ロード・オブ・白御前
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ビートライダーズ編
第9話 聖なる祝日の迷子 ②
時は、少女たちがインベスに囲まれた直後まで遡る。
巴は“森”をひた走っていた。
インベスを碧沙から遠ざけるためとはいえ、走り続けることはできない。なので途中で錠前の形をした果実をちぎっては投げ、逃げてはちぎり――をくり返していた。そうするとインベスは果実を食べるのに夢中になって、巴が逃げる隙が出来るのだ。
だが、果実に惹かれて新しいインベスが出ると、巴は再び走らねばならない。
「ゼェー…ハー…」
巴は近くの幹に背中を預けたまま、ずるずると座り込んだ。
(も…走れ、ない…)
インベスが4体ほど迫ってくる。だが巴の足はもう動かない。いくら体育が得意でも限度がある。
死から目を逸らしたくて、巴はきつく瞼を閉じた。
《 オレンジスカッシュ 》
『だありゃあ!』
斬撃の音と熱を帯びた風。巴は恐る恐る目を開けた。
そこに立っていたのは、紺のライドウェアの上からオレンジの鎧を重ねた鎧武者だった。
「あなたは……」
知っている。“ビートライダーズホットライン”で何度も観た。チーム鎧武の助っ人で用心棒。アーマードライダー鎧武の変身者――葛葉紘汰。
彼は変身を解くと、こちらを顧みて手を伸べた。
「大丈夫だった?」
「は、い」
巴は一人で立ち上がった。紘汰はバツが悪そうに伸べた手をぷらぷらさせた。
「君、名無しのビートライダーズの子だよな。どうしてこの“森”にいたんだ?」
「名無しの――」
「ああ、ごめんっ。チーム名がないからみんなそう呼んでて。イヤだった、かな」
「特には」
「そ、そっか。ええっと、こんなとこで一人じゃ危ない。俺、外へ送ってくよ」
「すみません。申し出は有難いのですが、まだ友達が残っているんです。探さないと」
巴のいない場所で碧沙が倒れでもしたら。そうでなくとも“森”に入ってから碧沙の体調はおかしかった。
「友達? 一緒に踊ってるあの子?」
「はい。――あの」
「ん?」
「チームは名無しですが、わたしたちには名前があります。わたしは関口巴、あの子は呉島碧沙です」
「そっか、そうだよな。ごめん。俺は葛葉紘汰。紘汰でいいよ。巴ちゃん、でいいかな。その碧沙ちゃんを探すまで、俺と一緒にいるってのはどう?」
「あなたと?」
「ここにはインベスゲームで使うインベスよりずっと強いのがうじゃうじゃいる。そんな中を女の子一人で歩かせるのは心配だし。俺も探しものしてるんだ。一緒に歩いてたら、どっちか見つかるかもしれない。俺はアーマードライダーだからインベスが出ても守ってやれるし。悪い話じゃないだろ?」
先ほどのようにインベスに囲まれてどうにかする力は巴にはない。碧沙にもない。ここは彼の護衛を借りて進み、碧沙ともども外に連れ出してもらうのが良策だ。
「では、お願いします」
巴は腰を折って礼をした。元の体勢に戻ると、どうにも居心地が悪そうな紘汰と目が合った。
歩く間、紘汰は何かと巴に話しかけてきた。静かになるとしゃべりたくなる質なのだろう。
巴は紘汰に聞かれたことにだけ答え、自分からは話題を振らなかった。するとまた紘汰が巴に話しかける。そのくり返し。
「ところで、何で巴ちゃんは“森”に来たんだ?」
巴は考える。本当の動機を言っていいものか。だが、この青年にウソをつくのは妙に良心が咎め、素直に言うことにした。
「わたし、ここには友達……と一緒に来たのですけど」
「碧沙ちゃん、だっけ」
「はい。あの子が龍玄の人の妹だって言ったら信じてくれます?」
「龍玄――ミッチの?」
「あの子、気にしてたんです、今回の新しいゲームのこと。お兄さんが何かしようとしてるって。だから一緒に来ました。それだけです。その程度です。ごめんなさい」
「う、う~ん、そういう事情なら……にしても、ミッチ、妹いたんだな」
紘汰がぶつぶつ呟くのは、碧沙の兄のチームでの姿だろうか。
そうやって歩いていると、防護服を着た人間が数人、誰かを引きずるようにして歩いて来た。
紘汰が巴の腕を掴んだ。
「隠れてっ」
紘汰に引っ張られて木の幹に隠れた。防護服が、巴と紘汰が隠れた幹の前を横切っていく。
