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ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。

作者:デュースL
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第二話

 夢を見た。たぶん。クレア・パールスの人生を終えた私は、幽体離脱と言うべき現象にあいまみえた。
 臨終を迎えた瞬間、私の意識だけがクレア・パールスの体から抜け出たのだ。音は聞こえないし、手足の感覚も無い。ただ、漠然とそこに私の意識が浮遊した。
 いつまでもクレア・パールスの手に縋りついて泣き続けるセレーネ様の姿は、見ている側としても胸を締め付けられる思いだった。
 セレーネ様に寄り添って、自分は傍にいるということを教えたかった。だけど、私の意識は無情にも、上から吸い上げられる力に成されるがままに離れていった。

 そこで一端意識がぶつりと途絶えた。そして、ふと気が付けば私の意識は何かに押し込まれた。名状に尽くしがたい瞬間だったけど、私の知っている表現ではこれが限界だ。

 ひとまず今の不思議体験の原因は生前のクレア・パールスが習得していたスキル【転生】によるものだと予想がつく。特にスキルを発動させようと気構えたわけでもなく、ただ息を引き取ったと同時に勝手に発動したのだろう。

 目覚めると、黒髪の若い女性が私をのぞき込んできた。はっとするほど美人で、思わず振り返ってしまうくらいの美しさだ。

(誰だろう)

 隣には、同じく歳若い茶髪の男性がいて、ぎこちない笑みを私に向ける。半そでの服から見える腕は筋肉隆々で腕っ節の良さそうな印象を受けるが、決して乱暴そうに見えないのは、彼が湛える瞳の光が柔和なものだからかな。

「あー、うあぁ」

 体を起こして、ここはどこであなた方は誰ですか、と尋ねようとしたけど、口から出てきたのは呻き声とも喘ぎ声とも言えないものだった。
 体も思うように動かせない。指先とか腕は動くんだけど上半身が起こせない。
 一体全体どうなってるんだろ……。そう思った矢先に男性がぎこちない笑みだけれども嬉しさ全開と解るくらい高潮して私を抱き上げた。

 うわっ、凄いあっさり持ち上げられちゃった。そんなに私って軽かったかしら? これはセレーネ様に妬まれてしまいそう。
 なんてバカなことを思ったけど、さすがのノロマの私でも現状を薄々掴めてきた。

 私、生まれ変わったんだね……。



 いやぁ、さすがに驚いたね。【転生】が発現してからあれこれと想像を張り巡らせていたけど、いざってなるとこの事実が飲み込みにくい。 
 スキルが発現したとき、セレーネ様が私の中に含蓄された経験値を数値化して神聖文字(ヒエログリフ)に置換、それから私たちにもわかる共通語に翻訳して教えてくれる。だから純粋な経験値(エクセリア)を肌で感じ取れるセレーネ様はこのスキルの詳細を読み取って教えてくれた。

『名前の通り、死んでしまって抜け出た自分の魂を、どこかで生まれる赤ちゃんに注入するみたいだね。うーん、これ以上は良く解らないなぁ。ごちゃごちゃと書いてあって上手く解読できないや』

 とのこと。まあすでに解っている通り、何故か私は前世のクレア・パールスの記憶を残して生まれ変わってしまっている。それに付随してなのか、生まれたその瞬間から物心が付いている状態だ。残っている記憶の半分以上がダンジョンで活動しているものだから、赤ちゃんの身だと何かともどかしいものがあった。

 そうそう、今の私はクレア・パールスじゃなかったね。改めて自己紹介すると、今の私の名はレイナ・シュワルツ。音楽っぽくて可愛らしい名前だ。
 幼いころに両親や兄弟、従兄弟に親戚の一切合財を失ってしまった私にとって、この家庭の温かさは心地のいいものだ。もちろんセレーネ様には一歩見劣りがあるけど。

 でもセレーネ様の説明通りならば、本当のレイナ・シュワルツちゃんが宿るはずだった体を、私の都合によって横取りしてしまったことになる。それはあまりにも無慈悲なことじゃない?
 重い罪悪感が芽生えるけど、もう戻ることは出来ないみたいだし、私が責任持ってこの体を幸せにしなければならないだろう。



