IS 〈インフィニット・ストラトス〉 ~運命の先へ~
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第10話 「灰色の覇王vs純白の騎士」
前書き
ド忘れしててちょっと遅れました。クラス代表決定戦、決着です。
セシリアとの試合を終えた俺は、ピットに戻ってすぐ《武神》の調整に取りかかった。といっても、ノーダメージなので特に何もすることはなく、時間が有り余ってしまったので千冬さんとコーヒーを啜っていた。うん、やっぱりコーヒーはブラックだな。この苦さが最高だぜ。
「よう、零。お疲れ。凄かったぜ、さっきの試合。」
一夏、箒、山田先生の3人がピットに戻って来た。一次形態移行を完了した《白式》を体に馴染ませるために山田先生指導の下アリーナを翔び回っていたのだ。
「流石でしたよ、神裂くん。まさか10分もかからずに勝ってしまうなんて、驚きました。」
「ノルマでしたから。」
俺だって好きであんな電撃戦を繰り広げたわけじゃない。可能ならもっと楽しんでいたかったさ。久々の実戦だったし。
「え、そうだったんですか!?」
「ええ。さっきのノルマは2つ。10分以内の決着と全武装の解除でした。正直苦労しましたよ。」
ため息混じりに千冬さんを一瞥するが、当の本人はどこ吹く風。俺の言葉を鼻で笑うと懐から紙片を取り出し俺の鼻先に差し出した。
「ふん、あの程度で弱音か。そんな軟弱なお前にプレゼントだ。受け取れ。」
俺は黙って紙片を受け取り読み下す。・・・まーた面倒なことを。思わず舌打ちをする。
「零が舌打ちなんて珍しいな。どんな条件なんだ?」
「覗くな、一夏。対戦相手に見せてどうする。」
「あ、そっか。」
後ろから覗き込もうとする一夏を追い払う。といってもこれは建前。本音を言えば、このノルマを見たら間違いなく一夏が抗議するだろうから敢えて適当な理由をつけて妨害したのだ。
「ところで零、あれは何だったのだ?」
「あれ?何のことだ?」
「あの性格のことだ。戦いを楽しんでるように見えたが。」
箒が心なしか険しい表情をしている。何か嫌な思い出でも目覚めさせてしまったのだろうか。うーん、そんなに悪いことか?戦いを楽しむのって。
「ああ、あれな。いやぁ、楽しくってつい舞い上がっちまうみたいでな。あれが俺の本性さ。」
「・・・そうなのか。」
・・・ふむ、やはり何かありそうだな。探りを入れてみるか?でも、他人の過去をあれこれ詮索するのも野暮だしなぁ・・・。況してや束さんの妹だし、下手なことすると束さんのお仕置きがありそうだし・・・。
「そういえばさ、確か零って千冬姉に一回勝ったんだよな?」
「ああ、そうだが。」
ふと思い立ったように一夏が口を開いた。直後に目の前で出席簿の制裁が下され、物凄い轟音がピットに響き渡ったのだが特に気にしないことにする。他人事だから。
「うぐぉ・・・。そ、それで千冬n、いや織斑先生に何命令するかとか決めたのか?」
「それはまだ。思いつかないんだよね・・・。」
うわぁ、痛そうだなぁ。あれ食らって脳震盪起こしてないとは中々頑丈な頭をしているな。しかし、実際どうするか?稽古は頼めば付き合ってくれるし・・・。
「おい、小僧共。無駄話はさっさと止めて準備をしろ。時間だ。」
「へーい。一夏、先行くな。」
そう言うと、返事も聞かずにさっさと翔び立つ。さて、面倒なノルマどうすっかな。いや、能動的に処理できる条件じゃないんだけどさ。千冬さんへの頼みは・・・、戦いながら考えりゃいいか。
零と一夏は上空で対峙する。やる気満々で既に『雪片弐型』を構えている一夏に対し、零は腕を組んだまま棒立ち状態。自身とは対照的なその態度に一夏は首を傾げる。
『零?武器とか出さないのか?さっきみたいに変色したりとかさ。』
『必要だと判断したらな。』
『へえ?俺をナメてるのか?セシリアとも良い勝負だったし、お前が思ってるよりも強いぜ、俺は。』
『・・・そうか。』
一夏の台詞を聞きながら、零は一夏が目の前に現れる前に千冬とプライベートチャネルで話した内容を思い出していた。
