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ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。

作者:デュースL
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第三話

「変わらないなぁ……」

 頭まで外套をすっぽり被った少女が、都市を囲む高い城壁を見上げ、さらにその奥に天をも穿たんと屹立する白亜の巨塔を見つめ、ぽつりと呟いた。
 実に十三年ぶりのその景色は、外から眺めても何も変わらないものだった。それが、少女の胸に蟠っていた不安を拭ってくれる。
 城壁の外にも伝わってくるほどの熱気。外と中へ行き来する者たちの雑踏に喧騒。
 誰かは鉄を、誰かは金を、誰かは武器を、誰かは名声を、誰かは未知を。皆が皆己が欲する物を手にすべく、命知らずの酔狂な者だちはこぞって夢を片手に終結する。

 迷宮都市オラリオに、一つの夢が加わった。



 人生の九割を迷宮都市内部で過ごしていたから、私にとって外の景色は新鮮なものだった。家を出る前にお父さんに貰った地図を片手に目指すこと一日。ようやく私はオラリオに辿り着いた。

 さすが世界の中心、最も熱い都市と言われるだけあって都市の周りだけでもすごい人だかりだ。まあオラリオ内部に入ると意外と人ごみが無かったりするけど、この景色だけでもこの場所がどんな場所か漠然と解ってしまえる。

 心は九十歳のおばあちゃん、体は十三歳の少女という、もしかしてあなた神様かな? と言われそうなギャップを抱えている私である。最後の最後までダンジョンに潜り続けていたから体力面には自信があったつもりだけど、つい十三歳の体に戻っているのを忘れてしまった。
 私の背に刻まれているステイタスも初期化されてるからセレーネ様の恩恵は頂けない。それに背丈とかも違うから何かと些細な困惑が生まれた。

 それでも体が若いっていうのはすごいね! 疲れてもすぐ回復しちゃうし! まあそれは【自然治癒】のお陰もあるだろうけど、それを差し引いても筋肉痛にならないのは素晴らしい! 生まれて四ヶ月から運動し続けてよかった。たぶん同年代でマラソンしたらダントツの一位を頂けちゃうな。
 そんなアホなことを考えながらオラリオに足を踏み入れた。十三年というスパンが挟まっていたとはいえ、人生の九割を過ごしたこの場所に強い懐旧の念を覚えることは無かった。

 しかし驚いたことに、私が転生したのはクレア・パールスがこの世を去ってからすでに五十年の月日が流れた世界らしかった。オラリオ内部は魔石などを使って点灯とか洗濯が出来るから専ら冒険者たちに都合が良い方面の技術が発展する傾向があるけど、外部はダンジョンやモンスターに神様たちはいないのだからその限りではない。だからもう少し目覚しい技術の進歩があると思っていたけど、どうやらシュワルツ家は最先端技術にあまり興味が無かっただけらしく、少し外を出てみるとあまりの激変ぷりに開いた顎が閉まらなかったよ。

 一番の驚きが今私の手に丸めて握られている新聞の記事。その大見出しは『生きる伝説クレア・パールス死去より六十周年!』とでかでかと飾られており、記念すべき年なのでアイテムは何割引だとか武器はお買い得だとか書いてある。
 称えられてこそばゆいのか改めて己の現状を認識してゲンナリするのか、中々複雑な心境である。何とも冒険者らしいと言うのか、ひとまず記念だと騒ぎたいだけなのかもしれない。それに神様が悪乗りした、と言うところかな。

 緩みかけた意識を意図的に締めなおす。そう、神様。私の主神セレーネ様だ。この都市に来たすべての理由。まずセレーネ様を探さないと。
 とはいえ、地下に無限に広がるダンジョンを全て押収したオラリオの土地面積は馬鹿げたくらい広い。その広大な土地にこれでもかと所狭しと立ち並ぶ民家に宿に店にギルド。

 さて、ひとまず私が住んでいた家に向かってみますか。そこでセレーネ様が待っているかもしれない。



 着いた。シュワルツ邸を見慣れたせいで少し自分の家の全体像がおぼろげだったけど、ちゃんと自分の目で見るとあっさり自分の記憶に埋もれていた家が見つかった。

 うん、変わらないね。私が住んでいた家、というより、その家が建っている土地を私の名で買収したから、その私が亡き今誰に譲渡されたんだろうと少し考えてたけど、まあ私の主神セレーネ様に献上されるはずだ。

