処女神の恋
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6部分:第六章
第六章
だがその千載一遇のチャンスを見つけた。オリオーンがまたアルテミスと共に狩に出ている時であった。
二人は海の側で狩をしていた。そこで鹿を追っていたのだ。その鹿を狩ったところでオリオーンが言った。
「海の中へ潜りませんか?」
「海へ?」
「はい。海の中にも豊富な獲物があるのです」
彼は言った。
「ですから」
「けれどそれは」
しかしアルテミスはそれには首を横には振らなかった。
「御嫌ですか?」
「ええ、今は」
アルテミスは今は海に入る気にはなれなかったのだ。今彼女は弓矢しか持ってはいない。弓矢は海の中で使うことは出来ないのだ。
「では私だけで行きましょう」
「貴方だけで?」
「すぐに素晴らしい獲物を見つけて来ますよ。では」
そう言って海に飛び込んでいった。ポセイドンの息子である彼は泳ぎも達者だったのだ。だから海の中での狩や漁もお手のものであったのだ。
そのまま獲物を探していた。アポロンは偶然それを太陽の上から見た。そしてチャンスが来たことを悟ったのであった。
「よし」
彼はこっそりと太陽の馬車の動きを止めて下界に下りた。そしてアルテミスのところにやって来たのだ。
「アルテミス、そんなところにいたのか」
彼はわざと大袈裟な声を出して彼女のところに来た。
「探したぞ、全く」
「どうしたの、兄さん」
だが彼女には兄の思惑はわかりはしない。その様子に只ならぬものを感じただけであった。
「あそこを見てくれ」
彼はそう言って海の方を指差した。
「あそこに一人の乙女が襲われている」
「襲われているですって!?」
それを聞いてアルテミスもまた兄が指差した方を見た。
「見えるな、あの金色の輝きが」
「ええ」
その輝きは実はオリオーンの髪の輝きであった。彼の金髪は海の中でも輝いていたのである。だがそれがアルテミスには乙女の髪の輝きに見えたのだ。オリオーンの美しい髪がこの時は仇になった。
「今怪物にさらわれている。怪物はあの下にいる」
「乙女の下に」
「生憎私は今は何も持ってはいない」
これは本当であった。わざとそうしたのではなく本当に何も持ってはいなかったのだ。
「だが御前には弓矢がある。それで乙女を救えるか?」
「乙女を」
「あの輝きの下を撃て。そうすれば乙女は救われる」
(あの男は死ぬ)
心の中の言葉は隠した。思惑は彼の心の中にだけあった。
「さあ早く」
「え、ええ」
アポロンの急かす言葉に乗せられた。よく考えればかなり妙な話であったがそれを感じさせないところにアポロンの妙があった。少女のままのアルテミスにはそれが見抜けなかったのだ。
弓をつがえキリキリと引き絞る。そして思いきり放った。
弓が輝きの下を射抜いた。赤い血が一条見える。アポロンはその一条を見て会心の笑みを浮かべた。
「これでよし」
「乙女は助かったのね」
「そうだ、後はオリオーンが彼女を助けてくれるだろうな」
「そうね、オリオーンが」
彼はこの側にいる筈だ。ならばきっと何とかしてくれる、アルテミスがそう思った。
「けど」
だが彼女はここでふと思った。
「何故オリオーンが彼女を助けなかったのかしら」
「さてね」
アポロンはその言葉にはとぼけた。
「そのうち出て来ると思うがね」
「そのうちって」
「絶対にね」
そしてここで剣呑で思わせぶりな笑みを浮かべた。
「じゃあな」
それだけ言い残してアポロンは去ろうとする。
「少女は私が助けに行こう」
「お願いするわ」
海に入っていく兄を見送って言う。
「それじゃあね」
「うむ」
兄は海に入りながら笑っていた。その遠くにもの言わぬ男がいるのを確かめてさらに笑った。彼は満足していたのだ。自分の計画が上手くいったことに。そしてそのまま海の中を潜って妹の前から姿を消した。
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