ワンピース~ただ側で~
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おまけ3話『脱獄』
『お前の首に用はないんだがな』
王下七武海の誘いを蹴って、白ヒゲさんの首をとるという、俺と同い年の男との、これが初めての出会いだった。
あいつの目に映るのはただただ白ヒゲさんで、俺なんかは道端に落ちてる石ころ。
自分の強さを知りたくて勝負を挑んで、結果は完敗。まだその時は覇気の存在すらあやふやだったあいつに俺は勝てなかった。
はっきり言ってエースは強い。
通算2勝4敗。まだ魚人空手陸式を習得できてなかった頃の成績を抜いても2勝3敗で負け越し。しかもその内の一勝はあいつが俺に対して油断していたからで、もう一つの勝ち星もほとんどマグレ。
要するに何が言いたいかというと、多分俺はエースよりも弱い。
俺にとってあいつはライバルだったけどそれ以上に友達だった。
きっと、だから……違っていた。
俺はあいつに負けたときすごい悔しくて、けどそれだけだった。あいつは俺に負けたとき本当に悔しそうで、何よりも自分自身に対して誰よりも憤りを覚えていた。俺よりも強さに貪欲で、誰よりも本気で上を向いて、白ヒゲさんを海賊王にするんだと張り切っていた。
それが、違いだ。
当時はわからなかったその違いが、今はわかる。俺に負けた時のエースの気持ちを、今なら理解できる。
「――……ト!」
上を向く。
俺がルフィを海賊王にする。仲間たちと共に、俺は師匠を超える強さを手に入れる。
横を向く。
ナミを守るのは俺だ。ナミとずっと並んでいいのは、この俺だ。
下はもう見ない。
後ろも振り返らない。
ただひたすらに、俺は麦わら一味として前へと進みたい。
「――……ント!」
だから思う。
ルフィやナミ、それに仲間たちと次に顔を合わるその日に胸を張って会うためにも、俺は自分にできる最大限のことをやらなければならない。
エースを助ける。
絶対に処刑を止める。
エースは友達だけど、それ以上に今の俺にはライバルだ。こんなところで死なせてたまるか。あいつは間違いなく自分にとって大切な人間だ。
絶対に助ける。
死なせたくない男を守り切ってこそ、俺は胸を張って前を向いていける。ルフィたちとも上を向きながら会えるというものだ。
「――ハント!」
ルフィの声が聞こえた気がした。
まったく、いくらエースやルフィたちのことを考えてたからって、そんな幻聴が聞こえてくるとは「――起きんか! ハント!!」
「はい、師匠!」
師匠からの命令。
反射的に立ち上がってしまった。
体が軽い。眠気もない。
あぁ、俺は熟睡してしまっていたらしい……ということはやっぱりさっきの言葉も夢で――
「――ハント! おめぇこんなとこに捕まってたのか!」
「……うん?」
ルフィが目の前にいた。
「まったく、こんな時に眠り呆けるとは」
「けど、おめぇ本当にハントの師匠だったんだなー」
「だからそう言ったじゃろう」
しかも、師匠まで一緒だ。
なんか二人で話してるけど、それ以上にどういう状況だろうか。まだ俺は夢でも見てるんだろうか。
「ハント! 頼む! 説明してる時間がねぇんだ! おめぇの力を貸してくれ! エースを助ける!」
「っ」
いや違う。夢じゃない。
ルフィの熱気で流石に気づいた。
色々と聞きたいことがある。なんでルフィがここにいるんだろうか。他の皆は、とか。エースの状況が今そんなにピンチなのか、とか。けど、ルフィの顔が物語っている。今はそんなことを聞いている場合ですらない。エースはたぶん、相当危ない状況にいる。
周囲を見渡せば、もう檻の中にいたはずの3人の奴らもいない。周囲からは随分と騒がしい声が聞こえる。
状況がよくわからない。
それを口にしそうになって、慌てて反射的に自分の頬を殴り飛ばした。
……うん、夢じゃない。
今はたくさんの質問をしている場合じゃない。
「ほれ、お前さんの服じゃ」
師匠が俺の服を渡してくれた。
ありがたい。
やっぱりゲンさんにもらった駐在服と師匠からもらった甚平がないと、特にこんな囚人服じゃしっくりこない。
「よし、行こう! ルフィ! エースを助けに!」
「おう!」
ルフィと師匠が同時に頷く。
こんなに心強い味方がいるのならきっと誰にも負けない。
「さぁ、行くわよ麦わらボーイ! エースボーイを助けるには時間がない!」
うわ、顔でか!