 そう、はずだ。でも、何度見直しても、私の前に立つ我が家は無情にも看板を掲げている。

 『故クレア・パールス邸』

 ……何ぞコレ。少なくとも私が住んでいたころには玄関にこんな看板を立てた覚えは無いんだけど。というか、何で玄関の扉に立ち入り禁止みたいな紐が張られてんの? これじゃまるで世界遺産か文化遺産みたいな扱いを受けてるんだけど……。

 私が眼前の現実に呆然としていると、たまたま通り掛かった冒険者と思しき数人の集団が活発に弾ませていた会話と足を止めて、一度私の家に向かって合掌し会釈、そして歩きを再開した。

 ……何ぞコレ。少なくとも(ry
 
 待った。ちょっと待ってくれ。セレーネ様の住む家じゃないのか!? ま、まぁ超厳密に言えばセレーネ様とは血縁関係じゃないけど、それでも私の母だし、主神である以上譲渡される権利はあるはずだよね? それともアレか、セレーネ様はこの家を離れて違う場所に移り住んだとか? でも私の遺産の譲渡も上記の通りなら……。

 んん!? こんがらがってきた。バカな頭を働かせるからそうなるんだ。いったん頭を空っぽにしよう。休憩は大事。セレーネ様が教えてくださった名句だ。あれ、でも脳みそはレイナのものだからむしろ頭は良いはずなんだけど……。

 もうだめだ。自分でも無自覚なほどパニックになっているぞ……。オラリオに入る前に感じていた言い様の無い予感が顔を覗いてきている。そして私に向かって優しく微笑んで手を振ってきている……。

 くそぅ! ひとまずギルドだ! ギルドに駆け込んで【セレーネ・ファミリア】の情報を聞こう! ファミリアのメンバーが他のファミリアについて詮索するのはご法度だけど、自分のファミリアについて尋ねるのは全く問題ない! 一見すると間抜けに見えるけど詮方ない! 早速行くぞ!



「そのファミリアはもうありませんよ?」

 なん……だと……? 目の前のエルフのお姉さんが紡ぐ言葉がまるで悪夢のようだ……。いや、悪夢であってほしかった。しかし、もうずいぶん前に確かめたことに、ここは現実。ギルドの冒険者アドバイザー─クレアの時代には無かったサービスだ─たる彼女が嘘を言う訳ないし……。一体全体何がどうなってしまったんだ……。

 形容しがたい感情に身を震わせていると、アドバイザーは柔和な線で縁取られた宝石のような瞳を巡らせた。

「ちなみにキミ、そのファミリアがどんなファミリアか知ってるの?」

 はい。私クレア・パールスとセレーネ様だけで構成された家族です。
 即答してやりたかったが、くどいが今の体はレイナ・シュワルツ。魂が一緒でも他人から見れば別人なのだ。私もいきなり昔の偉人の名前を名乗るただの子供を見れば、憧れた子なのかなぁとあしらう。

 このアドバイザーに【セレーネ・ファミリア】の色々なことを小九時間ほど語って聞かせてやりたいが、ぐっと堪えて解らないと返す。ぐっ、たったこれだけなのに胸を抉られた気分だ……。ごめんなさい、セレーネ様。この親不孝をお許し下さい……。
 
 人知れず打ちひがれる私に首を傾げながら丁寧に解説してくれた。まあ間違ってない。若干の誇張があった気もするけど的は完璧に得ている。アドバイザーさんすごい。
 セレーネ様の名声に感激しながら耳を傾けていると、最後にとんでもないことを言い放った。

「クレア様が亡くなってから十年後、セレーネ様は突如姿を消したのよ」
「……は?」

 思わず威圧的な語調になったのは仕方ないことだろう。何? 突如姿を消した? セレーネ様が?
 私の怪訝な目線を受けて当惑するようにほっそりとした顎に手を添えて続けた。

「原因は全く不明。神様たちに伺っても知らないの一点張り。何かしらの裏工作があったと思うけど──」
「セレーネ様はどこ!?」
「え!? あ、あの」
「今セレーネ様はどこなの!? 安全なの!? 幸せなの!?」

