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とある緋弾のソードアート・ライブ

作者:常盤赤色
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第一〇話「PIS」

1,







 フィジカル・インフォメーション・システムについてキリトが興味を持ち始めたのは、「ザ・シード」をエギルの手を借り回線の太い世界中のサーバーからダウンロードできるようにした、ちょうどその頃だった。

 物質のデータを現実世界に投影し、現実にあるものとして実体化することのできるこのシステムは、理論上の実現可能性が学会へ発表されているものの、実用化に至ることはないと言われてきた技術である。

 その大きな原因は、実体化のもととなるエネルギー資源が、現在の自然環境下では圧倒的に不足していることが指摘されている。

 もし、質量を持った物質を無から生み出すには、1グラムにつき町一つを一瞬で滅ぼすことのできる核爆弾に相当するエネルギーが必要不可欠なのだ。現代の科学ではそれほどまでの膨大なエネルギーを、完全にクリーンな方法で扱うことは不可能である。

 そのため理論は10年以上前にも出来たにも限らず、長いこと宙ぶらりんになっている技術なのだ。

 ──のはずだった。

「…………マジか」

 自分の手のひらを動かしながらキリトは小さく呟く。初めは実感がなく小さかった動揺が徐々に大きくなる。

「マジか」

 いつもの感覚で、メニュー画面を開いてみる。実際に視界に現れたそれを選択し手に現れた重みに対して、キリトの目が輝いているのに、アスナは気付いた。

「──マジなのかぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 少年の雄叫びは、夜の学園都市に響き渡る。

 現在キリトは黒いコートを着、手には1振りの黒剣が握られていた。

 その姿はまるで──SAO攻略法にて猛威を振るい、事件収束の立役者となった伝説のソロプレイヤー「黒の剣士」そのものだった。

「す、すげぇ……本当に現実に、SAOのキリトが出てきやがった…」

 絶句しているのはクラインだけではない。VRMMOは確かに現実に近い感覚を得ることができるシステムだ。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。あらゆる感覚を脳に直接送ることでVRMMOは現実とほぼ同じような擬似の世界と化したのだ。

 しかし、これはVRMMOとは次元が違う。

「自分の体を核として情報体の装備やステータスを上乗せするって感じだけど……ま、そう深く考えないで」

 そう言うのは自称このシステムの開発者というキーナである。先ほどはキャンピングカーに置かれたパソコンに向き合い、何かのデータを打ち込んでいた彼女だが、いきなり「もう、キリトくんのアバターデータをPISの範囲内に取り込んだから、これ付けていつもの感じでメニュー画面つければ大丈夫だよー」とゴーグルのような物を渡されたときは、まだ半信半疑だった。

「痛みはダメージ換算されるからある程度軽減されるよ。HPバーは出てるでしょ?」
「あ、はい」
「なら大丈夫だ。いやーキリトくんのSAO時代のデータを復元するのにはかなり時間がかかったよ」

 何でもないようにとんでもないことをさらりと言う白衣の女性にキリトは驚きを隠せないでいた。

 と言っても、学園都市やフラクシナスの不思議技術を毎日のように体験している上条や士道、そもそも、これがどれだけすごいことなのか理解できてない十香たちの反応はキリトたちよりは薄かったが。

「……エネルギーはどうやって?」

 PISを知る者なら誰もが「エネルギーの問題点」については知っている。ましてや、人の体を安定的に投影できるほどのエネルギーとなると、それはおそらく昨今のエネルギー問題を軽く解決できる代物となろう。少なくともキリトは、そんなエネルギーが発見されたなど聞いたことはない。

「キリトくんの世界じゃ、まだ無理だろうね…学園都市だから出来る芸当なんだよ」

 回転チェアで体をキリトたちからテーブルに向け、パソコンを操作するキーナ。

「学園都市のAIM拡散力場については、簡単に説明したよね」
「能力者が無自覚に発してしまう微力な力のフィールド──でしたっけ」

 その辺りに疑問を持っていたのはアスナやクラインたちも同じようで、気になってキリトとキーナの会話に参加してきたようだ。当の白衣の科学者はアスナに「正解!」と言いながら再びキリトたちに向き合い、説明を始める。