 私が生まれてから一年くらい経った。
 事態のほとぼりが冷め始めたころに気づいたけれど、クレア・パールスが息を引き取った時間からレイナ・シュワルツとして目覚めた時間までに、さほど差は無いらしい。
 シュワルツ家に並ぶ家具を見ても大きく文明が進化したようには見えないし、食器や照明も目覚しい物があるかと言われれば全く否。

 そして一番大きかったのは迷宮都市オラリオが存在する世界であること。実はこれが一番危惧していたことなんだけど、【転生】されるにあたって私の魂は一体どこに飛ばされるのかが不明瞭を極めていた。
 セレーネ様にも相談をしたかったけど、そうすると私の死が近いみたいな誤解を与えちゃいそうで、一人で黙々と考えていた。さりげなく遠まわしに聞いてみると、死んでしまった人の魂は天界へ引き取られ、前世の記憶を消去して再分配するらしい。あまりにも抽象的な話だったから半ばくらいしか理解できていないけど、その再分配が行われるとき、時間軸を問わないみたい。
 時間って縦と横の軸が組み合わさって成り立っていて、縦が年代、横が平行世界なんだそうだ。だから例えば人間が初めて生まれた瞬間に飛ばされる可能性もあれば、クレア・パールスが生きていた時代では考えられないような超次元の世界に飛ばされる可能性もあった。
 つまり迷宮都市オラリオが存在しない世界に飛ばされる可能性が十二分に考えられたわけで、むしろ存在しない世界に飛ばされる確率の方が高かったはずだ。なぜなら、天界から下界を観察していたセレーネ様曰く迷宮都市オラリオが誕生した世界は、無限に広がる時間軸の中でたった一つしか存在しなかったからだそうだ。

 まあ小難しい話はこれくらいとして、結論私はかなり運が良かったということだ。

 さて、一年も経てば私も自然とハイハイを出来るわけで、実は生まれてから四ヶ月でハイハイするという怪奇現象を両親に見せてしまったこともある。
 唐突だけど動けることって素晴らしいね。こんなに解放的になれるなんて、全く思わなかったよ。人は大切なものを失ったときに知ると言うけど、まさにその通りだと思ったよ。

「目を離すとすぐどっか言っちゃうんだから」
「元気いっぱいでいいじゃないか。生まれてすぐ泣かなかったから心配したもんだ」
「今も滅多に泣かないのよねぇ……」

 心配を掛けてごめんなさい、お父さんお母さん。中身は八十歳のおばあちゃんだから許して……。
 赤ちゃんは親を呼ぶために泣く。だから私はあんまり泣く意味が無いのだ。だって自分で動けるし、何をすればいいのか解るし、というかいい歳して泣き喚くのは恥ずかしい。まあ、お漏らしはあっさりしちゃうんだけど。

 そんな心配しながらもわが子の成長を喜ぶ両親は裕福な家庭を持っている。……と思う。何せ前世の記憶では施設運営とか補助金とか遠慮なく使っていたから、若干金銭感覚が麻痺してるんだよねぇ……。
 少なくとも迷宮都市オラリオにある二等くらいの住宅に住めるのは解る。
 
 そしてレイナたる私はこの家庭の長女らしく、私以外子供はいない。そのためか少し度が過ぎてるくらい私を大切にしてくれている。たぶん、これが一般的な家庭なんだろう。むしろセレーネ様の場合尺で計れないからね……。
 ひとまず前世と同じ女の子に生まれました。男の子になっていたらどうしようかと年甲斐もなく焦ったよ。そう考えると時間軸の件も合せて物凄い低確率を引き当てたんじゃないのかな。セレーネ様のお導きに違いない。

 今日も今日とてセレーネ様へお祈りを捧げるのだった。



 五歳になった。いや自分でもバカかな? って思ったくらいだったけど、ようやく思い出した。

 私の背中にびっしりと黒い刻印が刻まれてたんだ! 鏡で何度も見たことがある、セレーネ様が施してくれた家族の象徴と全く同じ! 見間違えるわけが無い。この刻印こそ私の誇りでもあるのだから。
 
