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ジューン=ブライド

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第五章


第五章

「別れたんですよね」
「当たり前でしょ」
 即答してきた。これは想定できた。
「『女』は君だけだって言われたけれどね。ひっぱたいてやったわ」
「女は、ですか」
「男と付き合うのは止めるつもりないみたいだしね。ふざけてるわよ」
 そう言ってまたウォッカを飲む。次から次にあおっている。心から憤っているのがそれからもわかる。実際に彼女は憤っていた。それもすぐにわかることだった。
「全くね」
「何か凄い話ですね」
「そうでしょ。信じられないわよ」
 ウォッカを飲む手が止まらない。しかしここで明がそれを止めてさせてきた。
「それで先輩」
「何?」
 明の声に顔を向けてきた。身体も向きかけるがここで脚も目に入った。黒いタイトのミニから見える素脚も赤く染まっていた。酔っているというレベルではなかった。
「今相手誰もいないんですよね」
「ええ」
 その言葉にこくりと頷く。
「別れたばかりよ。それが何?」
「じゃあ付き合ったらどうでしょう。いえ」
 言葉の調子を変えてきた。じっと彼女の顔を見詰めてきたのだ。
「結婚なんかは」
「相手がいればね」
 ふてくされた顔で返す。
「いないけど」
「いますよ」
 しかし彼はこう言ってきた。
「ちゃんと」
「いたら紹介してくれるかしら」
 まさかいないだろうと思っていた。酔っていても一応考えるだけのものは残っていたのでそう楽天的に考えていたのだ。ところがそうではなかったのだ。
「いいんですね」
「ええ」
 明の言葉にこくりと頷く。
「それで誰なの?」
「はい」
 ここでグラスを差し出してきた。
「えっ!?」
「僕でよかったら」
 グラスを差し出したままにこりと笑ってきた。
「どうでしょうか」
「あの、まさかと思うけれど」
 紗江子は戸惑いながら彼に対して言う。
「貴方が?」
「駄目ですか?」
 そう紗江子に問う。顔が強張っていた。
「いえ、別に」
 だが紗江子はそれを拒みはしなかった。こう返してきた。
「好きなのよね、私のこと」
「はい」
 紗江子の問いにこくりと頷く。
「そうです。ですから」
「わかったわ。けれどね」
 ただし言うことは言うのだった。後で問題のないようにだ。
「別にあれよ。振られたから付き合うんじゃなくて」
「わかってます。じゃあ」
「ええ、そういうことね」
「お願いします。じゃあお付き合いのはじまりに」
「乾杯ね」 
 紗江子はにこりと笑みを返してきた。
「ええ、それじゃあ」
「お願いね。これから」
「ええ」
 杯を合わせた。こうして二人の交際がはじまった。それが冬のことで六月になった。六月になると紗江子は幸せになっていたのだった。
「何かあっという間だったわね」
 結婚式場だった。白いウェディングドレスに身を包み自分の控え室にいる紗江子がこれまでのことを振り返っていた。今までとは全然違う顔になっていた。
 奇麗に化粧され顔は晴れやかであった。その顔で言っていたのだ。
「lここまで」
「そうですね」
 そこには明もいた。白いタキシードを着てにこにこと笑っていた。
「まさかこうなるとは思いませんでした」
「結婚までは?」
「流石に。そこまでは」
 はにかんだ笑みで述べてきた。
「考えていませんでした」
「それも縁ね」
 紗江子はにこりと笑って言葉を返すのだった。
「こうなるのも」
「そうですよね。まさか先輩と」
「ちょっと」
 明に声をかけてきた。
「はい、何か」
「もう先輩じゃないでしょ」
 紗江子はにこりと笑って声をかけてきた。その顔で明の顔を見ていた。
「籍も入れたんだし」
「そうですね。それじゃあ」
「名前で呼んでいいから」
 こう言ってきた。
「紗江子ってね。結婚するんだから」
「紗江子ですか」
「駄目?」
「いや、何か言いにくいなって思って」
 はにかんだ笑顔のまま述べる。
「そういうのって」
「そうなの」
「呼び捨てじゃあれですよ」
 明は言う。
「何か言いにくいから。だからそれは」
「何て言うの?」
「紗江子さんでいいですか?」
 こう提案してきた。はにかんだままだったが述べてきたのだ。
「それで」
「ええ、いいわ」
 紗江子はにこりと笑ってそれに頷いた。今までの酒で荒れた顔もふてくされた顔もそこにはなかった幸せの笑顔だけがそこにあった。
「それでね」
「はい、お願いします」
 明はそのにこりとした笑みで応える。それからまた言った。
「これからも」
「こちらもね」
 紗江子もにこりと笑って言葉を返す。何はともあれ彼女は念願の幸せを手に入れることができたのであった。


ジューン=ブライド   完


                    2007・4・1
 
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