパニックに陥るところですが、(くだん)の女は慌てる素振りを見せたものの逃走の姿勢に乱れが無く、また冷静沈着に己の現状を把握しつつ武器を調達、その後にレベルを超えた相手を無傷で倒しました。俄かに信じがたい一連の流れですが、確かにこういった芸当を成せる人物は少なからず存在します。ゆえに、今回だけでレイナ・シュワルツをクレア・パールスと断定するのは些か早計かと思われます」

 オッタル。またの名を【猛者(おうじゃ)
 世界に星の数ほど存在する冒険者の中で唯一のLv.7。歴史を振り返ってもこの域に到達しえたのはクレア・パールスともう一人の伝説の武人を除いて唯一人。齢34で最強の座に着いた獣人は女神に仕え、存在だけで他の巨大勢力(ファミリア)に只ならぬ圧力を与える名実共に絶頂の男。

 オッタルから見て、レイナとトロールの戦闘は信じられないものだった。
 彼自身最も高いレベルを誇っているからこそ断言するが、レベルが一つ違うだけでも圧倒的な差が生まれる、だからこそ駆け出しと銘打つレイナの所業は疑いたくなるものだった。
 トロールは元々敏捷が低いモンスターではあるが、相手がLv.1であれば同等の速さで追跡することは可能だし、その圧倒的膂力や耐久で潰すことだって可能だ。
 二十階層から出現するトロール相手に、冒険者になってまだ一週間ほどしか経っていない少女が勝てる道理は無い。しかし、現に少女は無傷で勝利を収めている。

 その原因は少女の所作にあった。初見のはずのトロール相手に最も適する立ち回りをし、瞬く間に追い詰めた姿は熟練の冒険者も顔負けの冴えが窺えた。止めは騒ぎを引き起こすモンスターを片っ端から潰して回っていたアイズに奪われたものの、彼女が登場しなくとも問題なく倒せていただろう。
 格上相手に怖気づくどころか、むしろ上等と言わんばかりに立ち向かうとは、駆け出しあるまじき行為だ。

 これだけ不自然な点があればオッタルもレイナの正体を疑うが、しかし、駆け出しにあるまじき行為を淡々とやってのけた人物を知っているだけに決め付けることはできなかった。

 アイズ・ヴァレンシュタイン。八歳で冒険者になり、その一年後に階層主を屠った世界最速記録を持つ少女。彼女もその幼さに全く似つかわしくない冷静さと凄絶さを兼ね備えた腕で瞬く間にモンスターたちを薙ぎ倒していった。オッタルはその場に居合わせていないため詳細は知らないが、階層主を葬ったその瞬間もアイズという少女は怖気づかず立ち向かったのだろうと想像つく。

 レベルという絶対的差を覆せるほどの才能を秘める人は実在する。ゆえに、オッタルは己が主神の考えも可能性の内だと考慮するし、レイナは天才の一種だったという可能性も捨てきることが出来なかった。
 魂の本質を見極めることが出来るフレイヤに見誤りがあるとは毛頭思っていない従者だが、過去の偉人の魂を宿した人がいるという超次元的な話があるということに腑に落ちない点があるのも事実だった。

「……解ったわ。ご苦労様、オッタル」
「お望みとあらば、幾らでも」

 慇懃に返すオッタルに手振りで重ねて労わると、再び眼下にいるベルに向けて微笑みかけた。

「また遊びましょう、ベル。貴方の色は誰にも穢させないわ」

 恍惚の吐息を零すフレイヤに、頭を垂れ続けるオッタルは静かに瞑目した。



「で、これはどういうことかな? レイナちゃん」

 ロビーに設けられた小さな一室は、目の前に座るアドバイザーさんが醸し出す空気のせいでギスギスしていた。
 子供が遊びで書いたような金額が記されている請求書を片手でひらひらさせて突きつけてくるエイナに、私は引き攣った笑みで答えた。

「じ、実はカクカクシカジカありまして……。ところでエイナさん、今日は天気が良いですね!」
「露骨な話逸らしはいらないから、この請求書の説明をしてもらえる?」

 こ、怖い……怖いよこのアドバイザーさん……! 顔は輝かしい笑顔なのに両目の周辺だけが全く笑ってないよこのアドバイザーさん……!

