IS 〈インフィニット・ストラトス〉 ~運命の先へ~
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第9話 「武の王、立つ」
前書き
いよいよ零の出番です。
今回から会話文と地の文の間に空白を設けます。ない方が読みやすい場合はご連絡ください。
「なあ、なんで俺負けたんだ?」
勝負を終えてピットに帰還した一夏は釈然としないといった表情で開口一番そう質問した。同じく事情を飲み込めていない箒と真耶に対し、全てを理解している零と千冬は呆れ顔に腕組みで立っていた。
「機体の特性を理解せずに使うからだ、大馬鹿者が。」
「特性・・・?」
千冬のざっくばらんな説明では納得がいかなかった一夏は隣の零に目を向ける。零は面倒臭そうにため息を吐いた後、一夏の質問に答える。
「一夏、単一仕様能力について俺が説明したの覚えてるか?」
「ああ。この前の放課後だったっけ?確か、一部のISが持ってる特殊能力だったよな?」
「その解釈で問題ない。」
零は一夏の答えに頷くと言葉を続ける。この際、もう少し詳しく教えただろうなどと文句を言う必要はない。
「《白式》は『零落白夜』という単一仕様能力を持ち、その能力は『雪片弐型』を介して発動する。」
調整中の《白式》のデータを呼び出す。すぐに一夏の前に複数のディスプレイが展開された。『雪片弐型』及び『零落白夜』に関するデータだ。
「『零落白夜』発動時、『雪片弐型』からはエネルギー刃が展開する。そのエネルギー刃は対象がエネルギーであれば何でも消滅させ、レーザーといったエネルギー兵器の無効化やシールドバリアーを斬り裂いての敵への直接攻撃ができる。」
彼の言っていることは概ね正しい。ただし、彼は展開装甲について敢えて秘匿した。束が開発した展開装甲はまだ世に知られていない次世代の技術だ。ISについて束や零に匹敵する見識を持つ千冬は気づいているかもしれないが、一夏が世界の標的になる要因を増やすのは避けるべきだろう。
「ただし、『零落白夜』には代償がある。『零落白夜』を稼働するには膨大なエネルギーが必要であり、通常のエネルギーでは賄えない。そのため、『零落白夜』は自分のシールドエネルギーを消費しながら稼働する。諸刃の剣なんだよ、あの能力は。」
「なるほど。つまり、俺の攻撃が届く前にシールドエネルギーが底をついて負けたってことか。」
「理解が早くて助かる。」
一夏が納得したのを確認した零は今度は自分の専用機の調整を始める。その様子を見た千冬が口を開く。
「神裂、例の約束は覚えているな?」
「もちろん。」
零は千冬の方を見向きもせずにキーボードを叩きながら答える。千冬は零の失礼な応対を気にすることなくその場で紙片に何か書き付けるとそれを零に手渡す。
「これが今回の条件だ。」
零は受け取った紙に書かれた内容を確認する。「また面倒な・・・。」と呟くと黙ってそれを千冬に返した。
「なあ零、何が書いてあったんだ?」
調整を終えた零に一夏が尋ねる。箒も真耶も興味ありげに千冬と零を交互に見つめている。
「千冬さんに稽古をつけてもらった時に賭けをしたのさ。」
「え?千冬姉の稽古?」
一夏は驚いた様子で口を開く。零はそんな一夏の反応は意に介さずに淡々と言葉を続ける。
「お前が箒と剣道三昧やってた後にな。その時にある条件付きで五本勝負をやったんだ。」
「条件?」
今度は箒が聞き返してきた。一夏同様、興味津々な様子だ。
「勝ち越した方が負けた方に1つ命令ができる。ただし、俺は勝負の勝敗に関係なく勝った数だけ千冬さんに頼み事ができる。これが条件の内容だ。」
今度は白式の調整を始めた零は更に説明を続ける。相変わらず目線はディスプレイに固定されており手は物凄いスピードでキーボードを叩き続けている。
「結果は俺の1勝4敗で千冬さんの勝ち越し。そこで出された指示があれだ。」
零は千冬が手で弄んでいる紙片を指差す。
「千冬さんの命令は今回の試合で俺に一定のノルマを課し、ノルマのクリアを勝利の絶対条件とすること。あの紙にはノルマの内容が書いてあったんだよ。」
「へえ。で、ノルマって一体・・・」
「神裂、時間だ。準備しろ。」
一夏の言葉を遮るように千冬が口を開く。上空には既にオルコットがISを展開して待機している。零は専用機《武神》を展開してカタパルトに歩み寄る。
「零のIS、なんか小さくないか?」
