101番目の哿物語
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第九話。改変された物語
俺がそうリサに宣言したまさにその時、俺の背後から聞き覚えのある彼女の何故だかイライラしているような声が聞こえてきた。
「心配して様子を見に戻ってくれば……また女を口説いてるんですか?
ほどほどにしとかないと刺しますよ、ハゲ」
「だからハゲてないって!」
「貴女っ⁉︎」
「モーイ……いつの間に」
いつの間にか俺の背後に一之江がいて、詞乃ちゃんとリサが驚愕したような声をほどほど同時にあげた。
「一之江がここに戻ってきたって事は外も?」
「はい、村人はみんなゾンビでした。
切っても切ってもキリがないので逃げてきました。
音央さんも一緒です。今はこの建物の前で一人で待ってますので早く行ってあげてください。
ここからは私が引き受けます」
「いや、だけど……」
「たらしなモンジは女を口説く事は出来ても、傷つける事は出来ないでしょ?
推測ですが、そこの彼女、『人喰い村のロア』を倒さない限り、この村から出るのは難しいと思われます。もちろん他の脱出方法もありますがそちらをやるにしろ彼女を足止めする必要があります。
足止めするにも多少は傷つける必要がありますので……なので私がやります。
それにそこのメイドさんを連れてでは戦うのにも足手纏いになるでしょう?」
一之江は視線をリサに向けた。
一之江に見つめられたリサはビクッとしたがすぐ様、セーラーメイド服を摘んで普段通りに優雅な一礼を始めた。
「一之江様、改めてご挨拶を申し上げます。
この度、ご主人様のメイドになりました。リサと申します」
「たらしなモンジに仕える優秀なメイドですか。
なんだか犯罪臭がしますね……。
まあ、いいです。尋問は後でしますので今はさっさと逃げてください」
たらしっていうところや犯罪臭というところは後でキチッと訂正しておきたいが一之江の言う通り確かに女性を傷つける事は今の俺では進んでしたくない行為なのでおとなしく一之江に従う事にする。
今の俺なら詞乃ちゃんを抑える事は出来るが、彼女がいくら凶悪な『ロア』だからと言っても『女性』である事には変わりないからな。
「……わかった」
それに、『タッくん』や『ミーちゃん』の事もある。
あの子達は確かに死人だった。
直接状態を確認をしたわけではないが、長年武偵として活動してきた中で多くの人達を見てきた経験により時には助けられなかった人達の姿を見る機会もあった。
だからわかる。
あの子達は間違いなく、死んでいる。
あの子達の事を呼ぶなら……死人以外の呼び名を思いつかないのであえて死人と呼ぶが、それでも他の言葉であらわすならばゾンビや屍人みたいなそんな存在なんだろう。
そんな死人の存在になっていたのにも関わらずあの子達は俺と音央に『食べられないでね』と忠告してくれた。
それにさっき詞乃ちゃんか言っていたが心を取り戻させた、という言葉が引っかかて仕方ない。
本来ならタッくんやミーちゃんも、そういう人間らしい心を持たない存在だという事なんだろう。
だとしたら、あの自然な振る舞いも、楽しそうな笑顔も、みんな詞乃ちゃんに作られたもの、という事になるのだろうか?
______警戒していた俺達を分断させるには、確かに子供達を使うあの手法は上手いやり方だったと思う。
安心させて、子供に殺させる。
普段の俺だったらかなり危なかっただろう。
だが、それだけではなくて。もし、詞乃ちゃんの計画を狂わせる突発的な出来事が起きているのだとしたら?
そして、あの小さな子供達の心を取り戻させる事が出来るとしたら、それは『不可能を可能にする男』と呼ばれている俺がすべき事なのだろうか……。
もし、俺が詞乃ちゃんを倒す事で子供達が解放されるのだとしたら……。
「……ご主人様……」
俺の背後で弱々しく俺の名前を呼ぶリサ。
リサの声で我に返った俺はリサの顔を覗き込む。
ウルウルとした涙目で弱々しく俺を見つめてくる。
そのリサの顔を見ていると改めて俺が守るべきものがなんなのかを認識出来る。
______そうだ。俺の役目はここで詞乃ちゃんと殺しあう事ではない。
そして、非常に心苦しいが子供達を救う事でもない。
リサのようなか弱いものを助けてここから無事に連れ帰る事が今の俺に求められている役目だ。
子供達はすでに死んでいる。
死んでいる奴らを生き返らすなんて事は『不可能』だ。
死者の蘇生なんて現実的じゃねえ。
一度死んだ人間を生き返らせる事なんて不可能だ。
そんな事はわかってる。
……だけど。
「……ご主人様?」
「悪い、リサ。
ちょっとだけ待っててくれないか。
試してみたい事があるんだ」
俺はリサから視線を逸らして一之江と刃物で切りあっている詞乃ちゃんに向かって駆け出した。
「……っ……モンジ⁉︎」
「ん? 何、 お兄さんはそんなに早く死にたいのかな?」
「いいや。違うよ、っと……」
詞乃ちゃんが突き出してきた包丁を避けて俺は彼女の背後に向かう。
その方向にあるのは……。
「……そんなにタッくんとミーちゃんが大切なの?」
その先にいるのは、血まみれになって倒れている小さな子供達だ。
俺は2人の子供のすぐ側まで近寄り、その状態を確認する。
「お兄さん、もしかして……死体フェチ?
