狼の森

「狼は貪欲なんだぞ」
「何でも貪り食うというのじゃな」
「手当たり次第に襲ってな」
　ハンスはこう考えていた、そしてそれは他の村人達もだ。誰もが狼はそうした生きものだと確信している。
　だからだ、隠者にもこう言うのだ。
「そういうものだろ」
「御前さんはそう思うか」
「俺だけじゃないさ」
　こうも言うハンスだった。
「誰もがな」
「そうじゃな、わしもな」
「あんたもだろ、狼ってのはな」
「昔はそう思っておった」
　かつては、というのだ。
「その様にな」
「今は違うっていうのか」
「そうじゃ」
　その通りだという返事だった。
「今は違う」
「狼はそうした相手じゃないだろ」
「御前さんは狼に襲われたことはあるのか」
「狼にか」
「そうじゃ、あるか」
「いや、それはな」
　どうだったかとだ、ハンスは隠者に正直に答えた。
「ないけれどな」
「ないのじゃな」
「ああ、ないさ」
　それはというのだ。
「別にな」
「そうじゃな、わしもない」
　隠者もだというのだ。
「狼に襲われたことはな」
「それがどうしたんだ」
「わしと一緒に来てくれるか」
　隠者はハンスにこうも言った。
「これからのう」
「あんたとかい？」
「そうしてくれるか」
「別に取って食うとかじゃないわ」
「わしは人を食ったりはせぬ」
　隠者はこのことも否定した。
「ちゃんと食うものはあるわ」
「食うものには困ってないか」
「森の恵がある」
「果物なり茸なりを食ってるのか」
「そういうことじゃ」
「それは何よりだな。それで食いものがあってか」
「御前さんを食ったりはせんわ、わしは悪鬼でもない」
　人を取って食うような、というのだ。
「安心するのじゃ、そのこともな」
「わかった、それじゃあな」
「ついて来てくれるか」
「そうさせてもらう、それではな」
　こう話してだ、そのうえで。
　ナンスは隠者について行ってだ、そのうえで。
　二人で森の中を進んで行った、そうして着いた場所は。
　森の木々の中にある洞窟だった、ハンスはその洞窟を見てから隠者に問うた。
「ここがだな」
「うむ、わしの今の棲家じゃ」
「洞窟で寝起きしているのか」
「ここもよい場所じゃよ」
　そうだというのだ。
「ここでずっと生きておるわ」
「隠者らしいな」
「そう言ってくれるか」
「寂しくないんだな」
　ハンスは隠者にこうも問うた。
「こんな場所にいて」
「大勢いるからな」
「大勢？」
「ふむ、出て来たわ」
　隠者がその洞窟の入口を見てこう言うとだった、不意に。