っていう言葉を呑みこみたくなるような人が出てきたけど、誰だろうとか気にしてたらたぶん今はキリがないから気にしないようにする。顔がでかい人の後ろにいる体の右半分が黄色くて左半分が白色の、サングラスをかけている人も非常に気になるけど、気にしない。
後で時間が出来たら聞いてみよう。
そう思いながらも、ルフィたちが駆け出したその真後ろで走りだす。
「……ん?」
と、そこで気づいた。
「ふん、あん時の小僧か」
「うわ、クロコダイルもいた!」
「どうやらてめぇ捕まってたみてぇだが……また戦闘中によそ見でもしやがったのか?」
「放っとけっての! よそ見なんかしてないけどコテンパンにされたんだから仕方ないだろうが!」
「……あぁ?」
「……えっと……海軍のガープにやられて」
「……ふん、なるほどな」
鼻で笑い飛ばしやがったよ、こいつ!
自分から言いだしておいてそれは人としてどうなんだろうか。いやまぁ海賊だから人でなしでも問題はないのか。
「今10時前。処刑は午後3時。その時刻には必ず処刑は執行される! 白ヒゲのおやじが来るとすればその何時間も前に仕掛けるはず、エースさんはもう海の上。戦いはいつ始まってもおかしくない!」
「3時まで殺されることはねぇんだな!? とにかく! まだまだチャンスはある!」
師匠とルフィの会話。
っていうか本当に切羽詰ってるんだな、残り時間5時間ぐらいしかないのか。
「……エース」
っなんだかいきなりすぎる展開にまだ感覚が追い付けていなかったけど、徐々に俺もやっとだけど危機感を覚えるようになってきた。体に自然と力が入る。
「絶対助けるぞ、ルフィ!」
「当たり前ぇだ!」
走りだす足に力を込める。
途中で現れた看守を蹴散らしながらルフィ、師匠、クロコダイル、それに俺が先頭となって進んでいく。
そのぴったり後ろを顔のでかい人と体半分で色が違う人、それに懐かしい顔ぶれのボンちゃん。ボンちゃんとはアラバスタで会って以来だからちょっとだけ懐かしいけど、余裕がないからあんまり会話してない。まぁ、それはともかく。
俺は顔のでかい人と体半分で色が違う人とボンちゃんの3人の実力を知らなかったけど、この3人、見た目以上に随分と強い。特に顔がでかい人はかなりのものだ。
俺たち7人でも十分な戦力だと思うけど、そこからさらにたくさんの囚人たちと……あと変態っぽい奴ら。こいつらも囚人なんだろうか。
いやまぁ味方してくれてるんだから別にいいんだけど。とにかく、俺たち7人とたくさんの仲間たちで順調に監獄を駆け上がっていく。
このままいけるかもしれない。
そう思った時、3匹の二足歩行の獣が現れた。
サイ、シマウマ、コアラ。
見た目は随分とかわいらしいけど動きは鋭い。どんな風に育ったらこんな動きを獣ができるんだろうか。よくわからないけど、とにかく相手をする時間も惜しい。
「師匠、俺がやります」
「うむ」
師匠が動き出す前に先に動く。ルフィ、クロコダイルとともに前に出た。
「魚人空手陸式、五千枚瓦――」
「ギア3、ゴムゴムの巨人の――」
「……――」
一緒に俺たちと脱獄してようとしている囚人とか変態とかを今にも殺そうとしている3匹の獣へと、そのまま速度を上げ、そして――
「――正拳!」
「――銃!」
「――砂嵐!」
一人一殺。
俺がサイを。
ルフィがコアラを。
クロコダイルがシマウマを。
一撃で吹き飛ばした。
「ええええ~~~っ!」
「きゃああああ!」
看守たちとたぶんこの獣に直接命令を出してる女の人の悲鳴が聞こえるからもしかしたら今の3匹はけっこう主力だったのだろうか。悪いけどまだまだ俺たちを止めるには実力不足だ。
「――っ」
まずい。
違和感だ。
レベル5の時から感じていた魚人空手陸式に対する違和感が消えない。てっきりレベル5のフロアだけと思ってたら、今に至っても消えないのは……本当にまずい。下手をすればこのままエースが向かっているという海軍本部で一戦を交えないといけないことになるかもしれない。
それは流石にシャレになっていない。
エースを処刑しようとする以上、白ヒゲさんがそれを止めようとすることは海軍側だってわかってるはず。つまり、白ヒゲさんを止めるほどの戦力が海軍本部には集まっていることになる。となればもちろん大将たちやルフィのじいちゃんもそこにいるだろう。
ただでさえ勝つのがほとんど絶望的な相手なのに、今の状態だとエースを助けるために力になるどころか、むしろ数秒でそのまま殺されてしまうことだってあり得る。
「顔色が優れんようじゃが」
師匠の声で、思考から意識が現実に向く。
「……あ、いや……大丈夫です。このまま一気に脱獄しましょう!」
「うむ」
そうだ、別に体調が悪いわけじゃない。このままでも戦えないわけじゃない。
「……ふぅ」
ため息を落とす。
やってやるさ。
誰に言うでもなく、自分に言い聞かせる。
とりあえず今は脱獄を考えることが先だ。
さっきのが主力だったとすると……ん? あれは?
