魔法使いの知らないソラ
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第二章 迷い猫の絆編
第二話 迷い猫の痛み
<PM22:00>
満月が輝くソラの下、相良翔は灯火町から離れた場所にある廃墟を訪れていた。
学校の広い校庭のような広さを誇る廃墟の空間は、元々マンションがあったのだろうと思われる跡が数多く残されている。
人気のない場所は、とても静かでまさに翔だけの空間と言えた。
「‥‥‥ッ!」
右手に意識を集中させ、魔力を込めると右手の空間は歪み、歪んだ空間からは白銀に光る一本の刀が姿を現す。
相良翔が魔法使いとして使用する武器――――――『|天叢雲』
手首に伝わる、ずっしりとした重み。
これこそ、命を奪う武器と責任の重みなのだろうと改めて理解する。
そして翔はその刀を上段の構えから勢いよく振り下ろし、空虚を切り裂く。
「せいッ!!」
気合一閃、大気と刃が摩擦する音が空間に響き渡る。
翔は動きを休めず、振り下ろした刀を払い上げる。
そして右へ左へと横薙に振るい、再び払いあげると、そのまま勢いよく刀を振り下ろした。
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥」
だが、翔には違和感があった。
綺麗な動き、迷いなく振り下ろされている刀。
にもかかわらず、あの時――――――初めて魔法使いとして戦った時の感覚とは遠く及ばないものだった。
あの時は、大気を切り裂く感触があり、翔の体と脳はそれをはっきりと覚えている。
暴走した狼男との戦い、命を賭けた激しいぶつかり合い。
あの時に味わった、限界を超える速度で放った斬撃の感触。
あの感触と同等、そしてそれを超えるものを繰り出したいと言う願いが翔にはあった。
だが、先ほど放った斬撃は大気を切り裂くものとは違った。
そう‥‥‥引きちぎるような、そんな感触だった。
全然違う‥‥‥その苛立ちが、翔の中で募っていた。
「‥‥‥はぁ」
翔は一度頭を落ち着かせるために大きく深呼吸をした。
すると自然と全身から無駄な力が抜け、思考も心も落ち着く。
よし‥‥‥と、再び気合いをいれた翔は再び刀を握る。
そして下段から一気に切り上げる。
「せいッ!!」
気合一閃、空虚を切り裂いた一閃はあまりの勢いに突風を巻き起こす。
突風は砂煙を広範囲に発生させ、翔を瞬く間に包み込む。
視界の悪い空間の中、翔は振り上げた刀に力を込め、勢いよく振り下ろす。
振り下ろされた一閃は砂煙を真っ二つに切り裂き、消滅させる。
「‥‥‥よし。 いいぞ」
両手から、全身に伝わっていく確かな感触。
あの時、狼男と戦った時の感触と同じものを感じた。
調子が出てきた翔はそれからも、何度も刀を振るい続けるのだった。
***
「ふぅ‥‥‥」
それからしばらく、翔は様々な技の練習をした。
翔の魔法は、複数の能力を持ち合わせている。
刀を使って発動するもの、武器を使わずに発動するものなど、様々。
その様々を使いこなすため、翔は日々魔法の特訓をしていた。
魔法使いとして関わることから避けるつもりだったにも関わらず、彼はこうして魔法に手をつけた。
恐らく、麻薬のようなものなのだろう。
この力に手を染めれば、身を滅ぼすことになるかも知れない。
それでも、自分に秘められた可能性があるのなら、その限界まで見てみたいと言う強い欲求があったのだろう。
「さて、帰るか」
そう言うと右手に持たれた刀は空間が歪むと同時に消えた。
夕飯のことを考えながら、廃墟を去ろうと後ろを向いてあるきだそうとした。
――――――『そこの少年、聞こえますか?』
「ッ!?」
その時、背後から女性の声が聞こえた。
反射的に翔は振り向くと同時に右手に天叢雲を召喚して握る。
