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ラ=トラヴィアータ

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第五章


第五章

「嘘だろ!?」
「あの羽田さんが」
「差し入れを受け取るなんて」
「何故なんだ」
 殆どの人間がこう言って驚く。しかし剣人に彼女のことを話したあのスタッフだけは別だった。彼だけはその姿を見てこう言うのだった。
「本当はあの娘はそうだったんだ」
「そうだったっていうと」
「昔のか」
「そう、昔のね」
 彼は自分に問うてきた皆に対して言うのだった。
「圭ちゃんは元々ああいう娘だったんだよ。気さくでね」
「それでも今は」
「あんなに暗くて閉じ籠っているのに」
「変わるのかな」
 彼は言うのだった。
「いや、戻れるのかな」
「戻れる!?」
「うん、ひょっとしたらだけれど」
 彼はそこに僅かだが希望を見ているかのようだった。
「あの娘も。けれど」
 しかしすぐに暗い顔にもなってしまうのだった。
「あれだけのことがあったから。やっぱり」
「けれど何か野上君本当に」
「羽田さんに必死に声をかけていますよね」
「何かあったらすぐに」
「そうだね」
 そのスタッフはまた皆の言葉に応えて頷いた。
「あの子も若しかしたら」
 彼についても思うのだがこれはあえて誰にも言わなかった。誰にも言わず今は二人を見ているのだった。見ているうちにその間に彼はさらに圭に接近していた。
「それでこれはですね」
「このお菓子は?」
 今度は何か珍しいお菓子を圭に渡そうとしていた。見ればそれは和菓子のようだったがすぐにはわからない。そうしたお菓子だった。
「何なのかしら」
「羊羹ですよ」
「羊羹なの」
「はい、変わった羊羹ですよね」
 見たところ確かに羊羹だが普通の羊羹とは違っていた。色が違うのだ。黄色い色をしているのだ。
「これって」
「羊羹にはあまり」
「この羊羹枇杷の羊羹なんです」
「枇杷!?」
「枇杷と聞いて思わず声をあげてしまった圭だった。
「枇杷のなの」
「羽田さん枇杷お好きですよね」
 彼は笑顔で圭に話してきた。
「ですから見つけてきたんですよ」
「枇杷の羊羹なんて聞いたことないけれど」
「ネットで取り寄せました」
 こう彼女に話すのである。
「それで手に入れたんですけれど」
「私の為に探してくれたの」
「はい」
 圭の問いに屈託のない笑みで答えた。
「そうです」
「それで私にこれを」
 その言葉の調子が何か変わってきた。微妙に感情が見られるようになってきていたのだ。これまでは撮影の中でしか見られなかったその心の動きがだ。
「くれるのね」
「是非食べて下さい」
 その手に持っている羊羹をさらに前に出しながらの言葉だった。
「御願いします」
「有り難う」
 ここで圭は遂にこの言葉を出したのだった。
「この羊羹。食べさせてもらうわ」
「はい」
 こうして圭は剣人の羊羹を受け取ったのだ。これは剣人にとって非常に有り難いことであり嬉しいことでもあった。これ以後圭はほんの少しだが皆の中に入り食事やお喋りもするようになった。そのまま撮影は終盤にも向かいいよいよクライマックスになろうとしていた。しかしその終盤に入ったある日のことだった。
「野上君」
 その日の撮影が終わったのは夕刻過ぎだった。圭は帰ろうとする剣人にそっと声をかけてきたのだ。
「ちょっといいかしら」
「はい?」
「今日。時間あるかしら」
 こう彼に声をかけてきたのである。
「今夜」
「今夜って」
「よかったら。夕食どうかしら」
 今度はこう言って来た。夕暮れの中長い影をその足から引かせながら。
「いいレストラン知ってるけれど」
「夕食って」
「この前の羊羹の御礼よ」
 表情を変えずに彼に話すのだった。
「それよ」
「羊羹のですか」
「ええ。だから」
 静かな調子で彼に対して言葉を続ける。
「来てくれるかしら」
「それじゃあ」
 彼はまさか彼女の方から声をかけられるとは思っていなかった。それでかなり戸惑っていた。しかし。それを彼が断れる筈がなかった。
 
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