リリカルな世界に『パッチ』を突っ込んでみた
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第八話
前書き
明けましておめでとうございます。
放課後。
「ねえ皆。今日私の家で遊ばない?ファリンが新作ケーキを作ってるはずなの。」
「行く。」
校門ですずかが発した言葉が終わらないうちに、葵は宣言した。いつの間にか彼女の両手をギュッと握り締めている。それは、無意識にパッチで上昇した身体能力すらつぎ込んだ、目にも止まらぬ早業だった。心なしか、目がキラキラと輝いているようにも見える。
「う、あ・・・ちょっと葵君・・・。」
いくら親友とはいえ、彼らは既に小学三年生の精神年齢を超えており、触れ合うような機会などほとんどない。普段葵が触ってくることなどないので、すずかも恥ずかしくなっているようである。
「ほら葵。落ち着きなさい。ケーキは逃げたりしないわよ。」
とはいえ、甘味が絡んだ葵が暴走するのはいつものことなので、三人とも気にしない。少し、いつもより行動が早すぎたような気がするが、正確に速度を図っているわけでもなく、スルーされた。
という訳で、これからすずかの家に行き、全員で遊ぼうということが決まったのだが・・・
―――ドクン―――
「あ!?」
「嘘だろ・・・。」
それまで楽しそうに笑っていたなのはと葵の表情が一変して険しい顔となる。それを敏感に感じたアリサとすずかは、二人にどうしたのかと問いかけた。
「・・・あ~ごめんね二人共。私、用事があるの忘れてて・・・」
心底申し訳なさそうに頭を下げるなのは、既に今日遊ぶのは諦めているようだが・・・
「行くべきなのか・・・?でも、ケーキが・・・・・・!いやまあ、ここで行かないで地球終了したら意味ないし、行かなきゃいけないんだけど・・・くっそ!タイミング悪すぎだろう!」
小声でブツブツ呟いている葵は、どうしても諦めきれない。その二人の様子を見れば、アリサとすずかは薄々感じることができた。・・・つまり、この二人が抱えている問題は、同じ・・・もしくは似たようなものなのだ、と。思えば、葵は昨日から。そしてなのはは今日から様子が変だった訳で、葵の問題になのはが巻き込まれたと考えれば納得がいく。
(・・・いや、もしかして・・・)
そこまで考えて、すずかはもう一つの可能性を思いついた。
(・・・葵君が、なのはちゃんに告白した・・・とか?)
葵が変になったのは、なのはに告白する為に緊張していたからで、なのはは告白されたから挙動不審になった。そういう考えも出来るのではないか、と。
もしかすれば、元々デートの約束でもしていたのかも知れない。すずかの誘いに、甘味があるということで半ば条件反射的にOKを出してしまったが、その後、二人共デートの約束を思い出したのではないか?
あの伏見葵が、甘味を前にして苦悩しているのである。路地裏にひっそりと存在する、近所の人も知らないような小さな喫茶店の新作プリンの発売日すら知っている彼が。甘味情報なら葵に聞け、と教師の間ですら噂になっている彼が、甘味を諦めようとしているのである。それはつまり、相当に大事な用事しかありえない。
年齢に対して精神年齢が高すぎる少女は、そう予測したのである。
どんどん思考がエスカレートしていくすずかに向かって、葵は断腸の思いで頭を下げた。
「スマンすずか!俺の分のケーキは取っといてくれ!速攻で終わらせて、すぐに向かうから!」
そんな思い違いをしていたからこそ、彼女は葵の言葉を遮った。
「駄目だよ葵君。すぐに終わらせるなんて、相手の人にも失礼でしょ?こういう時は、自分の楽しみだけじゃなくて、相手の事も考えてあげなきゃ。それが礼儀というものです。」
「た、楽しみ・・・?」
ビシッと。普段はあまり何かを強く言わないすずかにそう指摘されて、葵はクエスチョンマークを頭に浮かばせながら首をかしげた。・・・何か、盛大な思い違いをされている気がしたのである。
だが、それを指摘される前に、すずかは言葉を重ねる。
「ケーキは明日、学校に持ってきてあげるから。さ、行ってらっしゃい!」
そう言って、彼女は葵となのはの背中を、ポンと押す。決して強い力では無かったものの、あまりの急展開に呆気に取られていた二人は、さしたる抵抗も出来ず、ただ押された。
「ん?ん?一体どういうことよすずか?なんで二人は来ないの?」
この流れに付いて行けなかったアリサを、迎えに来ていたリムジンに押し込む。
「さあさあアリサちゃん。二人の邪魔をするのは悪いよ。いつでも遊べるんだし、今日は私と二人であそぼ。」
グイグイと。普段の大人しい印象とは裏腹に、半ば強引にアリサを押し込めた彼女は、車の窓から手を振った。
「じゃあ、また明日。楽しんできてねー。」
二人の返事も聞かずに走り去った車を、二人は呆然と見つめるしか無かった。
(うあああああああああ!原作知識なんてゴミクズ同然だあああああ!)
