魔法使いの知らないソラ
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第二章 迷い猫の絆編
第四話 迷い猫の涙
――――――古い文献を読むと、龍と言うのは遥か昔に複数体、この世界に存在していたとされている。
あるときは虎と対立する龍、あるときは朱雀・白虎・玄武と言う3体の神とともに守護する龍、あるときは九つの頭を持ち、災いと呼ばれた龍、あるときは天から舞い降りて人を災害から救った龍などがいた。
このように、龍には様々な種類が存在する。
「龍を見るのは初めてですが、まさかこれほど大きいとは思いませんでした」
そして彼女、井上静香は蒼き龍の前にたっていた。
龍の眼光から放たれる殺気を、静香はものともせずに冷静に物事を受け入れていた。
そして右手に握ったレイピアを水平に構え、刀身に魔力を込める。
レイピアは魔力によって淡い桜色の光を纏う。
龍は静香を一撃で仕留めるべく、口に魔力を集結させていく。
そして溜め込んだ魔力を炎へと変え、龍は静香に向けて放った。
全てを燃やし、打ち倒す――――――『|龍放つ獄炎の焔(アオフ・ローダーン・ボルケーノ)』
蒼く光る火線が、長い尾を引いて宙を駆ける。
「‥‥‥驚きました」
そう言うと静香は水平に構えていたレイピアを軽く振り上げ、軽く払い下ろす。
するとどういうことだろうか、龍の一撃は振り下ろされたレイピアに巻き込まれて軌道を大きく逸らされ、屋上から遠く離れて飛んでいき、徐々に消えていった。
そしてそれを通り過ぎるのを確認した静香は冷静に言った。
「龍は元々神様が作り出したものだとも聞いたことがありました。 ですから私程度の存在を殺すことなど造作もないことだと思いました。ですが、正直驚きました」
静香はレイピアは左腰にある鞘に収めて再び話し出す。
「ここまで弱いとは、正直驚きました。 まさか、魔法も発動させていない私のレイピア如きに彈かれる程度の力しかないなんて‥‥‥本当に驚きました。 理由は恐らく、主であるあの少女の実力不足でしょう」
冷静に分析した意見を述べるが、龍は静香の言っている言葉を理解できていないのか、話している最中にすでにもう一発、攻撃を放つ用意をしていた。
静香は呆れたようにため息をつくと、レイピアを抜かずに、ゆっくりと龍に向かって歩み寄る。
龍の殺意も、龍の一撃も、全てを気にせず。
龍は再び『|龍放つ獄炎の焔(アオフ・ローダーン・ボルケーノ)』を静香に向けて放つ。
「無駄です」
そう言うと言葉通り、龍の放った一撃は静香に当たる瞬間に爆散して消滅した。
龍も流石に今の現象には驚きを隠せず、迫る静香から離れる。
「龍が逃げないでください。 いくら主が弱くても、あなたは伝説の龍なのですから‥‥‥私程度の存在から逃げないでください」
それは、龍に対して高い期待を抱いていた静香からの願いだった。
龍には主以外の人が喋る言語を理解できないので、その願いも聞き入れてもらえないのだが。
だが、静香にはもう一つ、ある興味があった。
それは、誰もが知る龍に存在するある部分。
「少し、失礼しますね」
そう言うと静香は両脚に魔力を集め、踏み込みと同時に爆発させ、それを繰り返して速度を上昇させて龍の目の前に高速移動させる。
そして両脚に一気に魔力を込めて爆発させ、跳躍力を上げて龍の顎まで飛ぶ。
右手を伸ばし、龍の顎の鱗の一つに触れようとする。
――――――龍の鱗は80+1、合計81個存在する。
その1つとは、全ての鱗と逆向きの鱗――――――逆鱗のことである。
静香は無謀にも、その逆鱗に触れようというのだ。
『逆鱗に触れる』と言う言葉を知っているだろうか?