 事の顛末は一昨日起ったモンスター脱走事件にまつわる話だ。簡単に言ってしまえば、私は例の薙刀の件を【ガネーシャ・ファミリア】に擦り付けることが出来なかったのである。
 流れとしては 【ヘファイストス・ファミリア】からギルドに苦情が入った→私だと特定された→私は【ガネーシャ・ファミリア】に責任転嫁しようと試みた→【ガネーシャ・ファミリア】はしらを切った→失敗 である。

 何でしらを切り通せたのか甚だ疑問だったが、ギルド側から今回の事件の審査が入り、少なくとも【ガネーシャ・ファミリア】の管理に問題があったと指摘があり、私が背負った賠償の半分を肩代わりすることで落ち着いた。
 
 私はぜんぜん落ち着いてないんだけど!? おかしいよね? 私被害者だよ? 何で罰金が課せられるの? おかしい、おかしいよ、おかしいよねの三段活用!

 ギルドでは無所属と処理されている私に後ろ盾と呼べる存在は全く無いため、大人の事情にもみくちゃにされて今に至る。全く解せん。私も大人なんですけどね? 見た目は子供、頭脳は大人! みたいな。言っても全然信用してくれなくてきれそう。

 で、無所属の少女が莫大な罰金を背負ったと聞いたエイナが何事だとこの一件を調べ、被告者─断固被害者ですけど─たる私の名前を見てアドバイザー担当者だということで召集を受けてお説教を食らってる。しつこいようだけど、解せん。

 不満な態度をぷんぷん醸しながら事の流れを説明すると、さすが良識あるアドバイザーエイナは気遣う顔色に変えてため息を付いた。

「それは本当に災難と言わざるをを得ないけど……」
「けど?」
「な・ん・で、どこのファミリアにも所属しないでダンジョンに潜ったのかなぁ?」

 そういえばファミリアに所属するまでダンジョンに潜るのは厳禁、入団したら即エイナに報告、的なことを厳命されてた気がするなぁ……。
 歳ボケしてました、ごめんあそばせっ! なんて言ってもぶっ叩かれるだけなので黙ってばつが悪そうな顔を浮かべる。

 私の顔を見て言及するのを憚られたのか唇を尖らせながらも乗り出していた身を引っ込めたエイナは眉間に指を添えた。

「一万歩譲ってそれは良いけど、一番解せないのがレイナちゃんがソロでトロールを倒したっていうところなんだけど……」

 そう、今回私の冤罪を晴らせなかった一番の原因がそこだ。【ガネーシャ・ファミリア】が冒険者駆け出しのひよっこがLv.2のトロールという格上の敵を倒せるはずが無いと主張して、あろうことか私が武器を盗むためのでっち上げだと反論してきたのだ。
 私としてはたまったもんじゃないけど、一般的な目で見れば確かに不可解な点であるのは変わりなく、ギルドもそのことについて懸念して半額という処置を下したのだ。私は目撃者であるアイズを呼んで来いと言ったんだけど、駆け出しのお前ごときが【剣姫】と知り合いのはずがない、妄言も大概にしろと断じられて終了した。酷すぎじゃないかな?

 一応私の味方であるはずのエイナにも疑いのまなざしを向けられるし……不幸極まりないな。

「信じるために聞くけど、レイナちゃん、キミは私に黙ってどこまで潜ったの?」

 聞こえが良いように言ってるけど、その顔を鏡で見てきたらそう思ってないことがバレバレですよエイナさん……。眉根を寄り合わせて怒気すら感じさせる気配を撒き散らしているエイナに、不幸に不幸が積もって理不尽を感じていた私は思わず口が滑った。

