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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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八十三 音の五人衆

部外者の侵入を許した木ノ葉の里。

人気のない森の深奥部。里人が怖れ、何らかの行事が無い限り忍びとて滅多に訪れぬ其処は、巨大なムカデや猛獣の巣窟でもある。

元々森に棲まう鳥が、ぎゃあぎゃあと喚く中、一羽の寡黙な鴉はただ一心に見つめていた。
突如少年少女に囲まれた、新たなる主を。


「……何者だ?」
あからさまに不機嫌な声音。
全身から発するサスケの怒気をひしひしと感じ取って、愉快げに笑う。サスケの機嫌が益々下降するのを察してから、ようやく一人が口を開いた。

「音の五人衆―『東門の鬼童丸』」
「同じく――――『西門の左近』」
「同じく―――『南門の次郎坊』」
「同じく―――『北門の多由也』」
「そして―――『地の君麻呂』だ」

「何者だ」という問いに対し、次々と答える五人。
その内の二人はサスケにも見覚えがあった。眼を見張る。
「お前ら…ッ、」

中忍試験にて、うずまきナルトと行動を共にしていた多由也と君麻呂。
特に『木ノ葉崩し』の際、我愛羅との戦闘中に割り込んできた君麻呂の顔が眼に飛び込むや否や、サスケは声を荒げた。
「アイツは…っ、ナルトは何処にいる!?」

君麻呂と多由也の顔を見た瞬間サスケの脳裏を占めたのは、現在最も憎むべき相手と化したうずまきナルト。
故に彼がすぐさま取った行動は、君麻呂の胸倉をいきなり掴む事だった。
「答えろ…ッ!!」

ナルトの居場所を聞き出そうと焦るあまり、手に自然と力が入る。「言え!」と問い詰めていたサスケは、君麻呂の顔が酷く歪んでいる事に気づかなかった。
「俺は今機嫌が悪いんだ。さっさと答えねぇと…」

バシッという音が森中に響き渡る。相手の服が皺になるほど握り締めていた手を強く弾かれ、サスケは僅かによろめいた。
「同意見だ。僕も現在、気が立っている」

サスケを見据える君麻呂の眼は酷く冷たい。
気を取り直したサスケもまた、君麻呂を近距離で睨みつけた。

焦りで感情が昂り、怒りの表情が露になっているサスケに対し、いつも以上に無表情の君麻呂。
双方の表情は対照的であったが、同じ音の五人衆である彼らは気づいていた。
君麻呂が怒りを通り越して逆に冷静になっている事実に。
(こんな奴に何故ナルト様は……ッ)

ギリ、と唇を噛み締める。不穏な空気を察して無意識に退く少年三人をよそに、多由也だけが慌てて君麻呂に耳打ちした。
「おいこら。こんな序盤で全部台無しにする気か」
声を潜めての戒め。その囁きは葉音にも満たない微かなものだったが、君麻呂の動きを止めるには十分だった。

今にも溢れ出す殺気をどうにか抑え込み、頭を冷やす君麻呂に代わって、多由也が口を開く。
しかしながら彼女もまた、サスケに対して怒りを覚えていた。心中苛立たしげに吐き捨てる。
(てめぇごときが気安くナルトと呼ぶんじゃねーよ)

けれど君麻呂の怒りを鎮めた手前、自身も計画の為にぐっと堪え、多由也は淡々とした声でサスケに問うた。
「―――お前の目的は何だ?」
唐突な問い掛け。ハッと顔を上げ、胡乱な眼つきでサスケは己を取り囲む五人を見渡した。

「この生温い里で仲間と傷の舐め合いか?」
「くだらない絆や繋がりとやらを大切にして」
「そして、ただの並みの忍びとして生きるのか」

多由也に続いて君麻呂以外の少年達が次々と語り掛ける。四方から声を揃えての轟々たる非難に、サスケは顔を伏せた。
項垂れた拍子に露となるサスケの首元。其処に標された呪印を見下ろしながら、多由也はだしぬけに切り出した。

「呪印で力を得た代わりに、大蛇丸様に縛られている。ウチらにはもはや自由など無い…―――何かを得るには何かを捨てなければならない」
そこで言葉を切った多由也に続いて、少年達が口々に畳み掛ける。

「確かにこの里は他里に比べりゃ、平和そのものだ」
「だが平和とは安らぎを与える反面、野望を打ち砕く」
「お前は平穏を得ると同時に、断念させられているんだよ」

最後の言葉尻を捉えたのは、それまで沈黙を貫いていた君麻呂。ぽつり、独り言のように呟く。
だが彼の一言は最も強くサスケの心を揺さぶった。
「…―――力への渇望をな」

