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Fate/magic girl-錬鉄の弓兵と魔法少女-

作者:セリカ
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A's編
  第九十七話 新たな魔術師の産声

 時は少し流れ、二月の半ば。

 少し前のバレンタインデーなるイベントがあったが、その際になのはを初めとする美少女一同からのチョコレートをゲットした我等が主人公である衛宮士郎。
 その後は当然の如く学校中の男子生徒を敵に回して、史上最高規模の鬼ごっこを繰り広げたり、士郎自身がバレンタインデーのチョコを用意しており、女性陣のプライドを打ち砕いたり、相変わらず騒がしく、穏やかな生活が続いている。

 リインフォースの緋天の書と士郎のシュミーデアイゼンについてもほぼ調整が終わっており、そろそろ一回目の模擬戦が行われる予定である。

 そして、週末のこの日

「行くわよ、すずか」
「うん、アリサちゃん」

 アリサとすずかの二人は覚悟を秘めた顔である館の門を潜っていた。

「ああ、よく来たな、二人とも」
 
 出迎えたのは赤い瞳に銀髪の女性。

「士郎は既に地下室で待っているぞ。
 荷物は預かるから行ってくると良い」
「はい、ありがとうございます」
「お願いします」

 銀髪の女性、リインフォースに荷物を預け、大きく深呼吸をして地下室に向かう二人。

 そう、ここは衛宮邸。

 だが二人はいつもと違い、緊張をしていた。

 それは今日、ここにやってきた経緯に関係する。

 年明け前に魔術回路を秘めていることを知った二人。
 そして、年明けから士郎からとある薬を受け取り服用していた。

 その薬、元々は遠坂凛が魔術刻印を制御するためものだったが、少々分量、成分を調整し、魔術回路の制御向上のために使用できるものである。

 アリサとすずかは未だ魔術回路の起動が出来ていないが、その薬を飲むことで最初の起動と安定をさせるために服用させてきた。

 そして、二人はこの館の中心ともいえる地下室に踏み込んだ。

「いらっしゃい、二人とも」

 緊張した面持ちで迎えた士郎の前に立つ二人。

「ここまで来たということは良いんだな。
 ここから先に踏み込んだら、どんなに望んでも完全に普通の日常に戻ることは出来なくなる」
「ええ、覚悟してるわ。
 正直怖いけど、それでも私はこの道を行くわ」
「うん、私もだよ。
 だからここに着たんだから」

 アリサとすずか、二人の揺らぐことのない真っ直ぐな目に士郎は黙って頷く。

 そして、地下室の端のテーブルから指輪ケースのような箱を二つ持ってくる。

「それぞれアリサとすずかのだ」

 指輪ケースのようなデザインにわずかに顔を赤く染めて受け取る二人。

「魔術回路の起動と安定は一人ずつだ。
 どちらからする?」
「私からするわ」

 アリサとすずかで話がついていたのだろう。
 士郎の問いかけに迷うことなくアリサが答え、すずかが頷く。

「了解した。
 すずかは部屋の隅で待っててもらえるか」
「うん、わかった。
 アリサちゃん、頑張ってね」

 すずかが魔方陣から退く様に部屋にすみに移動する。

「アリサ、自分をしっかり持てよ」
「うん、大丈夫」
「なら始めよう」

 士郎の雰囲気が変わる。
 敵意などではなく緊張した空気にわずかにアリサが息を呑む。

「座ってケースの中のものを呑み込んでくれ」
「わかった」

 アリサは士郎の言葉に従い、その場で腰をおろしケースを開ける。
 そこには丸いルビーがあった。

 魔術回路を開くための鍵として士郎の魔力が込められたルビー。
 それをわずかに震える指で掴み、アリサは呑み込んだ。

 だが何も変化は無い。
 困惑するアリサを横に士郎は白い布を丸めたものを取り出す。

「口を空けてくれ」

 アリサは困惑しながらも士郎の指示に従う。
 そして、士郎は取り出した布をアリサの口に咥えさせた。
 意味もわからず問いかけようとした時、アリサの身体の中で大きく何かが鼓動した。

 その鼓動はさらに大きくなり、次の瞬間、激痛となりアリサを襲った。

 声にならない悲鳴を上げ、引き攣ったように手を握り締めようとする。
 だがソレを阻むように士郎が自身の左手を右手に絡めるように握り、崩れ落ちようとするアリサを抱きしめる。

