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Holly Night

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第2章
  ―――3―

「あんたもさぁ、ちた自分の立場考えて頼めば?」
ホテルの一室に呼ばれた女は、グラスを傾ける課長に書類を渡し、案外早いな、と女にグラスを渡した。
「あんた、曲がりなりにも警察だろうが。真逆の存在使うなよ。」
女は一人用のソファにゆったり座り、注がれたワインを一口飲んだ。課長は無言で渡された書類を確認し、持ち込んでいたパソコンで照合を始めた。
「二人か。役立たず。」
「啊!?情報が少ないんだよ!名前も無い、年も無い、あるのは特徴と顔写真だけ!一週間で其処迄見付けたんだぞ!?」
「此の二人は関東か。」
「聞けよあんた!」
事件発覚から今日で一週間、後数時間もすれば年が変わる。
亜由美達の母親、如月エリコは二十七日に見付かり、容疑を認めた今現在拘留されて居る。
事件は解決したと云って良いが、六人の所在は、持ち込んだエリコ本人ですら曖昧な回答だった。
亜由美と真由美は自分の娘、亜由美の父親は如月アツシ、真由美の父親は町田サトシで間違いないと認めた。六人の子供と五人の白骨化した赤ん坊の親は良く判らないと意味不明だった。
エリコ曰く、誘拐では無い。あの少女達の親から“預かって”いた。

――何を云ってるんだ、御前は。
――誰も信じないだろうけど、本当に最初は預かってただけなの…
――だったら親が引き取りに来るだろう。
――来ないのよ!誰一人!

エリコは頭を抱え、小さく話始めた。

私、保育士の資格持ってるのね。其れで、夜の仕事してる母親とか、短期出張の父親とかから預かる仕事始めたのよ、こっち来た時。
託児所より割高だけど、食事とかお風呂入れたり、泊まりで預かるとか託児所ではしない事をしてたから繁盛はしたわ。でも、私が甘かったのよ。
一番古いの赤ん坊…其の母親と連絡が取れなくなったの。自宅にも職場にも行ったわ、勿論。赤ちゃんも心配だったし。でも、居ないのよ、何処にも。
電話も解約されてるし、私如何して良いか判らなくなったの。警察にも云ったけど、相手にして貰えなかったの…、其の内帰って来ますよ、って。其れ所か児童相談所に行ってくれって。
一ヶ月して、此の子、母親に捨てられたんだ、って気付いたわ…
其の時に預かってた子が、殺しちゃったの…

此の子、と女は六人の中の一人を指した。

――殺した…?
――煩いからひっくり返したんですって…、私、亜由美に任せてスーパーに買い物に行ってたから…。帰ったら亜由美が、赤ちゃん泣かないんだけど、って云ったから戦慄したわ…、やっぱり、死んでたの…
――御前、自分の言葉、理解して云ってるか?
――何か、変…かしら…

赤ん坊の事はもう聞かない事にした。
問題は五体の白骨死体では無く、六人の子供だ。
聞くと全員、親が迎えに来ない、だった。
そんな言葉を信じろとでも云うのか。然しエリコは其れしか云わない。
課長も木島も信じなかったが、拓也だけが其の言葉を信じた。

赤ちゃんポスト…、現に其れが存在する。施設の前や教会、寺とかに捨てられてる赤ん坊も居る。何年か前にもあったろ、病院の前に赤ん坊が置かれてた事件。子供置き去りにして消える親なんてゴマンと居る。此奴は其れにされたんだよ。ある意味此奴も被害者だ。

だろう?と拓也が云うと、エリコは項垂れ、御免なさいと呟いた。

――けど、何であんな事させた。
――私は、反対したの…
――真由美だけ被害が無かった、詰まりそういう事で良いんだな?
――そう…、サトシが全部手配したの…、仲間内で児童ポルノ作るって…、金になるからって…、マンション、調べて…、映像があるから…

