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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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八十一 復讐者

「受け取れ」

淡々と、何の感情も見受けられないまま、彼は白き羽織を翻した。途端、何かがバサリと羽ばたいて、サスケの肩に止まる。
片肩にずしりと乗る重みに、サスケはのろのろと視線を横へ流した。

此方を覗き込む、黒々とした艶やかな色の鳥。一羽の鴉。


「…―――イタチの形見だ」
ビクリ、と肩を跳ねさせる。突然の肩の動きに動揺した鴉が羽音を立てて飛び立った。頭上の枝に止まり、新たな主の動向を見守る。
鳥羽色の羽根が一枚、ナルトとサスケの間に墜ちた。

「………今、何と言った…?」
俯いたまま身動き一つ取らなかったサスケがようやく口を開く。わなわなと震える唇から零れる問い掛けは、否定してほしい響きを以っていた。

「…形見だ、と」
「違う!!そうじゃねぇ!!」
ナルトの返答を腕で遮って、サスケは顔を上げた。その瞳は真っ赤に燃えており、ナルトを真っ直ぐに見据えていた。
憎悪の眼。
「てめぇが!イタチを!殺しただと!?」

双眸を見開き、叫ぶ。一言一句確かめるように、けれど冗談だと笑い飛ばしてほしいという願いと共に、サスケは吼えた。
「てめぇが…イタチを―――ッ」
だがサスケの一抹の希望は、他ならぬナルトによって一刀両断される。
「そうだ。俺が……」

ナルトは顔色一つ変えない。動揺も戸惑いも一切無い。
背後に控える白が会話を窺う中、ナルトは一度瞳を閉ざした。
次に眼を開けた時、彼はただ一言を告げる。それはサスケにとって、最も冷酷で残酷な言葉だった。


「俺がうちはイタチを殺した」







「てっめぇえぇ――――――――――ッ!!!!」
「…ッ、ナルトくん!!」

明確な殺意を以って襲い掛かったサスケに、白が逸早く反応する。
咄嗟にナルトの前へ飛び出した白が印を結ぶのと、サスケが術を発動させたのはほぼ同時だった。

火花を散らす稲妻。非常に硬度な鏡。

濃厚な殺気と共に迸るサスケの雷が白の鏡を粉砕せんと迫る。
高い攻撃力の【千鳥】と防御力を誇る【魔境氷晶】。
双方の術の真っ向からの正面衝突に、薄暗き『死の森』が一瞬発光した。

「どけぇえぇええ――――――――――ッ!!」
「……ッ、どきません!!」
激昂し、我を忘れるサスケ。何重にも連なった白の鏡が次々と割れる。
粉砕された鏡が水に戻り、彼らの足下を濡らした。
雷鳴が轟く。
「…ぐ…ッ、」
サスケの猛攻に一瞬怯む白。だが後ろにいるナルトを視界の端に捉えるや否や、彼は気を引き締めた。強く結んだ印に一層チャクラを込め、鏡の硬度を増す。


「―――構わないよ、白」
しかしながら白の想いとは裏腹に、ナルトはサスケの襲撃を許した。


「彼の好きにさせてやってくれ」
「…ッ!?駄目です!なりません!!」
猛烈な勢いで攻めてくるサスケを迎え撃ちながら、白は耳を疑った。すぐさま却下するが、ナルトは変わらず眼で促してくる。背後に向かって白は必死の形相で懇願した。
「彼は貴方を殺すつもりですよ!!いくらナルトくんの頼みでもこればかりは……ッ、」

雷が何枚目かの鏡を貫通した。ナルトに気を取られていながらも、白は更に片手で印を結ぶ。
瞬時に展開した数多の鏡がサスケの雷を阻むかのように立ちはだかった。

「チィ…ッ!」
新たな鏡の出現にサスケが舌打ちする。強固な鏡をようやく突破した矢先に現れたそれらは今までの比じゃないほど固い。難攻不落の城の如き頑丈な鏡に、サスケは憤る。
【千鳥】は体術のみを極めた上に肉体活性による高速移動を併用し、相手目掛けて突進する術。手だけに一点集中させたチャクラは目に見える電撃となり、最も威力のある突きだが、一度突いたら方向転換は難しい。

