機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第二章 クワトロ・バジーナ
第二節 木馬 第三話 (通算第28話)
ブレックスの《ドワーズ》を仰ぎ見る視線には複雑な色が窺えた。《ドワーズ》は明らかに《ドム》系のモビルスーツである。ツィマッド社が初めて量産機として制式採用されたモビルスーツであり、〈黒い三連星〉や〈ソロモンの悪夢〉アナベル・ガトーが搭乗したことでも有名であった。ブレックスが一年戦争でみた《リックドム》の雄姿は、恐ろしい敵としてのものであったのだ。それが今、自分の麾下に配備される予定として並んでいる。
連合宇宙軍は独自の戦力を拡充せねばならず、現在アナハイムに開発させているモビルスーツは試作機すら完成していない状態なのだ。今は、一機でも優秀なモビルスーツを手に入れたかった。ティターンズが連邦軍内の兵器開発局や地球資本の軍需産業と密接に結びついている今、頼るべきはジオンの軍需産業しかなかった。
(コーウェン准将はどうやってジオンとの繋がりをもったのだ……?)
ブレックスの疑問はそこにある。そして、兵たちの士気のことも考えねばならなかった。連邦軍兵士は基本的にジオン系のモビルスーツに対し、拒絶反応がある。一年戦争の記憶というものは七年経ったからといって簡単にぬぐい去れるものではない。それに、連邦軍士官学校ではジオン製のモビルスーツに搭乗させることはない。《ジム》を基本とするモビルスーツ開発体系は、操縦系が同一システムであり、機体毎に操作マニュアルが異なる様なジオン公国軍モビルスーツは研究施設ぐらいしか運用できなかったのが実状だった。
「元になったアナハイムのモビルスーツはコードネーム《γ》と言うそうだ」
「γ……ガマ……」
工場の整備デッキに内部をむき出しにされた《ドワーズ》が並び、徐々に擬装をされていた。機体色は紺とグレイブルーの様だった。
「ディアス――宇宙用ですから、リック・ディアスでは如何でしょう」
アナハイムの使っていたというコードネームを口にして閃いた名前だった。特に何かに肖った訳ではないつもりだった。
「ディアス?」
「えぇ。リック・ドムの後継の様にも見えますし、連合宇宙軍は空間戦闘用モビルスーツしか配備できないのでしょう?」
「なるほど。ディアス……どこかで聞いたような……」
ブレックスが少々考えるような表情になり、記憶を遡っている間、シャアは真紅に塗られている一機をじっと見つめていた。その機体だけは擬装を施されず《ドワーズ》のまま放置されていたからだ。スタッフもその周りには誰もいない。何故かひっそりとシャアを待っているかのうようだった。
「そうだ、バーソロミュー・ディアスだ。喜望峰の発見者だよ」
シャアにも聞き覚えはあった。何故、自分がディアスと名付けたのか、シャアにも判らなかった。
「バスコ・ダ・ガマとならぶ中世の冒険家だ」
「では、我々も宇宙の喜望峰とならねばなりませんか?」
ははははっと大きく笑うと、そうあらねばらなんと不敵な笑みを見せた。ブレックスはシャアの軽口を好意的に受け止めた。シャア自身、そんなことを自分が言ってみせたということに、ブレックスに馴染んでいる自分をみたのだ。
「大尉にはこの機体に搭乗してもらいたいが」
「私に……でありますか」
シャアはエゥーゴに派遣されているジオン共和国軍人である。エゥーゴはいずれ、地球連邦軍から分離し、独自組織として月面恒久都市同盟の防衛軍となっていくであろうが、そこに自分がいる姿をシャアは想像できなかった。
「我々エゥーゴ初のモビルスーツ《リックディアス》のベース機である《ドワーズ》は、ジオン共和国軍で制式採用が決まっている。外見こそ違うが、中身は同じだ。大尉も何れ乗るのだから、エゥーゴにいる間は、この機体を使ってほしい」
ブレックスが示した機体はシャアが気にした機体ではなかったが、その発言の内容自体はシャアにとって重要だった。政府が裏で動いているのは判っていたが、ブレックスがシャアよりも先に情報を握っていることが、暗にシャアにエゥーゴへの協力を自由にしてよいといっていたからだ。
今まで政府の手前もあり、シャアはあくまでジオン共和国軍人として――クワトロ・バジーナ大尉としての範囲でブレックスに協力してきた。しかし、今後はシャアの権限で動いても良いということであると断じた。
「受領はいつに?」
「大尉にはこのまま《アーガマ》でグラナダに戻ってもらい、作戦に参加してもらいたい」
「はっ!では、グラナダまでの間に、慣らしを済ませておきます」
シャアの言葉は、ブレックスが期待していた通りだった。
元々、シャアはクワトロ・バジーナとして革命をやりたかったのかもしれないと自嘲した。だが、彼は戦場に固執した。それが今ひとつ自分でも判らないこだわりではあった。
「あれはどうなさるので?」
先ほどから気にしていた《ドワーズ》である。
「あぁ、あれかね。擬装用のパーツが間に合わなかったとかで、こちらでは引き取れなくなった機体だ。どうだね、大尉。乗ってみるか?」
「いえ、後ほど受領する方の機体に搭乗させていただきましょう」
ブレックスに敬礼し、満足げに頷くのをみて、背後に流れる。シャアは少しだけ自分が高揚しているのを感じていた。
《ドワーズ》のベースになったのは《ドワス》である。最終決戦が行われた〈ア・バオア・クー〉でシャアが搭乗する筈だったのは《ドワス》の改良型であるニュータイプ専用重モビルスーツ《ドワン》だった。しかし、《ドワス》の開発が遅れたために《ドワン》は最終決戦に間に合わなかった。その機体はアクシズに運ばれ、アステロイドベルト宙域で本来の乗り主に巡り会った。
その感覚からすると、ジオン共和国軍に戻ってから授与された《ガルバルディ》は物足りない機体であった。《ゲルググ》に近い設計であるため、操縦はしやすく、直ぐに馴染むことはできたが、そこまでの機体でしかなかったのだ。
だが、《リックディアス》からは、《ドワン》以上のものを期待できそうだった。
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