「例えば体温は炎系の能力者が、生体電気は電気系の能力者が、力なんかは身体強化系の能力者が…ってな感じでね。AIM拡散力場で1人、人間を作ることもできるわけよ」

 これは事実だ。現に上条とインデックスは「彼女」と出会い、お互い友人として上条たちは「彼女」の、「彼女」は上条たちのピンチを救いあっている仲である。

 「風斬氷華」という少女を脳裏に浮かべながら、上条とインデックスも特に聞く必要のない説明に聞き耳を立てていた。

「元から人間が核となってるし、後はパラメーターや装備なんかを身体に覆う殻のような形にして、武器を投影すればいいだけ。そうなればAIM拡散力場とそれなりのエネルギー結晶体を使えば、いくらでも作れるわけよん。人1人を作れるような力を持つ力場だし、質量を持った武器を作るなんてそう難しくないよ。難点といえば学園都市でしか安定して使えないことだけど、それを考慮しても使い勝手の良すぎるシステムだしね。なおかつAIM拡散力場の一部を借りてるだけだし、大元は微弱なエネルギー結晶体に依存しているからなんの影響もないって寸法」
「…………シドー、どういうことだ?」
「すまん十香。俺も何を言っているのかまったく分からん」

 キリトも何を言っているか分からなかったし、おそらくこの中にキーナの説明を理解できたものはいなかっただろう。

「ま、違う世界には不可能を可能とするような便利なエネルギー結晶体と力場があるとか、そう考えてくれればいいよ」

 ケラケラと笑いながら簡潔に纏める。理解はできないが、そう言われれば納得せざるを得ない。なにせ、自分たちはまだそれぞれの世界を完全に知ったわけではないのだ。

 「ともかく」と目を向けられたキリトは、指を指された自分の体を見ながら、キーナの言葉に耳を傾けた。

「キリトくんたちは現実ではただの非力な一般人だけど──ゲーム内では敵なしの「黒の剣士」や「バーサーカーヒーラー」なんだから。これさえあれば」
「……確かに、戦うことくらいはできそうだな。…ってか、俺やアスナの異名もあの本に載ってたのか?」

 キリトの質問だったが、「私もやりたーい!」「私もやりたいです!」「俺も俺も!」と名乗り出る自身の仲間の声によって掻き消されていた。自分でも分かるくらいテンションが高くなっているので、彼らのこの反応は仕方のないのだろう。

「痛みが軽減ですか……上条さんもやってみたいですな」

 そしてキリトの仲間以外に名乗りを上げたのは、「痛みの軽減」に釣られた上条であった。

 この前の事件で規格外の化け物から15発拳を貰った上条。ここのところ怪我しては病院送りになるばかりなので、痛みの軽減は夢のようなアイテムに違いない。

「いーや、流石に幻想殺しの再現は無理だよー。ってことで上条くんは無理なんだー。ごめんね」
「あ、そうなんでせうか…」

 が、どうやらその夢は叶わなかったらしい。上条にとって「幻想殺し」は大事な力の一つだし、これがあるから出来ることも多い。流石に引き換えに失うのは避けたほうがいいのは間違いない。

 よくよく考えてみれば、これを手にしたらいつもの倍の痛みが来るとか、自分の場合、結局は軽減されてもいつもと同じことになるに違いない。このようなことが平気で起こるのが、上条当麻の「不幸」なのだ。

 仕方なく諦めることにした上条。そんなことを思う時点で、人生には諦めていないが自分の幸福については既に諦めている節があるのだが、それを指摘する者は誰もいない。この場にいるほとんどが、上条の「不幸」に関してよく理解していない人物なのだ。