「十四階層です」
「へぇ、十四階層? それでトロ───は? 十四階層?」

 ぴたりとエイナは動きを止めた。きょとんと目を丸くさせる。私の咄嗟の発言の意味が解らず、時間を掛けて理解したところですぐに信用していない表情を浮かべる。

「あのねレイナちゃん、別にトロールをソロで倒してなくても、それが当たり前なんだから──」
「本当ですよ! 何なら証拠だって見せましょうか!?」

 さすがにこれ以上事実を嘘だと決め付けられるのは、自称オラリオの仏たる私でも鶏冠にくるものがある。思わず語気を少し荒くして身を乗り出して宣言すると、エイナは慌てて両手をぱたぱたさせて「解った解った」と言った。絶対信じてないでしょ、キミ……。
 少しぐれそうな私はむすっとして座りなおす。エイナは「もう私の常識は宛にならないかもしれない……」と小声で呟いて言葉を続けた。

「まあ、ひとまずそういうことにしておいて、問題はこの罰金なんだけど……」
「私、未だにその罰金について不満があるんですが」
「到底返せるものじゃないもんね……」

 いえ、その罰金が私に課せられること自体に不満があってですね。もう言うのも面倒臭くなってきた……。それにエイナの言う通り、天下一品を誇るヘファイストスの武具はそこらの金銀財宝を並べてもまだ足りないくらいの値を誇る。いくら半額になったとはいえ、それでも駆け出し冒険者が払えるような金額ではない。一体何年掛ければいいんだって話である。
 机の上に置かれた請求書を見て、二人してため息を零す。

「一回ダメもとで打診しに行ってみようか」
「え?」
「確かにギルドが下した処置は覆らないけど、請求してきた人が赦してくれるかもしれないから」

 あー、なるほど、その手があったか。何で不可抗力で起った事件なのに罰金しなくちゃいけないのかという不満をずるずる引きずりながらも、エイナの申し出に頷いた。

「それじゃ明日でいいかな? 丁度その日に【ヘファイストス・ファミリア】のところに行く用事があるから」
「よろしくお願いします」



「えっ、レイナさん、何でここに……!?」
「それは私のセリフですベル君」
「あれ? 二人とも知り合いなの?」

 翌日、オラリオ北部で、大通りと面するように設けられた半円形の広場で待ち合わせたら、なぜかそこにベル君が立っていた。
 少し頬を赤くして私とエイナを交互に見回して、子兎のように慌しく手を意味もなく開閉させている。そんなに今の私は変なのかな……。結構げんなりしてるから、多分そうなのかもしれない。
 何せ今から不可抗力で罪を被せられたことに対して謝罪しに行くのだ。全く(ry

「顔を知ってるなら良かった。それじゃ立ち話も何だし早速バベルに行こっか」
「バ、バベル!? エイナさんってもしかして冒険者!?」
「違いますー。キミは本当に何も知らないんだね……。今日は役に立つ情報を掻い摘んで教えるね?」

 午前十時という時間帯もあって大通りは賑やかで人通りが激しい。商店の大小関係なしにそれぞれの店の店員が盛んな呼び込みを行っている。そんな中を私たち三人が歩いていく。
 歩く片手間にエイナの説明を聞いていると、どうやらエイナの用事というのはベルの装備を【ヘファイストス・ファミリア】で見繕うことだったようだ。ご存知の通り超高性能の代わりに超高値段として知られているヘファイストスの武具と聞いてベルが軽く発狂したけど、実はヘファイストス様は入りたての新人にも自分の作品の見せ場を用意しており、それがバベルに並んでる支店にあるわけだ。いくら【ヘファイストス・ファミリア】の一員と言えど鍛冶の腕としては新人の域を出ない、だから値段も抑えられて新人冒険者たちにも手が出せれるようになっている。新人鍛冶師にとっては自身の作品の評価を得られるチャンスとして、新人冒険者にとっては新人鍛冶師と繋がりを持てるメリットがある。良く考えたものだと思う。

 一つ一つの話を聞くたびにベルが大げさなリアクションを取るが、それが本心でやっているのだから私も驚きである。彼とは何度かダンジョン内で会っているから、それだけ彼もバベルに足を運んでいるはずなんだけど、本当に何も知らなかったらしい。見た目に違わず少し抜けてるっていうか、何と言うか、彼らしい。