そんな人には見えないんだけどなー。
ま、いらないからあげるよ。
もう、ろくに動けないゴミみたいなものだからね。
役に立たないゴミを動かすなんて非効率だし」
「…………い!」
「ん? なんて言ったの?」
「この子達はゴミなんかじゃない!」
「何で怒っているのかわかんないなー。
まあ、ゴミじゃないならそれでいいよ。
どっちにしろ、その子達は消えるか、私の支配下で動くか、それしかないんだから」
「いいや、あるよ。
この子達を君から取り戻す方法がね!」
「どうやって?
その子達はすでに死んでいるんだよ?
幽霊でもない。ただの残滓。本人の残りカス。物語のモブキャラだよ?
いくらお兄さんが普通の人じゃなくても死人を生き返らせるなんて出来ないでしょ?
そんな事は誰にも不可能なんだから」
微笑んだまま、そう告げる詞乃ちゃんは彼女が手に持つ包丁で俺に向かって切りかかってきた。
だが、俺に刃が届く事はない。一之江が俺の前に立ちはだかり詞乃ちゃんが振り回す包丁の斬撃を一之江が自身のその小さな手に持つナイフで全て防いでいるからだ。
一之江は詞乃ちゃんの攻撃を防ぎつつ、彼女が身にまとう洋服を切り刻んでいく。
一之江がナイフを振るう度に詞乃ちゃんの肌や服に切り傷が出来るが、驚く事にそれは決して致命傷にはならない。
何故なら詞乃ちゃんの体についた傷口は瞬く間に、何事もなかったかのように塞がっているからだ。
切っても、斬っても再生する傷口。
一之江がナイフを振るう度に詞乃ちゃんの真っ赤なワンピースがズタズタのボロボロになっていく。
しかし、それでも彼女につけた傷口は回復していく。
「きりがない……ですね」
「無限回復力……『魔臓』でも持ってるのか」
「ふふふ、あははは……無駄だよ。無駄、無駄。
貴女じゃ、私は倒せない!
私はこの『富士蔵村』の『ロア』なんだから」
高らかに笑いながら一之江に斬りかかる詞乃ちゃん。
一之江は詞乃ちゃんの攻撃をナイフで受け止め、あるいは流しながら防いでいく。
攻撃を否しながら反撃し、ナイフで詞乃ちゃんの肌を切りつける一之江。
だが切っても切っても詞乃ちゃんの傷口はすぐ様塞がっていく。
一方、詞乃ちゃんは手に持つ包丁を振るい、一之江に向かって突き出していく。
「一之江⁉︎」
咄嗟に一之江の名前を叫ぶと。
ガキィン______。
刃物同士がぶつかる金属音が鳴り響く。
詞乃ちゃんの攻撃を受け止めながら一之江が俺に向かって叫んだ。
「……心配無用です。彼女は私に任せなさい。
モンジ。貴方は貴方にしか出来ない事をしなさい!
救うのでしょう?
その子達も、彼女達も!」
「ああ、もちろんだ!」
俺が頷くと、一之江は詞乃ちゃんにナイフを振るい切りつけた。一之江にナイフで切りつけられている詞乃ちゃんはまるで何も感じていないかのように相変わらず微笑んだままで顔を俺に向けて尋ねてきた。
「へぇ〜、何か出来るんだ?」
詞乃ちゃんは、俺が何が出来るのだろうか、とワクワクしているような顔を俺に向けてきた。
「うん。さっき君は言ったよね?
死人を生き返らせるなんて出来ない。そんな事は誰にも出来ない、不可能な事なんだって」
「言ったよ。それがどうしたの?」
「なら、その不可能を可能に変えてみせよう______」
俺がそう口にした直後。
Dフォンが勝手に動作し、俺自身を写真に写す!