「ここは地獄の大砦! 何人たりとも……通さんぞぉぉ!」
覚えてる。ここの副署長だ。
それが薙刀を振り回して、レベル3へ昇る階段の前で構えていた。まとわりつこうとする脱獄仲間を薙刀で切り飛ばしながら俺たちを、いや、ルフィを見つけた副署長が俺たちを止めようと叫ぶ。
「見よ! レベル3へ上る階段には千人の監獄弾バズーカ部隊を配置している! 貴様らに出口はないっ!」
「……千人って」
げんなりするわ。
っていうかこの監獄にはいったいどれだけの人員が配備されてるんだろうか? しかも全員バズーカ装備となると強引な突破は難しい。
「か弱い庶民の明るい未来を守るため! 前代未聞の海賊麦わら! 署長に代わって極刑を言い渡す!」
ルフィと副署長がぶつかり合い、その間に俺たちは監獄弾バズーカ部隊を少しずつ減らしていく。
副署長という前衛が倒れたら多分このバズーカ部隊も結構すぐに突破できるようになると思うんだけど、副署長はなかなかにしぶとい。2ギアのルフィの攻撃を何度も喰らっていて、体中血まみれになっているのに、何度でも立ち上がる。
「ここを突破しないとマゼランが後ろから来てしまうぞ」
体の右と左で色が分かれてる人の言葉で思い出した。
ここにはまだマゼランがいることを。
ドクドクの実の能力者で、毒人間。
触れたらOUTとかちょっとインチキじゃね? と思わなくもない。
相打ち覚悟で戦うしか、今の自分ならばそれしか思い浮かばないけど、今からエースを助けに行くんだからそんなのと戦ってはいられない。
「っ……ん?」
少しだけ焦りそうになって、別の人間の乱入に気付いた。インペルダウンを脱獄しようとする囚人組と変態組、そしてそれを防ごうとする看守組。それ以外の第三者の人間による介入だ。
「ふ……ふく署ちょ……っ!」
「助けで~~」
「な! ん!? おい、どうしたお前ら! バズーカ部隊! え!?」
訳の分からない光景に目が丸くなる。あれだけ大量にいたバズーカ部隊がどんどん闇に呑まれていく。その異常を察した副署長が振り返ったところで、その顔面を全力で踏み抜く大男の姿が目に映った。
「な」
その人物に、声を失ってしまった。
見た瞬間に様々な感情が入り乱れて、飛び出しそうになるのを懸命にこらえた。エースは目の前のこいつに負けてこんな大ごとに発展してしまったわけで、少しというかとてもというか、随分と思うところはあるけれど。
――これはエースの獲物だ。
なぜか俺の目の前にいるこの男に負けて、誰よりも無念に思ってるのはきっとエースだ。
だから、俺は手を出さない。
エースを助け出して、エースや、それからこいつに殺されたサッチの無念を誰よりもエースが晴らすのを待つ。それに、そもそも今はエースに勝ったこいつと戦っている場合じゃない。早くインペルダウンから脱出してエースの救出に向かわないといけない。
俺がどうにか気持ちの整理をつけたところでルフィが声を漏らした。
「……あいつは……ジャヤで会った」
そう、ジャヤでも会った。
「ほうほう、コリャすげぇ面子が揃ってやがる。何か取り込み中だったようだな……ゼハハ」
この特徴的な笑い方をする大男。
「ティーチ、貴様がなぜここにおるんじゃ! いやぁ今は黒ひげと呼ぶべきか」
拳を震わせながら言う師匠が呼んだその男。
ティーチこと黒ひげ。そして、その後ろにはその一味と思われる大男たちが俺たちの目の前に立っていた。