目の前で破壊の限りを尽くしている化物を見ながら、彼は心の中で泣いた。頼りにしていた知識が、殆ど役に立っていないからである。
「た、大変だよ葵君!ど、どうにかしないと!」
二人の目の前には、鋭利な刃物で切り裂かれたように崩れ落ちた木々が散らばっていた。場所は、なのはがユーノを発見した、物語の始まりの場所である。彼らは今、この惨状を引き起こした化物より少し離れた場所の木の陰に隠れて様子を伺っていた。
『ギ?ギイイイイイイイイイ!』
手当たり次第に伐採を続けるのは、五メートル程の大きさの化物である。体は、白いフサフサとした毛で覆われており、頭部からは二本の長い耳が。額部分からは一本の鋭い角が伸びている。爪も異常に長く鋭い形状となっており、掠っただけでも危険だということは明白だった。
「兎だ。」
「兎・・・?この子、兎さんなの・・・?」
ポツリと呟いた葵の台詞に、信じられないと首を振るなのは。愛くるしさの塊のような兎が、このような化物になってしまったとは信じられないのだろう。葵としても、前世でやったゲームの中に○○バニーや○○ラビットのような敵が出てきたから兎だとわかっただけで、事前知識なしには兎だと想像も出来ないに違いない。この敵に名前を付けるなら、カッティングバニーか、ホーンラビットだろうか。
「と、兎に角、このままじゃ被害が増える一方だ。・・・ユーノは?」
「もうすぐ着くって!」
やはり、結界が無ければ満足に戦う事も出来ない。戦闘の傷跡は残るし、一般人に発見されるリスクも高まる。なのはと葵が異常を感知して、たどり着くまでのたった数分の間に、木々が密集していた林の一角が倒木だらけになっているのである。破壊音も凄まじく、十分もすれば人が集まってくるのは分かりきっていた。
だが、それも杞憂に終わる。広域結界が張り巡らされたからである。恐らく、ユーノがたどり着いたのであろう。
「よし、ユーノナイス!なのは、取り敢えず変身して待機しててくれ。まずは俺がやってみる。」
「わ、わかったの。気をつけて葵君。」
変身したなのはは空中へと浮かび、いつでも封印魔法を撃てるように準備する。これは、事前に決められた事であった。
「・・・よし。」
それは、葵から提案されたことである。彼は、自分の力が通用するのかを試しておきたかったのだ。それも、出来るだけ序盤のうちに。
魔法少女リリカルなのはは創作物である。創作物である以上、ストーリーには段階というものが存在する。余程ヒネクレたストーリーでない限り、冒頭からラスボスと戦って全滅などということはないであろう。勿論、そういう作品もあるにはあるが、少なくともリリカルなのはという作品は、主人公が戦っていく内に段々と心も体も強くなっていくタイプの作品である。
つまり、序盤に出てくる敵ほど、弱い傾向にあるということだ。彼の記憶では、アニメ版なら神社の犬。劇場版なら猫・・・というか虎の敵が出てくるはずだった。
だからこそ彼は、早いうちに自分の力を試してみたかった。
彼が確かめておきたいのは大きく分けて二つ。