(調子に乗っている愚弟の鼻っ柱をへし折れ、ね・・・。確かに調子に乗ってるな。まるで初めて銃を持った新兵だ。)
一夏は今、自分の想像を超えた強大な力に酔いしれている。余計な面倒が増える前に、この酔いを冷ましてやる必要があるようだ。そのためには・・・、
(・・・全力で叩き潰す必要がありそうだ。アイツにはこの試合で自分の弱さをとことんまで思い知ってもらわないとな。)
ふと零は千冬に出されたノルマを思い出す。それが一夏の自信を完膚なきまでに喪失させるちょうど良い手段であることに気づいた彼は、今更ながら彼女の底知れなさとブラコンぶりに苦笑する。
「・・・まったく、厄介な姉弟だ。」
彼の呟きは試合開始のブザーに掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。一夏が威勢の良い気合いの声をあげながら一直線に零に突撃していく。
『おおおおっ!』
『・・・呆れるほど単純だな。』
一夏が縦に振り下ろした『雪片弐型』を零は左足を軸に時計回りに体を回転させて回避する。彼は回転の速度を上げ、『雪片弐型』を大振りして隙だらけの一夏の顔面に回し蹴りをお見舞いする。
『ぐおっ!?』
『つまらん。』
一夏に構え直す隙を与えず、徒手空拳のまま絶えず攻撃を続ける零。流れるように数発の蹴りと拳撃を浴びせた後、アイアンクローを極めてそのまま投げ飛ばした。姿勢制御が間に合わなかった一夏は地面に激突する。
『いってえ・・・。』
『そんなもんか、一夏?ブリュンヒルデの弟ってのは随分と柔なんだな。』
『くっ・・・。まだまだぁ!』
零の挑発に乗り、再び一夏は全速力で零の方に突っ込む。一夏の袈裟斬りを懐に潜り込んで手元を抑えることで受け止めた零は無表情のまま。その様子に一夏は違和感を覚える。
(あれ?セシリアの時と違うような・・・。)
一夏の表情の変化に気づいた零はニヤッと笑う。零は一夏をグイッと引き寄せる。零は思わずバランスを崩した一夏の顔面に拳をめり込ませ、後ろに傾いた一夏をドロップキックで吹っ飛ばした。
『なかなか察しが良い。人格が変わってないのに気づいたみたいだな。』
一夏が姿勢を整えたのを確認した零は休憩とばかりにこう言った。薄ら笑いを浮かべながら一夏を見下ろしている。
『ああ。セシリアの時と違って大人しい気がしてさ。それにさっきから武器も使ってないしな。』
一夏も応対する。しかし、余裕を見せる零と違って『雪片弐型』を構えたままいつでも突撃できるように身構えていた。
『武器に関しては俺の意思じゃない。千冬さんの指示だ。』
『千冬姉の?』
『また怒られるぞ、お前・・・。今回のノルマだよ。「強化パッケージ及び一切の武装の使用禁止」だってさ。』
だけどさ、と零は言葉を続ける。零からすれば、むしろこの後が本題だった。
『ちふ、じゃなかった、織斑先生は厳しい人だが、生徒に無理難題を押しつけるような理不尽な人間ではないよな?』
『・・・何が言いたいんだよ?』
努めて平静を装う一夏だが、隠しきれず思わず『雪片弐型』を握る手に力がこもる。一夏も分かっていた。だが、受け入れられない。受け入れてはいけない。零が放つであろう次の言葉を、一夏の頭は激しく拒絶していた。
『お前がそれだけ弱いってことだよ、一夏。俺の人格が変わらないのもこれを戦いと認識していないからだ。俺からすればお前との試合なんて遊びでしかない。いや、遊びにもならないか。』
『黙れ・・・。』
『しかも織斑先生もそれを認めてる。ブリュンヒルデ公認の弱者ってか。はは、哀れなもんだなぁ、一夏。』
『黙れって言ってんだろうが!』
限界だった。零の言葉が終わるや否や、怒号と共に一夏が零に突進していった。鬼の形相で怒りを露にする一夏に、零は黙って凍てつくような視線を浴びせていた。
『分かりやすいなぁ、お前は。』
挑発に対する反応があまりにも予想通りだったので、零は呆れてしまった。しかし、そんな状態でも油断はない。彼は一夏の斬撃を事もなげに回避し、避ける度に確実にカウンターを叩き込んでいく。
『ぐっ・・・!このっ・・・!』
『いい加減にしろ、馬鹿。棒切れをがむしゃらに振り回すなんて幼児でも出来るぞ。もっと考えろ。』