「んじゃ。とりあえずアスナちゃんたち全員分、やってみますかね」

 紅に人数分用のゴーグルに似た装置をもう一台のワゴン車から取り出してくるようにと言いながらキーナは、再びパソコン内に何かを打ち込み始めるのであった。







2,







 キリトに続いて現れた血盟騎士団副団長「閃光」のアスナやギルド風林火山のギルドリーダークラインの興奮がようやく冷めたころ、浜面は話題を切り出した。

「──で、世界的にも有名なDEM社はこの子たち精霊という存在を狙っている組織って裏の一面もあるってことは分かったけど……そもそも精霊ってなんなんだ?」

 至極まっとうな質問を向けられたのは、十香たち精霊だった。先ほどから多用されている単語だが、そもそもそれが何なのかをこの場にいる半数は理解していなかったのである。

 本来ならば、士道にもしたようにそれらの説明は、精霊との対話による空間震災害の解決を目的として結成されたラタトスク機関を代表して、琴里または令音がするべきことなのである。ところが、琴里はまだ精霊についての詳しい説明をするか、判断を下せていなかったのである。

「…………」

 その理由は士道にも分かった。

 彼女たち精霊の大部分は、士道に会うまで周りに「否定」され続けてきた少女たちだ。特に十香や四糸乃、七罪はそれによって得た傷跡は深い。今は面影もないが、十香などは士道と会うまでASTの攻撃に晒され続けていたので自分による人間を全て敵と認識していたくらいだ。

 士道はそんな彼女たちを肯定した。しかし、人が全員、士道のように彼女たちの存在を肯定するような人物ばかりではないのだ。

 もし話したら──十香たちに漂う不穏な空気からは、また否定されるのではないかという、不安が色濃く感じられたのである。

「安心しろ」
「へ?」

 いきなりのオティヌスの言葉に狼狽えたのは十香であった。オティヌスは柔らかい笑みを浮かべながら、それを口にする。

「別にお前らがなんだろうと、少なくとも私とこいつらはお前らのことを否定なんてしない」

 15センチほどしかない少女の言葉には、全てが詰まっていた。何せここにいる1人の少年は本気で彼を壊そうとした自分を「ただの女の子」といって救おうとしたほどのお人好しの馬鹿なのである。

 だから、かつて自分と同じように1人を除いて世界の敵意に否定されただろう少女を見ながら、その1人と敵意をほんの少し上回る世界の善意に救われた元魔神の少女は笑った。

「だから、大丈夫さ」

 オティヌスの言葉を聞き、周りの皆の顔を見て、十香たちの不安という雰囲気が払拭されたのを確認した琴里は口を開いた。

「──説明するわ」
「……いいのか?琴里」

 令音の問いかけには、ラタトスク機関の最高幹部連たる円卓の許可なしに部外者に精霊についての情報を提示することも含まれていた。

「このような緊急事において全指揮権はフラクシナスの司令である私にあるわ。私の判断なら文句は無いでしょう」
「……そうだな」

 フラクシナスの一癖どころか癖しかないメンバーを纏めるその実力は令音がよく知っている。何より、令音もこの者たちなら話しても大丈夫だろうと判断していた。

 令音の納得したうなづきを見た琴里は、その口から精霊についてのことを語り出したのだった。





「──つまり精霊っていうのは絶大な戦闘力を持っていて、こっちの世界に来る時に空間震を起こすってこと?」
「そういうことよ」
「ふーん」
「へー」
「そうなのか」
「………………………………って、それだけ?」

 インデックスの確認にうなづいた琴里だったが、その後のメンバーのあっさりしすぎた反応に少し驚きを感じ得てしまった。説明が終わった後に帰ってきた返事が返事だけに、士道や十香たちも目を白黒している。

「え……いや。なんか深刻そうな顔してたし、もっとめちゃくちゃな話が来ると思っていたから……」
「ま、多少驚いたけど」

 次に帰ってきた返事に、琴里たちは本当に驚いた。「多少」?この話に得る驚きが多少なのか?