一つは物理攻撃力。ジュエルシードの思念体が、物理攻撃の一切を無効化するというなら、彼はその戦力の半分を封印されることになる。最初の敵には全く効かなかったが、あの敵はどう見てもゴーストとかそういう類の敵であり、再生能力を持っていたのだから、効かなくてもそれほどの驚きはない。だが、今回の兎のように現実の動物を元にした敵ならば、物理攻撃も効果があるのではないか?それを確かめたいのだ。
「それじゃあ・・・行くぜ!」
ドン!と地面を蹴る。土が爆発したように弾き飛ばされ、葵の体は前方へと勢いよく射出された。彼は林から飛び出し、倒木と切り株だらけになってしまった場所に躍り出た。
『ギイイイイイイイイイイ!!!』
ようやく葵に気がついた敵は、赤い目をギョロリと向けて彼を睨みつけた。巨大な敵と睨み合う葵は、知らず知らずのうちに唾を飲み込む。両者は睨み合い・・・そして、始まった。
『ギ!』
その大木のような太い腕を、斜めから振り下ろす敵。鋭い爪が葵を襲う。
「甘い!」
だが、パッチで身体能力が向上した今の葵には、そんな攻撃は止まって見える。彼は一歩前に踏み出し、爪が通る場所の内側に潜り込んだ。そして、固く握り締めた拳を、その腕に叩きつける!
「ぶっ飛べ!!!」
『ギ!?』
ボン!
壁を叩いたようなくぐもった音を響かせて、敵の腕は大きく弾かれた。それに合わせて、敵の巨体が大きく浮き上がる。葵の余りのパワーに、耐え切れなかったのだ。
巨大兎は大きく目を見開いた。一体何故、こんな小さな生物に力負けするのか分からない、というように。そして、葵には容赦するつもりなど、全く存在しない。
「まだまだ行くぞ!」
巨大兎の巨体に両手でのパンチの連打を入れる。自分の力を確かめるように、一秒ずつギアを上げていく。一秒間に六十、七十、八十、九十・・・そして百。たった五秒間で、敵は四百発の拳を叩き込まれる。
(どうやら、今の段階では百が限界か)
それも、余り力を込められない攻撃だ。力を込めると、秒間五十ほどに下がるだろう。・・・だが、それでも十分すぎる威力だった。その巨体を完全に浮き上がらせ、そして吹き飛んだ巨大兎は、未だ倒れず残っていた木々を粉々に粉砕しながら転がり、二十メートル以上離れた場所でようやく止まった。
「・・・・・・。」
そしてその様子を、静かに観察する葵。一歩も動かず、ただジッと巨大兎の様子を見ていた。
『ギ、ギイイイイ・・・』
巨大兎の体はボロボロだった。体からは緑色の血液が吹き出て、両手の爪はその殆どが折れてしまっている。転がった拍子に自らをも傷つけたのか、切り裂かれたような傷もあった。
「・・・・・・どうやら、即座に回復はしないみたいだな。」
よくよく見れば、少しずつ傷が塞がってきてはいるが、それだけ。あの程度の修復速度なら、物理攻撃も効果があると見ていいだろう。しっかりとダメージを与えている。
「・・・なら、次だ。」
確かめたいことの二つ目。自分の固有能力は、通用するのかどうか。
彼はジャンプし、両足に力を込めた。彼の力は、一条雫とは違って両手両足から出すことが出来る。それはつまり・・・こういうことも出来るということだ。
「・・・はぁ!!!」
空中で、足を後方に蹴り出す。足が完全に伸びきる前に、能力を発動。すると、足の先にエネルギーの塊が停滞する。それを・・・踏みつけた。
ゴッ・・・!