 ギルド窓口から唐突に迸った私の絶叫に、ロビーを行きかっていた人たちが全員驚いて振り向いた。その視線に晒される目の前のアドバイザーは怒涛の詰め寄りに言葉を失って困惑顔で固まっている。
 時間が凍結した中、私が乗り出した身を引っ込めるとガヤガヤと周りから喧騒が蘇る。

『セレーネ様だと? まだそんなこと言ってる奴いんのかよ』
『つか、幸せってなんだし。神様に向かって偉そうだな』
『田舎上がりか? それにあんなチビだし、世間知らずなだけかもな』

 何、何だ、みんなは何を言っている? 何でセレーネ様がいないことを当然だとばかりに言っているんだ?
 ひそひそと交わされる声は小さいはずなのに、私の耳は途轍もない大音量だとばかりに拾い集め、私の脳に伝えてくる。今、この世界のなんたるかを。クレア・パールスが世界から姿を消した約六十年の間に何があったのかを。

 背筋に氷柱を差し込まれたような強烈な悪寒に何もかもが固まった私に、そのアドバイザーは憚るような態度で、しかし疑いようの無い事実を確かめるように、言った。

「セレーネ様は天界にお戻りになられたって噂だけど……」



 どうなっているんだ……。この呟きが一体何回脳内で反芻されたことか。エイナ・チュールと名乗ったアドバイザーに何とかお礼を述べた後、茫然自失の体でオラリオを彷徨い続けた。
 
 私の記憶にあるオラリオの姿は変わっていなかった。ただ、表情をがらりと変えた。私の家は記念物になった。私が建てた冒険者指導設備は姿を消し代わりにアドバイザーというサービスが出現した。私が身を匿ってもらったボロアパートは取り壊されていた。オラリオ在中の神の名を綴った石碑にその名が消えていた。

 そして、【セレーネ・ファミリア】の紋章(エンブレム)が消えていた。

 突如頭痛が襲う。トンカチで頭を何度も殴られているような激しい痛みは堪らず眩暈を引き起こす。座り込んでいた階段にふらつき、体を横に倒した。ここは人通りが少なかった。昔から変わらない人気の少なさが今の現状を嘲笑うかのようだった。
 事実の認識をした瞬間から襲い続ける頭痛に盛大に顔を顰め、意味も無く額を押さえながら現状の整理に努めた。

 まず、生ける伝説クレア・パールスは【セレーネ・ファミリア】唯一の団員だった。入団した当初は平均以下の成果しか上げられず群衆に埋もれていたが、あることをきっかけに急激に成長。そこから偉業の数々を打ちたて、果てた。
 そこまでは良い。だが、そこから先が明らかにおかしい。

 クレア・パールスが死去してから十年後に神セレーネはオラリオから姿を消した。理由は全く不明。オラリオにあった神セレーネの面影は完全に抹消されてあり、神々たちも事情を知らない。
 意味が解らない。何て言うか、こう、もう全部が理解不能だ。唐突過ぎる。あまりに唐突過ぎる。そして周りはあまりに無関心すぎる。自分で言うのはおかしいが、私は一般的な目では数多の偉業成した伝説の冒険者だ。その冒険者が所属していたファミリアの主神に関心の目が行くのも当然の摂理だ。
 何で私が死んだ瞬間にセレーネ様への関心がぶつりと途絶えるんだ? 唯一の団員が死んでしまったことで入団希望者を募るかもと冒険者が集まるんじゃないのか? 伝説の冒険者に憧れて同じファミリアに入りたいと思うのが冒険者じゃないのか?

 なのに、何で、セレーネ様が全く無視されるんだ? 一番解らないのがそこだ。何で私如きの名前が今でも広がっているのに、何で私を育ててくれたセレーネ様は抹消されたんだ?

 何かの間違いだと思ってセレーネ様のご神友であるヘファイストス様とロキ様のファミリアに足を運んでも、そもそも門前払い。かつての名で通してくれと懇願しても嘲りを付されて叩き出される始末。

 くそ……っ! 一体セレーネ様が何をしたって言うんだよ! 古今東西あらゆる褒め言葉を並べてもまるで足りないあの方に何の恨みがあるんだ! みんなが敬愛するクレアを育てた母なんだぞ! クレアより更に敬を払うのが当然でしょうが!

