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お嬢様と執事

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第六章


第六章

「すぐに屋敷に帰って来て欲しいのです」
「何の御用件でしょうか」
「ありませんわ」
 またいつもよりも酷い我儘であった。
「ないと申しますと」
「ですから理由はありませんの」
 電話の向こうの紗智子はまた彼に言うのだった。
「ですが帰って来なさい。今すぐに」
「あの」
 後ろから里佳子の声がする。
「何かあったの?」
「あっ、ちょっと」
「いいですか島本さん」
 紗智子はまた彼に言ってきた。その高飛車な調子で。
「貴方は私の執事。ですから休日でも何でもデートをしている時でも」
「お嬢様」
 執事という言葉が所謂ブロックワードになった。正人はその言葉に反応した。それで急に態度を厳格なものにして彼女に答えるのであった。
「確かに私は執事です」
「はい」
 何を今更といった色が入った返答を紗智子はしてきた。
「ですから」
「確かに執事です。ですが」
「ですが?」
「私は今大切な人の為にいます。暫しお待ち下さい」
「暫しとは」
「大切な人を一人にするわけにはいかないのです」
 言葉が毅然としたものになっていた。いつもの正人のそれではなかった。普段の端整なものではなく毅然としたものになっていたのだ。
「大切な人を」
「そうです」
 その毅然とした声で答える。
「それに今は休日です。ですから」
「来ないとでも?」
「それも違います」
 それも否定するのであった。
「まずは彼女を送ってからです」
「私よりもなのね」
「はっきりと言わせて頂きます」
 ここまで来たらもう覚悟はできていた。だから迷いはなかった。そのまま一直線の調子で紗智子に対して言うのだった。本当に一直線だった。
「一人の女性を守れなくて何が執事ですか」
「一人の女性を?」
「そうです。里佳子さんを一人にしてはおけません」
 また言い切ってきた。
「何があろうとも。ですから彼女を送ってから」
「それからだというのね」
「何があっても」
 また言い切ってみせてきた。
「まずはそれからです。いいですね」
「ええ」
 何とここで紗智子の返事は。
「合格ですわ」
「えっ!?」
 今の言葉には正人も驚きを隠せない。何を言われたのかと思った。
「今何と」
「だから。合格だと言っているのですわ」
 今度の言葉は電話からの言葉だった。直接の言葉である。その言葉と共に何と二人の前から紗智子が出て来た。左手からゆっくりと。豪奢な絹の白い服を着ている。
「お嬢様」
「よくここまで私の出した試験に合格しましたわね」
 紗智子は腕を組み自信に満ちた笑みを浮かべていた。その笑みをたたえた顔で以って正人に対して言うのであった。正人は彼女のその顔を見て呆然としていた。
「合格って」
「おかしいと思いませんでしたの?」
 紗智子はまた正人に言ってきた。
「私がどうして貴方にだけそう言っているのか」
「それは」
「そういうことだったのでしてよ。全ては」
「あの、それでですね」
 彼は何が何なのか全くわからないまま紗智子に問うのであった。本当に訳がわかっていない。しかし紗智子は全部わかっている顔であった。
「何が合格なんですか」
「里佳子さんと結婚されるんですわね」
「あっ、はい」
 そのつもりだ。だからその言葉には素直に頷いた。
「そうですけれど」
「それを聞いてのことですの」
 また一つ謎を出してきた。正人にとってだけの謎であった。
「だからこそ私が里佳子さんにお話して」
「お話?」
 まだ正人には話が見えない。完全に見えないで訳がわからなかった。
「完全に話がわからなくなってきたんですけれど」
「あら、鈍いこと」
 このことに憮然としてきた。どうも正人が話をわかっていないのに苛立っているようである。その顔で以ってまた言うのであった。
「それもこれも里佳子さんの為ですのよ」
「里佳子さんの」
「ええ、ですから」
 また言ってきたのだった。
「貴方をテストしていましたの。里佳子さんに相応しい殿方かどうか」
「!?じゃあ今までのは」
 ここまで話されてようやく事情がわかったのであった。いい加減正人も話がわかってきたのだ。それに合わせて紗智子はまた言う。
「そういうことですの。殿方は女性に対して寛容であれ」
「寛容でって」
「多少の我儘は許せないと駄目ですのよ」
 そういうことであった。だがそれを聞いても正人は釈然としないものを感じていた。そしてそれを口に出さずにはいられなかった。
「多少、ですか」
「多少ですわ」
 これは紗智子の主観である。主観なのでかなりいい加減ではある。しかも正人にとっては到底多少とは言えないレベルではあった。
 
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