撮影されたビデオを見た事があるのか、エリコは顔を覆うと叫び声に似た泣き声を出した。
四人の赤ん坊は町田の仲間内の子供である事、大きくて生後半年、一番小さい子で生後二週間、全て虐待で死んだ、其れを自分が埋めた。
あの家に寄り付かなかったのはあの少女達を見ると自分のした過ちがどれ程大きいのか痛感するから、亜由美だけでも父親の元に返したかったが、妊娠している事に気付き如何しようもなくなった。
佐賀の家を出る時亜由美を連れて出たのは町田が望んだから、町田の気に入りは他でも無い亜由美、半年前に別れを告げられ、だったら亜由美と真由美を連れて行くと云ったら殺されそうになった、だから一ヶ月前亜由美達をあの家に残し、故意にローンを払わなくなった。そうすれば管理会社が見付けてくれるだろうと思った。
余りの勝手な言い分に拓也と課長は開口した。

御免なさい、本当に、御免なさい…、あの子達を見付けてくれて、有難う…

其れ切りエリコは言葉を発せず、取調室から出されると、廊下の長椅子に座る亜由美をじっと見た。其の横に如月が居り、如月は黙ってエリコの頬を叩いた。
エリコは一瞬睨んだが、何も云わず、亜由美に触れる事もせず係官に連れて行かれた。
其処から町田の取り調べが引き続いたのだが、課長と拓也の怒り様に此処は割愛させて頂こう。
容疑を認めた町田を連行する係官が一言、自白の強要でもしたんですか?と云った具合だという事だけお伝えしよう。
其の後マンションから押収したビデオを木島が確認したのだが、此れを裁判で流すのか…、大問題になるぞ、判事と検事、弁護士が一番可哀想…と顔色悪く答えた。
エリコが持っていた六人の少女達の親の番号は当然繋がらず、其の番号を女に渡すと、早く出せよ、とワインを飲んだ。
「連絡寄越さんかったのは御前だ。」
「一番手っ取り早い情報入手したら連絡入れるのが礼儀だろうが!ま、此れで三日ありゃ充分だね。」
グラスをテーブルに置いた女は、今更親を見付けて如何するんだ?と帰り際聞いた。
「如何もせんさ、此奴等は施設行きだからな。唯、何かしら…保護観察義務違反、位のアレは付けてやる、熨斗付けてな。」
「わー、縁起良い。」
課長は封筒を女に向けたが、要らねぇよ、と女は赤い唇を動かしただけで其の儘部屋を出て行った。
パソコンから音楽を流した課長は其の儘ゆったりとキングサイズのベッドに横たわり、三つ編みを解くと瞼を閉じた。