 どれほど悪態を付いても、私の胸の中に空いた穴を埋めることは出来なかった。その穴はダンジョンの比にならないほど大きく、それがセレーネ様によって満たされていた愛だと自覚したときには、既に滂沱の涙を流していた。嗚咽は無い。ただただ涙が意味も無く溢れてくるだけ。いくつの涙を流せばセレーネ様が帰って来てくれるかなぁ……。それしか泣く理由が解らない。

 何時間その場で泣いていたかも解らない。解らない間に涙すら出てこなくなり、何も拭わなかったせいで涙を伝った頬はかぴかぴに乾燥しているけど、そんなことすらどうでもよく感じてしまえる。
 
 私は何のために転生してきたんだろう……セレーネ様のいない世界なんて、生きているだけ無駄だ……。もう一度死ねば戻るかな……。

 ふらりと立ち上がり、自殺する前に心配で心を痛めながらも送り出してくれた両親に最後の一通を送っておかなきゃと思い、気が付いたらみすぼらしい書店でペンを片手に羊皮紙に向かおうとしていた。ふと顔を上げれば心底心配する光を目に宿した老齢のヒューマンの姿が見えた。

 はぁ……レイナちゃんの体を奪った挙句、自分勝手に自殺するなんて最悪最低な奴だ……。もしかしたら、クレア・パールスが生まれていなければセレーネ様もこんな目に遭わなくてすんだのかもしれない……。そうか、何もかもクレア・パールスという魂がこの世界に迷い込んだのが悪かったんだ……。そうすれば誰にも迷惑をかけることも無かったのに……。

 ガリッと力が篭りすぎたペン先は圧し折れ、わずかな黒鉛で羊皮紙を汚して芯は何処へ消え去った。
 折れた音に老齢の店長は痛ましそうに見つめてくるけど、何か言葉を掛けることはなかった。その方が助かる。今何か慰めの言葉を受ければ堪らずこの場で死にたくなる。
 黙って差し出される新しいペンを力なく受け取り、いざ私の素性とことの顛末を書き残してめいっぱいの謝罪を述べようとした、そのとき。暗雲に満ち満ちていた思考に、あまりにも細いけど、確かに眩しい一条の光が差し込んだ。

 待てよ……。今私は何かとんでもないものを見落としていないか……? 
 唐突に過ぎった何かが、私の思考に引っかかった。何だ。何が引っかかったんだ。
 そして、答えを知る。

 セレーネ様の面影は完全に消された。でも、セレーネ様の存在は消されていない……?

 そうだ、全くその通りだ。だってセレーネ様を無かったことにしたいのならば、セレーネ様の名前も、セレーネ様が生きた経緯も全て抹消しなくてはならないはずだ。そんなこと出来ないはずだって? 何をバカな。出来る奴らがここにはごまんと蔓延っているじゃないか。人智を超えた存在、神たちが。
 確かに神たちは下界で神の力(アルカナム)の使用を禁止されている。けれど、もし、誰にも気づかれないように神の力を使ったならば。
 思えばそうだ。私が生きた時代では神の力は使用を禁止されていたけど、封印はされていなかった。その証拠にセレーネ様やロキ様を始めゼウス様やヘラ様ですら、その身から溢れてしまうほどの神威(しんい)を保っていたじゃないか。
 神様たちの神威は離れていても本能が肌で感じ取ってしまえる。だから人々は彼らに敬意を払い、眷属になることを誓った。だけど、今のオラリオにはどこからにも神威は感じ取れない。全くだ。無意識のうちに溢れてしまっていた神威すら無くなったということは、本格的に神の力を封印されたか規制された可能性は高い。

 これほど不自然な現状に、どうしてここまで気づかなかったのか。やはり、私はセレーネ様がいなければ何も出来ないバカのアホの極みだ。

 そうと解れば私は自殺をしようなどとは言えないぞ。このありえない現状を引き起こした犯人をひっ捕らえて、セレーネ様に何をしたのか洗いざらい吐かせて、死ぬほどセレーネ様に懺悔させて、セレーネ様に裁いてもらう。偉大なるセレーネ様を陥れたその狼藉、ほんのそこらの罰で済むと思ってくれるなよ……?
 