龍は元々温厚で普段は人を襲わないのだが、逆鱗に触れるのを嫌い、触れたときは災いを起こすとされている。
このようなことを日本人は、目上の人たちに逆らって激しい怒りを買うと言う意味に置き換えて使われている。
そのように、逆鱗に触れると言うことは龍を本気にさせてしまうと言うこと。
つまり今、静香が行っている行為は自殺行為に近いものなのだ。
だが、それでも静香がそれをするのは、龍への期待を潰さないためだ。
龍は最強であって欲しい。
今だ本気を出していない静香に負けて欲しくないのだ。
「私に見せてください。 龍と言う存在の、本気を」
そう言って静香は、龍の逆鱗に触れた。
『グガアアアアアアアッ!!!!』
「ッ!?」
一瞬の出来事だった。
逆鱗に伸ばした手の爪先が掠る程度での反応だった。
鼓膜が破裂しそうなほどの音と、大気が震えるほどの衝撃が響く。
それらは全て、龍が発生させたものだった。
静香は瞬時に地面に着地すると龍から離れるように後ろに下がった。
そして鞘に収まっているレイピアの柄を握り、居合切りに近い構えのまま、龍の出かたを伺う。
龍は鱗と鱗の隙間から膨大な魔力を放出させる。
膨大な魔力は龍の全身を包み込み、まるで鎧のように纏う。
先ほどとは比べものにならないほどの殺気と威圧感が、静香に襲いかかる。
「これが、龍ですか‥‥‥期待通りですね。 だからこそ、倒しがいがあると言うものです」
そう言うと静香は鞘からレイピアを抜き、龍に向けて真っ直ぐ構える。
「井上静香、参ります!!」
ダンッ!!と力強く地面を蹴ると静香は龍に向かって突撃した。
静香は龍との距離ギリギリで再び地面に両脚を付け、魔力を一気に込めて爆発させると、瞬間的に加速速度を更に倍にしてレイピアを伸ばして攻撃する。
無数の矢のように静香の突き技は光速で龍の全身を突く。
「ッ!?」
だが、無数に放ったレイピアは全て尽く弾かれ、傷一つ付けることはできなかった。
すると龍は全身を目にも止まらぬ速度で回転させると、一瞬にして竜巻を発生させて静香を飲み込んで雲の上まで飛ばす。
龍はソラから落下していく静香に向かって真下から口を大きく開けて向かってきた。
間違いなく、静香を喰らうつもりだった。
「龍が本気ならば、私も‥‥‥本気を見せましょう!」
そう言うと、静香は脳に流れる膨大な|魔法文字を複雑に組み合わせて、全身からレイピアにかけて、全体に行き渡らせる。
――――――漆黒のソラに、静香の持つ淡い桜色の魔力が花火のように放出されて輝く。
まるで季節外れの桜が、夜のソラに舞い散るかのように‥‥‥
「はッ!!」
気合一閃、桜色の閃光が尾を引いて地上に落下した。
龍を真っ直ぐに貫き‥‥‥地上に落として。
「地上でもソラでも、私は戦えます。 全ての世界が、私の|戦場です!」
凛々しいまでの姿。
誰もが従ってしまうほどの、圧倒的な存在感。
弱き敵を寄せ付けず、強き敵を求めて探求する心。
弱きをいたわり、守る想い。
誰にでも厳しく、優しく接する力。
それを知る学園の生徒たちは皆、彼女のことをこう呼ぶ。
――――――『桜女帝』
そして桜女帝の持つ魔法もまた、彼女の素材にとても相応しいものだった。
大地も、ソラも、海も、彼女にとっては大きな壁にはならない。
彼女の進み道を邪魔することはできない。
彼女の持つ魔法の力は、弱きものを受け入れず、ただ己が認めたもののみ、その力の覚醒を許す女帝の鎧――――――『|女帝纏いし神聖の鎧(エンプレス・クロイツ)』
最強の龍と桜女帝の戦いが始まる。
「参ります!」
駆け出した瞬間、静香の全身を淡い桜色の光、魔力が包み込む。
そして光の尾を引いて、文字通りの閃光のように龍に向かって迫る。
「閃光よ、全てを貫く槍となれ!!」
真っ直ぐ、振れることなく放たれた突撃魔法。
全てを貫く、閃光の槍――――――『|龍討つ閃光の桜槍(エンプレス・シュトラール)』
桜色の槍となった一撃は、龍を腹部から真っ直ぐ突き刺し、通り抜けると、桜が舞い散るかの如く、ゆっくりと地上に落ちて着地する。
全てが一瞬の出来事で、龍の強固な鱗をも貫かれ、龍は悲鳴を上げて地面に倒れこむ。
「では、これで決めます」
そう言うと静香はレイピアを両手で持ち、顔の横に構える。
