ノヴァの箱舟―The Ark of Nova―
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#9『ミラフィ』
《教会》に対する反抗運動は、何も《魔王》のレギオンだけが行っていることではない。
《王都》の本部を始めとする《教会》の核は、一応は毅然とした統治組織だが(所々でやけにザルだったり、なんだかやる気のない常識はずれの上層部だが)、その統制が末端まで届いているとは残念ながら言い難い(やはりやる気の無さが問題なのだろうか)。支部長や雑兵たちを起点とした悪代官の物のような政策を強いられている《箱舟》も存在する
さらに悪いことに、一般人…すなわちCランク以下の《箱舟》の住民…達が抱く《教会》のイメージとは大抵「それ」である。
そして、そう言った悪政を強いられている住民たちは、時として反乱を起こす。全ての《箱舟》は《七星司祭》もしくは《教皇》によって管理されているため、反乱はすなわち彼らへの反逆を意味する。比較的温厚な《教会》中枢部であるが、なぜかしら反逆罪に関しては非常に厳しい。『その場で抹殺』もしくは『見せしめに処刑』のどちらかの刑罰を対象に与えることになっている。《魔王》の最初の反逆に置いて、コーリング・ジェジル直属の《十字騎士団》第九師団が迎撃にあたってきたのはそれが理由である。大規模な反逆を行う者達は、戦闘能力も高い場合が多い。そのため、強大な実力をもつ《十字騎士団》の直接の介入があるのだ。
今回もその例に漏れない。
ランクD《箱舟》、《ディア・ラケル》の住民たちが、大反乱を起こしたのである。理由は、《教会》支部長を務める司祭の暴政。毎月絞られる重い税や、司祭の権限によって野放しにされているに等しい雑兵による犯罪や暴行などに対する反感が、遂に爆発したのだ。
これに対し、《教会》側は住民たちへ『即時抹殺』を施行し始めた。
一体誰がこの法を決めたのかは分からない。上層部のメンバーたちのことを知る者がいれば、団長やスワイのあたりが法改正をすぐにでも行っているであろうことは容易に想像がつく。だが、この法はいつまでたっても変えられない。『《教会》への反逆に対する刑罰:1/捕獲の後に対魔酸による処刑、2/(1)の執行が難しい場合に限り即時抹殺』は、強固に人々の反逆心を縛り上げる。
それでも、圧政を強いられた人々は、怒りを糧に反旗を翻し続ける。いつか解放されることを願って。《ディア・ラケル》の住民たちも、開放を信じて立ち上がり、《教会》支部へと押しかけた。
だがしかし、住民たちが詰めかける《教会》支部は、半透明の防壁に守られて彼らの侵入を許さない。固く、さらに触れると衝撃波を放つこの防壁は、複数の魔術師たちによってかけられたものだ。
全防御魔術の中でも最強の強度と効果を誇り、その代償として習得と扱いの難しさをもつ魔術。名を、《結界魔術》。ここに居る魔術師たちは、全てがこの《結界魔術》を高レベルで習得した、防御魔術のプロフェッショナルばかりだ。生まれてきた時代が違えば、今以上に名をはせていた可能性がある。
だが、そんな彼らの自慢の魔術も、結界を恐れずに、今度はその障壁自体を狙って攻撃を続ける反逆者たちの執念深い怒りの攻撃によって、徐々に、徐々にほころびを生み始める。
反逆者達の顔に少しだけ希望が見え始めた時――――それは、あっさりと消滅させられた。
結界の障壁の上を、さらに強固な障壁が、瞬く間に蓋っていく。アイスブルーに輝くその結界は、《金剛水晶の陣》。いたってシンプルな名前は、まさに『単純こそ最強』の象徴。この魔術は、結界魔術の中で最強にして最凶の硬さを誇る術なのである。
本来ならば魔力だけで形成される障壁の上から、さらに錬金術の要領で魔力を硬化させた結晶を纏わせる。つまりは、純粋な魔術の力だけでなく、そこそこ錬金術にも造詣が無ければ扱えない、強力な魔術なのだ。
それを扱えるという事は、真実に『強力な魔術師』であるという事。
「ほらほら甘いぞー。そんな事してたら破られちゃうよ。人間って執念深いからねー」
その魔術を放った張本人。緊張感のない声で団員たちに叫ぶのは、宝石のついたヘアリングで長い金髪をまとめた人物。欧州系の白くきめ細かい肌に、碧玉のような水色の瞳。ブラウスめいたローブに身を包んだその姿は、一瞬乙女か妖精のようにも見える。その優美なたたずまいに幻惑された男たちもいるに違いない。だが彼は、それには興味を見せない。
なぜならば《十字騎士団》第七師団団長、ソフィトリア・ゾラールは、少女めいた外見を持つものの、実際のところれっきとした男であるからだ。彼の異名である《結界の呪術師》の名がそれを証明する。なぜならば、《ソーサラー》とは男性形であり、女性形は《ソーサリス》だからである。何度も勘違いをされる容姿であるが、まぁ彼自身はそこそこ周囲の反応を面白がっている節もあったりするため、矛盾している分始末に負えない。