師匠の怒気にさらされながらも「ゼハハハハハおいおい物騒だな、その拳はひっこめてもらおうか、ジンベエ」と笑うあたりはさすがの胆力だと思ってしまう……認めたくはないけど。とにかく、俺も師匠も目の前のこいつにムカついてはいるけど、今は戦ってる場合じゃないから黒ひげに勝負を挑んだりはしないけど、ルフィは違っていた。
「お前が黒ひげ!?」
多分どこかの誰かにエースが黒ひげに負けたという話だけは聞いてたんだろう。黒ひげという名前に引っかかってしまった。
「ンん? そういや名乗ったことなかったな。ゼハハハ、久しぶりだな麦わらぁ……おれも驚いたぜぇ。お前が我が隊長エースの弟だったとはな。フフ、ここにいていいのか? もうすぐ始まるぞお前の兄貴の公開処刑がよ……ゼハハハハ」
今更ながらの自己紹介と共にルフィの神経を逆なでするような言葉を吐く。というか凄まじく俺もムカつくんだけど。
放っとけよ、今から助けに行くんだから。
「麦わらのルフィ……あの時、七武海の後釜を狙ってたおれとしちゃ、お前の首を獲って政府に実力を示すのが最も有効な手段だった……だが運命はお前を守った」
「?」
つまり、こいつらはルフィの首を狙ってた、と。
けど、運命が守ったっていうのはどういう意味だろうか。
「白ヒゲの船で大罪を犯した俺をずっと追いかけていたエースはくしくもお前の兄だった! 弟を殺しに行くという俺たちを目の前にして……あいつの退路は断たれた! わかるか? 俺たちを逃せば白ヒゲの名を汚すだけでなく弟が殺されちまうからだ!」
まるでルフィの実力など眼中にないかのような黒ひげの言葉に、黒ひげの仲間たちがそれに追随して言葉を吐きだしていく。
「運命に偶然などないのである」
「ああ、やっぱりお前は……運がいいな……げふっ」
「船長が無事、七武海になり名を揚げた今、もう貴様の命に要はない」
「うぃーはっはっは! 立派に戦ってたぜぇ。おめぇの兄貴はよ!」
それぞれが好き放題に言ってくれやがる。
「運命がルフィを守った……ねぇ?」
声が漏れる。
なんというか、こいつらの口ぶりが気に入らない。
まるでエースすらも単なる自分たちの獲物だったとしか思っていないような発言、ルフィに至っては眼中にないかのような口ぶり。確かに黒ひげがエースに勝った以上、例え2ギアとか3ギアとかを覚えた今のルフィでも勝てないだろう。けど、こいつらは一つだけわかってないことがある。
「っ」
ムカつく。
「エースの墓前ではよくよく礼を言うんだな! あいつが現れなかったら本来死んでたのはお前だ、麦わら」
「だったら今!」
黒ヒゲの更なる言葉で、それがルフィにとっての限界だったらしい。言葉とともにいきなりルフィの体から煙が生まれた。
かと思えば次の瞬間には動きだしていた。
「やってみろよ!」
ルフィの、2ギア状態でのゴムゴムのJETピストルだ。
不意を突かれて、黒ひげは一切動けずに殴り飛ばされて、そのまま壁に激突した。殴られた痛みで「ぐわぁー」という悲鳴が聞こえてくるっていうことは本当に油断してたんだろう。額を切ったらしく、血を流している黒ひげへと、ルフィはさらに追い打ちを仕掛ける。
「エースは死なせねぇっ! ゴムゴムのJET――」
いや、流石に立ち直りが早い。既に黒ひげの態勢は出来上がっていた。
「――闇水」
黒ひげが手をかざしただけで、まるでルフィがそれに吸い込まれていくように引き寄せられた。
――能力者か!?