 そうこう言っているうちにバベルに着き四階に来た。【ヘファイストス・ファミリア】は四階から八階まで全て貸しきっており、その全てが武具店だ。これだけでいかに勢力のあるファミリアか思い知らされる。
 ベルが傍に置いてあった武器の値札を見て気が遠のきそうになっている。私はその値札に書かれているくらいの罰金しないといけないんだぜ……?
 人知れずため息を付いていると、

「……何やってるんですか、神様」
「……」

 紅い制服を身に着けたヘスティア様がいた。部外者である私とエイナが二人が見詰め合っている光景を傍観していると、先にヘスティア様がひくっと店員スマイルを引き攣らせた。

「いいかいベル君、今ここで起ったことを全て綺麗さっぱり忘れて、目と耳と鼻を塞いで大人しく帰るんだ!」
「色々な意味で帰れませんよ!? とにかく帰りましょうよ! 神様が恥も外聞も捨てちゃいけませんよ!?」
「相変わらず変わった神様だね……」
「良かった……私、頑張って本当に良かった……」

 やはり自分が崇拝する神様に働かせるのは色々辛い。ベル君には悪いけど、もう少し頑張ろうよ……。セレーネ様が働いてたらそれこそ首吊りもんだよ……。
 二人でやんややんやと騒いでいたところ店員から「新入りさぼってんじゃねぇぞ!」と一喝入り、ヘスティア様がベル君の拘束を振り払って店内に逃げ去っていった。

 何だか気まずい雰囲気に包まれながらも一フロアずつ上がっていき、八階まで見て回った。溢れんばかりの冒険者たちにベルが気圧されながらも武具を見て回る。エイナの説明通り新人冒険者でも手が届く値段を見るたびにベルが信じられないという呟きを零しながら一つ一つ見ていく。
 途中でエイナが広く探した方がいいものが見つかると申し出て、私とベル二人で見て回ることになった。

「レ、レイナさんは防具何着けてるんですかっ?」
「結構軽装ですよ。腕当て、帯、レグス……こんなところです」

 前世ではもう少し重い装備を着けていたんだけど、今はお金を貯めてるから防具にあまりお金を回していない。元々槍を使うときはなるべく速く動けるようにした方が良いから、そういう意味も兼ねて軽装にしてる。
 「へ、へぇー」とぎこちない相槌を返すベルだけど、ダンジョンで少なくない回数会ってるから知ってるもんだと思ってた。まあバベルの中をあまり詳しく知らなかったくらいだし、そういうもんか。

 深く考えずに少し気になった武器を手に取ってみようとして、思わず反射的に手を引っ込める。不可解な動作をしたベルが不思議そうに眉を寄せたけど、もはや私にとってトラウマレベルだから気にしないで欲しい。
 購入目的以外の接触禁止はロゴが刻まれてるやつだけだって解ってるんだけど、どうしてもね……。改めて手に取った槍を見回して値札を見ると15000ヴァリス、結構お手軽だ。罰金のめどがたったときに買ってみようかな。というか、罰金払えるくらい稼げてたらもう少し高い装備買えるか。
 ベルはベルの方で気に入った装備を見つけられたようだし、冒険者の心を掴むのが上手いね【ヘファイストス・ファミリア】は。

「ベル君も軽装ですよね。やっぱり動きやすさを重視したりするんですか?」

 ベルの視線を奪っている装備を見てみると、要所だけ守る仕様になっていて、中々軽そうである。
 ベルは私の声に慌てて視線を上げて答える。

「は、はいっ、僕、ナイフを使うんで、軽い方がいいっていうか!」
「……?」

 何でさっきから声が上ずってるんだろ? 私、何か変なことしたっけか。

「なんか、大丈夫ですか? 心なしか顔も赤い気がしますし」
「へあ!? だ、大丈夫ですよ!? 気にしないでください!?」

 前々から思ってたけど、ベルの悲鳴って中々ユニークだよね。「ほああああ!!」とか「へあ!?」とか。意外としっくりくるのが不思議だけど。
 心の中で首を傾げていると、ベルが消え入りそうな声で「ち、近い……です」と言ったので一歩離れた。彼の気持ちがよく解らない私である。