爆発するような音を出し、彼は空中で加速した。それは、両足からもエネルギー塊を出せると気がついた時に思いついた移動法。原作において、風魔勘太郎が得意とした移動法。
いつでもどこにでも足場を出せるその特性を利用した、三次元走法。
「は・・・!ハハハハハ!」
未だデバイスも持たず、空戦など出来ないはずの彼が思いついた、擬似空戦法。風が叩きつけられるが、大いなる空に羽ばたいた事でテンションが上がっている彼は気にもしない。
山なりに巨大兎に突っ込んだ葵は、そこで拳を握り締め、振り抜いた。
ブン!
しかし、その攻撃は当たらなかった。・・・否、葵の速度に付いてこれず、一歩も動いていない敵に当たらないなど有り得ない。彼は、わざと外したのだ。
「オラオラオラオラァ!!!」
彼は小刻みに巨大兎の回りを飛び跳ね、能力を発動していく。数秒後には、巨大兎の周りには無数のエネルギー塊が停滞し、一歩も動く余地など存在しない空間へと変貌していた。
「・・・”封印結界”。兎は檻に入ってろ。」
少し離れた所に着地し、彼は呟いた。
これが、彼が思いついた、もう一つの活用法。停滞するエネルギーを用いた巨大な結界。もしくは、檻と言い直してもいい。参考にした能力は、相州戦神館學園 八命陣のヒロインの一人、我堂鈴子の破段”犬村大角礼儀”である。
その能力は、攻撃の残留。シンプルだが、とても厄介な攻撃である。葵が生み出したエネルギー塊は、彼以外の者が触ると、彼が殴ったのとほぼ同じ威力で破裂する。それを散りばめられれば、誰も身動きなど取れない。
―――その能力を、知っていればだが。
『ギ、ガアアアアアアアアアアアア!!!』
まるで、調子に乗るなとでも叫ぶかのように怒りの篭った咆哮を上げながら、巨大兎は周囲に散らばるエネルギー塊を吹き飛ばそうとした。それが、どういう結果に繋がるのかも考えずに。
ド、ドドドドドドドドドドドド・・・!!!
まるで、爆弾が連続で爆発したかのような音。不用意にエネルギー塊に触った巨大兎は、凄まじい力で弾かれ、弾かれた先でまたエネルギー塊に触れ・・・まるでピンボールのボールのように、檻の中をはじかれ続けた。
『ガアアアアアアアアア!?』
今までの叫びとは違い、どこか悲痛な音を孕むその叫びも、虚しく林に消えていく。
「悪いが・・・これで終わりだ。」
だが、葵は容赦しない。巨大兎の周囲に配置したのは、しょせんパンチの威力のエネルギーである。ダメージを与えるには十分だが、ジュエルシードで変質した巨大兎を倒すには、決定打にならないと彼は判断した。
だから彼は、蹴りを繰り出した。十、二十と、その数は増えていく。そして三十を超えたとき、彼の周囲には、蹴りの威力を内包したエネルギー塊が無数に存在していた。一般的に、蹴りの威力はパンチの三倍あると言われている(勿論、単純計算でだが)。既にボロボロで息も絶え絶えな敵を見ればオーバーキルのような気もするが、念には念を入れた結果だ。
それらを、彼は蹴り出した。
「”飛弾連脚”!」
凄まじい速度で、無数のエネルギーが飛ぶ。それは、未だ”封印結界”に囚われ弄ばれていた哀れな巨大兎に着弾し・・・
ゴッ・・・!!!
それまで以上の、凄まじい爆発が辺りを包み込んだ。
「うお!?」
予想以上の威力に、葵は驚き、上空ではなのはが目を丸くしていた。
「きゅううううう。」
やがて、煙が晴れた場所には、倒れ伏した巨大兎が存在した。体中がボロボロで、これ以上動けるとは思えない。
「・・・終わったか。」
小さく呟いたあと、彼はなのはに封印を頼んだのであった。
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