彼のもつ大ぶりの、杖にはめ込まれた宝石が、青白い輝きを強める。それには一切の《刻印魔術》は関連していない。事実、彼の《刻印》である、自分を含む周囲の魔力を回復させる《蜂》は輝きを放っていない。
ソフィトリア―――通称ソフィは、今どき珍しい普通の魔術師なのだ。大地とのつながりが切れたことによって減少した純粋な魔術師は、全箱舟を探しても3000人に満たないのではないかと言われている。
ソフィが率いる第七師団は、その3000人の中から、防御魔術…特に結界…に優れた数十人、さらにその中でもえりすぐりの能力を持った11人だけで構築されている。全員がトップクラスの強度の防御魔術や
結界を保有しており、その防御は、恐らく騎士団として破格の力を持つ第一師団・第四師団の総勢を以てしても崩すことは難しいだろう。
なぜ防御能力にたけた人物を集めているのか――――それは、彼らを率いる《七星司祭》第四席の能力に理由があった。
《教会》支部の大庭の中央。第七師団に円形に囲まれて、その青年は、優雅に絵を描いていた。人目にして一級品と分かるキャンバスに、スラスラと描かれていく風景画。それは、今青年の周囲を取り巻く光景によく似ていた―――というより、それそのものであった。
ショートカットにされた、艶やかな銀色の髪。憂いを讃えて揺れる薄い紫苑の瞳を細めた表情は、整った少女めいた顔立ちもあって非常に儚げな印象を与える。だが、その左頬には、ひときわ目を引く奇妙な模様が浮き上がり、光を放っていた。
時計の形を模したそれは、現代魔術の象徴、《刻印》である。
青年の名は《七星司祭》第四席、《時を描く者》ミラフィ・ルースラビット。元は画家であったが、その生来の能力故に、その未来を失った男。
ミラフィは無表情に、無感動に、キャンバス上の風景画に手を入れていく。書き込まれるのは、《教会》に反旗を翻す反逆者たちが、大地にその血をばらまいて倒れ伏す姿。あくまでも精巧に、緻密に、書き上げられていく惨劇の光景。だがそれとは対照的に、反逆者たちに破壊された町の建物たちは、以前よりより一層壮麗に描き直されていた。
そしてミラフィがそのキャンバスから一歩下がり、左頬の《刻印》に魔力を流し込んだ瞬間――――世界が、一瞬で姿を変えた。
反乱に参加していた人々が、次々にその身体から血を吹き出させて、地面に倒れ込む。その身体はピクリとも動かない。即死している。それだけではない。ミラフィの描いた通りに、破壊された街並みが再生――――と言うよりは、生まれ変わっていく。
現象が全て収まった時、ランクD箱舟、《ディア・ラケル》の風景は、ミラフィの描いた通りに創り替えられていた。
これこそが、ミラフィ・ルースラビットのもつ特殊能力。彼が《七星司祭》の一角たる所以にして、第七師団が防御魔術に特化した存在であることの理由。そして、彼がなぜ画家生命を絶たれることになったのか、その起源。
彼のもつ《刻印》、《時計》の能力は、描かれた風景を現実のものに創り替える能力。いわば、『未来の作成』であった。作品を可能な限り緻密に、正確に作り上げることで、その効果は増していく。ミラフィが時間をかけて絵を描いて行ったのには、そう言った理由が存在した。同時に、ミラフィがこの能力を使っている間、彼は非常に無防備になる。そのため、能力発動中のミラフィを守るために、第七師団は全員が強固な防御魔術を使用できるもので構築されているのだ。
かつて、普通の画家として活動していたころのミラフィは、この力を制御することができず、けが人を発生させるほどの大事件を起こしてしまった経験がある。今ではミラフィもこの能力を制限できるようになったが、つまりは無意識に解き放つだけでとてつもない効果を及ぼす能力である、という事の裏返しだ。
「……結局、覆せない、か……」
――――つまらない。
ミラフィは心の中で呟き、冷たい目で惨劇の余韻を眺めるのであった。
ミラフィの本職は、殺戮者でも司祭でもなく、画家だ。今だ二十を超えたばかりである彼の年齢を考えれば想像できないほど、彼の望みは枯れ切っている。
《七星司祭》の権力を使えば、金も、快楽も、何もかもを手に入れることが可能だろう。だが、ミラフィはそんなものを望んで《七星司祭》になったのではない。
それは、「自分の予想を覆すほどの素材を見つけること」。即ち、彼の「相手の未来を描き替えることができる」という「未来予測」を打ち破ることができる者。どうあがいても書き換えられないほどの未来をもつ存在と出会うこと。
ミラフィは自分の能力の限界を知っている。ミラフィの能力は、強い運命を担っている者の未来を描き替えられない。自分の思うとおりに未来を動かすことができないのだ。一体何が干渉しているのかは知らないが、既に一人、巨大な運命を持つ者の未来を変えようとして失敗した経験があるため、それはほぼ間違いない限界だろうと予測している。