刀身に魔力が勢いよく集結していく。
脳に溢れ出てくる膨大な|魔法文字を今まで以上に複雑に組み合わせていく。
大技を放つ用意である。
それを察してか、龍もまた最強の一撃のために全ての魔力を口に集結させる。
この一撃で、決着をつけるつもりなのだ。
「桜花大乱、我が刃に乗せ、天まで貫け!!」
刀身を淡い桜色の光が包む。
光/魔力はレイピアと同じ形状に変化し、魔力のレイピアとなる。
そして全身にも魔力を流し、身体能力を上昇させる。
対する龍の口の中では、集結していく魔力は更に収束していき、超高密度の魔力砲を作り出す。
‥‥‥攻撃は、同時に放たれた。
龍が放つ最強の技。
世界を破滅させる終焉の焔――――――『|世界討つ終わりの焔(ツェアシュティーレン・ブレイカー)』
静香が放つ奥義。
無限を切り裂き、無限を貫く、最速にして最強の剣撃。
閃光の刃――――――『|桜舞う無限の桜槍(ロイヒテン・シュペーア)』
二つの攻撃は同時に、夜のソラでぶつかり合う。
当たった瞬間、激しい火花を散らす。
桜色に光る、花火のように――――――
「‥‥‥龍との戦い、とても心躍るものでした。 人生であと何度経験できるか分かりませんでした」
そう言った瞬間、龍の攻撃がまるでシャボン玉のように弾けて消えた。
龍はありえないと思ったのか、全身を後ろに下げて怯む。
だが、静香はそのまま真っ直ぐ龍に突進した。
静香の攻撃は、まだ終わっていない。
「ありがとう、ございました!」
そう言うと、静香は目にも止まらぬ速度で龍の腹部を何度も何度も同じ場所を突く。
これこそ、『|桜舞う無限の桜槍(ロイヒテン・シュペーア)』の真の能力。
この攻撃は、一度放って終わる魔法とは違い、静香が自ら解除するまで永遠に放たれる特殊な魔法。
つまり静香は、龍の最強の一撃を破壊し、更に龍本体までもをその魔法で倒したのだ。
そして龍は蒼い光の粒子に包まれて、その姿を消滅させる。
「召喚された魔獣は、時が経過すればその姿を再び取り戻します。 もっとも、召喚する主が生きていて、魔力がまだあるということが絶対条件ですが‥‥‥」
そう言うと静香は、ミウと対決しているルチアの方を向きながら、レイピアを鞘に収める。
「それを決めるのは、私ではなく‥‥‥あの二人です。 だから、全てをあの二人に託します」
龍に向けて、そしてこの戦いの結末に向けて、静香はそう言った。
そして戦いを終えた静香は龍との戦いで荒れ果てた病院の屋上の修復を、魔法の力で始めるのだった。
***
「あなたが、あの龍と黒猫の主なのね?」
静香が龍と戦い出した頃、ルチアは少女『小鳥遊 猫羽』と相対していた。
ミウは砂汚れなどがついた白い病人服姿だった。
裸足で、この寒い季節に腕は露出しており、彼女の服装から暖かさは感じられない。
そんな彼女は、鎌を向けられている恐怖にも、この寒さにも震えることなくルチアの質問を聞いて静かに頷く。
「ショコラは私の友達なの。 あの龍は、私が何度も夢で見た、夢の中の友達」
「夢の中‥‥‥なるほど。 あなたには最初から生物系魔法使いの素質と、覚醒のきっかけがあったのね」
ルチアは、ミウの魔法使いとしての素質を見極めてからそう言った。
――――――召喚を主として戦う魔法使い、生物系魔法使いは極めて珍しい。
なぜなら、召喚する生物『魔獣』を呼ぶのが簡単ではないからだ。
召喚はそもそも、魔法使いのイメージ上に存在する魔獣が実際に存在する・存在したことが条件である。
本で読んでみたのをイメージするだけではなく、映像で見たものをイメージするだけでも足りない。
本当に、心そのものがイメージする魔獣こそが存在するものであることが素質なのだ。
そんな中でも、ミウは特殊な例である。
魔獣は基本的に一人一体とされていた。
なぜなら、心が求め、イメージする魔獣が一体が限界だとされていたからだ。
だがミウは、厳しい環境下に置かれていたため、心が求める魔獣が多かったのだ。
生まれてから、病室と言う籠の世界しか知らない彼女だからこそ、その素質を得たのだ。
「お兄ちゃんは、私の友達を傷つけたの。 だから私は許さない‥‥‥お姉さんも、敵?」