と、今までにない不思議な和音のメロディーが動作音として鳴り響き______。
辺り一面の街並みが一気に暗さを増し、赤と金の色に包まれた。
俺の周囲に、蝋燭の炎に似た無数の緋色の光が回転を始める。
その光の中で、俺は俺が思い描く『物語の主人公』の姿をとっていった。
『不可能を可能にする男』。
その姿を想像し、イメージをより強く頭の中で描いていく。
俺の周囲を回転していく、その緋色の炎を見つめると炎が変化し、一条の光の線となって俺の頭の中に入ってきた。
頭の中に入った光は俺が持つ力の使い方の情報として頭の中に流れ、ヒステリアモードの俺はその情報により俺の力の使い方を理解していく。
俺の姿は、東京武偵高の制服姿へと俺の姿は一瞬で変化していた。
その制服に使われている防弾繊維や防刃ネクタイも俺自身のイメージから具現化したものだ。
Dフォンは緋色に光り出してスクラマ・サクスに変化した。
そして能力の使い方を理解した俺は倒れている子供の一人。ミーちゃんに近づき、その体に触れた。
俺が右手の掌で軽くミーちゃんの体に触れた途端、ミーちゃんの体は赤く光輝き、彼女の体中にあった無数の傷口が塞がっていく。そして、止まっていた鼓動が聞こえてきた。
傷口はすぐ様塞がり、その死人のようだった彼女の肌色も、俺や音央と遊んでいた時のような健康的な人間の肌色に戻っていく。
だが黒い、闇色の飴玉みたいな瞳だけは元には戻らない。
すでに死人となっているタッくんとミーちゃん。
詞乃ちゃんの配下となっている意思を持たない操り人形。
迷い込んだ人々を襲い、喰らう存在。
そんな彼女達を救う方法だが、一つだけある。
それは俺にしか出来ない事。
ただの屍人では詞乃ちゃんの支配から抜け出せない。
ただ蘇生しただけではまた襲われる。
なら全く別の都市伝説に改変すればいい。
『人喰い村』の一部からミーちゃん個人の独立した都市伝説に。
それはロア化した今だからこそ出来る方法で俺にしか出来ない事だ。
彼女達の存在を『改変』していく。
だが全てを改変するだけの時間はない。一部は残してそれ以外を改変していく。
『人喰い村』の命令を従うだけの屍人から黒い目の子供達の都市伝説に。
やがて光が収まるとそこには穏やかな顔をしたミーちゃんがいた。
瞳以外は普通の人間と変わらない血の通った人間の少女だ。
「えっ⁉︎」
「モーイ!ご主人様、ヘルモーイです!」
「確かに凄いけど……どうやったの⁉︎」
ミーちゃんの変わりように呆然とする詞乃ちゃんと、興奮気味にモーイ! を連発するリサ。
2人の間にはかなりの温度差があるようだ。
「人間に不可能な事なんてないからな!」
前世でお世話になっていた平賀さんの台詞を言いつつ、ミーちゃんの横に寝そべっているタッくんに近づきミーちゃん同様、その存在を改変していく。
改変中、詞乃ちゃんか俺に向けて出刃包丁で切りかかろうとしてきたが全て一之江が防いでくれた。
______数分後。
俺の前には意識と自我を取り戻した子供達の姿があった。
「モンジ、ありがとう!」
「モンジ、ありがとうな」
「こら! 2人共。モンジお兄さんだろ!」
「ご主人様の今のお名前は疾風では?」
「はっ⁉︎ しまった……」
「「あはははっ!」」
リサの鋭い突っ込みで場を和やかにさせつつ、俺は脱出のタイミングを図る。
詞乃ちゃんは相変わらず出刃包丁を手に持ち俺や一之江を切りつけようとしていた。
彼女の動きを見ていて解ったが、彼女は直接的な戦闘タイプではない。
その動きがあまりに雑過ぎる。
素人が包丁を振り回すのと変わらない。
総合的な戦闘力では一之江や俺の方があきらかに上だ。
「モンジ。彼女とその子達を連れてさっさと逃げなさい。
足手纏いです」
「ご、ご主人様……」
「ん、ここは一之江に任せよう。俺達は一目散に逃げるぞ」
「は、はい……」
リサに頷きかけると、俺は詞乃ちゃんをまっすぐに見た。
『村系』と恐れられるロア。ブラドのように無限回復力を持つロア。
おそらく俺の予想以上に強いのだろう。
それでもハーフロアの能力に目覚めた、今の俺なら彼女に対抗出来るだろう。
リサや音央が近くにいなければ。
残念ながら無限回復力を持つ詞乃ちゃんを相手にするのならば彼女達の存在は足手纏いにしかならない。
ならば、一之江の指示に従って2人を逃すべきだ。
「逃げられるかな? まだ村人はいっぱいいるよ?」
「逃げられるさ。おっかないロアから逃げ切った実績があるからね!」
俺がリサの手を引いて走り出すと、詞乃ちゃんは出刃包丁を俺に向けて突き出してきた。
しかし、その包丁を持った手首を、一之江が下から掬い上げるようにナイフで切った。
スパァと、鮮血が迸り、詞乃ちゃんが手にしていた出刃包丁が落ちた。
「今です!」
「おうよ!」
「へえ……ま、後でいいかな?」
そう呟いた詞乃ちゃんの方を見ると。
しゅううう、と黒い煙が詞乃ちゃんの手首から溢れ、傷口はすぐ様塞がっていく。
やはり一之江の攻撃は効いてないようで、リサやブラドのように無限回復力を持っているようだ。
傷つかないロア。
そんな存在の詞乃ちゃんに一之江を一人残して戦わせる事に不安や焦りがあるが。
「ご主人様……」
不安そうな顔を向けるリサの手を引いて部屋から飛び出した俺は廊下を駆け出した。
俺達の後ろに張り付くようにタッくんとミーちゃんが続いて走り抜けていく。
たくさんいる村人達が床の上に転がるその廊下をひたすら走り続けていく。
自治会館の前で待つ、音央と合流する為に。
たった一人、殿を務める為に残った一之江が作ってくれた逃走経路の中をひたすら走っていく。
無事に、この村から脱出する為に……。
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