「じょ、嬢ちゃん、き、気を確かに持つんじゃ、まだ狂うには早いぞ!」

 堪らず叫んだ店長の声に、ようやく今の自分が笑みを浮かべていることに気づいた。それはもうセレーネ様には見せられないくらい素敵なものだっただろう。
 笑顔とは本来、動物が敵に自らの力を示すために牙を覗かせるために行っていた威嚇行為だ。非常に攻撃的で、そこには一切の友好は無く、慈悲はない。
 だから人たちは笑顔で人を畏怖させることが出来るのだ。

「大丈夫です、おじさん。気持ちを落ち着かせることが出来ました」
「ほ、本当か! そんな可愛い顔を持ってるんだ、人生大切にしな」

 心底ほっとした店長は胸を撫で下ろし大きなため息を付いた。しかし次の私の言葉にど肝を抜かれた。

「私、冒険者になります」
「じょ、嬢ちゃん、き、気を確かに持つんじゃ、まだ狂うには早いぞ!」

 感謝します。セレーネ様。貴女様から頂いたこの(スキル)で貴女様にまたお会いできることを。



 と、いうことで。いやぁお騒がせしちゃってごめんねぇ。私の全てであるセレーネ様がいないっていうのは即ち私がいないも同然だから、めちゃくちゃ混乱しちゃってヤバイところまで追い込まれちゃったけど、もう大丈夫! 私はセレーネ様に会うべくして転生した身。これほどの幸運を棒に振っちゃうのはもはやバカアホドジマヌケトンマ腑抜けボンクラスカタンたわけ脳が留守アンポンタンウスラトンカチ出来損ないアンニャモンニャタコボケナス単細胞オタンコナススットコドッコイの所業だね! まさにさっきまでの私でした。本当にすいませんでした。

 さて、セレーネ様を陥れたというバカアホドジマヌケトンマ腑抜けボンクラスカタンたわけ脳が留守アンポンタンウスラトンカチ出来損ないアンニャモンニャタコボケナス単細胞オタンコナススットコドッコイを解して並べて揃えて晒して刻んで潰して引き伸ばして抉って剥がして断じて刳り貫いて壊して歪めて縊って曲げて転がして沈めて縛ってやるためには、それ相応の権利や名声を手に入れなくてはならない。

 なぜかと言うと、オラリオという都市で上下を定めるのは至極単純、冒険者としての腕だ。無ければ存在しないも同然、有れば誰もが注目する。私でも良く解る社会構図です。
 幸い私には前世の記憶もある。記憶というのは色々なものに密接に繋がっているのを実感したね。
 レイナの体にはクレアが人生全てを掛けて研鑽して磨き上げた努力の結晶が余すことなく全て刻み込まれている。ステイタスの基本アビリティが無に還ったけど、死んでももう一度セレーネ様に会える切符を貰えるのならいくらでも無にしてくれて結構です。むしろこれだけで良かったの? ありがとう! ってお礼を言っちゃうレベル。

 閑話休題として、その日はもうすっかり日も沈んじゃったから、書店のおじさんに泊めてもらって─私が寝るまで口酸っぱく狂うのは早いって言われたけど─次の日にギルドに赴いた。

 入ってまっすぐにエイナというアドバイザーと目が合ったので、ひとまず彼女が勤める窓口に付くと、エルフらしい美しい顔をぎこちなく強張らせて挨拶文句を言おうとするその前に、私は勢い良く頭を下げて謝った。

「昨日は本当にごめんなさい!!」
「え、ええ!?」

 再び驚愕に見舞われたエイナがぱくぱくと空気を食むので、掻い摘んで事情を説明して改めて衷心から謝った。さすがに『私はクレア・パールスだ』とは言えないので、幼いころからクレアに憧れていて【セレーネ・ファミリア】に強く入団を希望していたと説明した。
 エイナも一応それで納得してくれたようで、困ったように顎に手を添えて「近年まですっごい希望者がいたから気にしなくて大丈夫」と許してくれた。

 それから冒険者になるための手続きをしたいと申し出ると、もはや驚愕を忘れてしまったらしく首を傾げて「どういうこと?」って素直に聞きなおされちゃった。受付として大丈夫かなぁと思ったけど、また思い出したことにこの体はレイナ・シュワルツ。十三歳のいたいけな女の子である─なお心は九十歳の皺くちゃおばあちゃんとのこと─から、冒険者に志願するにはあまりに早すぎるのだ。だから親しみやすいように口調を砕いてるし、配慮もしっかりしてくれているんだ。
 もしかして冒険者指導施設にあった補佐科の名残があって今でもどこかに似たような指導施設があるのかもしれない。