「‥‥‥ええ。 私はあの人‥‥‥相良翔の味方。 だからあなたは敵、ということになるわね」
ルチアはつい、彼女のその姿に悲しい表情を浮かべてしまう。
敵を殺すと言う、戦士の表情の中でも体は戦うことを拒絶するかのように瞳の奥は怯えていた。
怯えていても、大切な友達を失うが嫌だから、守るために戦うと言う決意。
二つの想いがぶつかり合って生まれた彼女の表情に、ルチアは先ほどまでなぜ相良翔が彼女との戦いで力を出せなかったのかを理解した。
彼の性格を考えれば、彼女のような少女を攻撃できるわけもない。
そこが彼の弱さであり、弱点である。
だがルチアはそれを、弱さとは思わない。
それは弱さではなく、優しさだと思った。
仮にそれが弱さだとしたら、ルチアはこう考える。
――――――彼の弱さを、私の強さで補う。
なぜならルチアにとって相良翔とは“そういう存在”だからだ。
「お姉さんも敵なら、私がショコラを守る。 絶対に!」
「‥‥‥無理よ。 あなたじゃ、私には到底及ばない。 それにあなたは、間違ってる」
ルチアは淡々にそう言うと、左手に持つ鎌を消滅させる。
武器を持たず、素手と魔法で相手をしようというのだ。
「私は間違ってない! 友達を守るんだもん、間違ってないでしょ!?」
「いいえ! あなたは間違ってる! だから私達の敵になってるの!」
「間違ってない!!」
そう言うと、ミウは魔法使いとしての武器を両手に持った。
右手には刃渡り60cmほどの短剣、左手には回転式の拳銃、形状からしてM1873‥‥‥ピースメーカーだろう。
短剣に拳銃、どちらも持つのであれば片手で持てる武器だ。
これもまた召喚をする魔法使いの特徴である。
生物系魔法使いは、召喚にその膨大な魔力を消費する。
そのため、自身が使用する武器には魔力を多く使えない。
相良、ルチア、静香の三名は武器や魔法そのものに魔力を使えるため、武器も合わせた大きさにできるがミウにはそれができない。
そのため、召喚を使う魔法使いは決まって武器は片手で持てるものとされている。
だがルチアは怯むことなく、左手を前に出して詠唱を始める。
「闇よ守れ、我が前に迫る敵の全てを飲み込む盾となれ!」
左手を立てて唱えると、闇が手のひらに収束していき、薄く丸いディスク状に変化する。
「友達を守るのが友達‥‥‥だから私は、守るの! そのなにが間違ってるの!?」
そう言いながらミウは、銃口に魔力を収束させ、小さな魔力の弾丸を作り出す。
そして一発、音を立てて放った。
魔力を使って放つ銃弾魔法――――――『|撃ちし者の光(ウン・エントリヒ・シーセン)』
弾丸は真っ直ぐ、ミウの狙い通りにルチアの額めがけて向かっていく。
だがルチアは動じず、ディスク状に変化した闇の魔力を突き出すように構え、盾にする。
迫る全てを飲み込む闇の盾――――――『|夜天飲み込む無の闇盾(アオス・シュテルベン)』
ミウの放った弾丸は全て闇の盾に触れた瞬間、粉々に砕けて盾に飲み込まれて消滅した。
「この盾に触れたものは全て砕いて飲み込む。 その場所で私を狙う限り、永遠に私は倒せないわ」
ルチアには、魔法使いとしての経験と知識がある。
そのため、生物系魔法使いの弱点と言える部分を知っている。
だが、何も知識のないミウはルチアにとって大きな敵ではないと思っている。
そしてルチアは、ミウの間違いを正さなければいけない。
相良翔にできないことを、やらなければいけないのだから。
「あなたは、あの黒猫がやっていることを手伝いたいの?」
「そうだよ。 ショコラは間違っていることはしないもん。 私は友達だから、それを手伝うの――――――」
「――――――違うわッ!!」
「ッ!?」
ルチアは、怒りを露わにした。
声を上げ、怒鳴るとミウは怯えて一瞬だけビクッと震える。
そしてルチアは怒りながら言った。
「それは友達じゃないわ! あなたは友達としても、飼い主としても、魔獣の主としても失格よ!!」
「なんで‥‥‥なんで、お姉さんにそう言えるの?」
ミウもまた、否定されたことに対して怒りを露わにする。
銃口をルチアの額に向け、短剣に魔力を集める。
脳に溢れる膨大な|魔法文字を、脳が焼けてしまうかと思うほどの勢いで組み合わせていく。