「べーつにそんな否定なんかするわけないにゃー。ってか、多分俺の知り合いなら否定する方が少なくないと思うぜい」
「青髪の奴なんか絶対歓喜するだろうしな」

 「ほらな?見たことか」と言わんばかりのオティヌスの顔を見ながら、今度はキリトたちの方に目を向ける琴里。

「うーん……なんかいきなり現実に「魔法」があるだの、「精霊」がいるだの言われて……頭が混乱しているのかなぁ」

 力無い笑みを浮かべながら、それでもキリトは、はっきりと言い放った。

「けど……別にそんなのでお前らを否定とかしないよ。なぁ?」
「うん。そうよね」
「まぁねー」
「お兄ちゃんが言う通り、実感湧かないしね……」
「空間震も、起こしたくて起こしてないんだったら、十香さんたちに非はないですよ」
「ま!美少女だしな!」

 最後のクラインの言葉に隣にいたリズベットからのチョップが入ったのは言うまでもない。

「ま、俺っちも青髪ほどじゃにゃいが、包容力はある方だぜい。義妹ならなお可だぜい!」

 この時の彼の唯一の失敗は、「義妹ならなお可」という言葉に僅かながらに反応した士道、琴里、キリト、リーファのことを見逃したことだろう。

「──ともかく……本当に」
「うん」

 琴里の確認を遮るかのように答えを出したのはインデックスだった。

「それに、別にそんなことで私はとおかたちのことを嫌いになったりしないよ」

 最後の言葉が、トドメだった。

「──本当か?」
「本当だよ」

 初めは純白のシスター服を着たインデックスから。

「本当ですか?」
「本当」

 次は僅かに微笑みを浮かべながら滝壺が。

「本当に?」
『本当です!』

 最後は机に置かれたキリトの携帯の中から。

 彼女たちを見ながら、士道は以前どこかで読んだ小説の一文を思い出した。正確には後書きで、作者が述べた一文だったが、それを書いた作者の名前も、本の題材も内容も覚えていないにも関わらず、それだけは士道は鮮明に思い出せた。

 ──世界は険しくて、敵意や憎悪なんてたくさんあって、でも全部合わせるとちょっぴり善性の方が多いよね、という希望の残る物語。

 やはり──世界は、人は精霊を否定する者よりも、受け入れる者の方が多い……のかもしれない。

 ここにいる彼ら以外にも、きっと。

「そうか…………ありがとう」

 先ほどまでの顔が嘘のような眩しい笑顔を浮かべ、十香はそう言った。





「しかし……「精霊の力を封じ込め尚且つそれを使える力」って、あんた凄いな」
「え、あ、俺?」

 唐突な話題の振りに驚きながらも返事だけはする。

「いや……まぁ」
「上条さんもそういう能力が良かったですなぁ。この右手のせいで不幸だから……」
「何言ってんだぜい。カミやんには「一流フラグ建築士」という最上すぎる能力があるじゃないかにゃー」
「え、何その流れ」

 実際には土御門の前にいる士道も「一流フラグ建築士」と呼ばれるような存在なのだが、1万人近くの少女や魔神なんかとフラグを建てる上条とは格が違うと、土御門はそう理解していた。

「そういやさ」

 と、ここでクラインが1つの口を疑問にした。本人とってはほんの興味本意で発言したことだ。

 タイミング的には「最悪」、とも言えるような質問を。

「精霊の力を封じ込めるっていうけど……どうやって封じ込めてんだ?」

「「「「……」」」」

 場が、沈黙に支配される。

 士道側の人物の大半(美九や七罪など一部除く)が素の表情で黙り込んだ。

「……あれ?俺、なんかマズイこと聞いちゃった?」
「い、いや。大したことじゃないです。大したことじゃ……」

 なぜか急によそよそしくなったメンバーを見て、首を傾げる。

 その答えは場の雰囲気をぶち壊すという代償を伴って帰ってきた。

「接吻よ」
「「「「え?」」」」

 七罪の一言にその場のほとんどのメンバーが固まった。接吻。難しい言い回しだがそれはつまり──。

「……キス、ってこと?」
「そうよ。しかも口付けで」
「おい七罪!?」
「「「「……」」」」

 場の沈黙と視線が一点に集まる。

 自身にまとわりつくような視線を感じた士道は慌てて弁明をした。

「いや、これはだな!」
「……初対面の相手に言うのもあれだが。そりゃーちょっとあれじゃないかにゃー」
「キスって。しかも口付けってさ。こんな可愛い子としかも複数と。罪悪感とかないわけか?」
「ッ……しょうがないだろ!これしか方法がないんだから!」