気配が今までなかったからこそ、もしかしたらと思ったからだ。
「‥‥‥な」
だが、そこにいたのは翔の予想の斜め上に行くものだった。
そこにいたのは、黒い毛並みをした四本足の動物‥‥‥黒猫だった。
翔を見つめながらその猫は、喋ったのだ。
翔は思い出す。
朝、友人の桜乃春人が話した『喋る黒猫の噂』だ。
その噂の猫が間違いなく目の前にいる猫なのだろうと理解した。
そして猫は翔に向けて言う。
『私の主を守って』
「主‥‥‥やっぱりお前が、噂の」
春人から聞いたものと全く同じ内容だった。
「お前の主って‥‥‥誰だ?」
『‥‥‥』
翔の質問には答えなかった。
ただ、自分の伝えたいことだけを伝えたかっただけのようだ。
そして無言で翔に背を向けると、猫は走り出す。
「あ、おい!」
翔はその黒猫のあとを追いかけだした。
もしかしたらあの猫は、主のもとに向かっているのではないかと思って――――――。
***
<AM0:00>
「ここは‥‥‥」
走り出してかなりの時間が経過した。
気づけば翔はこの町で一番大きな病院『灯火病院』にたどり着いていた。
「まさか‥‥‥ここに主が」
黒猫は病院に向かって走ると、なんと白い壁にジャンプし、爪を壁に引っ掛けてロッククライミングの如く登っていった。
「なんと!?」
忍者か!?などとツッコミどころ満載な光景だが、黒猫は難なく最上階の五階にあるとある病室の空いている窓の中に入っていった。
「‥‥‥あそこに主が?」
そう考えるべきだろうと思った翔は、灯火病院の中に入る。
意外にも電気がついており、女性の看護師の人が受付を行っていた。
「あの、こんな時間で悪いんですけど‥‥‥」
翔はそれっぽい嘘をとりあえず話し、この時間にこの病院に来た理由を話す。
交渉にはそれほど時間がかからず、『この町じゃ若い子がよく喧嘩して運ばれてくるから君のような子は珍しくないわ』と笑ってそう言った。
翔は苦笑いしながらも、許可がもらえたことに感謝すると、奥にあるエレベーターを使って五階に上がった。
***
翔はエレベーターの中で、魔法使いとしての力を発動させていた。
それは、魔法使いが感じるセンサーのようなものだ。
近くに魔力反応があれば、それを感知して位置を特定すると言う、極めて便利な能力だ。
ただし、本人の魔力量で範囲は変動する。
だが、相良翔の魔力量は平均のそれを超えており、その範囲で病院全体の中にある魔力反応を特定するのは簡単だった。
「‥‥‥あっちか」
エレベーターから降りた翔は、左右に長く伸びた廊下に出ると、右から魔力反応を感じて右に進んだ。
しばらく歩くと、行き止まりについた。
その左にある扉。
‥‥‥507号室。
ここから感じる、魔力反応。
恐らくここに黒猫の主がいる。
そう思った翔は、縦に伸びる手すりのようなドアノブを右手で握り、右にスライドさせて開ける。
「――――――ッ」
開けた瞬間の光景に、翔は言葉を失った。
ふわっと、柔らかく甘い香りが鼻をくすぐる。
空いた窓から吹く風が香りを乗せてきたのだろう。
病室のベッドは最新式の介護ベッドで、所々機械的なパーツが見える。
白く、汚れのないベッドに上半身だけを起こした上体で窓の方を向いた少女。
その少女に翔は、“ある人物”の面影を重ねていた。
あまりにもそっくりなその姿に、翔は言葉を失ったのだ。
「‥‥‥だ‥‥‥れ?」
翔の存在に気づいた少女は翔の方を向く。
その顔も、あまりにも似ていた。
翔の知る‥‥‥とても、とても大切な存在――――――『義妹』に。
「‥‥‥あ、えと」
我を取り戻した翔は、少女の質問に少し言葉を詰まらせてしまった。
なんといえばいいのだろうかと、言葉が見つからないのだ。
それを察してかないのか、少女は自己紹介をした。
「私、『|小鳥遊 |猫羽』‥‥‥ミウって呼んでください」