 激痛にアリサは力加減も出来ず右手の爪を士郎の手に突き立て、左手も抱きついた士郎の背中に突き立てる。

 それでも士郎は表情を変えることなく、抱きしめ続け耳元で優しく声をかけ続ける。

 そして、すずかはあまりの光景に呼吸を荒くし、立っている足は震え、ずるずると壁に背中を預けるように座り込む。

 激痛があるのは士郎の事前の説明で聞いていた。
 理解していた。
 否、理解しているつもりであった。

 しかし現実は友人の声のならない悲鳴に震えが止まることなく歯がガチガチと音がする。
 だがここから逃げようとは思わなかった。

 そう、恐怖に心が竦んでいるのに、逃げるということは考えることなく、士郎と共にあることは揺らぐことが無かったのだ。



 そして、三時間近くが経った頃、ようやくアリサの身体が落ち着いてきた。

 未だ身体は痛み、思考も纏らないが、体の引き攣りは収まり始め、突き立てていた手からはゆっくりと力が抜けていた。

 士郎はゆっくりと抱きしめていた腕を緩め、アリサの口に咥えさせていた布を優しく取り出す。

「…………おわった……の」
「ああ、ちゃんと安定している」

 アリサを見つめ、頭を優しく撫でる。
 士郎のその言葉に安堵すると同時に自分の状況を思い出したのか

「見るな……」

 顔を隠そうと身を捩ろうとする。
 三時間もの間、痛みに耐えていたのだから涙やらでくしゃくしゃになっているのだから当然ともいえる。
 とはいえアリサの身体が思い通り動くはずも無く、隠すことは叶わないのだが。

「リインフォース、プレシア」

 士郎の呟きのような言葉に待っていたかのように地下室の扉が開き、二人が姿を見せる。

「アリサを頼む」
「心得た」
「ええ」


 士郎の言葉にリインフォースがアリサに毛布をかけ、抱きかかえる。
 プレシアはリインフォースを先導するように地下室を後にし、リインフォースもソレに続いた。

「士郎君」
「アリサちゃんは」
「山場は越えた。
 安定しているがしばらくは疲労と熱が抜けないから看病が必要になるだけだ」
「そう、よかった」

 すずかは士郎に歩み寄り、ケースを開く。
 そこにはアリサのルビーとは違い、サファイアがそこにはあった。

「大丈夫か?」

 震えるすずかに士郎が優しく声をかける。

 アリサは言葉では理解していたがどのような苦痛があるのかわからないという恐怖と戦っていた。
 そして、すずかはアリサが宝石を呑むのを見て、理解したうえで呑むという恐怖と戦っていた。

「士郎君、抱きしめてくれるかな」
「ああ、いいぞ」

 すずかを優しく抱きしめ、髪を梳くように優しく撫でる。

 ゆっくりと治まっていく震え。

「士郎君、これを咥えてもらっても良いかな?」
「ああ」

 すずかが差し出したのは自身が呑む予定のサファイア。
 逃げ出そうという仕草も気配も無く、当然サファイアを呑むをやめるようには見えない。
 士郎はすずかの意図がわからず、内心首を傾げるが何も問うことなくサファイアを咥えた。

 すずかは大きく深呼吸をし

「ありがとう、士郎君。
 アリサちゃん、なのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃん、ごめんなさい」

