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リリカルなのは
イスカリオテ
前書き
・モブキャラの話
少女ついていなかった。
女手一つで育ててくれた母が、早々に亡くなったのも。
貧乏で蓄えもなく、身一つで放り出されたのも。
なんとかスラムに流れ着き、明日をも知れぬ生活に身をやつしたのも。
大都会ミッドチルダの闇が集まる廃墟。
そこになんとか作ったねぐら。それが彼女のすべて。
齢9つに満たない少女にとって、現実は過酷すぎた。
今日も生きるために、いつもの――いつの間にか慣れてしまった――残飯あさりをしていた。
運よく普段よりも多い「収穫」を手に入れ、浮かれていた。
だから、油断していたのかもしれない。
「おら、なんとか言えやクソガキ」
明らかにカタギではない荒くれ者に罵声を錆びせられ、蹴られる。
うぐっ、と肺から空気が漏れる音がした。
ついてない、少女は思う。
獲物を手に「住処」に向かう途中のことだった。
浮かれていたせいか、男に肩をぶつけてしまったのだ。
その場ですぐに謝ったが、難癖つけられて――このザマだ。
「兄貴、こいつ汚いなりをしてるけど、なかなかの上玉ですぜ?」
「ほう?」
先ほどまでの見下すような視線が、ねっとりとしたものに変わる。
男たちの会話の意味するところは分からないが、何か自分にとってよくないものなのだろう。
本当についてない。
いや、そもそも少女の人生そのものが「ついてない」のかもしれない。
貧乏ながらも幸せに暮らしていた日々が遠い。
身一つでスラムで暮らすようになって3年間。
筆舌に尽くしがたい苦労の連続だった。
ようやくスラム暮らしにも慣れてきたはずだった。
「ひひっ、お嬢ちゃん、お兄さんたちが、『いいところ』に連れて行ってあげよう」
「ガキでもこれだけ上玉なら、いい値がつきそうだ」
腹を蹴られ倒れ伏す少女へと手を伸ばす男。
少女は諦観しながら、その光景を眺めていた。
ついてない、ああついてない。
自らの運命を諦めと共に受け入れようとした――そのときだった。
彼女は、出会ったのだ。
「なにをしている?」
突如現れたのは、カソックの上に白衣を着た珍妙な恰好の男だった。
聖王教会の神父だろうか。
なぜこのようなスラムにいるのだろう。
地面に倒れ伏しながらぼんやりと考えていた。
逆光になっていて顔は見えない。
けれども、後光を背負ったその姿が、とても神々しように思えた。
「な、なんだよ。おい、邪魔すんなよ。おっさんには関係ねーだろ」
「黙れ。少女よ、お前は助けてほしいか?」
いきり立つ男を無視して少女に話しかける神父。
その姿に、一瞬だけ期待してしまった。期待してしまったのだ。
運に、すべてに見放された少女は、それでもあきらめきれなかった。
初めて自分に差しのべられた手に、最後の力を振り絞って。
「た、助けて……助けて、ください」
絞り出すように言った。
「よかろう」
「おい、無視すんなよおっさん!痛い目にあいてえのか?」
少女の言葉に、神父は頷いた。
理解できないやりとりを前に、荒くれ者は、凄んだ。
神父は、そんな彼らを全く相手にしていないような、自然体だった。
懐から、2つの銃剣を取り出し、クロスさせる。
そして言い放った。
「我らは――――」
たしかに、少女は、ついていなかった。
けれども、この日、救いを得たのだった。
◆
意識が浮かび上がる。
目を開くと、ぼんやりとした視界が映る。
そのときになって、うたた寝をしていたことに気づいた。
「夢、ですか。また随分と昔のことを思い出したものですね」
あのとき――アンデルセン神父に救われたときからもう5年以上経つ。
アンデルセン神父が懇意にしている孤児院に預けられ、やっと安息を得たのだった。
お腹いっぱい食べられて、眠れるところがある。
厳しい生活をしてきた少女にとって、そこは天国に等しかった。
少女の境遇を聞き出していたアンデルセンは、同情からか、ことさら彼女を気にかけていた。
だから、必然だったのだろう。
彼を追うように、聖王教会のシスターとなった。
彼と働けるように、戦闘訓練を積んだ。
その結果――
「――お?任務ですか。やれやれ、『イスカリオテ』は便利屋じゃないんですけどね」
イスカリオテ。
聖王教会直属の組織であり、少数精鋭の戦闘集団でもある。
少女も血反吐を吐くような訓練の末に、所属できた。
何かと黒いうわさが多いが、その実情は、戦技教導隊に等しい。
部隊長アレクサンド・アンデルセンを筆頭に、武闘派が揃っており、各地で騎士たちの教導にあたっている。
もちろん、教導以外にも任務はある。
しかし、最近多いのは――
「また治安維持出動ですか。『陸』に恩を売るチャンスだというのは分かるのですけど」
――陸からの依頼である。
噂では、陸のレジアス中将とアンデルセン隊長が直接取引したらしい。
いや、らしいではない。事実、取引したと、隊長から聞いている。
もちろん、口外厳禁である。
軽口をたたきながらも、慣れた手つきで素早く武装を整える。
現場に赴くと、陸の部隊に包囲されながらも、抵抗を続ける魔導師がいた。
なるほど、確かに高ランク魔導師だ。
高ランク魔導師の少ない陸では対処は難しいだろう。
最前線へと姿を現す。
その姿を見て瞠目する犯罪者。
「い、イスカリオテだと!?」
それは、犯罪者にとって恐怖の代名詞。
陸を含めた周囲の恐怖と羨望の混じった視線に気分を高揚させながら言葉を紡ぐ。
そう、「あの日」自分を救い上げてくれた「あの人」のように。
「我らは聖王の代理人。神罰の地上代行者。我らが使命は、我が聖王に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅すること。Amen!」
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