可愛らしい子供のような声だった。
柔らかく、幼さを感じさせる少女の声に翔はどことなく懐かしさを覚えた。
「俺は相良翔。 ここに黒猫が来てるはずなんだけど、知らないかな?」
「あ‥‥‥もしかして、この子の飼い主ですか?」
先ほどの喋る黒猫は、少女の膝の上で丸まっていた。
ミウと言う少女の右手が、黒猫の体を優しく撫でて気持ちよさそうにしている。
「いや、違うんだ。 ちょっと色々あって‥‥‥」
「そ、そうなんですかぁ‥‥‥う~ん、困っちゃったなぁ‥‥‥」
「どうして?」
「この子‥‥‥ショコラって言うんですけど、ショコラはいつも勝手に私の病室に入ってて、きっと飼い主がいるんだと思うんですけど‥‥‥」
翔はここで、ミウがこの猫の正体を知らないことに気づいた。
恐らく、黒猫が勝手に主だと認めたのがミウなのだろうと理解した。
そしてその主‥‥‥ミウを守ってほしいと言うのが、この猫の願いだろう。
「そうだったんだ。 俺、その猫を追いかけてきたんだ」
「ショコラを?」
「ああ。 いきなり俺のところに来て、ついてきたらここについたんだ」
「そうなんだぁ‥‥‥でも、ごめんなさい。 何もない部屋で」
「いや、別に‥‥‥!」
その言葉に、翔はあることを思った。
何もない部屋、ただ真っ白だけがある空間。
ベッドの上だけで過ごす一日。
それが一体、どれだけ退屈で‥‥‥辛い時間なのだろうかと。
「君‥‥‥ミウちゃん。 ミウちゃんはこの病院にどれくらいいるの?」
「う~んとね、ずっと!」
可愛らしく首をかしげて考えて答えたのは、ずっとと言うものだった。
「どれくらいずっとなのかな?」
「えっとね‥‥‥生まれてから、ずっと」
「え――――――ッ!?」
背筋が、ぞっとした。
――――――生まれる前から、ずっと?
頭の中で、何度も復唱する。
怖すぎる‥‥‥あまりにも、怖すぎる。
「そんな‥‥‥ミウちゃんは、ずっと‥‥‥」
「うん。 ずっと‥‥‥ずぅ~っと」
「‥‥‥」
想像もしたくない、現実がそこにはあった。
何もない、真っ白な空間。
花瓶の一つも置かれてなく、点滴と心拍などを表示する機械が置かれている程度の病室。
その場所に‥‥‥ずっと、最初からずっと。
そんな世界しか、この少女は知らない。
目の前にいる少女は、その世界しか知らないのだ。
その世界を変えてくれているのが、ここにいる黒猫で、それしかなかったのだ。
「そう‥‥‥だったんだ」
それしか言えなかった。
ほかに、かけられる言葉がなかった。
想像したくもない現実を味わってきた彼女にかけられる言葉は存在しなかった。
あったとしても、相良翔にそれを伝える勇気はなかった。
なぜなら、自分は経験していないからだ。
見たことも、触れたこともないからだ。
彼女にとって、あまりにも幸福者である翔は何も言ってあげられないのだ。
「ねぇ‥‥‥さが‥‥‥ら‥‥‥さん?‥‥‥」
言い終えてから難しい顔をして、しばらくうつむいて考え出す。
翔はその表情を見て、彼女が相良と言う苗字を言いづらいのだと察した。
「呼びづらいなら、好きな呼び方でいいよ?」
とはいえ、翔は今まで呼び方を自分で決めたことはない。
みんなが好きな呼び方をして、翔はそれを素直に受け入れると言う感じだった。
だから今回も、彼女に全てを委ねるしかなかった。
「えと‥‥‥それじゃ‥‥‥」
そしてミウは、翔をある呼び名で呼ぶことにした。
「――――――お兄ちゃん」
「ッ!?」
綺麗な花が咲いたような笑顔で、彼女はそう言った。
ミウの姿と、翔の義妹の面影が再び重なり合う。
義妹も、同じ呼び方をしていた。
その笑顔と、その言葉が、綺麗に重なって見えた。
そして翔は、言葉にできない衝動に襲われた。
彼女は一体、どんな想いで翔を兄と呼んだのだろうか?