『うるせぇ!千冬姉から受け継いだ『雪片』を棒切れなんて言うな!』
零の言葉でどんどん怒りを募らせていく一夏。それに伴って剣筋も戦い方もさらに粗雑になっていく。もはや子供のチャンバラの体を呈している。零にとってはまさしく児戯である。
『少し頭を冷やせ。何ならもう一回地面にキスでもするか?』
零は横一閃に振るわれた『雪片弐型』をその場でのけ反って回避、さらに一夏の身体を両足でしっかり挟み込み、そのまま後転して真下に投げ飛ばした。一夏は顔面から地面に激突する。
『頭冷えたかー?』
零はニヤニヤ笑いながら一夏を見下ろしている。相変わらずの挑発的な態度にまたもやカッとなりそうな一夏だったが、耳元で警告音が鳴り響いたことで我に返った。
(ヤバい。シールドエネルギーが・・・。)
零は徒手空拳なのでダメージは高が知れているが、我を忘れて無暗に『零落白夜』を使いすぎたことが仇となった。一夏が冷静さを取り戻したのに気づいた零はまだ笑顔。しかし、先程の嫌味ったらしいものではなく、師匠が弟子に見せるような純粋な微笑みだった。
『はは、そろそろシールドエネルギーが限界か?ま、だからこそ武器の禁止なんて面倒なノルマが成り立つわけだけど。』
ここに来てようやく一夏は気づいた。IS戦で徒手空拳では、いくら実力に雲泥の差があったとしても仕留めるのに相当の時間を要する。模擬戦である以上、あまり長期戦になるのは見物客などの存在を鑑みると好ましいことではない。零も千冬もこの展開を完璧に予測していたのだ。一夏は最初から手のひらの上で弄ばれていたようなものだ。
『・・・なるほど。確かに弱いな、俺って。』
『やっと自覚してくれたか。』
『勝手にキレて、我を忘れてヘマやって、しかもそれを全部最初から予想されてたとか馬鹿みたいだよ。でもな・・・』
一夏は『雪片弐型』を正眼に構える。今までと違い、目はしっかりと零を捉え、落ち着きを取り戻している。一夏の様子が明らかに変わったのを確認した零は少しやる気が出たのか、表情に真剣さが窺える。
『それでも俺は守りたい!千冬姉だけじゃない。守りたいもん全部守ってみせる!』
一夏の決意に応えるように、《白式》は輝きを帯びる。『零落白夜』をフルパワーで解放した一夏は雄叫びをあげて零に突進した。
『覚悟は上等だな。でも、まだ届かない。』
真下から迫る一夏の斬り下ろしを目にも止まらぬ素早さで回避し、渾身の力で一夏の頭に回し蹴りを叩き込む。更に蹴り飛ばされた一夏に一気に加速して接近、一夏が地面に激突するタイミングに合わせて顔面に拳をめり込ませて激突の威力を倍増させた。
『・・・まあ、こんなもんか。で、まだ続けるか?』
零は地面に寝転がっている一夏に問う。勝者である零、敗者である一夏。正反対の立場にある2人だったが、その表情は全く同じだった。それは満面の笑み。達成感に満ちた溌剌とした笑顔だった。
『はは、もう無理。シールドエネルギーも残ってないし、どうせ勝てないし。』
『だが、センスは感じたぞ?ちゃんと訓練すれば面白いくらいに強くなるさ。流石はブリュンヒルデの弟だな。』
『千冬姉をダシにしてからかってたくせによく言うぜ・・・。』
そう言うと、一夏は零の方を向いて頭を下げた。零は一夏の言葉を待つかのように黙ってその様子を見守っている。
『俺はもっと強くなりたい。だから・・・、俺を強くしてくれ。頼む。』
『・・・お前の決意はしっかり見させてもらった。びっちりしごいてやるから覚悟しとけ。』
零は一夏に手を差し伸べ、一夏はそれを掴んで立ち上がる。アリーナには見物客の拍手がこだましていた。
『さてと、帰るか、一夏。正直これ以上ここにいるのはむず痒い。』
『おう、戻ろうぜ。』
2人は盛大な拍手の中、ピットへと戻っていった。
(これでノルマ完了、かな。千冬さんの説教、面倒だなぁ・・・。)
一夏が照れ臭そうに周囲に手を振ってるのを横目に、零はため息混じりにほくそ笑むのだった。
後書き
何か変な終わり方しちゃいました。
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