 士郎に唇を重ね、咥えていたサファイアを舌で絡め取り呑み込んだ。

 すずかの行動に目を丸くする士郎だが、新たに取り出した白い布をすずかに咥えさせる。

 何も言わず、拒絶しなかった士郎にわずかに微笑み、激痛との闘いが始まった。



 すずかの痛みとの戦いはアリサより短く、サファイアを呑んでから一時間半ほどで終わりを迎えた。

「吸血鬼という元々の素質の差か?」

 痛みとの戦いの後、そのまま士郎の腕で眠りについたすずかにわずかに首を傾げながら、すずかを抱き上げ、地下室の出口へと向かう。

「すずかちゃんも無事に終わったのね」
「ああ、リインフォース頼む」

 地下室から戻ってきた士郎を出迎えたプレシアとリインフォース。
 士郎はプレシアに言葉に頷きながら、リインフォースにすずかを任せる。

「予定通りアリサちゃんは着替えさせて眠ってるわ。
 熱はまだ下がってないけど容態は落ち着いているわ」

 アリサとすずかが今日、魔術回路の起動と安定を行うことは同居人の二人は知っていたし、士郎自身着替えなどが必要だろうからといくつか頼んでいたことがある。

「ああ、助かった。
 それでなにか言いたいことがあるんだろう?」

 聞きたいことがあるのだろう。
 静かに士郎を見つめるプレシアに改めて向き合う。

「貴方が無意味にこんなことをするなんて思っていないわ。
 だからこれは最終的な確認よ。
 あの行為は必要なことなの?」
「そうだ。
 あれが魔術師の最初の一歩だ」

 静かにそして、明確な答え。

 その答えにプレシアは目を伏せる。

 魔術回路を起動しただけで数時間に及ぶ激痛。
 あまりに魔導とはかけ離れたモノ

「貴方はどれぐらい苦しんだの?」
「どれぐらいなんだろうな。
 師となる爺さんが死んでまともな知識も無く八年間、死に掛けながら繰り返してきた。
 どれだけ死に掛けたか、激痛にのた打ち回ったかなんてわからない」

 自分自身に苦笑するような士郎の言葉にプレシアの拳が握り締められる。

「ソレが魔術師なの?」
「いや、俺が八年間も死に掛けたのは師も無く未熟な俺自身の責任だ。
 通常ではまずない。
 まあ、魔術を教えることを嫌っていたというのもあるだろうがな。
 だが俺は本当の意味でアリサとすずかを魔術師にするつもりは無い」

 士郎の言葉にプレシアの目が見開かれる。

「それはどういう意味?
 アレだけの苦痛に耐えた二人に魔術を教えないとでも言うつもり?」

 責めるようなプレシアの視線に、母親だなとわずかに笑い、士郎は首を横に振る。

「本来、魔術師が始めに行うことは魔術回路の安定でも、魔力を使う技術でもない。
 自他を問わず、死を容認するという心構えを持つことだ」
「……死を容認する?
 それが魔術師の最初の一歩だというの!
 そんなものはアリサちゃんもすずかちゃんも」
「ああ、彼女達はそんなことを望んでいない。
 至るために誰かの命が失われることなどを容認できないし、させない。
 だから俺は自身に降りかかる刃から自身を守るために、心に秘めた思いを、覚悟を後悔したないために教える。
 魔術こそ使うが、その有り様は魔導師だよ」

 話は終わりだとプレシアの横を通り過ぎ、上へと向かう士郎。

「ここからは二人の熱が下がるまで看病だ。
 すまないが頼むぞ」
「……ええ、交代の時間になったら呼ぶから少し休みなさい」

 一瞬、士郎に対して貴方も魔術を使う魔導師になるのか問いかけようとしたプレシアだったが、その言葉は呑み込んだ。

 恐らく今の士郎では難しいと察した故に
 だが

「フェイト達は弱くないわよ。
 士郎、貴方が背負うものがどれだけ重たくても、きっとそれを乗り越えるわ」

 絶望はしていなかった。

 最愛の娘が、その友達が、あの苦痛を乗り越え士郎と共に歩むことを選んだ新たな魔術師達が諦める筈がないと信じていたから

 プレシアの瞳は迷いに揺れることなく、看病を始めているリインフォースと変わるためにアリサとすずかが眠る部屋を目指して、階段を上り始めた。 
 

 
後書き
というわけで第九十七話。
アリサとすずかの魔術師覚醒編です。

何気にすずかが五人の中で最初に踏み込んでしまいましたが・・・初めは考えていなかったのにな。

さて、魔術師の産声ということで魔術回路を起動させるところでしたが、普通に考えて小学生が激痛に耐えてコントロールは難しいと思ったので遠坂凛が服用してる薬の派生版を使っての軽減という方法を取っています。

ソレ位で使えるわけ無いと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、二人が成長するまで徐々に育てていくという方法をやってしまうと登場の頻度の関係があるので目を瞑っていただけると幸いです。

さて、次回は二人の魔術適性、起動のイメージ、次々回は士郎VS の魔導師初回模擬戦の話となります。

少し後書きが長くなりましたが、次回更新も同じく三週間後、六月八日辺りになります。

それではまたお会いしましょう

ではでは 
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