アラガミになった訳だが……どうしよう
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夫になった訳だが……どうしよう?
49話
極東支部を発って一週間、ハッキリ言って何の成果もない。
まず中国、ロシアを最短距離で縦断し北極圏を捜索した結果、出てくるのは寒さに耐性のついたオウガテイルやらクアドリガがいた程度でキュウビの手掛かりすら無かった。折角北極圏まで来たという事でオーロラだけ見て移動することにした。もっとも俺がオーロラを見ている間、イザナミは北極海に水着で入り浮き輪を浮かべてジュースを飲みながら鼻歌を歌っていたんだが……寒さに強いとかそんなレベルじゃないんだな。
で、今はアイスランド目指してイギリスにいるのだが、何というかこれはどういう事だ?
俺達の目の前には大型アラガミが二匹いる訳だが……状況が少しばかりおかしい。
片方はカリギュラという竜のような体躯と伸縮可能なブレードをつけた両腕、短時間なら飛行も可能なブースターを背中に持つアラガミだ。こいつの厄介な点はしなやかな体術、武装の使用方法など人間を思わせる動きだ。加えてこいつは通常のカリギュラとは違い、体色が赤という変異種ということもあり恐らく他の通常種より幾分強力なのだろう。
こいつは別にいい、変異種という意外は普通のアラガミだ。だが、もう片方は一体なんだ?外見はハンニバルと言ってカリギュラと似たような竜のような体躯持ち、ブレードの代わりに籠手をつけたような形状の左腕を持つ。アラガミなんだが……動きがどうにも妙だ。
ハンニバルはカリギュラにブレードを何度も叩きつけられているにも関わらず、まるで亀の様に丸まって何の反撃もしない。アラガミがあの様な行動を取るのは初めて見るな……普通なら反撃、もしくは撤退する筈なんだが。
「マキナ、ハンニバルの方……大分意識が薄れて分かりにくいけど人間だよ」
イザナミが驚いたと言うように俺にそう告げた。
人間?じゃああれは元ゴッドイーターだと言うのか?
「そこまでは分からないけど、少なくとも前は人間だっていうのは確かだよ。偏食場パルスに明らかにおかしな波長が混ざってるからね……それにハンニバルの方は腕の中に誰か隠してるよ」
あー……放置するのは寝覚めが悪いよな?多分放っておいたら死ぬよな、あれ。
「だね、じゃあ赤いのはどうする?殺す?」
いや、もしかすると人間の意識を助けられるならハンニバルの方に集中した方がいいだろうし、カリギュラは適当に殴って追い払えばいいだろ?
「へー……マキナにしては随分と余裕な態度だね。カリギュラって結構強力なアラガミだしそれの変異種だよ?」
ここにいるのが俺一人ならこんな余裕はないがお前がいるんだ、多少変異した程度のカリギュラに負ける要素はないさ。それに単純に二人掛かりなんだ、キュウビやらでもない限り問題ないだろ?
「ふふ、随分と信用してくれるね?」
そりゃ妻を信用しない夫はいないだろ?
「……そんな台詞をマキナに言われるとは思わなかったよ。うん、生きていると良い事もあるもんだね!!」
そう言ってイザナミは無数の黒い腕をカリギュラに差し向ける。それに気付いたカリギュラはハンニバルを痛めつけるのをやめ、一瞬でその場所から離れて腕を切り飛ばしていく。
速度、判断力共に並ではないが、それだけではイザナミの腕から逃れる事は出来ない。
「根の国応用編、形状は槍、密度は中程度、繰り返すこと三百、構え……」
カリギュラの周囲に捩じられ槍のように鋭い切っ先を持った黒い腕が展開され、カリギュラを全方位から囲み。
「放て!!」
イザナミの号令により刹那のズレもなく同時に槍がカリギュラ目掛けて放たれる。普通ならこれで終わるんだろうが、少々用心するとしよう。
両足と右腕を具足に変化させ、土煙の舞うカリギュラのいた場所に接近して拳を振るう。
「やっぱりか……」
どうやらカリギュラはイザナミの槍の内、顔やコアなどの重要な箇所に直撃するであろう槍のみを両腕のブレードで切り払い、それ以外は耐えることを選んでいたらしい。その証拠にその両眼はしっかりと俺を捉え、俺の拳を腕で受け止めているのだから。
しかし、このカリギュラは想定より厄介かもしれん。こいつ、力が異常に強い。下手に気を抜けばこちらが押し返されそうな程で、今のところ拮抗状態とでも言うべきか……
「マキナ、そのまま押さえてて。次で仕留めるから」