近づいて気づく。防護服が引きずっているのは、チームインヴィットのリーダー、城乃内だった。
「どこに行くんだ……?」
「気になるんですか?」
「実は俺、あの連中のこと調べに来たんだ。――追っかけてみるか。巴ちゃん、いいか?」
「構いませんよ。もしかしたら碧沙も保護されているかもしれませんから」
――巴と紘汰は幹から出て、防護服をこっそり尾け始めた。
城乃内を引きずった防護服を尾け、巴と紘汰が出たのは、テントがたくさん張られたキャンプ場のような場所だった。
(まさか人のいる場所があるなんて。あれってユグドラシル・コーポレーションの会社のロゴよね? 何でこんな場所に。しかも何か調べているような装備でなんて、どういうことかしら。これは葛葉さんでなくても知りたくなるわね)
「(巴ちゃん、隠れててくれるか。俺、あのテント調べてくるからさ)」
「(分かりました。お気をつけて)」
紘汰が、白衣の研究員や防護服の人間の目線を掻い潜り、一つのテントに入った。しばらくして一人の防護服がそのテントから出て、隣のテントに入って行った。
(変装して潜入って……古典的)
キャンプ地を見回す。碧沙らしき人はいない。テントの中にいるのかもしれないが、それだと巴には分からない。
紘汰は変装して行った。つまり部外者に知られたくないことをしているのが、ここの集団なのだろう。そこに巴が何の準備もなく入れるとは思いにくい。
結局、巴は紘汰を待って、幹の陰に潜んでいることに決めた。
退屈なのでスマホをいじろうと取り出したが、電波は一本も立っていなかった。
(そもそもここって何なのかしら。森…なんでしょうけど、普通の森には見えない。インベスがたくさんいる。インベスはここの変な果物をエサにしてる……だめ。考えれば考えるほど訳分かんなくなってく)
やることもなく、紘汰もすぐには出て来ない。こんな不気味な場所でも退屈というものはあるようで、巴は幹の陰で膝を抱え、舟を漕ぎ始めていた。
「キャアアア!!」
意識が戻る。今の声は確かに悲鳴だった。
隠れながらキャンプ地を覗く。死肉に集るハエのように、インベスが溢れ返り、研究員や防護服の連中を襲っていた。
唐突な襲撃の光景に、巴はその場で立ち尽くした。そもそも巴と碧沙はインベスゲームを一度しかしていない。それでこれほど大量の、実体化したインベスを見て、どう動けばいいかなど分かるはずがなかった。
インベスの内、羽根のある1体が巴のほうに向かってくる。
『せいやぁ!』
だがそのインベスを、オレンジの鎧をまとったアーマードライダー鎧武――紘汰が斬って助けてくれた。
『大丈夫かっ?』
「なん、とか」
鎧武はこちら側に来るインベスを千切っては投げ、千切っては投げ。しかしそれでもインベスの数は減らない。
そんな中、戦っていた鎧武に、一人の白衣の研究員が縋りついた。
「助けてくれ! まだ中に人が!」
『っ、俺たちをモルモット呼ばわりしておいて、都合が良すぎだろ!』
それでもなお食い下がる研究員に負けてか、はたまた彼自身が根っからのお人好しなのか。鎧武はその研究員に逃げるように言い、さらなるインベスの群れに斬りこんだ。
(モルモット、ってどういうこと? 後で聞いたほうがよさそうね――っとぉ!)
飛行型のインベスが飛んできた。巴はインベスを避け、その拍子に地面に転がった。
――その時、巴の前にあった物が、彼女の運命を大きく変えることとなる。
目の前には、鎧武のようなアーマードライダーが腹に装着している、ドライバー、が。
地面のあちこちには、インベスの襲撃で散らばった、ロックシード、が。
巴は意を決し、ドライバーと、手近なロックシードを掴んだ。
ドライバーを見様見真似で腹に着けた。ベルトが両の脇腹を締めつける。バックルの左側に何かの横顔が刻印された。
次いでロックシードを開錠する。
《 アーモンド 》
(確かこの後、ライダーはロックシードをバックルに嵌めて閉じて、このカッターみたいなもので切っていた)
思い出せる通りのモーションを行う。
ボスン! 何か大きな物が巴の頭から肩にかけて落下してきて、ふらつく。
《 ソイヤッ アーモンドアームズ ロード・オブ・白鹿毛 》
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