 ちなみに上条と浜面がこの話題に飛びつかなかったのは、下手に手を出せば床に転がることになるのは自分たちだと分かっていたからだ。触らぬ神に祟りなし。考え無しで行動できるほど、自分たちはまぬけではない。

 「キスとかいいな」「しかも複数の子とか羨ましすぎる」とか言った時には、自分たちは死体となって、翌朝のニュースを賑わすこととなるだろう。

「……はまづら?どうしたの?」
「なんでもないぜ。滝壺」

「とうま?何考えてるの」
「なんでもないよ。インデックス」

 そんなギリギリの綱渡りと錯覚しそうな感覚を持ちながら、上条当麻と浜面仕上は微笑んで見せた。







3,







 話は少し前に遡る。

 キリトたちがPISに興奮していた頃、別の場所で、別の少年たちに動きがあった。

 学園都市最高峰の7人の能力者たち。レベル5。

 その中でも、理解不能な能力を先天的に持ち合わせた「原石」と呼ばれる存在の中で、レベル5認定された唯一の超能力者がいる。第七位とレベル5の中での序列は一番下であるが、これは能力の応用性を指すものであり、実力は序列には関係しない。

 通称「ナンバーセブン」。削板軍覇。

 白ラン、鉢巻、旭日旗のTシャツという一昔前の番長のような格好をしたこの少年は、何かと事件に首を突っ込む性格と性質を持っているのだが──その日はとくに何もなく(本人にとってはつまらないと取れるのだが)小腹が空いたので偶然通りすがったパン屋でパンを買うことにしていた。

「いらっしゃいませー」

 カウンターにいる青髪糸目の少年を一目しながらカレーパンやメロンパンなどめぼしいパンを幾つかトレイに乗せる。

「480円になりまーす」

 なんとなく適当な感じがする接客だったが、削板はそんなことも気にせず、500円玉をポケットから出し、お釣りを受け取った。

「ありがとうございやしたー」

 店を出て、削板はパンを袋から出して食べながら夜の学園都市を歩いていた。

「……なんか根性のあるようなことはねーのかな」

 無意識に口から出た言葉。ようするに「暇」ということだ。

 あの、手から龍を出した少年や、自分を完膚なきまで叩きのめした男のことが思い出された。彼らはかなりの根性を持った者たちだ。いずれ合えば、手合わせを願いたいと削板は考えている。

 そんなことを考えながら食べ歩きしていた削板だったが、ふと、携帯電話が鳴っていることに気づいた。

「お?」

 学園都市では中々聴くことのない演歌のメロディーが流れる携帯電話に浮かぶ相手の番号は知らない物だった。メールである。

「…………」

 このような時のメールは大体が統括理事会の頭でっかちのインテリによる根性のない文だと、削板でも察しが付いていた。前に「上条当麻」とかいう少年の殺害依頼についても、あまり削板は好印象を持つことはできなかった。そういえばこの名前、あの、手から龍を出す少年の名前も「カミジョー」だったが、同一人物だったのだろうか。根性があった奴だったから、もしかしたらそうかもしれない。

 脳裏にそんなことを浮かべながら、メールを開いた削板が、携帯電話にメールを表示させ──

「?」

 そのメールは、件名に「全レベル5に対する警告と忠告」と書かれた、削板を含むレベル5全員にそれぞれ別の時間帯に送られたメールであった。







4,







「……で、あんたは俺達に何をさせたいんだ?」

 ヨーロッパ武偵連盟の重役と名乗る男──もっと言えば自分達に依頼してきた有りもしない製薬会社の専務からアリアに連絡が来たのはキンジたちが出掛ける前だったらしい。

 「大事な話だからまずは仲間をどこか別の場所にやってほしい」という自分達を騙した男の指示に、初めアリアは従う気はさらさら無かったようだ。半信半疑の半疑すら無かった。しかし、その男から出てきたある人物の名前を聞き、従うざるを得なくなったらしい。

