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紅葉

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2部分:第二章


第二章

「それを干し肉にしたものですが」
「ふむ。中々よいな」
「それに桃もあります」
 果物も出て来た。
「それも如何でしょうか」
「うむ、よいのう」
 桃と聞いて維茂の顔がさらに綻んだ。
「鬼には桃がよいのじゃ」
「そう聞いておりますな」
「左様じゃ。では桃を皆で食い鳥を肴に」
「酒をですな」
「苦しうない。今は無礼講じゃ」
 維茂は気さくに周りの者に告げた。
「皆で飲もうぞ。楽しくな」
「有り難き御言葉。それでは」
「早速」 
 皆こうして維茂の言葉に甘え彼を囲んで宴に入った。皆で酒を飲みつつ陽気に楽しみだした。維茂の勧めもあり皆酒をしこたま飲んだ。程なくして一同山の中に酔い潰れる。維茂自身もまたかなり酔っていた。
「ふむ、飲んだのう」
 気付けばまだ起きているのは彼だけだった。
「しかしじゃ。まだ酒はある」
 見れば瓢箪がまだあった。近くにやったそれを手に取る。
 その中にある酒を杯に注ぐ。そうしてまた一杯やる。すると酔いがさらに回る。実にいい気分であった。
 また一杯酒を飲む。最後にすることにして酔い醒ましに桃を取ろうとするとその時。不意に前から十二単を着飾った美しい女がやって来た。
「はて」
 維茂は女の姿を認めてまずは目を顰めさせた。
「この様な場所に貴人とは。また面妖な」
 見れば宮中、帝の側にいてもおかしくはない女だ。髪は黒く長く絹の様である。目は切れ長で艶があり唇も流麗である。眉も整い顔は白く雪の如くだ。十二単と紅葉の赤にその白が見事に映えていた。
 その女は維茂の前に来た。そうして彼に対して問うのであった。
「平維茂殿であろう」
「如何にも」
 女を見据えつつ答える。
「その通りだ。そしてだ」
「わらわのことか」
「それがしは名乗った」
 自分が名乗ったことをあえて相手に告げる。
「さすれば次はそちらの番だが」
「そうであるな」
「だからだ。聞こう」
 また女に対して言う。
「貴殿の名は。何というのか」
「聞きたいのか」
 ここで不意に女の気配が変わった。
「わらわの名を。聞きたいのか」
「聞きたいからこそ問うている」
 維茂も引かない。
「違うか」
「そうであろうな。しかしじゃ」
「しかし。何だ?」
「聞かねば何もならん」
 思わせぶりな言葉であった。
「わらわの名を聞かねばな。何もならん」
「何もか」
「しかし。聞けば」
 声にこれまでとは別のものが宿った。それは殺気ともう一つ。人のものとは思えぬ邪悪な、淀んだものであった。この二つが宿ったのである。
「汝は死ぬことになるぞ」
「死ぬというのか」
「左様」
 維茂をじっと見据えてきていた。
「死ぬぞ。それでもよいのか」
「貴殿、人ではないな」
 維茂は女の気配からこのことを感じ取っていた。
「人ではないのなら。鬼か」
「わかるというのか」
「わからないと思うか」
 睨み返しつつ女に述べる。
「名前を聞けば死ぬのだったな」
「その通りじゃ」
「しかし。それより前にわかっている」
「わかっているじゃと」
「その通り。貴殿の名前は」
 彼は自分から女の名を言うのであった。
「紅葉だな」
「ぬう・・・・・・」
「違うか?」
 既にその刀を構えている。身体を女に向けたまま問うたのである。
「紅葉だな。そうだな」
「そうだと言うたらどうする?」
 不敵かつ酷薄な笑みを浮かべて彼に問うてきた。
「わらわが。その時はどうするのじゃ?」
「知れたこと。倒す」
 彼の言葉には一片の迷いもなかった。
「貴殿を。その為に私はこの国に来たのだからな」
「左様か。わらわをのう」
「鬼女紅葉よ」
 一歩前に出る。それは剣道の構えでの歩みでであった。摺り足である。
 
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