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ジューン=ブライド

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第三章


第三章

「最近機嫌がいいですね」
「わかるかしら」
 学校が終わって帰り道。紗江子は隣にいる明に上機嫌で顔を向けていた。にこにこと笑って実に楽しそうだ。表情だけでなく顔色もいい。かなり楽しげなのがよくわかる。
「だってね。今」
「この前お話してくれた彼氏ですね」
「ええ」
 にこりと笑ってその問いに頷く。
「そうよ。実はね」
「仲いいみたいですね」
「そうなの。本当にいい雰囲気で」
 にこりとした笑いがさらににこにこしたものになった。その笑みで笑って言葉を続けるのだった。その様子から紗江子の上機嫌があらためてわかる。
「何か凄く楽しい気持ちなのよ」
「よかったですね」
「ええ。このままいけそう」
 上機嫌で答える。
「結婚までね」
「結婚、ですか」
 明はその言葉を聞いて少し俯いた。しかしすぐに顔を戻してそれを隠すようにしたのだった。まるで紗江子に自分の素顔を見せまいとしているかのようにだ。
「そうなの。話はこれからだけれどね」
「まあそうですよね」
 明もその言葉に頷く。まだ知り合ったばかりでそれはない。むしろいきなり言われる方がおかしい。結婚詐欺かと思われて仕方がないだろう。
 紗江子は上機嫌で明は俯き気味だった。明はそれがわかっているが紗江子はわかってはいない。その差があったが紗江子はあくまでにこやかに話を続けるだけだった。
「やっぱり」
「これからよ」
 明るい笑顔で言う。
「これから。いい感じになるわ」
「そうですよね」
 明はその言葉に感情を殺して頷く。
「これからゆっくりと」
「ゆっくりっていうのはちょっとね」
 紗江子はその言葉には否定的だった。それを顔にも浮かべてきた。
「何か」
「あれよ。やっぱり私はね」
 少し苦笑いになった。その顔で述べる。
「もう二十八だし。その」
「焦りは禁物、ですよ」
「それはわかってるわ」
 一応はこう言う。言ってからまた言葉を続ける。
「わかってるけれど」
「どうしてもなんですね」
「そうなのよ。どうしてもね」
 そう述べる。焦りは禁物だとわかっていてもどうしてもだった。自分でも抑えようとするがそれが厄介だった。厄介は承知で気がはやるのである。
「その、ね」
「案外そうでもないかもですよ」
「そうでもないって」
 この言葉も信じられない。やはり周りが見えないのだ。
「また言うけれど。どうしてよ」
「どうしてもこうしても。ですから」
「何かわからないわね」
 首を傾げての言葉だった。
「まあいいわ。とにかく今日もね」
「デートですね」
「そうなのよ。これからレストランで楽しく」
「いいですね、そういうの」
 明はまた寂しい顔になる。しかしそれでもすぐにその顔を消して言葉を続ける。
「それじゃあ今日はこれで」
「悪いわね」
「いえ、別に悪くはないです」
 明はその言葉にはこう返す。
「楽しまれればいいですよ」
「わかったわ。それじゃあね」
「はい」
 二人は別れた。上機嫌な紗江子に対して明は項垂れていたがそれはどうしようもなかった。しかし紗江子はそれには気付かない。暫くの間彼女は楽しい日々を過ごしていた。だがそれが次第に怪しくなってきたのだ。
「怪しい、ですか」
「そうなのよ」
 この日は明と一緒に居酒屋にいた。そこで飲みながら話をしていた。
「今は勘の段階だけれど」
「どんな感じなんですか?」
「一言で言うとあれなのよ」
 紗江子はそれに応えて言う。その手にはビールがある。今日はビールを飲んでいた。
「私の他にも付き合ってるのがいるんじゃないかって」
「そうなんですか」
「ええ。気のせいだといいけれど」
「じゃああれですよ」
 明はここで言ってきた。
「少しヤマかけて」
「ヤマ、ね」
「はい。やってみたらどうでしょうか」
 そう紗江子に提案してみる。彼にしては捨ててはおけない話だった。だからさりげなくだがこう提案してきたのである。
「それで」
「そうね」
 紗江子もその言葉に頷いてきた。
「それじゃあ」
「はい、そうするといいと思います」
 彼は言う。こうして紗江子は今の彼氏をさりげなくだが調べることになった。その結果はこれまた実に奇妙なことであった。
 話をしてから数日後。二人はまた居酒屋で話をしていた。紗江子は今度はかなりふてくされた顔になっていた。その顔で酒を飲んでいる。
 
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