 ベルが気に入った装備を購入し、エイナが見繕った篭手をプレゼントしたところでベルが時間だということで帰路に着いた。
 
 さて、こっからが本題である。

「どうも、そちらが私の作品を使ったっていう子?」

 エイナが予め連絡を入れていたのか、八階の一番奥にあったテナントに行って面会を頼むとあっさり通され、その部屋に待っていたのが彼女である。
 濃い目の茶色の髪を後ろで一本に纏めて、ついさっきまで鍛冶をしていたらしく白い頬に煤こけた炭が付いていて、隣に座るエイナと同じ長く鋭い耳を持った端正な顔。首から下も作業服のままで黒ずんでいる箇所が沢山あり、女性らしい盛り上がりが目に留まる。つまり、彼女はエルフの鍛冶師だ。

 エルフは自分の種族の誇りを強く持っていて、自分の里を出ることすら稀な亜人として知られている。出てきた数少ないエルフも身だしなみは常に清潔を保っており、種族特有の優れた容姿から他種族から数多い人気を博している。
 そんなわけだから、女性のエルフの鍛冶師というだけでも凄い希少種なのだが、当の本人は汚れた作業服なぞ気にしていない風で、むしろ大胆に足を組んで口調も随分砕けているせいで誇り高いエルフという印象が崩れていく。

 少し釣り上がった眉尻を撫でながら言った彼女に、エイナが代弁するように紹介した。

「先日連絡を差し上げましたとおり、例の事件でヴェリルさんの作った薙刀を使ったレイナ・シュワルツです」
「初めまして、レイナです」

 ぺこりと頭を下げると、ヴェリルと呼ばれた女性鍛冶師は「ふむ」と一つ息を付いた。
 部屋に入ったときから眉尻が釣りあがってるせいで怒っているのかどうか解らない。

「話には聞いてたけど、本当に小さい子ね。いくつ?」
「13歳です」
「へぇ、若すぎるのによくトロール倒せたものね」

 お、この人は素直に信じてくれるのか。ずっと疑われてたから嬉しい。私の気持ちが顔に表れたのか、ヴェリルさんはにっと口角を釣り上げた。

「私の武器を使ったんだ。トロールくらい倒してくれないと困るわ」

 あ、はい。仰るとおりあの薙刀、めっちゃ強かったです。トロールの厚い脂肪がバターのように斬れてびっくりしました。
 少しだけ上げて落とされた気分になった私だが、ヴェリルさんは続けてこう言った。

「それで、どうだった?」
「え、ごめんなさい、何がですか?」
「そりゃレイナちゃん、鍛冶師が具合を尋ねたら武器の良し悪しに決まってるでしょ」
「すごく……使いやすかったです」

 実際あの薙刀は業物だった以外にも、使用者のことをよく考えて設計されていて、柄を握る場所もビジュアル面も良いし滑りにくいように僅かな窪みを作ってあったし、頑丈ながらにしなやかだったから遠心力が乗りやすい上に下手にぶれないように材料が吟味されていたのは解った。
 妙に詳しく私が語るものだからエイナが驚いたように小さく口を空けていた。一方ヴェリルさんは終始真剣に耳を傾けて小さく頷いたりしていた。話終えると長い耳をぴくぴく動かしながら耳の後ろを掻いた。