 何で今まで全く気づかなかったのかというと、それは両親が私の背を見ても何にも言わないし、反応もしなかったからだ。あまりにも自然と流されていたから私も流されてた。私の誇りを簡単に流していた自分をぶん殴りたい。
 まあ違和感を感じてお父さんにもお母さんにも背中に何か書いてない? って聞いても何も書いてないよって答えられたから、私にしか見えないのか、はたまた何かしらのファミリアに所属していないと見えない仕組みなのかは解らないけど、とにかく両親は神聖文字を捉えることは出来なかったみたいだから、そこに気づけと言うのもおかしなことだ。 

 しかし、ここで一つ問題が。それは前世で培ったステイタスの数々が失われているらしい、ということだ。
 冷静になって考えればすぐ気づきそうなものだけど、前世の私が培ったステイタスは、自分で言うのもアレだけど結構アレだった。具体的に鉄の塊を軽く握りつぶせるくらいの力、私が最後に切り開いた五十階層に(たむろ)していた階層主こと迷宮の弧王(モンスターレックス)の一撃を受け止められる耐久、緻密な力の流れを正確無比に受け流せる器用、やろうと思えば一階層から五十階層まで突っ走って九時間以内に往復できるほどの敏捷、一つの階層を丸ごと吹っ飛ばせる魔法が使えるほどの魔力。
 それらの無茶苦茶を可能にしていた基礎アビリティが、恐らく全て初期値に戻っている。どんなに力を込めてもフォークすら曲げられない。
 自分の人生全てを賭けて築き上げた数値が一気に0に戻ったことに喪失感こそあれ、絶望やら名残などは皆無だった。
 あれらを授けてくださったのはセレーネ様だ。クレア・パールスの魂と同一と言えど、体はレイナ・シュワルツ。猛々しいにもほどがある。

 だが、何故か知らないけど、発展アビリティとスキルは健在のようなのだ。確かに発展アビリティは基本アビリティとは別個の枠だけど、発生する条件はレベルが一つ上がるごとに1つ習得できるチャンスがあるかもしれない、というものだ。前述の通り基本アビリティは完璧に0の状態になっているはずだから、当然私のレベルも1に戻されているはず。なのに発展アビリティが健在なのだ。前世の私が十二個も発展アビリティを所有していたのも全くの謎だったから、もしかしたらそれ関連なのかもしれない。関連性が全く解らないけど。

 で、何で発展アビリティとスキルが健在であることが判明したかというと、実はまた新しくスキルが発現していたからだ。

 その名も【愛情の証】
 内容は神様たちが扱う神聖文字を完全解析、及び神血(イコル)を媒介とせずに経験値(エクセリア)を解析して能力向上をさせる。
 つまり神様たちの代行である。この力によって神様たちは下界の者たちに持ち上げられているのだから、これを知ったときは身の毛もよだつ想いだった。
 でも安心、このスキル、対象は自分だけ。だから他人のステイタスを更新できるみたいなことは無い。とは言え十分ヤバイスキルに変わりないから、ゆくゆくは秘匿する方向だ。
 それに乱用したくない。セレーネ様が与えてくださった物を自分が弄くるなんて恐れ多いにもほどがある。自重する。

 こんな口ぶりだから解るとおり、当然私は迷宮都市オラリオに行く。そこでもう一度セレーネ様と出会って事の経緯を話したい。拒絶されるかもしれない、けれど、私の全てと言えるセレーネ様と会わないのは私が許さない。

 そんな断固たる決意を胸に、密かに運動し始めるのだった。



 十三歳になった。私がこの歳になるまで迷宮都市オラリオに行くことをずっと胸の奥に仕舞い込んでいた理由は、この歳こそ私の人生の始まりだからだ。
 レイナの十三歳の誕生日、私は自分の思いを打ち明けた。

「お父さん、お母さん。是非お願いしたいことがあります」
「おお、どうした、そんなに改まって。欲しいものがあるなら何でも買ってやるぞ」
「あなた、そんなに見栄を張らなくてもいいのよ」
「おいおい心外だなぁ」
「真剣な話なんです」

 いつも中睦まじい両親が話から脱線し始める前に、私は心の底から真剣に言葉をつむいだ。仲良く笑いあっていた二人は私の意を汲んだのか、すっと真摯な眼差しで私を見つめた。