灰色のISを身に纏った零を見て一夏が不思議そうに口を開く。確かに《白式》と比べると少々華奢な印象を受ける。非固定浮遊部位もない。
「機動性を優先して可能な限り装甲を削ってるんだ。非固定浮遊部位はまだ展開していないだけ。まあすぐに分かるさ。」
零はカタパルトに機体を固定すると、深呼吸をして一夏たちの方を振り向く。
「じゃあ行ってくる。」
「おう。勝ってこいよ。まあ零なら大丈夫だろうけどさ。」
「頑張ってこい、零。一夏の二の舞にはなるな。」
「さっさと片付けてこい、神裂。ノルマは果たせよ。」
それぞれの応援を背に受けて、武の王と化した神裂 零は空へと翔び立った。
『よう、オルコット。元気ないな。いつもの威勢はどうした?』
零は上空でセシリアと対峙する。彼は戦闘前に何か嫌味の1つでも言われると考えていたのだが、セシリアは何事かを思案しているように俯いている。
『いえ、その・・・、わたくしは少々あなた方を侮りすぎていたのではないかと思いまして・・・。』
『・・・は?』
あまりにしおらしくなったセシリアの様子に零を始め、一夏や箒まで驚いていた。今までの言動を顧みる限り、セシリアがそのような発言をすることなど考えつかなかったのだ。
『その・・・、先程の試合で自分の未熟さを痛感いたしましたし、誇り高き英国貴族の者として今までの非礼をお詫びしたいと思いまして・・・。』
『・・・殊勝なことだ。一夏に礼を言わないとな。』
(一夏との試合の後、態度が急変した。大方、一夏との戦いで何か感じたんだろう。)
一夏は他人と分かり合うことに長けている。一夏のお人好しな性格に他人は惹かれ、彼の横に立つ。零は自分にはないその天性に心底敬意を表した。
『ところでオルコット、ここにコインがある。』
彼は右腕の装甲を部分解除していた。右手に握っていたのは表も裏も分からない柄のないコイン。ただ、片面が黒、もう一方の面が白に塗られていた。
『今から俺がコイントスをする。表になった色でお前の運命が決まるから覚悟しておくといい。』
『はい?一体何を仰ってますの?』
すぐに分かる、とセシリアを制した零は宣言通りコイントスを行う。表になった色は・・・、
『・・・黒か。』
彼はコインをピットの方に投げ捨てると、右腕の装甲を再展開した。セシリアは彼の行動の真意を問い質そうと口を開きかけるが、彼の表情を目にして戦慄した。
『・・・オルコット、余計なことは考えるな。ここは戦場だ。早く戦おうぜ。』
彼の顔には笑顔が浮かんでいた。ただ、普通の笑顔ではない。底知れぬ狂気と殺意を孕んだ、それでいて純粋に楽しそうな笑顔。早く戦いたいという意志がひしひしと伝わってくる戦闘狂の笑顔だった。
『試合を開始してください。』
アリーナに試合開始のブザーが鳴り響いた。セシリアは『スターライトmk-III』を構え射撃体勢に移行するが、零は棒立ちのまま静かに笑っていた。
『ははは、良いねえ。この緊張感、この感覚、実に楽しい。さて、おっぱじめるか・・・『素戔嗚』。』
彼の言葉が終わると同時に、彼の背に漆黒の翼が展開された。その黒色のウィングスラスターに呼応するかのように、機体色もまた漆黒に変わる。
『パッケージの換装?しかし、機体色の変化は一体・・・?』
『面白いだろう?束さんの餞別だ。お気に入りなんだよ、これ。』
彼は右手に日本刀型の近接特化ブレードを展開する。銘を『天羽々斬』、日本神話の素戔嗚尊が八岐大蛇を退治する際に用いた剣の名だ。
『さあ、始めよう。時間がないんだ。ちったあ楽しませてくれよ、代表候補生さんよぉ!』
その言葉が終わるや否や、ドンッという空気を震わす轟音が響く。その音がセシリアに届くのとほぼ同時に零はセシリアの目の前に接近し『天羽々斬』を横一閃に振るう。
『はっ、速い!?』
セシリアは後ろに回転して斬撃を回避する。セシリアが音を認識するのと同時に零がセシリアの位置に到着したということは、零は一瞬で音速以上のスピードに加速したということだ。《武神》の規格外の機動性に驚く間もなく、零の踵落としがセシリアの腹部に直撃、彼女は地面に叩きつけられた。
『こんなもんかよ、代表候補生ってのは?もっと俺を楽しませろよ。』
セシリアは零の人格のあまりの豹変に驚きを隠せなかった。平常時の彼はこんなに好戦的な人間ではなかったはずだ。今の彼には何時もの冷淡さもセシリアに見せた憤怒も感じられない。ただ戦いに生き、戦いを追い求める狂気のみが存在している。
(あれは誰なんですの・・・?)