 神崎かなえ。アリアの母であり、現在世界的犯罪組織イ・ウーの冤罪を被せられ服役中の女性である。高裁判決・懲役536年。彼女事実上の終身刑を言い渡されているのだ。

「この依頼に成功すれば、彼女の大幅な厳刑に成功するかもしれない」

 母親を救うために死に物狂いとなっているアリアには、それも見逃すことができない糸の1つだった。実際に相手がヨーロッパ武偵連盟の重役と裏付けも取れた安心感も作用して、アリアはその男を半信半疑程度には信じてみようと考え、何か起こればすぐに行動が起こせるように待機して会話に応じたらしい。だからキンジたちが襲われた際もすぐに行動することができたのだ。

『資料はFAXで送った。君たちにしてほしいの「学園都市の闇の解明」だよ』

 資料の一部見ながら、キンジはある一枚の写真を見る。

 そこに写っていたのは白髪で細身の少年の目の前に、人間の形を成していない、血だらけの少女の死体が転がっている姿だった。高校生とはいえ、武偵という死と隣り合わせることの多い彼らでも、さすがにその写真を見たときには吐き気を催した。

『そこに書いてある『置き去り』を使った人体実験、『絶対能力進化(レベル6シスト)』計画、交渉人(ネゴシエーター)を使ったDNAマップの詐取、エクステリア計画──それらを辿れば、全てが学園都市の上層部に辿り着く』
「じゃあ何?あんたはここに乗った「一方通行(アクセラレータ)」とか言う奴らを捕まえて、クローン一万人近くを殺した罪なんかをきっちり裁きたいとでも言うの?」

 『そうじゃない』という男の否定がアリアの携帯電話から向こう側から返される。

『我々の目的は彼らを「救う」ことだよ』
「救う……?」

 不知火の疑問形の返しを聞き取ったのか、男はご機嫌に話し続けた。

『そう。彼らも学園都市の科学者──「大人」たちに利用されているだけなんだ。彼らも気づかずにモルモットとして。そこに彼らは気づいていないんだよ』

 そこでようやく、キンジはこの男がやろうとしていることを完全に理解した。

『我々の目的は彼らを救い、学園都市の闇を世間に公表することだよ。そのために、君たちに彼らを保護して欲しいのだ。これは最早学園都市だけで片付けられる問題ではないのだ』
「…………」

 資料の中には明確な証拠とともに、学園都市が推奨しているという生物兵器や人体実験についても詳しく記述されていた。偽の依頼とも精通する箇所である。

 確かに、この話が本当ならば、大変なことになるだろう。

『もちろん危険な依頼だということは分かっている。東京武偵校とはすでに話は付けてある。報酬も、我々が用意できる範囲ならなんでも提供しよう。もちろん、神崎かなえの厳刑も可能だ』