「言ってごらんなさい」
「私が、迷宮都市オラリオに行くことを、許してください」

 両親は一切揺らぐことなく私の目を見続けた。少しの沈黙を挟んで、お父さんが重々しく口を開いた。

「理由は何だい」
「ある人と会いたいからです」
「会ったら、すぐに戻ってくるのかい」
「……解りません。そのまま冒険者になるかもしれません」

 そこで初めて母が口に手を当てた。オラリオの名が出たときから薄々予想はしていたのだろう。冒険者とは一般的に見れば、未知のモンスターに無謀にも向かっていく、いわば死亡率トップランクの危険極まりない職業なのだ。余程の物好きか酔狂な人しか冒険者に望むことはない。
 打って変わって、お父さんは尚も表情を崩さず、ただ私を見定める。腕を組み視線を交し合うお父さん、なるほど一家を支える大黒柱の威厳がそこにはあった。
 長い沈黙だった。壁にかけられている時計の秒針が、その長さを物語っている。無機質な音がリビングに響く中、ようやくお父さんは口を開いた。

「何となくだったが、レイナ、君がそのことを相談してくる事は解っていたよ」
「えっ?」
「君はしょっちゅうオラリオについての資料を読んだり、自分の背中を鏡越しに覗き込んだりしていたからね。鈍い僕でも察しはついたさ」

 そ、そんなにオラリオのことを調べてたかなぁ……。それに背中も……。いつも明るく陽気なお父さんだけど、見るところはしっかり見ていたんだ。
 厳しい顔を浮かべる両親を前に、私はうつむくことしか出来なかった。いきなり年端もいかない女の子が世界で最も熱い都市と言われるオラリオに行きたいと言い出したのだ。それは良い顔しないに決まっている。
 
 ダメか……。諦念がよぎったとき、それはお父さんによって切り捨てられた。

「行って来なさい」
「……え」
「僕と母さんはそのことについて何回も話し合った。こんなにちっちゃなときから運動も出来て聡明なレイナの事だ。きっと僕たちには想像も付かないような大きな夢を持ったんだろう。確かに、僕も母さんも出来れば反対だ。でも、子供の夢を育て導くのも親の役目だからね」
「そ、それじゃあ……」

 私が言葉を紡ぐ前にお父さんは「ただし」と語調を強めて言った。

「定期的に必ず連絡をよこしなさい。何をしているのか、どういう状況なのか、きちんと報告しなさい。もしすぐ帰ってこれないようならば、機を見つけてからでいい、一度家に帰ってきなさい。いいね?」
「お、お父さん……」
「それからきちんと自分の身は自分で守ること。僕とお母さんはレイナに付いて行けない。これからは君自身を君が責任を持って守るんだ。そして絶対に無事でいること。一生痕が付くような怪我でもしてみなさい、それ以降は二度と許さないからね」
「お父さん……!!」
「僕たちは心配で堪らないんだ。僕たちの大切な娘よ、気をつけて行くんだぞ」

 私は堪らずお父さんとお母さんに抱きついた。本当に心配で、本当なら行かせたくないのに、私の意志を尊重して許してくれた。今にも鼓動が早くなっているお父さんに、涙を落として私を抱きしめてくれるお母さん。

 私はこのことを、絶対に忘れない。



 たった一人の幼い愛娘が旅立った。最低限に荷物を持って離れていくその背中を見届けて、僕はなんとも言えない寂寥に苛まれた。隣で泣きじゃくる妻も然りだ。
 一般的な目で言えば僕ら夫婦はかなり早い歳で結婚をして、そして子供を授かった。名前はレイナ。子供を授かる前からずっと考えていたとっておきの名前だ。可愛らしく、凛々しく、賢く。そんな意味が詰め込まれた我侭な名前だ。
 
 レイナは生まれたときから変わった子だった。生まれて間もなくハイハイするようになったし、まだ立てないのに椅子によじ登るし、文字も教えてないのに本を開いて笑っていたり、あと夜中は全然泣かなかったし。とにかく凄く成長の早い子だった。
 それに僕の言う事も良く聞いてくれる。というか、僕が注意できたことってあんまりなかったような……。
 ともかく、とても優れた我が家の自慢の娘だ。