「ずっと独りぼっちだったの。 朝も、お昼も、夜も、起きるときも、寝るときも、ご飯を食べるときも‥‥‥たまにお医者さんが笑顔で挨拶にくるけど、すぐにいなくなって、私はまた独りになってたの。 ずっと、ずっと。 お姉さんに、その気持ちがわかる? そんな寂しさを助けてくれたのがショコラで、ショコラは私の全てを変えてくれたの。 だから私はショコラの味方でいたいの! 友達でいたいの! だから私は、お兄ちゃんもお姉さん達も、みんなみんな倒すの!!」
短剣を真っ直ぐ、槍のようにミウは投げる。
更に弾丸を放ち、短剣の柄頭に当たり、速度と威力をあげる。
今度は、ルチアの盾を貫こうと考えたのだ。
剣を銃弾のように放つ――――――『貫く死の銃剣』
放たれた剣はルチアを貫かんを放たれていく。
「私には分からないわ。 全くわからない‥‥‥そして、分かりたくない」
そう言うとルチアは左手に発動していた『|夜天飲み込む無の闇盾(アオス・シュテルベン)』を解除して、左手を真っ直ぐ伸ばす。
そして迫る剣を――――――人差し指と中指の間に挟んで抑える。
「う‥‥‥そ」
ミウは、渾身の一撃を呆気なく止められたことに、全身が力なく崩れていく。
そしてルチアは指に挟んだ短剣を地面に投げ捨てると、ゆっくりとミウに向かって歩み寄る。
「独りがどれだけ辛いかを理解できても、それを理由に全てを破壊しようだなんて私は思わない。 誰かを悲しませることが、誰かを苦しめることが、孤独を理由に許されるわけがないでしょ!? それにあなたは友達と言う意味を理解できてない」
ルチアはミウに伝える。
友達と言うものを知ったからこそ言えることがある。
それを、友達を知らないミウに教える。
「友達は決して、過ちの手伝いなんてしない。 間違った道を、そのまま進ませるようなことはしない。 どんなに辛くても、悲しくても、例え喧嘩になったとしても、止めなければいけない! だって、友達は友達をどんな手段を使ってでも正しい道に戻してあげるために存在するから!」
ルチアにとって、友達はいつだって助けてくれる存在だった。
――――――相良翔、彼は最初の友達で、彼のおかげでルチアは孤独という日々から救われた。
彼がいたからこそ、今の人生が幸せだと感じた。
だから今度は、彼が苦しんだときは助けたいし、守ってあげたいと心の底から思っている。
そしてもしも彼が間違った道に進もうとしていたら、全身全霊で彼を正しい道に戻そうとする。
「今、どうして相良君があなたやあなたのお友達と戦っているかわかる? どうして敵対するか、わかる?」
「お兄ちゃんが邪魔をする理由‥‥‥」
ミウはわからなかった。
彼女にとって、相良翔はショコラを傷つける存在という認識しかなかったからだ。
だがルチアは答えられる。
相良翔と言う人物が、どう言うものなのかを知っているからだ。
「彼にとってあなたも、ショコラと言う黒猫も、あなたの魔獣のあの蒼い龍も友達なの。 だから彼は友達が間違ったことをしているから止めてる。 魔法使いとしてでもあるし、兄と慕われたからでもあるけれど、彼があなたを止める最大の理由は――――――あなたが、友達だからよ」
「え‥‥‥」
ルチアの言葉を聞いた瞬間、ミウはショコラと翔の方を無意識に向いた。
今、翔はショコラと何か話しをしながら刀と爪をぶつけ合って戦っていた。
きっと今もなお、ショコラを止めようとしているのだろう。
その表情は、真剣そのものだった。
必死に、必死に言葉をかけながら戦う彼の姿にミウは見惚れていた。
「私はあの人と出会ってまだ一週間しか経ってないけれど、その間に彼の色んなところを知ったわ。 彼は真面目で、努力家で、お人好し。 誰にでも優しいのに、誰かと接するのが少し苦手。 いつもみんなのことを大切に思っていて、助けてあげたり、守ったりしてあげてる。 それって、本当に普通のことで、誰でもやろうと思えばいくらだって出来ることだけど、今時それをできる人間は珍しい。 時代性による人の変化なのでしょうけれどね」
ルチアはミウの目の前まで歩み寄ると、優しい笑顔で彼女に言った。