「うーん、やっぱあの薙刀、ミスってたみたいね」
「そうですか? 性能も威力も申し分無かったと思いますけど」
「作った趣旨が違ったっていうところ。元々あの薙刀の仮想敵はトロールのような大型モンスターだったから、それなりに想像しながら作ったんだけど……」
「言われてみれば刃が少し太すぎた気がしました。もう少し薄長くすれば使い勝手も良くなると思いました」
「あ〜、やっぱりかぁ。でもあれ以上長くすると今度は柄が無駄に長くなるせいで取り回しがキツくなりそうで踏み切れなかったのよ」
「確かに全体が長すぎると素早い入れ替えが難しくなりますからね……。手数を重視するなら多少柄が短くなっても刃を長くした方がいい気もします」
「そうすると刃の先に体重乗りにくいでしょー? 色々素材を組み合わせて重さとか調節してるんだけど、中々しっくりくるものが出来なくて困ってるのよね」
「材料で武器全体の重量を重めにして威力の調節、柄の短さをカバーするというのはどうですか?」
「それしてみたんだけど、実際使ってみるとダメみたい。はぁ、薙刀の黄金比はいつになったら見つかるのやら……」
「薙刀ってあんまり使われませんからね……作る人も少ないですし、少し残念です」
「そう言ってくれる冒険者がいると私は嬉しいね。他の武器を作ってるときより薙刀のことを考えてる方が好きだからやめられなくて」

 罰金の話をしに来たはずなのに、唐突に薙刀について熱く語り始めた私たちに置いてけぼりを食らったエイナが驚いた顔のまま固まっていた。
 それにようやく気付いたヴェリルさんは「あぁ、ごめん」と謝りを入れた。

「それで、賠償の話だったっけ」
「あ、はい、そうです」
「別に構わないよ」
「……はい?」

 今度は私も驚かされる番だった。ぽかんとしているとヴェリルさんは美しい顔立ちに無邪気な笑みを浮かべて言った。

「元々金を毟り取るためにギルドに苦情吹っかけたわけじゃないし」
「え」
「あぁ、ガネーシャのところにはちょっと思うところがあったから便乗して賠償しろって言ったけど、別にレイナちゃんから貰おうとは思ってないわよ」
「じゃあ、何で……?」
「さっき言ったでしょ? 武具の具合を聞くって」

 ……まさかこの人、自分の作品を使った意見を聞くためだけに賠償しろって吹っかけてきたのか……?
 若干笑みが引き攣ったのを自覚しながらも固まっている私に、ヴェリルさんは嬉しそうに話す。

「私の薙刀が置いてあったところって店の一番奥だったのに、何でその人は他の武器じゃなくて私の薙刀を取ったのか気になってね。呼び出そうにも名前も解らないし、店のお触書を使って呼び出した方が手っ取り早いかなって」

 何て気ままな人なんだ……。その手っ取り早い方法で私の心臓がどれだけ圧迫されたか解ってるのかヴェリルさん……!?
 でもまぁ、何がともあれ賠償の話が無くなったのはうれしいことだ。さっきも言ったけど、値段がとんでもなかったからなぁ……。もしかしてあの値段も相談しに来ることを予想して吹っかけた、とか言わないよね……?

「レイナちゃんだっけ? 薙刀についてこんなに語れる人は中々いないよ、気に入ったわ。さすがに専属鍛冶師にはならないけど、気が向いたら何か打ってあげる」
「ほ、本当ですか!? でも、上級鍛冶師の武器って……」
「もちろんただじゃないわよ。それなりに対価を貰う。あぁ、そうね、今回の賠償の件を無くす代わりに冒険者依頼クエスト出そうかしら」

 このとき、私は思った。

「二十階層くらいにある鉱石、まとめて採ってきて」

 この人、神様並みに奔放だ、と。
 
 

 
後書き
人物
【ナチュル・ヴェリル】
上級鍛冶師。生粋の薙刀マニア。Lv.3の元冒険者。
誇り高いエルフ族のはずだが、本人にその自尊心が欠如しているせいか、身だしなみがなってない。従って口調も砕けている。
薙刀が好きで好きで冒険者時代に振るいまくっていたけど、納得いく薙刀が見つからず悩んだところ「なら自分で作ればいいか」と考え転職、以後【ヘファイストス・ファミリア】に所属。
即断即決が彼女の座右の銘。それが悪い意味で反映されているせいで、周りの人からは少し奇異な視線を寄越されている。
 
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