いや、けど関係ない。
能力者だろうが、能力者じゃなかろうが。どうせ関係ない。
「……え」
いつの間にか黒ひげの手に収まっていたルフィが驚きからか、声を漏らして、黒ひげがそのままルフィを地面に――
「――っさせるかよ」
横合いから俺が黒ひげを殴り飛ばした。
黒ひげの手からこぼれ落ちるルフィを受け止めつつ、俺に殴られたことでまた壁に激突した黒ひげをジッと見つめる。
「ちくしょう! ハントか!」
相変わらず痛がっている声が聞こえるけど、多分大したダメージになっていない。殴った感触がなんだかちょっと違っていたから、またルフィの時みたいに追撃しようとしたらいきなり態勢を整えて反撃してくると思う。今は別に本気でこいつと戦っている場合じゃないからもう追撃しようとは思わないけど、これだけは言わせてもらおう。
「ティー……黒ひげ。お前らはわかってない。エースは結果的にルフィを守ったって……お前は言ったよな?」
「……そうだ」
「違うな、結果的にエースが守ったのはルフィじゃない、お前たちだ」
「あん?」
「ルフィの側には俺がいる……よかったな黒ひげ。エースに守ってもらえて」
黒ひげがエースに勝ったとかどうだっていい。
エースが俺よりも強いとか、それもどうだっていい。
こいつには絶対負けない。
「……」
「……」
黒ひげと視線がぶつかり合う。徐々に険しくなる黒ひげの視線に、もしかしたら本気で戦おうとしているのかもしれないことに気付いた。向かってくるなら返り討ちにしてやる。本当はエースが無念を晴らしたいだろうけど、こっちを襲ってくる相手にまで遠慮してやれるほど俺はデキた人間じゃない。
と思ったら先にルフィが動いていた。
「邪魔すんなハント! こいつは俺が! ゴムゴムの――」
「――待てルフィ君! もうよせ! 今はいかん! 耐えろ! 何が先だ! よう考えるんじゃ!」
ルフィを黒ひげが迎え撃とうとしたところで、先に師匠が割って入っていた。
「っ」
師匠の言う通りだ。
エース優先だと、たった今考えたはずなのに黒ひげの挑発でそれを忘れるところだった。
「時間も体力もここで無駄にするな! 感情に任せて今戦ってもエースさんの救出にはつながらん!」
その言葉で、ルフィも戦う気をどうにかこらえた。元々黒ひげ側もこっちが突っかからなければ戦う気はなかったらしく、同様に戦闘態勢を解く。起こりかけた戦いをうまいこと収めたのは流石に師匠と言ったところだ。師匠がいなかったら止められなかった気がする……むしろ俺も率先して戦っちゃったし。
そんな、どうにか落ち着いたこの場で、それを見計らっていたのだろうかって思いたくなるタイミングでクロコダイルが口を開いた。
「黒ひげと言ったなぁ……白ヒゲの船の名もない海賊が俺の後釜に入ったとは聞いてるが、妙じゃねぇか? 海軍本部に召集を受けているはずの貴様がなぜここにいる。自ら欲した七武海の称号を既に捨ててるといえる」
なんか難しいこと言ってる。
これはこれでなんとなく流石クロコダイルって感じがする。
俺とかルフィならそもそもそんなこと気にすらならない。言われてみれば、まぁ確かに変だねって思うぐらいだ。
クロコダイルと黒ひげのやりとり。俺はあんまり聞いてなかったけどそのやりとりもすぐに終わることになった。
「マゼランが来たぞぉー!」
「監獄署長マゼラン!?」
「やべぇ!」
「早く逃げろー!」
「レベル3へ!」
後ろから聞こえてきた声で、自然とクロコダイルと黒ひげの難しそうな会話も終わる。
遂にマゼランが追い付いてきた。
「階段を登れ! レベル3へ!」
「バズーカ部隊はもういねぇ! 道は開けてるぞ!」
オカマと囚人たちが我先にと会談を登っていく。
「階段の防御網を破ってくれたのは我々にも好都合じゃったのう」
「ゼハハ、それはお互い様だ、俺たちもこのパニックには救われてる」
「俺は必ずエースを助ける!」
「俺たち、だ。ルフィ」
「……ああっ!」
「ゼハハハハ、ああ無駄とは言わねぇ。この世に不可能ということは何一つねぇからな」
もう今は黒ひげと対峙している場合ではない。
ルフィと共に黒ひげの横をすり抜ける。
「――空島はあったろう? ワンピースもそうさ! 必ず存在する! ゼハハハハ!
楽しみにしてろよおめぇら! わずか数時間後俺たちが! 世界を震撼させる最高のショーを見せてやる!」
訳の分からないことを言いながらインペルダウンの内部へと足を踏み入れていく黒ひげ一行。その背中に首を傾げながらも、俺たちはレベル3への階段を登る。
「進めーっ!」
「レベル3へっ!」
絶対にエースを助けてみせる。
インペルダウンレベル1ではルフィによって解放されたキャプテン・バギーと愉快な囚人たちを引き連れて。
レベル3では麦わらのルフィ率いる、解放されて勢力を増していく囚人たちとハント曰く変態のニューカマー軍団。
それぞれが脱出しようとインペルダウン正面入り口を目指している現在。
地獄の支配者、監獄署長マゼランがそれを追う。
「軍艦と監獄船は監獄を囲むように配置されている。どれか一隻奪い取れれば処刑までにマリンフォードへ着ける!」
ジンベエの言葉にルフィたちが頷き、勢いを失わずにそのままインペルダウンを走り抜ける。
エース公開処刑まであと4時間半。
彼らに残された時間は、あまりない。
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