秋葉原総合警備
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都外のアニメフェス No.10
「……き…、……咲。……美咲。」
まだ目が虚ろなままであった。ここで目を覚ますだけでも幸いであった。目を開け、その視線は部屋の天井。まだ事務所にいるのだろうか。声が方向を向き、陽一の姿を見る。
「あれ…?」
「事務所じゃねぇよ、病院だ。」
本当に意識が無くなるまで、あの男に痛めつけられていたようだ。珍しくほっとしている様子の陽一は無傷。途端にある人を思い出す。
「陽一…、千夏さんは?」
「無事だよ、それに全部片付いた。仕事達成だ。」
陽一がキレた。勿論、只事ではない。美咲は何度も見てきた。今は気を失ってしまったが。
「いて…、千夏は声優界では大事な存在だ。あいつのお陰で他の声優が思い切り作品に参加できる。」
「好きでそんな役に回ったんじゃないだろ。『優しい』のがそんなに役立つらしいな。」
千夏の苦しんでいることは十分に分かった。ブラック企業とはこういうことだろう。
「個人経営の暴力警備員には分からないだろうな!ブラック企業てのはあって当たり前なんだよ!上に立てねぇ奴が悪いんだよ!」
「……。」
もう陽一は口も開かなくなった。よく考えてみれば、これは正当防衛だ。美咲までこんな目に遭っている。また表情が変わっている。さらに冷めたような無表情に。
「やっていることかっこいいがな、お前も叩かれるだろうな……!!」
無言で上段蹴りが飛び、男が壁に叩き付けられる。男に焦りが見えた。加減が無くなっている。加減をしていたことに気付いた。
「あぁ!!…お前!?……!!」
よろける男の襟をがっしりと掴み、事務所の出入口まで引っ張って行った。
「なんだよ…!警察に突き出すのか!…案外優しいんだな……??」
「邪魔。」
ここはビルの3階。ドアを出れば地面までしばらくは鉄製の階段。柵を越えて、ひょいと男が振り上げられる。
「ああぁ…!!」
鈍い音が聞こえ、さらに男の声も止まった。地面へのクッションが何もないことに気付く。殺すのはさすがにまずく、少し慌てて、下を見下ろした。
「ふぅ…生きてるか。死んでも良かったけどな。」
陽一は携帯電話を取り出し、警察と救急車の両方を呼び、続いて美咲の父親に恐る恐る電話を掛ける。
『陽一か…!?そっちは大丈夫か!』
「親父さん…すいません、美咲は大怪我です。事務所に男が入り込んでいました。」
『なんだと?!…医者は呼んだのか!美咲に代われ!』
「美咲は気を失ってます。男は片付けたし、救急車も呼びました。」
『そうか…。済まねぇな、後で礼をさせてくれや。あ…そうだ、千夏さん…だったか?俺らが確保したぞ。えらく怯えてるじゃねぇか…。』
「あんたらのせいだよ!!」
陽一が電話に応答しなくなったころだった。やっとヤクザの車が秋葉原に入る。しかし、陽一の事務所まで時間がかかる場所だった。秀人を始め、子分たちがきょろきょろと千夏を探す。秋葉原駅も見えてきた。秀人がある女性を見つけた。そもそも千夏の顔を見た人は秀人しかいない。
「あ、あの人!あの人です!」
「なに!おい、早く行け行け!」
路上駐車で一斉に数人の子分と秀人が出る。バタバタとした足音が、敏感な千夏の耳に入る。息を切らしながら振り向いてしまった。
「…秀人さん…?…え…わ、きゃあああ!!」
秀人は懸命に千夏に伝える。
「違うんです!千夏さん!助けに来たんです!」
「助けて!!…陽一さん!美咲さぁん!!」
依頼を受けてからおよそ2日と6時間が経過。今回の騒ぎを起こした主犯2名、他4名の逮捕、フェスの警備員の処分という結果に終わった。近藤千夏にもマスコミが寄り、悲惨な労働環境、千夏の立場が明らかとなった。美咲は数か所骨折、秀人も活躍しながらも、先程は足に銃弾を喰らう重症。さらにはフェス会場でも誘拐犯が女性客に邪魔だと罵り、暴行を加えていたことも判明。全国で話題となった。
「陽一…千夏さんは?」
「ショックが溜まって、体調悪くしちまった。隣にいる。」
「良かった…。」
陽一の表情はまだ暗かった。事件は収まったが、まだやることがある。
「美咲…、悪かった。俺のミスだな。」
美咲の方が笑顔になった。あまり見ない光景だった。
「依頼なんだから仕方ないって!助来てくれて本当に助かったしさ…。じゃあ、今日はステーキ食べたい!」
「ははっ…、分かったよ。」
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