 まあエイナから散々反対されるわけで。あまりにも立て込みそうだからと言ってロビーに設けられた小さな一室にお互い椅子に付き、テーブルを挟んで向かい合って口論を続けた。
 一時間くらい続いたから省くけど、結果エイナが折れた。ふふ、まるで『十三歳とは思えないくらい口が回るわね……』と思ってる顔をしてるけど、ところがどっこい! 実は九十歳です! こんなテンション高いおばさん嫌だなぁ。

 必要事項を要項に書き込んでいき、最後に所属ファミリア名の記入が迫られたが、私は断腸の思いで無所属と書き込んだ。
 ダンジョンに潜るのだけは絶対ダメ! どこかのファミリアに入れてもらったら私に報告すること! それからダンジョンに潜るときは私に一声掛けること! いいね! と物凄い語調を強めて注意された。私の口が回る前に先制を仕掛けたということだ。

 素直にエイナの言葉に首肯し、冒険者のライセンスを貰ってギルドを後にした。



 うーん、ダメだ。調子が出ない。
 
 はい。当然のようにエイナの言いつけを破りました。申し訳ないと思ってるけど、私はもうすでに【セレーネ・ファミリア】に所属している身だから問題ない。まあ声を掛けろと言われた上に無所属と嘘の申告をしたから言い訳にすらなってないけど。
 
 ギルドの支給品を受け取って最低限の装備を揃えた私は、早速第一階層に潜ったけれど、コレが中々難しい。
 基本アビリティの有無は全く問題ないんだけど、今の私の肉体に最適な技術じゃないからどうしても技がぎこちなくて、どうもしっくりこない。前述の通り前世の私が築いた動きは前世の私の肉体に最適の動きを刻み込んだ技術だ。食い違いが起きるのは当然のことと言えた。

 今日中に勘を取り戻して五階層あたりまで行きたいなぁと思ったけど、こりゃあダメだね。一週間とか、それくらいの時間を掛けて取り戻さないと。動きだけじゃなくて、そもそもスパンが挟まったせいで技術の風化も見受けられる。前世の私が見たら嘆きのあまりぽっくり息絶えるかもしれない。鈍りに鈍ってるから、その磨きなおしも入れて二週間くらいかな。急ぐ気持ちはあるけど、それよりもセレーネ様から教わった教訓を忘れてはならない。立ち止まることが近道になることもある。

 そんなわけで発展アビリティ【不朽】を酷使してバンバン長槍を振り回してます。前世の私が一番使っていた武器種かな。基本雑食だけど、遠心力とか防御とか色々考えた末に槍が一番適してた。本当は薙刀とかあればそっちが良いんだけど、駆け出し冒険者は黙って基礎鍛錬である。

 あ、察しつくと思うけど、私、絶賛ソロ。こんな小さな女の子を連れて行ってくれる冒険者は誰もいなかった。責任持てないし、そもそも違うファミリアだしで、見て見ぬふりだ。まぁレイナの容姿が前世の私が嫉妬するくらい良いもの─お母さん譲り─だから、色的な意味で見られたことはままあった。セレーネ様曰くそういうのを『ろりこん』と言うらしい。
 ともかく、今はダンジョンで基礎鍛錬をしながらパーティを絶賛募集中です。むしろ出会いを求めていると言っても過言じゃないね。

 で、だ。駆け出しの気分を満喫している私だったんだけど、どうやら私が見ない約六十年の間でダンジョンも変わっていたらしい。

 具体的に、第一階層にLv.3にカテゴライズされていたはずのミノタウロスが出てくる具合。

『フゥー、フゥー……ッ!』

 あ、あははは、嫌だなぁ、いくら私が可愛いからって牛頭人体のモンスターの鼻息を荒くさせちゃうなんて、私ったら罪な女の子♪ でもミノタウロスさんはダメっ。そういうのを『ろりこん』って言うんだからっ!

 ……バカなこと言ってないで逃げよう。
 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。
 
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