ロード・オブ・白御前
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ビートライダーズ編
第10話 少女の“変身”
《 ソイヤッ アーモンドアームズ ロード・オブ・白鹿毛 》
見渡せる限りで体を覆うのは、薄桜色のウェットスーツと、アーモンドの意匠の鎧。手足の所々に防具が嵌り、手にはいつのまにか身長より高い薙刀を持っていた。
(わたし、アーマードライダーになったの?)
薄桜色のアーマードライダーとなった巴は、まじまじと自分の体を見渡した。
『巴ちゃん!』
鎧武が叫んだ。インベスが向かってくる。それを見た巴の中で、かち、と何かのスイッチが入った。
手にした細長い薙刀を力強く揮い、インベスを全て迎え撃った。薙刀の一閃でインベスの3体が爆散した。
『と、巴ちゃん、もしかして武術やってたり……』
『しました。物凄く小さい頃ですけど』
親が巴に習い事をさせることに夢中だった時期だ。質の悪い師範代にしごかれたのが悔しくて、猛練習してその師範代に勝ったことがある。巴は7歳だった。
『それより。この事態を解決するほうが先じゃありませんか。このままだと』
薄桜色のアーマードライダーは鎧武の真似をし、バックルのカッティングブレードを落としてまた薙刀を揮った。
《 アーモンドスカッシュ 》
薄桜色のアーマードライダーの一閃で、近くにいたインベスが2体、爆ぜ散った。
『さすがに数が多すぎです』
『だよな……! くそ、何か――あっ』
鎧武が駆け寄ったのは、ロックシードが散らばった地面。鎧武はそこからスイカのロックシードを拾い上げ、自分のバックルにセットした。
巨大なスイカが落ちてきて、鎧武はそのスイカの中に飛び込んだ。するとスイカは人型ロボのような形態へ変わった。
《 スイカアームズ ジャイロモード 》
チャックを超えて出て行ったインベスを追い、スイカモードの鎧武も行ってしまった。
わずかに残された数体のインベスが巴を囲む。彼女は慌てず、カッティングブレードを2回落とし、薙刀を振り被った。
《 アーモンドオーレ 》
薙刀を振ると、アーモンド色のソニックブームが円状に発生し、残るインベスを殲滅せしめた。
『ふう――』
巴はベースキャンプを見渡した。
誰もいない。白衣や防護服の人々は、すぐそこにある大きなチャックへ飛び込んで逃げてしまった。
(確か閉じれば戻るんだったわよね)
巴はアーモンドの錠前を閉じた。すると鎧と薄桜色のライドウェアは光粒子となって消えた。
無人の場所で何をすべきか測りかね、巴は潰れたテントの一つの中に潜り込んでみた。インベスが現れるまで、紘汰がいたテントだ。
テントの中に散らばった品には、何冊ものファイルがあった。「戦極ドライバー被験者」、「戦極ドライバーの取扱注意」、「インベスの生態」等々。巴はそれらのファイルを拾って読んだ。
(ビートライダーズの人たちにインベスゲームで戦極ドライバーを使わせてアーマードライダーにしたのは、ユグドラシルの作為があったから……だから紘汰さんは『モルモット』なんて言ったのね。ドライバー、は、最初に着けた人間しか受け付けない? ロックシードの力を安全に使うための媒介……)
腰に着けっ放しのドライバーとロックシードを見下ろす。
(これ、どうしたものかしら。とっさに借りてしまったけれど、読む限り危ない物みたいだし。返すべき、よね。元々ユグドラシルのもののようだし)
人の物を黙って持って行ってはいけない。常識だ。――ちなみにこの時、ちょうどタワー上空でインベスを掃討した鎧武がくしゃみしたのだが、もちろん巴は知らない。
巴はドライバーとロックシードを外そうとした。
「巴っ。巴、いるの!?」
顔を上げた。今のは碧沙の声だ。
巴はドライバーから手を離し、急いでテントから脱け出した。
「碧沙っ、ここよ」
「巴!」
碧沙は巴を見るなり顔を輝かせ、駆け寄ってきて巴に飛びついた。
「よかった。巴。大丈夫だった? ケガしてない?」
「へい、き。心配……させて、ごめんなさい」
碧沙は巴から離れ、への字眉で笑った。心配と安心がごちゃごちゃな顔。これではいつもと逆だ。