しかしながら今のサスケには何も見えていなかった。現状も、目の前に佇む邪魔な鏡も、白の存在も何もかもが彼の眼には映らなかった。

サスケの瞳にあるのは、憎き仇――――うずまきナルトのみ。


「邪魔だぁああァア――――――――ッ!!」
一度体勢を整えるなどいう思考にも至らず、ただ一直線に攻撃する。自分の眼前にある障害物―――白と鏡の排除そしてナルトの死、それだけを望んでサスケはチャクラを込めた。

バチバチと迸る雷が、サスケと白の間にある鏡に反射して周囲の木々をも青白く光らせる。
白に庇われるこの状況をナルトは冷静な眼で眺めた。やがて小さく溜息をつく。

「……仕方ないな…」
そうして、彼はおもむろに人差し指で鏡に触れた。



刹那、あれだけ固かった鏡が全壊する。
サスケがどれだけ攻撃しても罅一つ入らなかった鏡が全て、一斉に割れた。粉砕された鏡の破片が瞬時に水へ戻り、雨となってその場に降り注ぐ。

いきなり目の前の障害物が消えた事でサスケが踏鞴を踏む。そのままサスケの意志とは関係なく、【千鳥】が勢いよく白に迫った。だがそれより先にナルトが動く。
己の術が破られた事よりも、後ろにいたはずのナルトが何時の間にか目の前にいる事実に、白が眼を見張った。青白き雷光の中、白き羽織が赤く染まりゆく。
白が声無き叫び声を上げた。

「―――――――ッ!!」



一方のサスケも愕然と相手の身体を突いた自身の腕を見つめた。指先から滴る赤を驚愕の表情で見下ろす。
ぽたた、と円を描くソレは彼らがいる大木の枝に暗紅色の花を咲かせた。

「………サスケ……」
呆然と立ち竦む白とサスケを我に返らせたのは、彼の小さき声だった。

「それじゃあ俺は殺せないよ」




瞬間、サスケの身は吹き飛んだ。勢いよく弾き飛ばされ、背後の大木に背中を強か打つ。
いきなりの反撃に動揺する彼の視線の先で、【千鳥】を穿たれたはずのナルトが静かに佇んでいた。
だがその脇腹からは、確かに血が滴り落ちていた。

「御無事ですか、ナルトくん!?」
「……途中で無意識に攻撃を外したな、サスケ…」
ナルトの身を案じる白をよそに、彼は淡々と己の身体を見下ろした。

当初の狙いは左胸だったのだろうが、身体を突く間際に無理矢理サスケは術を方向転換したのだ。

腕をずらした際に勢いも若干削がれたものの、それでもナルトの脇腹を抉った【千鳥】。
抉られた箇所からじわじわと広がる血に白が痛ましげに顔を顰める。

しかしながら平然と佇んだまま、ナルトは眼を細めてサスケを見た。その声音は寸前とは一転している。
それはまるで、この世の生きとし生きるもの全てが畏縮してしまうほどの冷酷なものだった。


「―――何処を狙っている。心臓は此処だ」


冷やかな視線。いつものナルトとは違う物言いに、白がビクリと身を震わせた。
ナルトの心配以上に白の全身を襲ったのは、畏怖の念。
同様にナルトからの視線を一身に受けているサスケが感じたのは、大いなる戦慄だった。

「今のお前などイタチの足下にも及ばない」

ナルトから発する威圧感を受けながらもサスケは辛うじて身を起こした。途端、己の身体が瞬く間に潰れる錯覚に陥って、混乱する頭を激しく振る。
ナルトらしからぬ挑発に疑問を抱く白に反して、何の疑いも無くサスケは反発した。
「…それじゃあ、なんであんたは俺とイタチを引き合わせたっ!?」


今でも鮮明に思いだせる。
ずっと一族の裏切り者として追い続けてきた兄との再会の時を。真実を知った瞬間を。和解した一時を。
それもこれも今現在自分の前に立ちはだかっているナルトがいなければ成し得なかったモノだ。