ミラフィはすでに、その限界を知った原因となった、未来を描き替えられない存在と出会っている。だが、そこには一切の興奮や感動は無かった。彼は画家だ。先人たちがそうであったように、自らを深く感動させたものと出会いたい。
彼が《七星司祭》である理由は、つまるところのその《感動》と出会いたいからなのだ。
だが、天はその小さな願いすらなかなか聞き届けない。と言うより《神》とでもいうべき存在を知っているミラフィからすれば、《その存在》がそんな願いを聞き届ける気すらないことは知っているが……とにかく、ミラフィはその《感動》との出会いをさっぱり掴めていない。
これではつまらない。早く自分を感動させる存在に出会いたい。
そんなもんもんとした気分を、自ららの主が抱えていることなど気に留めず、第七師団の面々は勝利の叫びをあげていた。
***
ミラフィ・ルースラビットが初めて《教会》に来た時のことを、ソフィは非常によく覚えている。
彼は貧乏な画家だった。生来生まれ持った才能。しかし圧倒的な能力の所為でそれを縦横無尽に振るえない悲劇の存在。そのころには自らの力が何を起こしているのか悟っていたらしいミラフィは、精神的なダメージからかぼろぼろになっていた。
ソフィも似たようなものだったと思う。
彼は生まれついた容姿と膨大な魔力、そして魔術の才能の所為で、周囲からの風当たりが強かった。なぜこんな力を持って生まれついたのだろうと呪ったこともあった。
《七星司祭》の一席を占める男、《古の錬金術師》セルニック・ニレードが、その魔術の才能に目をつけて保護しなければ、もしかしたらソフィはすでにこの世にいないかもしれない。セルニックはいまだにいまだにその素性がよく分からない男ではあるが、その面で言えば第七席のコレイド・エンジェグヌの方がさらによくわからない。そもそも《教会》の高官は素性の知れない人材が多いため、そこまで気にする必要もないだろう、と、ソフィは割り切っている。
セルニックの紹介で、《教会》内の魔術師育成機関で暮らすようになった。もともと魔術に才能はあったが、既に魔術の廃れたこの世界で、それを教える学校などあるはずもない。完全に持て余していた力を、そこでは縦横に振るうことができた。
結果として、特に防御魔術の才能があることが判明した。結界などを重点的に伸ばして言った結果、もはや機関の魔術師の中でその防御力を超えられるものはいなくなっていた。
そんな頃だった。《七星司祭》第四席がとある事情で退位し、新たな司祭がやってきたのは。
ミラフィはすでに死人のような目をしていた。それでも、その奥に強い意志が宿っているのは分かった。彼は、何かを――――何かとても大きなものを、盲目的に、執念深く求めていた。
だがその《願望》は脆かった。誰かがつつけば粉々になってしまうかもしれなかった。
その時、ソフィの中で何かがぴったりとはまったのだ。
自分の防御魔術は、彼を守るために授けられたのだと。自分は、この男に使える運命にあるのだと。
《十字騎士団》は基本的に、仕える主が変わってもメンバーの変更等は無いが、しかし以前の第四席とミラフィは能力の特徴が違いすぎたらしく、第七師団の再編が始まった。集められたのは、防御魔術に長けた魔術師。すでに十分な力をつけていたソフィだったが、念には念を入れてさらにその実力を伸ばした。
結果、ソフィは新出メンバー最年少でありながら、師団長の座を手にしたのだ。
ソフィは、ミラフィが《感動》を求めていることを知っている。彼がその《感動》を見つけるまで、その身を守り抜く。それが、彼ら第七師団の役割なのだ。
「ミラフィ様、もう此所に用はありませんよ。行きましょう!」
ソフィは努めて明るく声をあげる。だが、主はただ、
「ああ……」
と、気の無い返事を返すのみである。
ソフィは知っている。ミラフィには感情の起伏が異様に少ない。彼はその異能を暴発させていたころに受けてきた罵詈雑言や厳しい対人関係によって、限界近くまで摩耗してしまっている。今でこそまともな会話が可能になったが、二年ほど前までは言葉を交わすことすら難しかったのだ。
恐らくミラフィが《感動》を執拗に追い求めるのは、それに出会うことで自らの感情を取り戻したい、という願いがあるからではないかとソフィは思っている。ならばなおさら、ミラフィにはその《感動》に出会ってほしい。
それは、ソフィだけではなく、第七師団全員の願いであった。
後書き
二回連続《教会》側。今回は第七師団の話でしたー。
次回は《魔王》側の話になりそうです。
感想・ご指摘等ありましたらよろしくお願いします。
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