 そんな娘にも、少し気がかりがあった。それはレイナが頻繁に迷宮都市オラリオのことについて調べたり、時には僕に聞いたりすることだ。どこでそれを知ったのか解らないけど、どうやらオラリオに魅せられたらしい。
 それに良く鏡を使って自分の背中を覗いてたりしてた。妻のように白く綺麗で細い背には何も無いのに、レイナは鏡を見て嬉しそうに、そして懐かしそうに微笑んでいた。わが娘ながら大人びえた表情だったのを覚えてる。
 
 欠点らしい欠点を持っていないレイナだったから、そのことが妙に気になって妻に相談してみたところ、本当はオラリオに行ってみたいんじゃないかという話になった。
 まあ確かにオラリオは魅力溢れる都市だ。世界の中心と言っても過言じゃない。何せ、その都市には本物の神様たちがいらっしゃるのだから。そしてその都市の地下に延々と伸びるダンジョンには未知という名の宝が満ち満ちている。僕も少年のときは冒険者になることを夢見たものだ。

 でも、世界の中心と言えるからこそ、それだけ魑魅魍魎の黒々とした不気味さが内側に潜んでいる。僕は直接確かめたことが無いから強く言えないけど、何でもダンジョンに飛び込む冒険者という人たちは神様から力を与えてもらい、ダンジョンの奥へ足を運ぶらしい。そして得た魔石を換金して生活費を賄うようだ。
 もうちょい色々と補足されるべき要素があると思うけど、一番目玉なのが、冒険者の死亡率だ。僕たち領主を初めとした世界の至るところにある職業を選ぶにあたって判断基準があるのは当然だ。一つは給料、一つは生きがい、そして身の安全。これらの内の最後を最優先事項にするのが普通だ。
 しかしその冒険者たちは構わないのだ。もちろん冒険者の中にも身の安全を第一にして臨む者もいるだろうけど、ダンジョンには奇怪なモンスターたちが蔓延っている。それも人なんて丸飲み出来てしまうほど大きいのもいるらしい。そんなのに挑むせいで、冒険者は殉職者が後を絶たない。最も死亡率が高い職業で堂々の一位を飾るほどなのだ。

 そんな場所に、まだ純粋無垢な娘を行かせるのは僕も妻も反対だった。まだ娘が冒険者になりたいと言ったわけじゃないけど、オラリオと言えばダンジョン、ダンジョンと言えば冒険者だ。少なくとも憧れの念は寄せていることだろう。

 今まで我侭の一つも言わずにお利口だったレイナが抱いた、たった一つの憧憬。歳を重ねた僕たちには無い、幼く豊かな感性は何を感じ取ったのだろう。そこからどんな世界を思い描いて、そこにいるレイナはどんな人なんだろう。
 愛娘が唯一夢見たこと。それは命を擲つに等しいものだった。親としては許すべきではない。だけど娘が密かに描いた夢を潰したくない。そのジレンマに僕と妻は何年も頭を悩ませて、何回も話をし合った。

 その結果、娘が切り出してきた時に許してやろうとなったのだ。

 もちろん生半可な気持ちで臨むようならば容赦なく止めるつもりだった。そんなことで若い命を散らせて欲しくないし、何より僕らの娘だ。僕たちが生きている間だけでも元気でいて欲しい。

 でも、レイナの目は本気だった。その夢を追いかける覚悟が備わっていた。僕にとって、それで十分だった。

「心配かい?」

 僕の肩に額を押し付け涙を濡らす妻に声を掛ける。是非も無く激しく頷く。僕の服を握る手に力がこもり、皺が寄る。レイナが家を出るまで、一体どれほどの言葉を彼女は我慢したのだろう。その想像は、彼女の手に詰まっている。

「なら、信じて待ってやろうじゃないか」

 力強く言った。他ならぬ、僕に向けて。

「レイナが帰ってきたとき迎え入れられるように、僕たちはどっしり構えて待ってやろうじゃないか。レイナの活躍に耳を立てて待ってやろうじゃないか。なに、レイナのことだ、周りの大人にあっと言わせて活躍するさ。だって、僕らの自慢の娘だからね」

 可愛い子には旅をさせよ。レイナの小さな背が見えなくなっても、僕たちはずっと見送っていた。
 
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