「それでも、あんなに必死になって友達を止めようとする人、きっと稀な存在でしょうね。 自分以外の誰かのために傷ついて、恨まれて、憎まれて、嫌われて、殺されかけて‥‥‥それでも止めようとする彼は本当に凄いと、私は思うわ。 そして私達は、そんな彼の姿を見たから助けたいと思ったの。 彼のあの姿を見せつけられたら、黙っていられなかった」
彼には、不思議な力がある。
周囲の人を惹きつける何かを持っている。
今はまだ小さな力だが、日に日にその力は増している。
現に今、ルチアだけでなく学園の生徒会長までもを動かしている。
それは紛れもない、彼の力だ。
「私は相良翔の友達。 だから、正しいことをしていたら手伝う。 一人ではどうしようもなく苦しんでいるなら、助ける‥‥‥友達って、そういうものって私は思うわ」
「‥‥‥」
うつむきながら、真剣に考えているミウの姿にルチアは微笑みながら左手をそって彼女の頭のうえに乗せた。
ミウがどう言う結論を出すのか、ルチアにはわからない。
だが、ルチア=ダルクにできることは全て行ったつもりだ。
あとは、彼女が自分だけの結論を出すこと。
それがルチアや静香や翔と相対するものであれば、ルチアが責任をもって‥‥‥この場でトドメを刺す。
それが、相良翔の友達として魔法使いとしてルチアのできることなのだから。
「‥‥‥お姉さん」
「何?」
そしてミウは、答えを出した。
「お姉さん。 ショコラを止めるには、どうしたらいいの?」
それは紛れもなく、相良翔達と同じ想いである証だった。
その答えにルチアは安堵の息を漏らすと、自分の知る知識をミウに言った。
「生物系魔法使いは、主の意思に魔獣が従うものとされてる。 今回は魔獣の意思が主の意思よりも強かったから暴走した」
前にルチアは言った。
魔法使いは、その人の心や意思次第で強くも弱くも、脆くも強固にもなりうるものだと。
魔獣もまた同じだ。
魔獣の意思次第で、主の意思を上回ることもできる。
今回がその例だ。
今は魔獣の意思がミウの意思を上回った。
だが逆にいえば、ミウがその意思を上回ることができれば暴走は止められるはずだ。
「あなたが心の底から祈るのよ。 あの黒猫を、ショコラを助けたいと強く思うの。 魔法は、強い意思に答えるから」
「うん!」
力強い返事をするとミウは瞳を閉じ、ショコラのことだけを考える。
それ以外のものは全て雑念と考え、ただショコラと言う大切な友達を助けたいと言う想いに費やす。
「‥‥‥相良君、あとはあなただけよ」
ルチアもまた、相良翔が生きて戦いを終えることを祈った。
気づけばルチアにとって、相良翔は大きな存在となっていたからだ。
人生にとって、最初の友達‥‥‥新たな世界を見せてくれた友達。
そばにいるだけで、何かが起こる予感や期待。
今まで感じなかった想いを、彼は与えてくれた。
きっとこれからも、たくさんをそれを感じることができるだろう。
だがそれは、彼がいないと感じることができない。
だから彼には、勝ってほしい、生きて欲しい。
その願いが、ルチアの心の中で木霊するのだった――――――。
***
翔とショコラの戦いは、両者互角に続いていた。
だがそれは、相良翔が本気を出していないからだった。
倒すと言う目的と助けたいと言う想いがせめぎ合い、本気を出せずにいた。
だが、負けるわけにもいかない翔は動いた。
「せいッ!!」
気合一閃、ショコラの右足に飛び込んだ翔は引きずるように構えた刀を勢いよく振り上げて切り裂く。
更に上段の構えに瞬時に切り替えて刀を一気に振り下ろす。
「まだだ!」
そう言うと翔は左足を軸に全身を反時計回りに回転させ、横薙に刀を振るって今度は右手を切り裂く。
するとショコラは立つことができなくなって右に転がるように倒れる。
翔は瞬時にショコラと距離を取り、ショコラが動けないのを確認すると、ルチア達の方をチラリと確認する。
すでに二人共、戦いを終えてこちらを見ている。
ルチアはどうやらミウにはトドメを刺さなかった。
そしてミウは、戦いの意思を捨てて今は祈りを込めている。
恐らく、ショコラを救うためだろう。
今、みんながショコラが救われることを祈っている。
ミウだけでなく、静香もルチアもだ。
そして‥‥‥翔もまた、ミウとショコラの幸せを祈っていた。
だからこそ、翔は本気を出せないのだ。