*****


「佐賀に居た頃、亜由美を虐待してたのは何でだ?」
課長の問いにエリコは答えた、自分にそっくりだったから、と。
「私ね、刑事さん、自分が嫌いなの。誰にも愛されなくて、惨めで、如何しようもない女なの。顔だってそんなに良くないし。」
こめかみから額に掛けある痣を隠すようにエリコは手で撫で、髪で隠した。
「其の痣が、御前を狂わせたのか。」
エリコは首を傾げてみたが、そうなのかもね、と手を膝に乗せた。
「地面を見て、生きて来たの。」
生まれた頃からある痣の所為で、髪も短くした事は無く、高校時代迄誰かを正面切って見た事は無い。大学生になり化粧を覚えて初めて前を向く事が出来るようになったが、長年の癖はそう治らず、矢張り俯いていた。
其の視界に入ったのが夫のアツシだった。
「あの人、身長高いでしょう?」
「嗚呼。」
「だからあの人、しゃがんで話す癖があったのよ。」
エリコはそう云うが、同じに長身の課長はそんな風に話し掛けた事は無い。横で聞いていた拓也がキキと笑った。
「昔から年寄り相手にする人だったから、自然とそうなったのね。」
「優しい男じゃねぇか。」
見た目通り。
初めてエリコの視界にきちんと入った異性はアツシが初めてで、驚く事に最初に惚れたのはエリコ側だった。てっきりアツシだと思っていた、性格からして。
アツシと会話する為にエリコは地面を見るのを止め、空を見るようになったが、アツシを好きになる程エリコは又地面に向いて行った。
「私を愛してくれる人なんて居る訳無いのよ。」
何処からそんな後ろ向きな思考が出るか謎だった。
横の部屋で取り調べを観察する菅原は、嗚呼そう云う環境か、とエリコを分析した。
本来なら警察で無い菅原が取り調べを見る事は出来ないのだが、課長が許可を出した。此の儘裁判に流れるとなると、エリコは確実に精神鑑定が入る、其の前に課長は、警察の手が一切入らない状況の見解が欲しかった。
菅原は、母親との関係を見直した方が良いと考えた。誰からも愛されない、と発言する人間の多くは、母親から愛情を貰って居ない。愛情を貰い生きた事が無いから、愛情を貰っても其れが愛情だと認識出来ない。気性が荒いのは母親との関係が不安定だから、と菅原は続けた。
子供の性格は母親で決まると云って良い。母親が性格を作るのでは無く、子供が母親の性格に似るのだ。
おっとりした母親なら子供もおっとりし、何処か抜けてる母親だったら子供も何処か抜けている、仏頂面の母親なら子供も又眉間に皺を寄せている、ヒステリックな母親なら子供も同じになる、最悪なのが暴力、母親が暴力や暴言を日常的に乱用すると子供も同じ事をする。
其れと、会話。
菅原の知る内で、面白い親子が居る。
其の子供は当時三歳だったのだが言葉を中々覚えず、菅原も小児科医も、喋らない可能性がかなり高い、と診断した。聴覚も声帯も全て健全だが何故か言葉を覚えない。菅原や他の医者や看護師、スタッフが話し掛けると不思議そうな目で見た。
だから、気付いた。
母親が物凄い寡黙なのだ。
挨拶も、ほぼ口を動かして居るだけだと云って良い、菅原達が何かを聞いても首を傾げたり、夫が同席して居たら夫に喋らせたり、兎に角寡黙だった。普段何してるんですか?と聞いたら、本読んでます、此れだった。
母親が話し掛けないが為に、子供が言葉を知らないのだ。
話すのが嫌い或いは苦手なのかと聞いたら、タイミングが判らないだけです、と面白い事を云った。奥さん普段もあんなですか?と夫に聞いたら、そうですね、あんなです、母親と正反対ですね、と菅原の思考を刺激した。
此の母親、自分の母親が機関銃のように話すのでタイミングが判らず、母親が代弁をして来た、私の意見が娘の意見だと。夫が云うには此の母親、風邪を引いても一人で病院に行けない、美容院にも行けない……自分の考えを或いは真逆の考えを自分の母親が第三者に伝えて来た為、如何表現して良いか判らないらしいのだ。なので風邪を引いたら此の夫が症状を事細かく書いた紙を、医者に渡しなさい、と渡すのだ。
判り易く云ったら、此の母親は自分を客観視し過ぎており、こういう状況だと云われたから自分はこういう状況に今居るんだ、と全くの第三者の目で自分を見ている具合。
周りが用意周到な分、此の母親は言葉を発せず生きて来れた、其れが当たり前だったから。
だから子供にも、話し掛けない。一緒に遊んだりはするが、静かなのだ。本を読ませて下さい、と云っても膝に乗せ、頁を捲るだけ(本当に読ませて如何する)、玩具で遊ばせても無言で相手をする、子供が何か云っても、うん、としか答えない。
夫婦の会話は一体如何なってるのか、こっそり覗いてみたのだが、夫が何か云っても、うんうんと頷いてるだけだった。
御飯食べて帰る?――うん。
何処か寄る?――決めて良いよ。
此の映画見たいんだよな――うん、今度行こう――良いよ。
……最早会話ですら無い。
此の母親は無理だ、と思い、お父さんが頑張って話し掛けて下さい!としっかり頼んだ。
頼んだのが良かったのか、幼稚園に行き出したからなのかは知らないが、子供はあっさり喋るようになった。そしたら此の母親、なんで此の子ずっと喋ってるんですか?と云った…其れが最後の診断の会話だった。
ずっと喋る子供の手を握る母親の疲れ切った顔と云ったらない、父親と話している間はぼーっと何処かを見ていた。
だよね!ママ!
そうね。
御前、聞いてたか?
いや、聞いてなかった、御免。
駄目だこりゃ、と菅原達は呆れ、笑い、親子を見送った。
唯此の母親、一つだけ良い事がある、表情がかなり豊かで、だから言葉が無くても、会話として成立していた。寡黙に加え仏頂面だったら目も当てられなかったに違いない。
エリコも、母親に問題があると見て、どんな母親か聞いた、矢張り菅原の考え通り、痣の所為で母親から疎まれていた。
代々婿養子、其れも奇妙な話であるし、エリコに問題があるからと云って、孫である亜由美を養女にする理由も突拍子過ぎる。其処迄エリコは母親に嫌われて居た、否定的な考えを持ち、俯き歩く人生なのも納得した。
何でもエリコの痣、父親の弟…叔父と祖父にあるのだ。だからなのか判らないが、痣を持ったエリコを産んだ母親は、叔父との関係をかなり疑われた。祖父にもあるのだから父方の隔世遺伝だと考えれば済む、然し三十年以上も昔の田舎だ、今でも田舎の事情は一世代前だと考えて良い、母親の心労は否めない。
亜由美は其の隔世遺伝を受け、父親と同じに痣を持たず生まれた、此れがエリコの母親…祖母の勝利だった。ほれ見てみろ、エリコはあんたの子じゃないか、と祖母は此れでもかと、婿養子の癖に自分を非難しまくった祖父を罵った。此れで亜由美に迄痣があったら、隔世遺伝所か祖父、叔父、自分、娘の優性遺伝と決まったが。
エリコが面白い筈が無かった。
亜由美が生まれる迄大人しかった性格は両親への鬱憤を晴らすが如く百八十度変わり、怒りはあらゆる物に向けられた。
此奴さえ痣を持って生まれりゃ良かったのに、嗚呼畜生、痣なんて持って生まれたばっかりに。
亜由美に痣があれば、祖母は昔の気迫等無くし萎れただろう、自分に覚えが無いだけでエリコの父親は叔父だと思ったかも知れない。
畜生め、なんでたって見た目も声も似てやがんが此の兄弟は、位思っただろう。
実際祖父から、そっくり過ぎて俺と弟を間違えたんだろう、と云われもした。双子や年子なら未だしも三つ違いの兄弟、自分の夫を間違える妻が何処に居るんだ、と心で思ったが黙っておいた。其の結果が此れだ、祖母の怒りは亜由美を盲愛する事で解消された。
こう考えるとエリコと亜由美は真逆だが、顔がそっくりなのだ。
自分の顔が嫌いで堪らないのに、娘は鏡に映したようにそっくり、なのに祖母から愛される、痣が無いというだけで。
「大嫌いだったなぁ、亜由美、そして自分も…」
だったら何故産んだのか、聞いたら自分を愛してくれた男の子供だったから、真由美が生まれたのも同じ理由だ。