イザナミは先ほどの数を重視した槍ではなく、質を重視した高密度の槍を槍投げの要領で彼女の怪力を持ってして投擲する。これが当たればカリギュラの頭くらいなら容易く吹き飛ぶだろうな……
「……嘘でしょ?」
「マジか……」
カリギュラは槍目掛けて極低温のブレスを放ち、槍の速度と先端部分を凍らせて威力を減衰させた。結果として殺傷力は著しく削られ、カリギュラは後ろに吹き飛びこそすれど顔のパーツが一部砕けた程度で済ませた。
「マキナ、十秒だけ止められるかな?」
イザナミが先程までの軽い口調とは打って変わって酷く冷たい口調で俺に尋ねた。
どうにもイザナミも目の前のカリギュラをその辺りにいるただのアラガミではなく、排除するべき障害だと認識したようだ。さて、イザナミの要望である十秒間カリギュラを止められるか……ふむ、それなら可能だろう。
守りに徹すれば具足と超感覚がある俺な大抵のアラガミの足止めは出来るだろうし、カリギュラの方も退く事を考えている様子はない。加えてさっきのやり取りで力も勝てはせずとも負けもしないのだから、足止め出来ない道理はないだろう。
カリギュラは背中のブースターを吹かせ、宙に浮かぶと右腕のブレードを展開しブースターを一気に開き速度をつけてイザナミに襲いかかる。向こうにとっての全身全霊の一撃に近い攻撃なんだろうが、通してやる義理ない。
俺はカリギュラとイザナミの間に割り込み、右腕の具足でカリギュラのブレードを受け止めた。
さて、自分よりも硬い物に高速でぶつかれば怪我をするなど言うまでもないが、それは武器同士でも起こり得る事も付け加えさせてもらおう。まぁ要するにカリギュラの右腕のブレードが砕ける……とまではいかないもののヒビだらけになったという事だ。
……残念ながらこちらも無傷とは言えず、いや損害があった訳では無いんだがさっきの攻撃を受け止めた衝撃で身体中が痺れている。さっきのあれ、普通の神機程度でだったら装甲で受け止めても、装甲諸共腕くらい吹き飛ばされそうな威力はあったな。
それは向こうも同じようで動きが若干鈍くなっている。さて、イザナミの言っていた時間まであと五秒……少々小細工を弄させてもらおう。
カリギュラは先程から動きを見せないイザナミに何か勘付いたらしく、再びバックステップで距離を取ろうとするがそうはいかないな。俺は具足のない左腕をカリギュラに伸ばす。
俺の左腕はその殆どがイザナミのオラクル細胞で構成されている、というより俺がそう構成した。本来は何時ぞやのように精神世界に入る事が目的だったのだが、彼女の細胞でできているという事は彼女の能力の一部が使えるという事だ。
つまりは、左腕限定でイザナミの黒い腕と同じようにある程度の距離まで腕を伸ばす事が出来、切断以外に対しての耐性を持っているのだ。
結果、カリギュラの片足を掴みバランスを崩させる事に成功した。
「お疲れ様、私達の勝ちだよ」
イザナミのその言葉と共にカリギュラの左右を囲むように大型アラガミを握り潰せるようなサイズの巨大な両腕が現れ、まるで餅つきでもするかのようにカリギュラ目掛け何度も何度も振り下ろされる。
カリギュラは死にこそしないもの、あの腕による打撃によって全身のオラクル細胞に大きなダメージを負っている。そう長く掛からない内にオラクル細胞の結合に限界に達し、カリギュラとしての原型をとどめる事はできなくなるだろう。それはイザナミも同じように考えているようだったのだろう、俺達二人に一瞬だが明確な隙が生まれた。
カリギュラはそれを見逃さず俺達目掛けてブレスを放ち、その予想外の反撃に動揺した際に動きを止めた両腕からブースターを全開にして逃げ出した。追えない事は無いだろうが……わざわざ追う気にもならんし、あそこまで痛めつけたんだから回復まで当分かかるだろう。別段放っておいても俺達にさしたる害はないだろう。
予想外に手間取ったので若干忘れ気味だったが、元人間のハンニバルは……ん?ハンニバルの懐から誰か出てきたな。
髪は金、瞳は青の見たところ年齢はアリサより下の十四、五歳といった少女だが、その右腕は明らかに人の物ではない。明らかにオラクル細胞に蝕まれ、アラガミの物へと変化している。
そして、その侵食は今も続いているようで少女は痛みに耐えるように歯を食いしばっている。
「弟を……助け……て……」
それだけを何とか口にすると少女はそのまま意識を失った。
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