「ショコラ、もう終わりにしよう。 これ以上はミウが望んでない。 ミウが悲しむだけだ」
『ミウ‥‥‥』
ショコラもまた、ミウの方を見る。
ミウの姿を見て、ショコラは徐々に落ち着きを見せていく。
それはミウの想いが伝わってるからだろう。
すると、ショコラから殺気が消えていく。
「落ち着いたか?」
『ええ。 なんとか』
だが、姿は巨大化のままで暴走姿のままだった。
『ごめんなさい。 私も、頭に血が上っていたとはいえ、あなたを苦しめた』
「別に構わない。 怒ってないしな」
そう言って翔は右手の空間を歪めて刀を消滅させた。
そして武装を解除して、私服になる。
「それよりも、その姿‥‥‥どうにかならないのか?」
『わからない。 私の意思をもってしても、この体は元に戻ろうとしない』
「おい‥‥‥それ大丈夫なのか?」
『‥‥‥』
翔は心配そうにそう聞くと、ショコラは目を閉じてその場に倒れこむ。
「ショコラ!?」
翔は慌てて駆け寄った。
そして情景反射で魔法使いとしての姿、白銀のコートを羽織る姿となる。
魔法でショコラを助けるためだ。
だが、翔の想いを否定するようにショコラは言った。
『ごめんなさい。 私に、トドメを刺して』
「な‥‥‥なに、言ってるんだ‥‥‥」
翔は言葉を詰まらせる。
ショコラは、自らの死を望んだのだ。
『この体は、元に戻りそうもない。 このままじゃまた暴走して、ミウを傷つけてしまう。 そうなる前に早くこの体を‥‥‥』
「馬鹿を言うな! そんなこと、出来るわけないだろ!?」
『お願い! あなたにしか頼めない! ミウの友達の、あなたにしか!』
「でも‥‥‥そんな‥‥‥」
翔はできない。
ショコラにトドメを刺すと言う決意を、最初はしていたはずなのに。
『私はミウに幸せになって欲しい。 それを邪魔するものは全て排除する。 例えそれが、自分自身であったとしても』
「ショコラ‥‥‥」
翔は今一度思う。
ショコラは、なんでここまで自分に似ているのだろうかと。
翔も同じ想いがある。
大切な友人や義妹には幸せになって欲しい、それを邪魔するものは全て排除する。自分であってもだ。
翔も同じで、その想いを変えたことはない。
ショコラは、本当に自分に似ている。
似た者同士だ。
‥‥‥似た者同士だからこそ、この場でトドメを刺す権利があるのだろうか?
暴走した魔法がどうなるか、翔は経験している。
だからこそ、今ここでトドメを刺すことの意味を理解している。
ショコラを倒さなければ、他の誰かが傷つく。
今ここでトドメを刺さなければ、誰かが傷つく。
それは絶対に嫌だった。
――――――だからショコラを斬るのは当然、仕方のないことだ。
‥‥‥違う。
「‥‥‥ふざけるな。 ふざけるな!!」
『ッ!?』
翔は全身の魔力を両手に収束させる。
自分の持つ、最大量の魔力を‥‥‥限界まで。
「誰かのために何かを犠牲にする。 それは仕方のないことなのかもしれない。 だけどな、仕方ないことを仕方なしと出来るわけないだろ!! 突きつけられた事実に対して分かりました、なんて言えるわけないだろ!! 俺は絶対に認めない!! 最後まで、最後まで足掻いて足掻いて足掻いて!! 奇跡なんてものを起こすに決まってるだろ!!!!」
翔は脳に溢れる膨大な|魔法文字を複雑に、何度も何度も組み合わせる。
組み合わせたものを、更に組み合わせたものと組み合わせて複雑に、更に複雑に変化させる。
そして生み出されるのは、誰も成し得ない奇跡の魔法。
「最期まで生きろ! ミウの側で、ミウの笑顔を何度もみろ!! 俺はそれを友達として手伝う!! だから最期まで足掻けぇ!!!!」
翔は両手を一つに重ね合わせ、ショコラの額に勢いよくぶつけ、魔法を放つ。
白銀の光が、ショコラを包み込む。
優しく、暖かな光。
痛みも苦しみも、全部包み込んで溶かしていく。
暴走させていた魔力すらも、徐々に消えていく。
全てを助ける救済の光――――――『|月光救いし祝福の光(アオフ・エアシュテーウング・レクイエム)』
『これは‥‥‥』
「ぐ‥‥‥ぉぉぉおおおおおおおおッ!!!!」
確実にショコラを襲った暴走の魔力は浄化されていく。
だが、この魔法は奇跡。
奇跡は簡単に使えない。