「てめぇはどうして!イタチと俺を和解させたんだッ!?」
「……察しが悪いな…」
脇腹から止め処なく滴る血を止めもせず、ナルトは冷やかにサスケを見下ろした。


「イタチを殺す為だ」










「――――どういう意味だ」

野生の勘だろうか。先ほどから全く止まらない全身の震えはサスケの足を立たせようとはしなかった。
立ち上がろうとする意志に反して動かぬ身体。自然と震える両足がサスケを戦闘態勢に持ち込むまいと揺れ動く。

「イタチは忍びとして模範的な人間だった。隙が無く、己の心を殺す事に長けている。だからこそイタチの唯一の弱点である―――」
ナルトは一度口を閉ざす。そうして次に話す間際、彼は秘かに唇を噛み締めたようだった。
しかしながらナルトはくっと口角を吊り上げる事でサスケの眼を欺いた。
「サスケ………お前が必要だったんだ」


もはやサスケはナルトを見ていなかった。わなわなと肩を震わせる。
唇をわななかせ、サスケはナルトを鋭く見据えた。その眼は明らかに殺意に満ちていた。
「………つまりてめえは……」

この瞬間、サスケはナルトを敵と判断した。

「……イタチを……兄さんを殺す為に……俺を利用したのか…ッ!?」
サスケの渾身の殺気が突き刺さる。けれどそれをナルトは柳に風と受け流した。
そうしてサスケより遥かに鋭く冷たい視線で、立ち上がろうとする彼を見下す。


「……人間ってのは愚かな生き物だな。一度気が緩めば、隙はいくらでも出来る。イタチの場合、お前と和解したおかげで希望を抱いてしまった。再び弟と共に過ごせる未来を、夢を見てしまった…―――」


ナルトは嗤った。それは酷く軽薄な冷みだった。

「―――馬鹿な奴だ」







瞬間、サスケの怒りが爆発する。堪え難い怒気は恐怖を打ち殺し、サスケの足を突き動かした。
「兄さんを…っ、イタチを愚弄するなぁアァあ――――――ッ!!!!」

もう残り僅かしかないチャクラを振り絞る。既に二度使った【千鳥】の発動。
この術を授けた畑カカシの言葉が脳裏に過る。無理に発動すれば死ぬ―――という忠告。

けれどもはやサスケは己の身がどうなろうとも知った事では無かった。腕を伸ばす。
バチバチと放電する雷をナルト目掛けて。


「……死に急ぐか…」
無理な術の発動を即座に見抜いたナルトが眼を細める。すぐさま庇おうとする白を視線で制して、彼は迫り来るサスケを悠然と眺めた。

「だが無駄だ」


ナルトがそう呟くや否や、掻き消える【千鳥】。
無残に腕から零れ散る雷をサスケは愕然で見つめていた。だが次の瞬間には天と地がくるりと反転する。
気づいた時にはまるで背に何か重いモノが圧し掛かっているかのように、彼はナルトの足下で突っ伏していた。

顔もろくに上げられない。眼までも満足に動かせず、口惜しげに唇を噛み締めるサスケの傍で、ナルトが膝をつく気配がした。

「兄の仇が討ちたくば、証明してみせろ」
耳元で囁かれた静かな声。その一言を最後に、サスケは意識を失った。




「―――俺を殺してな」











東の空が白ばむ。

鬱蒼とした『死の森』をほんのり照らす東雲の微光。西の空に残る月影に、鳥の声が朝を告げてゆく。
朝陽がサスケの視界を遮っていた暗幕を破く。意識を取り戻したサスケは大木の幹を背に独り、暁の空を仰いだ。

朝焼けの光がサスケの頬を撫でる。けれど彼の瞳はどんよりと薄暗く、それでいて強い光を灯していた。
「……うずまきナルト…」

項垂れたまま呟かれた宣言は鳥の鳴き声に掻き消される。その呟きは彼をずっと見守っていた鴉だけが聞いていた。
「お前は…俺がこの手で―――」





サスケの瞳の中で輝くのは、確かに轟々と燃える炎だった。
復讐という名の。



「――――――殺してやる――」

 
 

 
後書き
お待たせしてすみません!!
今回ナルトが悪役っぽいですが、彼の不可解な言動は次回で明らかにしますのでご了承願います!
これからもよろしくお願い致します!! 
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