 『どうかよろしく願いたい……』と締め括り、携帯からの声が沈黙する。

 しばらく思案した後、キンジは同じように思案してる顔になっているアリアの顔を見た。

「アリア……俺はこの依頼、受けてもいいと思う」
「僕も……遠山君と同じだ」

 キンジが投げかけた率直な意見は、どうやら不知火も同じものだったらしい。

「……俺もだ。最初は騙してたことに苛立ちが無かったって言ったら嘘になるが、どうやら事情があったみたいだしな」

 武藤も続く。それに続いて、白雪や中空知も賛同し始める。

 軽く目を瞑り、黙考するアリア。

「──わかった。その依頼、受けるわ」

 反論する者はいなかった。

『!!……そうか。ありがたい』
「あのさー」

 携帯からの声に続いて発言をしたのは、今まで場を見守るだけだった理子であった。

『?』
「レベル5は7人って聞いたけど…1人多いよね?」
『ああ。成る程』

 確かに、ページの一番後ろにある保護対象者のリスト。そこにある名は全部で8つだが、土御門に聞いた話ではレベル5は7人のはずである。

 記されている情報は8人分。

 第一位。本名不明。能力名『一方通行(アクセラレータ)』。運動量、熱量、電気量、光といった、あらゆるベクトルを観測し、操る能力者。ありとあらゆる攻撃を自動的に跳ね返すことが可能。また、それらは超能力(ステルス)や魔術にも干渉可能。

 第二位。垣根(かきね)帝督(ていとく)。能力名『未元物質(ダークマター)』。『この世に存在しない素粒子』を生み出し、操作する能力者。確率など、物質法則全体を乗り換えることができる。現在は体を『未元物質』で代用し、カブトムシのストラップの姿に普段は擬態している。

 第三位。御坂(みさか)美琴(みこと)。能力名『電撃使い(エレクトロマスター)』。電気系統最強の能力者で十億ボルトもの出力を誇る電流や電磁波を観測し、操る。コインをローレンツ力で加速させ、音速の3倍以上のスピードで打ち出すその様から、通称『超電磁砲(レールガン)』と呼ばれる。

 第四位。麦野(むぎの)沈利(しずり)。能力名『原子崩し(メルトダウナー)』。本来、『粒子』または『波形』どちらかの状況に応じて示す電子を、その2つの中間である『曖昧なまま』の状態に固定し、強制的に操る能力者。操る電子を白く輝く光線として放出し、絶大なる破壊を撒き散らす、正式な分類で『粒機波形高速砲』と呼ばれるものを使用可能。

 第五位。食蜂(しょくほう)操祈(みさき)。能力名『心理掌握(メンタルアウト)』。学園都市最強の精神系能力者。記憶の読心、人格の洗脳、念話、想いの消去、記憶改竄、意思の増幅、思考の再現、感情の移植など精神に関することならなんでもできる、十得ナイフのような能力。ただし、動物は対象外。

 第六位。藍花(あいはな)(えつ)。能力名不明。年齢性別外見能力全てが不明。しかし、『第六位』を名乗る少年が居る模様。この少年から第六位にたどり着くことも可能と判断されたため、この少年を保護対象とし、情報を提供する。

 第七位。削板(そぎいた)軍覇(ぐんは)。能力名不明。通称『ナンバーセブン』。『原石』と呼ばれる自然に目覚めた能力者の1人。その能力の原理は全くの不明で本人も大雑把にしか把握しておらず、そもそも超能力者に分類していいのかも本来は不明。

 最後に「人口230万人の学園都市に7人しかいない最高レベルの能力者」「1人で軍隊と闘えるほどの力を有する」「レベル5の順位は、戦闘能力や演算力ではなく「能力研究の応用が生み出す利益」が基準とされている」「学園都市の内申書曰く『三位以外の能力者は人格破綻者』とのこと」と書かれた更に下。そこにはもう一人の人物の顔写真と、名前が書いてあった。

『彼こそが、学園都市が『無能力者(レベル0)』の蓑を被せてでも守っている、学園都市が推し進めている計画に根幹から関わっている能力者。いわば学園都市の一番の被害者だ』

 その名を、この部屋にいた誰かが、無意識に呟いていた。

「──上条(かみじょう)当麻(とうま)

 『幻想殺し(イマジンブレイカー)』という右手を持ち、ありとあらゆる異能の力を消し去る能力を持つ、自分達より一つ下の高校一年生の少年。

『彼だけは……必ずや「保護」しなくてはならないんだ』







第一〇話「PIS」 完
 
 

 
後書き
2015年 3月 8日
明日の保険のテストに出てくる欲求5段階がマズローなのかマグローなのか迷い、普通考えればマグローとかないよなと自己嫌悪に陥ってる常盤赤色 
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