膨大な魔力、限界を何度も超えて発動しなければいけない。
翔は苦しみながら声を上げる。
「まだだ!!! まだ足りない‥‥‥もっと、もっとだぁぁああああ!!!」
泉のように溜まっている魔力。
それを徐々に出すなんて方法では、足りない。
ならば、泉ごと持ってくればいい。
「ぉぉぉおおおおおおお!!!!!」
翔とショコラを包む白銀の光が、更にその輝きを増していく。
激しい光、月にも勝るとも劣らない光。
それは奇跡となりて、ショコラを元の姿に戻してあげるのだった――――――。
***
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥はぁ」
全てが終わり、翔たちはショコラを囲むように集合して、その場に座りこむ。
翔は仰向けに大の字に倒れ、ルチアと静香は涼しい表情のまま正座、ミウは両足の間にお尻を落として座る。
翔は疲れのあまり、しばらくは息を荒げていた。
「はぁ、はぁ、取り敢えずショコラは、大丈夫だ‥‥‥はぁ。 今はまだ暴走の後遺症が残って、しばらくはまともに動けないだろうけど、大丈夫だ」
「お兄ちゃん‥‥‥ありがとう」
涙を流しながら、ミウは笑顔で翔にそういうと、翔は笑顔で頷く。
するとルチアはむぅ~と顔を小さく膨らませながら言った。
「相良君、幼い子が趣味なのね」
「俺をロリコンみたいに言うな。 というかルチア、何起こってるんだ?」
「別に怒ってないわ。 ただ、あなたがそういう趣味だったことにがっかりしただけよ」
「怒ってるじゃないか?」
「怒ってないと言ってるわ」
「怒ってるって」
「怒ってないわ!」
「はい二人共ちょっと黙って頂けませんか?」
「「はい、すみません‥‥‥」」
翔とルチアが言い合いになると、静香が側に転がっていた岩を勢いよく叩き割り、二人は黙った。
恐らく言い争えば、ああなるらしい。
それにしても、笑顔と敬語でそうやると、本当に怖い。
『‥‥‥ミウ』
「っ‥‥‥ショコラ!」
すると、ショコラが意識を取り戻し、ミウはショコラを抱き寄せて膝の上に乗せた。
『ミウ‥‥‥ごめんなさい。 大変な思いをさせてしまって』
「ううん‥‥‥いいの。 だって私、ショコラの‥‥‥友達だもん」
その言葉に、ショコラは言葉にならないほどの感情が溢れ出ていた。
衝動にも近いそれは、抑えきれずにいた。
そして抑えきれない思いは、ショコラの瞳から涙を溢れ出させる。
『私は‥‥‥幸せ。 こんなに最高の主に出会えて‥‥‥幸せ』
「うん‥‥‥うん!」
ミウもまた、涙を流しながら何度も頷く。
その光景を、翔とルチアと静香は優しい笑で眺めていた。
自分達が行ってきたことは、間違っていなかったと実感する。
この小さな二つの命と、大きな笑顔を守れた。
それだけで、三人は満足だった。
「‥‥‥さて、そろそろここから離れましょう。 もうすぐ警察や消防が駆けつけるでしょうし」
「はい。 ミウとショコラは私が看護師の人にうまくごまかして保護してもらいます」
「ええ。 では行きましょう」
静香とルチアがそう言うと、ルチアはミウをおんぶして静香とともに屋上の出口に歩いて行った。
「ちょっ!? お、俺はどうするんだ!?」
今だに疲れのあまりに動けない翔は、その場から起き上がれずにいた。
すると振り向いて静香が言う。
「男性を背負うなんて女性にはできませんから、自力でどうにかしてください」
「え‥‥‥いや、ちょっと‥‥‥」
その通りなのだが、笑顔でそう言われると何とも言えない。
そしてルチアもまた言った。
「ロリコンはしばらく真っ白な病室で反省してなさい」
「だから、違ああああああう!!」
翔の反論を無視して、三人は去っていくのだった。
「え、嘘‥‥‥ほんとに置いていかれた!?」
『友達って色々あるんだね~』
残ったショコラは倒れて動けない翔の左頬をペロペロと舐めながらそういう。
「‥‥‥友達って、なんだろね」
『さぁ?』
その後、翔は消防の人たちに強制的に救助され、灯火病院の二階にある病室にしばらく入院することとなったのでした。
――――――それから、三日が経過した。
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