この世界に存在しない兄を求めて‥‥‥そう呼んだのだろうか?
そんな答えを探すよりも先に、翔の体が動いていた。
「ああ。 お兄ちゃんだよ。 俺は、ミウのお兄ちゃん」
堪えきれない嗚咽に近いものを抑え込むように笑顔を見せ、ミウの小さく華奢な体を優しく抱きしめた。
そして右手をミウの頭において、そっと優しく撫でてあげた。
「温かいね、お兄ちゃん」
「ミウは、少し、冷たいな‥‥‥」
うまく言葉が続かない。
それはきっと、泣いているからだろう。
顔は涙などでぐしゃぐしゃになっているだろう。
だからそれを見せないように、彼女の顔を胸に埋めるように抱きしめた。
泣くべきなのは、翔じゃない‥‥‥本当は、ここにいる小さな少女なのだから。
「‥‥‥ぅ」
「‥‥‥どうした?」
その時、ミウは小さな体が小刻みに震えだした。
翔は涙を勢いよく拭い、抱きしめていた体を話して、彼女の顔を見る。
「痛‥‥‥いよ‥‥‥お兄、ちゃん」
「ミウッ!?」
ミウの顔は、青白くなり、大量の汗をかいていた。
荒い息、心臓のほうを左手でギュッと握る。
見ただけでわかる、これがミウをこの世界に閉じ込める病なのだと。
翔は左腕で彼女の体を包み込み、右手でベッドのそばに置いてあったナースコールの赤いボタンを力強く押す。
「うぐぅ!」
「ミウ! 大丈夫だ! 今すぐ医者が来るからな!」
とはいえ、ここは病院の最上階である5階の、さらに一番端にある病室。
医者が道具を持ってこちらに駆けつけるまでそれなりに時間がかかる。
「(俺は‥‥‥その間、何もせずにいろってことなのか!?)」
ただ無力に、彼女のそばにいることしかできないのだろうか?
翔は‥‥‥嫌だった。
義妹とよく似てる少女‥‥‥翔は、守りたいと思った。
そんな少女が今、生死の境目にいる。
ここで何もできないのは‥‥‥嫌だった。
「‥‥‥大丈夫。 お兄ちゃんが絶対に守る」
――――――もう二度と、大切なものを失わないために。
「‥‥‥」
翔は目を閉じ、魔力を込める。
脳に流れる膨大な|魔法文字を複雑に組み合わせ、魔法を発現させる。
病魔と言う苦しみに耐える大切な人を救う、魔法。
「神聖なる湖より求めよ、癒しの加護!!」
翔の全身は水色の魔力光に包まれる。
そしてそのまま翔は苦しみに耐えるミウを、そっと抱きしめた。
「お兄‥‥‥ちゃん」
すると、ミウの心臓の痛みは徐々に無くなっていく。
彼女にとっては、奇跡的な瞬間だったと言えるだろう。
相良翔が発動させたのは、治癒魔法『|水星癒す聖なる光』より更に上位の魔法。
湖の更に奥にある、神聖なる湖より得た、湖の精霊の加護――――――『|水星癒す神聖なる光(ウンディーネ・ハイルング)』
完全治癒を目的とした魔法で、この魔法を受けたものの傷・病は全て完全に癒されていく。
癒されたミウは、気持ちよさそうに頬を緩めて翔に優しく囁く。
「お兄ちゃん‥‥‥天使、みたい」
「天使?」
「優しくて‥‥‥かっこよくて‥‥‥私を助けてくれて‥‥‥私のお兄ちゃんで、天使みたい」
「‥‥‥そう、か」
その言葉で、救われた気がした。
誰でもない、自分自身が‥‥‥救われた気がした。
とにかく、助けることが出来て良かった。
大切な‥‥‥大切な、女の子を――――――。
――――――『フザケルナ』
「ッ!?」
だが、ミウの病室を飲み込むほどの巨大な爆発が、翔とミウを包み込んだ。
病室は爆発して、残ったのは――――――巨大な姿になった、黒猫のショコラだった――――――。
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