思考に沈みかけたセシリアを零の突きが襲った。常軌を逸した速さと破壊力を兼ね揃えたその突きを間一髪でかわしたセシリアは全速力で上昇し距離をとる。一方、零は地面に突き刺さっている『天羽々斬』を抜き、あるディスプレイを確認していた。
『・・・チッ、時間ねえな。さっさと片付けるか。』
『簡単に言ってくれますわね。ですが、ナメてもらっては困りますわ!ティアーズ!』
セシリアの命令で4機のビットが零を襲う。零は回避する素振りを一切見せず、一直線にセシリアに突撃する。4機の『ブルー・ティアーズ』がレーザーを放つが、零には全く当たらない。
(わたくしの反応が、彼の速さに追いついていない!?)
レーザーは零の背後、数秒前にいた場所に放たれるばかり。セシリアは慌てて発射地点をずらして対応しようとするが、それをするほどの余裕は今の彼女にはない。セシリアは『スターライトmk-III』で零を狙撃しようとした。
『やろうとしてることが全部トロいんだよ、馬鹿たれが!』
零は狙撃される前に『スターライトmk-III』の銃口を叩き斬った。更にセシリアが動揺している間に銃身をバラバラに解体してしまった。
『なっ!?』
『いちいちリアクションとってんじゃねえよ。』
ドスの利いた声と共に零はセシリアにアイアンクローを極めて投げ飛ばした。再び地面に衝突しそうになったセシリアはギリギリでブレーキをかけて体勢を整える。
『BT兵器の使い方を教えてやるよ。よく見とけ。・・・『白羽・天剣』全機展開。』
零の周りに8機のビットが展開される。レーザー発射口からはエネルギー刃が形成され、触れればISの装甲も一瞬で焼き切るほどの威力を誇る。零は8機のビットを同時に操りながら再びセシリアに向かって突撃する。
『あ、あれだけの数のビットを制御しながら自由に動けますの!?』
『たかが10程度の分裂思考も出来ない奴が調子に乗ってんじゃねえぞ!』
『ブルー・ティアーズ』を制御しているセシリアは接近する零に対応する余裕がない。為す術のないセシリアは零の接近を許し、零は容赦なく無抵抗のセシリアに『天羽々斬』を振るった。零の斬撃をまともに食らい吹っ飛ぶセシリア。更に制御に気が回らず空中で待機状態になった『ブルー・ティアーズ』に『白羽・天剣』が突撃、粉々に破壊された。
『後は・・・。』
アリーナの壁に激突したセシリアを追撃するため加速する零。セシリアはギリギリまで彼を引き寄せた上でスカートアーマーのミサイル発射管からミサイルを発射した。
『行動パターンが単純すぎんだよ、お前は。』
この展開を予想していた零は無駄な回避行動をせずにミサイルの軌道を限定し、動きを完璧に予測して斬り伏せた。その後、背後の爆風を利用して更に加速、壁際に座り込むセシリアの懐に入り込みミサイル発射管を叩き斬った。
『そ、そんな・・・。』
『オラ、武装まだ残ってんだろ。さっさ抵抗しやがれ。』
零はセシリアを見下ろしたまま『天羽々斬』を振り上げる。セシリアは覚悟を決めて最後の装備である近接ショートブレード『インターセプター』を展開するが展開方法も構えも素人同然だった。
『そんな体たらくで俺に勝てると思ってんのか?』
零は容赦なく『天羽々斬』を振るう。セシリアも必死に抵抗するが所詮は付け焼き刃、30秒もかからずに『インターセプター』はセシリアの手元から弾き飛ばされ地面に転がった。
『ノルマ完了っと。ちゃちゃっと終わらせるか。』
武器を全て無力化されたセシリアにはもう為す術がない。瞬く間に《ブルー・ティアーズ》のシールドエネルギーは底をつき、試合終了のブザーがアリーナに鳴り響いた。
『なかなか楽しかったぜ、オルコット。良い運動になった。これからはもっと精進して訓練に励むことだ。じゃあな。』
『・・・こんな強さ、あり得ませんわ。貴方、一体何者ですの?』
セシリアの質問に対して、零は笑顔で答える。そこには今までのような狂気は微塵も感じられず、如何にも満足げな爽やかな笑顔だった。
『さあな。俺にも分からん。』
そう言い残して零はピットへ翔び去っていった。その背中は心なしか少し寂しげだった。
後書き
次は一夏と零の対決です!
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