再び茂みがこすれる音がした。初変身後で気が大きくなっていた巴は、碧沙を背にして構えた。
もし敵対する何かが出たとしたら、関口巴に敵うはずはないのに。
茂みを割って出てきたのは、ビートライダーズの抗争では見た験しのない白いアーマードライダーだった。
彼は巴を見て何かに気づいたような素振りをし、ロックシードを閉じて変身を解いた。
巴が少しだけ知る、碧沙の長兄、呉島貴虎がそこにいた。
「言ったでしょ、兄さん。一緒に来てるって」
「まさか本当だとは思わなくてな。――ちゃんと話すのは初めてか。いつも妹が世話になっている」
「……こちらこそ」
貴虎のことは、休んだ碧沙に学校での配布物を届けに行った時に、ちらりと見ただけだ。
近くで見ると端正な顔立ちをしているのが分かる。ついでに、冗談やおべんちゃらは通用しなさそうだとも分かった。
「――君が助けてくれたのか」
貴虎の目は巴が着けたドライバーとアーモンドのロックシードに注がれている。
「差し出がましい真似をして申し訳ありません」
「いや。部下を助けてくれて、礼を言う」
目上の人に、まるで対等のように感謝された。それに驚いて巴は固まってしまった。
「君も妹と一緒に“森”に迷い込んだと聞いた。送って行こう。クラックを潜ればすぐ外だ」
貴虎が指したのは、空中に縦に開いたチャック。向こう側は赤い壁の研究所らしき内装が見て取れた。
貴虎がそのクラックへと歩き出す。碧沙がごく自然に巴と腕を組み、引く。一緒に行こうと言外に伝えている。巴は碧沙に腕を引かれるに任せてチャックを越えた。
女子が暗い時間に一人で街を歩いて帰るのは防犯上よろしくない。
貴虎は大真面目に言い、帰りの車を手配すると申し出てくれた。
「お前ももう帰りなさい、碧沙」
「はい。兄さんは?」
「まだやることがある」
「分かりました」
やりとりだけでも上流階級だ、と横で黙って聞いていた巴は思った。そして所詮、自分は本来なら碧沙と並び立てない庶民なのだと痛感した。
ユグドラシル・タワーから出て、地下駐車場で迎えの車を二人で待った。
「波乱万丈のクリスマス・イブだったわね」
冗談めかして言うと、碧沙は、
「そうね」
笑顔で答えた。その笑顔に巴はほっとした。
ほっとしたから、巴はウェストポーチに入れておいた物を臆することなく出すことができた。
巴は、掌に載る程度の大きさの、ラッピングされた小箱を差し出した。碧沙は不思議そうに小箱を受け取った。
「あ、もしかして……クリスマスプレゼント?」
「ええ。ちょっと早いけど、メリークリスマス」
「巴!!」
碧沙が巴に抱きついた。柔らかい。肌も髪も何もかも。
「嬉しい。友達からのクリスマスプレゼントなんて初めてよ。大好き、巴。ありがとう」
「大した物じゃないけれど」
「ううん。巴がくれた物なら、どんな宝石やブランドより価値がある」
碧沙は小箱のリボンをほどいて中身を取り出した。
桜貝を模したアクセサリーと白いタッセルの、イヤホンジャックだ。高い品は買えない巴なので、フィーリングで選んだ。
「すてき――」
「お気に召した?」
「とっても。ありがとう、巴」
碧沙はイヤホンジャックを小箱に戻し、こつん、と巴の肩に頭を預けた。気に入ってもらえて巴も安心した。
「巴。わたしからもプレゼント、あげていい?」
体を離すと、碧沙はバッグから、何と戦極ドライバーとアーモンドのロックシードを取り出した。
「ちょ……これ、持ち出していいの?」
「もうすぐ改良品が完成するから、1個くらい大丈夫でしょう」
大胆にも程がある。巴は魚のように口をぱくぱくさせて親友を見返した。
「人助けしろとかじゃない。そんなことしないで。赤の他人のために巴が傷つかないで。ただ、自衛のため。巴自身がインベスに襲われた時に使って。巴が自分で身を守れるって思ったら、わたしも安心できるから」
「……そういうことなら」
巴は碧沙から、戦極ドライバーとロックシードを受け取り、ウェストポーチに詰めた。
ドライバーの重さ以上に、ずしりとウェストポーチが重くなった心地がした。
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