*****


自分の愛し方を知らない人間は、他人の愛し方も判りませんよ。
菅原の声が部屋に付けられる電話の音で途切れ、眠っていた課長は大きく目を開いた。
「はい…」
「チェックアウトのお時間ですが、如何されますか?」
時計を見ると九時だった。
「泊まります。」
其れだけ云って課長は受話器を上から落とした。
もう何も、考えたくない。
ずっしりとした疲労は容易く睡魔を呼び、又電話の着信音で目を覚ました。
番号だけの表示。
年が明けていた。
「はい…」
締め付けるような頭の痛さが、聞こえた声にすぅっと引いた。
云って良いのか?此れを。
愛する仕方を知らない人間の愛情表現は、極めてエゴイスティック。そう、云われたのに。
「会いたい…」
「勝手過ぎんの、自分。」
そんな愛情を受け止める側は、セルフィッシュ。
自分勝手な愛情を押し付け合う。拒絶してしまえれば、何処迄もエゴイストで居られるのに。相手が望む時にだけ愛情を与えてしまえば、何処迄もセルフィッシュで居られるのに。
何て、自分勝手、何て、身勝手な愛情だろう。
「なんで本当に来るんだよ…」
「呼んだやんか。」
子供は一生、親から与えられた物を覚えている、喜怒哀楽全てを。
此の男から与えられた物全てを覚えているのは、セルフィッシュだった。 
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