強くなりたい一心で今まで生きてきたサスケ。だからこそ、今耳にした彼らの意見に狼狽する。
木ノ葉の里自体が自分にとって枷でしかないのかと。


サスケの動揺を目敏く察した多由也が続け様に焚き付ける。迷い、悩む時間をサスケに与えるつもりなど彼女には毛頭無かった。

「何かを得るには何かを捨てなければならない」
再度同じ言葉を述べ、じっとサスケを見据える。
ゆらゆら揺れる五つの影。周囲のそれらは徐々に伸び、まるで逃げ道を塞ぐようにサスケの身を覆い尽くす。

「力が欲しいか?強さを手に入れたいか?ならばお前は何を犠牲にする?」
辛辣な言葉を次々と浴びせられ、サスケは眼を逸らす。けれどそうしたところで、周りからの怒涛の詰問は止みはしない。
それどころか、「犠牲無しに力を得ようなどと甘ったるい考えは捨てろ」と付け加えられ、サスケは益々項垂れた。

「平穏を求めるのならば、野望は諦めろ。だが力を望むのなら、平和が代償だ……意味、わかるだろ?」
「――――俺に木ノ葉を捨てろと言うのか」
そこでようやく、サスケは顔を上げた。五人の少年少女達が一様に頷く様を瞳に映し、眉を顰める。

孤立無援。まるで四面楚歌の如きそれは甘美な誘いであると共に、木ノ葉との絶縁への道標でもあった。
大切な仲間達がいる里と、強大な力を得る機会。双方に板挟みされ、サスケの眉間の皺がより一層深まる。

「大蛇丸様に束縛されるのを対価に、ウチらは力を手に入れた。同様にお前は強さを得られぬ代わりに、木ノ葉に縛られているんだよ」
「―――それとも……忘れるのか。忘れられるのか」
葛藤するサスケを見兼ねたのか、それとも焦れたのか。
多由也に続いて君麻呂が冷然と告げる。その眼には何の感情も見受けられなかった。


「―――うちはイタチのことを……」
それが決定打だった。





「返事は今夜貰う。くれぐれも目的を見失うなよ」と念を押して言い捨て、一先ずサスケの前から姿を消す『音の五人衆』。
だが最後に見た、眼を大きく見開いていたサスケの顔から、手応えあり、と彼らは内心含み笑っていた。
どちらにせよサスケが何かしらの決意を固めていたのは確実。後は答えを待つだけ。

各々は秘かに己の肌に標された痣に触れる。無意識に触れたソレは束縛の証として自身の身を巣食う呪印。
侵食すれば身体の隅々を纏うソレは正に、己を拘束する枷そのものだ。
翼をもがれ自由を奪われた鳥が、蛇を前に成す術など無いのと同様に。


(だからこそ、うちはサスケ…。てめぇには犠牲になってもらうぜ)

己の身に巣食う呪印に触れながら、多由也は嗤った。
ナルトを侮辱したサスケへの殺意を押し殺して。
















「くあ~ぁ……眠い…」

眼前に聳え立つ書類の山。それを前に彼女は堪え切れずに欠伸する。
襲ってくる睡魔と闘ってきた綱手は、五代目火影に就任してからというもの、休む暇の無い日常に溜息をついた。

ふと魔が差して、きょろきょろと周りを窺った後、書類の山に顔を伏せる。少しだけ、と瞳を閉ざした瞬間に、扉をノックされ、彼女はガバリと顔を上げた。
「い、いや、今のはちょっと休憩しようと思ってだなっ!決して眠ってたわけじゃないぞ!」
聞かれても無いのに慌てて言い訳する。だが直後、瞳に飛び込んできた思いも寄らぬ来客に綱手は眼を瞬かせた。

「お前か…。どうした?」
後ろ手で扉を閉めた子どもに、綱手は訝しげに訊ねる。初対面では生意気だとしか思えなかったが、己が現在火影の席に就けたのは目の前の功労者のおかげだ。
口を閉ざしたまま、けれど身動ぎ一つしない子どもに、他の者には聞かれたくない話なのかと綱手は悟る。

幸い、今は黄昏時。この時刻は里人にとっては仕事終了間近であり、忍びや暗部にとっては活動開始前だ。
つまり一日の中で最も人が一息つける時間帯である……火影の自分以外は。

火影室に誰も近づかないよう人払いして、綱手は椅子に座り直した。改めて視線で促せば、押し黙っていた子どもの口がようやく開く。
けれど開口一番の一言は、綱手の眠気を覚ますには十分過ぎるものだった。


「大蛇丸の許へ行く」
眼を見張った綱手の前で、サスケは堂々と悪びれずに言い放った。

「今夜、里を抜ける」











「―――それを私に話した訳はなんだい?」

一瞬愕然としたものの、すぐさま我に返った綱手はサスケを鋭い視線で射抜いた。
里の長である火影にわざわざ里抜け宣言をした、目の前のふてぶてしい少年をじろりと睨む。

「別れの挨拶でもしに来たのか?随分殊勝なことで」
「……………」
子どもの割に寡黙なサスケを綱手は怪訝な顔で見遣った。

「だがあいにく私は里抜けを黙って見送るなど寛容な人間じゃないよ。それを知った上で私に会いにきた理由をお聞かせ願おうか」
言葉足らずの少年から話を聞き出そうと綱手は待った。話を聞く姿勢を決して崩さぬ彼女の態度を見て取って、サスケは逡巡する。

暫し戸惑う素振りを見せた後、とうとう観念したのかサスケは自分の考えを語り出した。
「大蛇丸の部下が俺を勧誘しにきた。だから俺はその誘いに乗って……」
サスケの話は綱手にとってある意味予想の範囲内であり、そしてまた意外な内容だった。


「木ノ葉のスパイとして大蛇丸の許へ向かう」
「………なんだと?」


独自で下したサスケの結論に、一驚した綱手は思わず腰を浮かせた。立ち上がりかけたまま、「本気か?」と鋭く訊ねる。

「大蛇丸の懐にわざと潜り込むつもりか。それで何時の間にか奴の手下になっていないという確証が何処にある?」
「万が一そうなったとしても、俺は大蛇丸を利用するだけだ。力を手に入れる為にな」
「…寝返る可能性があるのに、どうやってお前の里抜けを許すと言うんだい?」
「あんたは火影だ。だから今から俺が行う事は里抜け含め、任務だという事にしてくれ」
「そんな危険な任務、この私が許すと思うか?第一、スパイっていうのはそんな簡単なものじゃないよ。口で言うのは容易でも実際に行うのは困難極まりない。敵の信頼を得た上で、その情報を此方に流す。そんな芸当がお前に出来るのかい?」
「―――やってみせるさ」

怒涛の応酬を繰り返したところで、サスケの瞳に込められた強い意志は揺るぎ無い。
再び口を開きかけた綱手だが、サスケの鋭い眼光を前にしてとうとう諦めたように首を振った。ドカッと椅子に座り込む。


確かにサスケが取る方法は大蛇丸の情報を手に入れるのに一番確実だ。大蛇丸は基本慎重な男であり、疑わしい人間を傍に置いたりはしない。
だがサスケは別だ。今回意外にも早く動いたのも、うちはの能力を欲するあまりだろう。
サスケの性格や行動パターンを考慮していたとしても、まさか火影にスパイなどという提案を話すとは大蛇丸とて予想外に違いない。
故にサスケの案を呑むという事は、大蛇丸から木ノ葉が一歩リードしたという事実に繋がる。
けれどその反面、サスケ自身に降り掛かる負担が重過ぎるのも事実だ。



「…―――覚悟はあるんだね?」
腰を落ち着かせた綱手は手を組んで、サスケに再確認した。
今すぐにでも反論したいとわななく口許を覆い隠して。



綱手の最終確認に、サスケは一度眼を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、己の目的であり目標であった男の姿―――うちはイタチ。

兄に対して、幼き頃に抱いたのは純粋な憧れ。以前までならば、純粋な殺意。
そして真実を知った現在、彼がイタチに抱いたのは純粋な敬意であった。

兄のようになりたい、とそう願っていた。兄のようでありたい、とそう望んでいた。
だから彼と同じ道を進もうと、サスケは決意したのだ。かつて木ノ葉とうちは一族の二重スパイとして生き、そして暁に潜入したイタチの軌跡を辿るように。

以上から、サスケは綱手に最後通告をする。己の身に襲い掛かる苦難への道程の第一歩を彼は自ら踏み出した。
大蛇丸の許で力を得る代償として、木ノ葉に尽くす。兄弟共に選んだ道は自己犠牲に他ならないが、その一方やはりサスケは復讐者であった。


大蛇丸の許へ行けば、憎き仇であるうずまきナルトの情報を得られるかもしれない。以前ナルトと行動を共にしていた君麻呂や多由也が音の里にいるのだ。ナルトが音にいないという保証が何処にあるだろうか。


現時点でサスケは賢明な判断で答えを導き出した。たとえそれが原因で、他の誰かが道を誤ったとしても。
そしてサスケの根底に、うずまきナルトを殺す目的があったとしても。
仲間とは相容れない道を、それでいて木ノ葉との繋がりを切らさない方法を彼は選んだのだった。




「今夜、俺は木ノ葉を抜ける」


 
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